439.全然予想つかない
四年生までの準々決勝を終えて、大会はお昼休憩。
食堂まで移動する人達もいるみたいだけど、私は一緒に観戦してたレベッカやデイジーさん達と観客席でそのままご飯を食べる事にした。お昼時だから売り子さんの数が増えていて、そう待つ事もなくサンドイッチを買える。
他にも揚げ物とか、大きいパンにお肉と野菜をぎゅう詰めにしたやつ、小さめのジャムパンやミートパイ、変わった色のクリームがかかったデザートなんかも売ってて、皆それぞれ違う物を選んだ。
「四年の先輩やばかったな、槍一本のスピード勝負!」
席の背もたれに肘を片方置いて、半分あぐらを掻いたレオが言う。
私達とも喋るには丁度良いんだろうけど、サディアス様が見たらムッとされそうなお行儀だ。片手にはぎゅう詰めの大きいパン。絶対それ選ぶと思った。
「当ッ然だ!彼女はかのセンツベリー伯爵家の――」
「おい!」
アルジャーノンさんが振り回そうとした腕をマシューさんが止める。
マシューさんはおでこを出した癖毛の赤髪で、ちょっと焼けた肌とか太い眉とか、少し荒っぽい印象の二年生。でも割と面倒見がいい人だ。
横で「ひぃっ」と悲鳴を上げたホレスさんがパンをぎゅっと握っちゃって、かじりかけのところからジャムが溢れる。
「落ち着けよ。今ぶん回したらポテト吹っ飛ぶだろ」
「確かに!仕方がない、庶民の願いを聞くのも貴族の役目だ。我慢するとしようじゃないか」
「んで、センチュリー伯爵が何だってー?」
「センッッツベリーだ!馬鹿か、馬鹿なのかジャッキー!いや君は馬鹿だったな、聞いた私が馬鹿だった!…何だと!?」
「一人でよくあれだけ騒げるわね……。」
フルーツサンドイッチ片手に、デイジーさんがぽそっと呟いた。
アルジャーノンさんは腕を振り回すのは我慢して、手首から先をシュビッシュバッとキレよく動かして、四年の先輩についてレオ達に語っている。
レベッカが「ほっとけ」と言って、辛いソーセージを乗せたホットドッグに噛みついた。
午後は準決勝より先に五位から八位を決めるらしい。
トーナメント表に出ている次の対戦は、同時二組の試合。四人の名前が書かれている。
チェスター・オークス対サディアス・ニクソン。
ダリア・スペンサー対ネイト・エンジェル。
上級生も同じように試合して、それが終わればこの四人の中で負けた方同士、勝った方同士で試合をするみたい。
チェスターさんとサディアス様の試合なんて、一体どうなるんだろう?
それにあのダリアさんと…私はあまり喋った事がない、ネイトさん。
今日の司会をしてるエンジェル先生の息子さんで、ウィルフレッド様達とは結構話すところを見かける、優しそうな人だ。試合ではシャロンの腕をスパッと切りつけちゃうものだから私は悲鳴を上げたし、デイジーさんは息を呑んで、レベッカは「やりやがった!」なんて声を出してた。
…うう、今思い出しても痛い。
シャロンの服が白いから血の赤色がはっきり見えて…ネルソン先生が走ってたから治療は受けただろうし、貴賓席でも平気そうに笑ってたけど。直接話ができないとやっぱり、大丈夫かなぁって心配になる。
お昼ご飯を食べ終え、お手洗いを済ませた私は通路の壁掛け時計を見上げた。
午後の部までまだ時間があるけど……さすがに、私が貴賓席に行くのは目立つよね。皆以外には騎士さんしか出入りしてないっぽかったし。
階段を上がったら周りから見えちゃうけど、そこまで行かずに階段とか通路のところで…誰かに会えたりしないかな?
たとえば、そう。
【 私が思い浮かべたのは… 】
壁に貼られた案内図を時々確認しながら、貴賓席に向かって通路を進んだ。
もうちょっとで階段が見えるかなという所で前から話し声がして、貴族令嬢っぽい子達がそれぞれ手元に小包みを持って歩いてくる。
目が合わないようにしてすれ違う時に軽く頭を下げたらいいかな、と思ったら「ねぇ見て、あの子」と向こうが足を止めた。うっ、嫌な予感。
「ちょっとそこの貴女。カレン・フルードさんでしょう?」
「は、はい。」
名指しされては素通りもできなくて、私も立ち止まって顔を上げる。ちゃんと背筋伸ばしてしゃんとしなきゃ。
女の子達はお互いに目配せして、口紅を塗った唇で笑った。視線が私の方に戻る。
「もしかして、殿下達に会うために貴賓席へ行かれるところではなくて?」
「いえ、そういうわけでは…」
「嘘をおっしゃい。いいのよ、責めているわけではないの。」
「わたくしアベル殿下へ差し入れをお持ちしたのだけど、騎士に止められてしまったのよ。」
「これをサディアス様へ届けてくださる?中にカードを入れているから、差出人はわかってくださるはずですわ」
「わたくしは第一王子殿下に。以前気に入ったと仰っていた店の新作を用意しましたの」
「私はチェスター様へ。無事に届けてくだされば報酬は差し上げます。いくら?」
そんな事言われても…。
必死そうな人も何だか嫌な笑い方をする人もいるけど、私が持って行ったって同じように騎士さんに止められるんじゃないかな。
「む、無理です。私じゃ…」
「あら。知っているのよ?以前貴女が第二王子殿下に差し入れをしたこと。あろう事かその場で食べてくださったことも。」
女の子の一人が目を細めて言う。
クッキーを作って皆に分けた時の事だ。軽蔑するような視線に晒されてつい、一歩後ずさる。
騎士さんに断られたというこの人達からすれば、私みたいな平民の差し入れをアベル様に食べてもらったっていう事実は、だいぶ許せない事なんだろう。
でもあの時は止める騎士さんがいなかったわけだし、目の前で毒見もしたし、この子達がどれくらい皆と親しい子なのかはわからないし……
「ねえ。わたくし達、何も意地悪は言っていないでしょう?お願いしているだけよ。違うの?」
「何とか仰ったら?アベル殿下とティータイムをご一緒するくらいですもの、さぞお喋りが上手いのでしょう。」
「そうそう、念のために聞くけれど、シャロン様に余計な事を吹き込んだりなさらないわよね?せっかくご不在の時に来たのに」
うっ、今いないんだ。それは知らなかった…どうしよう。
シャロン様に呼ばれてるので、って走っちゃおうかなって考えてたのに。
なんて言えば…
「あれ、こんなトコでどうしたの?」
かつん、靴音と一緒に明るい声。
女の子達が肩を揺らして振り返った。通路の奥から歩いて来たのはチェスターさんだ。ひらっと手を振って笑うその姿に、私はほっと息を吐く。
「やっほ~お嬢さん達☆もしかして差し入れかな?」
「チェスター様!そうなのですっわたくし貴方様に…」
今まで私に圧をかけていたのは何だったのか、女の子達は皆、笑顔だったり困り顔をしてみせたりでチェスターさんに駆け寄った。
どうしよう、任せて今の内に帰った方がいいかな?
それともちょっと待ってみようか。
【 どうしよう? 】
……一応、待ってみる事にした。
全員の名前とお目当ての人を知ってるらしいチェスターさんは、誰ちゃんは誰宛かな?ありがとね~なんてウインクしたり、自分宛に持ってきてくれた子には手の甲へキスしたり、時には髪飾りが似合ってるとかなんとか話して。
差し入れは絶対に受け取らないのに、全員を笑顔にしていく。すごい。
助けてくれてありがたいけど…なんだろう、この……なんていうか、女の子の扱いが上手いんだなぁ……。
「せっかく持ってきてくれたのにごめんね、皆のことはちゃんと伝えておくから。あ、カレンちゃんはシャロンちゃんに頼まれてた件の報告だよね?」
「は、はい!」
危うく「え?」って聞き返すとこだったけど、私はびょんと跳び上がりながら頷いた。シャロンからはもちろん、なんにも頼まれてない。
チェスターさんが「話聞いてるよ~」と笑う。
「上には入れてあげられないから、階段のとこにいる騎士を仲介する事になるけど。そこまでは俺が送ろっか。じゃ、皆またね☆」
あっという間に私は女の子達と別れ、チェスターさんと二人で通路を歩いていた。
はしゃぐ話し声が遠ざかって完全に聞こえなくなってから、ほっと胸を撫でおろす。
「ありがとう、ございました。助かったよ…」
「どういたしまして。君は差し入れってわけじゃなさそうだけど、何でここに?」
「えと、実はチェスターさんに会えるかなと思って……」
「俺?どしたの。」
めずらしーねと言って、チェスターさんが首を傾げた。
騎士が見張る階段まで来たけど、私達は通り過ぎて少し先にあるベンチに並んで腰かける。
「その、シャロンは大丈夫ですか?結構血が出てたから…」
「全然大丈夫だよ。ほら、ネルソン先生ってシャロンちゃんの身内だし。跡が残らないようにキレーに治してもらったみたい。」
「よかった……あれ、そういえばその服…破れちゃってなかった?」
チェスターさんが着てる赤褐色の上着を指して聞いた。
観戦してる時は気付かなかったけど、ダンさんとの試合で切られて下の白いシャツがもっと見えてたのに、今思い出してみればウィルフレッド様との試合の時にはもう直ってた気がする。
急いで縫ってもらったのかな?
「そうなんだよ、ダン君が剣投げたとこ見た?容赦なかったよねぇ。俺危うく串刺しだよ。」
「見た!見ました、びっくりした…」
「服は着替えただけ。そういうの想定して、あらかじめ何着か用意してるからね。」
こんなに高そうな服が何着も。
ついしげしげとチェスターさんを眺めてしまう。
「皆、今日はすごく格好良い服を着てるよね。チェスターさんもぴしっとしてるし。」
「あはは、ありがと~。俺普段ゆるいから、こういうの着ると結構印象変わるでしょ。見惚れちゃったかな?」
「うん、ウィルフレッド様との試合もすごかったよ!最初剣で戦ってるとこ、私全然目が追いつかなくて…氷の魔法もびっくりしたけど、マントをこう飛ばして、でもチェスターさんはこっちから来たでしょ?それで追い詰めて……!」
試合を思い出しながら両手で囲いを作って、人差し指でちょいちょいと位置を示してみる。
なんでか氷の壁が砕けてウィルフレッド様が勝ったけど、本当にあともう少しだったと思う!観戦してた時の熱い気持ちが上手く言葉にならなくて、やっぱりレオと同じで「すごかった」ばっかりになるけど、とにかく格好良かった。
「そっか……ありがとね、カレンちゃん。」
チェスターさんは私の手を取ると、小さい子にするみたいに反対の手でぽんぽん、と叩く。何のお礼だろうと茶色い瞳を見上げたら、悪戯っぽい笑顔でぱちんとウインクされた。手が離れる。
「君がそう言ってくれるなら、おに~さんも頑張った甲斐あったよ。次も応援してね☆」
「もちろん。あ、次って…」
「サディアス君が相手だよ。」
軽い調子でそう言って、立ち上がったチェスターさんは腰に提げた剣に指先で触れた。
つられて立ち上がる私を見下ろして聞く。
「君はどっちが勝つと思う?」
「う~ん…全然予想つかない、かな。私からすると、二人とも強いから。」
普通はこういう時、「貴方なら勝てる」みたいな事を言うのかもしれないけど。チェスターさんもサディアス様もどっちも頑張れって思うし、どっちが勝ってもおかしくないと思う。
はっきりした答えを出せない私に、チェスターさんはからりと笑った。
「そう。結構強いんだよ、俺達。」




