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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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438.やる事はやれたかな




 北エリア――アベル・クラーク・レヴァイン対ネイト・エンジェル。


 剣戟の最中、一際強くぶつかった刃の間に火花が散る。

 互いに剣を弾いて飛び退るが、ネイトはふらついてがくりと片膝をついた。


「はぁっ、はっ、は――げほっげほ!はぁ……」

 呼吸が乱れて浅くなり、咳き込みながらもすぐ立ち上がる。

 剣の柄を握り直す頃にはアベルが迫っていて、再び油断の許されない応酬が始まった。


 ――無茶苦茶だ。


 正直な感想はその一言に集約される。

 元々二人は共に《格闘術》の授業を受けていた。ネイトは素手の時点でアベルの身体能力が異常に高い事は理解していたが、武器を携えてやり合うのはこれが初めてだ。


 相手が横薙ぎに剣を振った時、()()()()()()()()()()()()、攻撃を邪魔した上で自分は好きに剣を振れる。


 跳んで避けた際に風の魔法で特攻され空中戦になったとして、相手が攻撃してくるタイミングに合わせて()()()()()()()()()()


 着地の瞬間を狙われても、相手の攻撃を()()()()()()()()()()()


 難のある高度まで連れて行かれたら、()()()()()()()()()()()()()下敷きにすればいい。相手は自分のために魔法を使わざるをえない。


 加速した相手に背後を取られたら、位置を予想して()()()()()()()()()()()()()()()()


 確かに、そうだ。

 そうなのだが、普通はその全てを完璧にこなす事などできない。

 机上の空論のような動きを体現してくるアベルを相手に、何をどうすれば「良い勝負」まで持ち込めるのか、ネイトには全くわからなかった。

 無論、勝てるとは最初から思っていない。


 ――何が《魔力のない屑星》。この方は間違いなく天才だよ。


 攻撃魔法が禁止とはいえ、どうにかして空中戦に持ち込めば魔力持ちの独壇場だと考えていた生徒は多いだろう。実際、ネイトも独壇場までいかずとも多少の隙を作れると思っていた。


 甘い考えだったと言わざるを得ない。

 実戦であればネイトは幾度か死んでいるし、アベルが攻撃の手を止めなければネイトの負けで確定という場面もあった。


 ――なんだかんだ、わたしは慢心していたわけだ。参るね、まったく。


 今試合が続いているのはアベルが早く勝とうとしていないからであり、ネイトが降参しないからだ。一回戦におけるダン・ラドフォードとデイジー・ターラントの試合と似た流れだが、実情はだいぶ違う。


 アベルにとってこの試合は、ネイトの実力を測りつつ実戦形式で鍛える良い機会。

 かつ、勝てるのにさっさと勝たない事で、試合相手を弄ぶような悪印象を受ける生徒も多いだろう。印象操作にも使われているはずだ。

 何せダンと違い、アベルは幾度も急所への寸止めに至っている。そこで降参を待たずに剣を引いては仕切り直すため、そしてネイトが降参しないため、まだ続いているのだ。


「くッ……あ゛ぁっ!」

 息の上がったネイトの動きには精彩さが欠けていた。

 集中も切れかけ、ガードが間に合わずもろに蹴りを受けてしまう。何メートルか後ろへ飛ばされながら閉じかけた目を気力でこじ開け、伸ばした手で地面を擦ってなんとかアベルと向かい合うように足を地面につけ、蹴飛ばされた勢いを完全に殺さない内にすぐ跳び退った。

 予想通り、アベルはとっくに彼を追走してきている。


 ネイトは擦り傷に血の滲む手で髪をまとめていたバレッタを取り、仕込針が飛び出すよう慣れた手つきで絡繰りをスライドさせて投擲した。

 きちんと事前に武器登録している暗器だ。投げナイフより使用者が少なく、避けずに防ぐのは至難の業――のはずだ。


 アベルが動揺もなく直上へ弾き、ネイトはもう驚くまいと苦い顔をして襲いくる刃を剣で受け止める。

 直後の蹴りをギリギリで避ける間にネイトの剣は押し負け、懐に入ったアベルが繰り出した突きから咄嗟に逃れようとするが脇腹を切り裂かれた。

 痛みに顔を歪めつつも切り上げ、しかしアベルは余裕のある動きで飛び退って避ける。


「はぁっ、くそ――…」

 ネイトは呼吸が整わず、喉は焼けるように痛かった。

 それでも息を吸って前を睨むと、離れた位置でアベルが斜めに剣を振り下ろす。なぜなのか理解できない。金色の瞳はネイトを見据えているが、剣は空中を薙ぐだけだろう。

 まさか、ダンのように剣を投げるとは思えない。疑問の答えを探すより先にネイトは逃げるべきだったが、疲れきった脳はそこまで働かなかった。


 カッ、と音が鳴る。

 アベルとネイトの間で一瞬の光が煌めく。


「うわ、」

 正体に気付いて声を漏らした直後、バレッタの仕込針がネイトの右腕に刺さっていた。

 鋭い痛みがはしり、反射的に剣から手が離れる。なおも左手で構えを維持しようとしたが、アベルが目前に迫っていた。

 剣が叩き落とされ、首筋に冷たい刃があたる。


《北エリア、制限時間で~す!》


 はらり、ネイトの白茶色の髪がほんの一本だけ空中へ舞った。

 周囲の音が全て遠ざかる心地だったネイトの耳に、割れるような歓声が入ってくる。針の刺さった右腕や切られた左脇腹、蹴られた場所の痛みがじくじくとひどくなってきた。


「はぁ、はぁっ……」

 一歩二歩と下がったネイトに、アベルが落ちていた剣を軽く放る。

 それを左手でキャッチしながら「あーあ、殿下に拾わせちゃったよ」と苦く思うも、ネイトが礼を言う前にアベルは振り向きもせず立ち位置に向かってしまった。

 ネイトはできるだけ急いで呼吸を整えながら後に続く。挨拶の言葉はまともに声を出したい。


 左手だけで剣を胸の前に構え、アベルと目が合ったネイトは悪戯っぽく笑った。

 汗だくの上に土と血に汚れた怪我人だが、そう格好悪くはないだろう。アベルがにやりと笑い返すのを見て、やる事はやれたかなとネイトは肩の力を抜いた。


 ――まったく…曲芸かと思いましたよ、殿下。


「「ありがとうございました!」」


《北エリア勝者、アベル・クラーク・レヴァイン!》




「っうぉおおお…勝った……!」


 ファイティングポーズをとるように胸の前で構えていた拳を震わせ、レベッカはごくりと唾を飲んで両隣のカレンとデイジーを揺さぶった。


「おい、見てたか!見てたよな!?」

「見てたよ!すごかったねー、アベル殿下。」

「だよな、意味わかんねぇぐらい強ぇ!つ、つえー…かっけぇ……」

「ちょっと。何も泣かなくてもいいでしょ。」

「泣いてねぇよ!」

「面倒くさいわね…」

 デイジーが迷惑そうな渋面でレベッカの手を払いのける。

 そもそも、変に照れて憧れをこじらせていないで、普段から堂々と野良試合の見学でもさせてもらえばいいのだ。突発的に受けるものは難しいかもしれないが、日々挑んでいるデュークにでも聞けば見る機会はいくらでもあるだろう。


「レベッカ、殿下の試合見るの楽しみにしてたもんね。格好良いとこ見られてよかっ」

「ばばばば馬鹿言ってんじゃねぇ!!たっ楽しみになんてしてねーよ!」

「えぇ……」

「カレン、それは黙っておいてあげるものよ。貴女だって――」

「デイジーさん!?あの!ね!?」

 一列前にいる背中をちょいと指せば、カレンが顔を真っ赤にして慌てて手をバタバタ振った。

 レベッカが灰色の瞳でギッとデイジーを睨む。


「そういうお前はどうなんだよ!」

「どうも何も、騎士を志す者として公平に見ているわ。さすがに上級の試合ともなると、目が追い付かないけれど。」

「なんかっ…こいつはスゲー!みたいな…いねぇのかよ!」

「この人は応援したいなぁとかっ!」

「はぁ……貴女達と違って、私は出場者なのよ。あの女が負けたのは少しせいせいした、というくらいかしら。」

 デイジーはそう言ってトーナメント表に視線を流した。

 ダリア・スペンサーはデューク・アルドリッジに負けている。特段デュークを応援したい気持ちがあったわけではないが、ダリアに勝ってくれた事は喜ばしいと言えた。レベッカが急にスンと白けた目をする。


「ああ、あのクソ煽りメガネ。」

「レベッカ。間違ってるとは言わないけどやめなさい。相手は伯爵家なのよ。」

「そういえばあの人、アベル殿下に今度デートしてって言ってたなぁ…」

「え?」

「は?」

 カレンの爆弾発言にデイジーとレベッカが真顔で聞き返す。

 その一列前の席では、レオが攻防について熱く――と言っても語彙力が圧倒的に足りないので、ほぼ「すごかった」しか言っていないが――語り、アルジャーノンが斜めカットの金髪と両腕を振り回しながら同意し、横に座らされたホレスが「ひいい」と腕を避け、ジャッキーが「俺ちゃんはよくわかんねーけどとにかくすごいんだな!」と雑にまとめていた。


 フィールドでは二年生の試合が始まっており、こちらも上級クラスの生徒が加わって見逃せない戦いだ。

 アルジャーノンが「むっ!」と刮目する。


「あの赤髪はマシュー!奴め、勝てるんだろうな!?このっ、私がっ!観ているのに!無様な姿など晒したらっ…承知せんぞ!!」

「いけーマシュー!頑張れーっ!今年も目指せ三位ー!」

「ジャッキー、そこは一位じゃね?いや、でもなぁ…隣の試合にいる二年生めちゃ強かったしな……」

「えと…れ、レオ君。あれは確か、去年の優勝者――」

「プラウズ様。失礼ですが腕を下げて頂けますか?私達が見えませんので。」

 デイジーに冷たい声で指摘され、なぜかホレスが「すみませんっ」と早口に謝った。




《南エリア勝者、シミオン・ホーキンズ!》


 観客席から拍手が起こる。

 幾度か軽く手を叩いて最低限の敬意を表し、セドリック・ロウルは隣に座る婚約者へと目を移した。フィールドを見下ろすフェリシアは変わらぬ美しさだが、その口元に浮かべた微笑はどこか誇らしげに見える。

 常盤色の髪を掻き上げ、セドリックは彼女の視線の先を辿る。黒髪黒目の伯爵令息、シミオン・ホーキンズ。凛々しく男前な顔立ちで、彼の勝利に女子生徒達があちこちで黄色い声を上げていた。


「…君の学年は今回も彼が優勝かな。」

「えぇ、そうだと思います。」

 さも当然のように答えたフェリシアの横顔をちらりと見て、セドリックは少し歪に口角を上げた。

 冗談めかして「絶対に?」と聞いてみれば、フェリシアが昨年について教えてくれる。準優勝は騎士家系の女子生徒で、リベンジを誓いシミオンを目の敵にしているものの、未だに掠り傷一つ負わせた事がないらしい。


「そうなんだ。よく知っているね」

「話す機会が多いものですから。」

 フェリシアは離れた場所に座るその女子生徒を見やって言った。

 今年こそ負かすという念のこもった目でシミオンを睨んでいるようだが、また今年も勝てなかったと泣きつかれる気がしてならない。


 喜ぶ様子もなく退場していくシミオンを眺めながら、セドリックは「そっか」と返した。




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