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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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437.きみの剣はどこを刺す




 南エリア――ダリア・スペンサー対デューク・アルドリッジ。


 ごうと音を立てて迫る剣を寸での所で避け、ダリアはステップを踏むような軽やかさでフィールドを舞う。

 デュークが学園から借りた備品は、一般的な騎士の剣より刃の幅が広く刀身も長い。当然重量が増すため、その重さを余裕で振り回せるだけの力が無ければ扱えなかった。


 真正面から振り下ろされた斬撃はダリアの力では到底受け止められない。

 全ての攻撃を受け流すか避け切らなければならなかった。その上で隙を探り攻めていきたいが、攻撃に繋げようと身を翻しても中々どうして隙をつけない。

 ダリアはにやりと口元を歪めた。


 ――ほんっと、流石はあの殿下に毎日挑むだけあるよ。デューク!


 王立学園では、帯剣している生徒同士なら野良試合が認められている。

 だが、だからといって毎日王子に挑む馬鹿はそういない。身分差が激しければ余計に。そして結果が必ず敗北で、相手には絶対に傷一つつけられないのだから猶更だ。


 一体誰が毎日負けたいだろう?

 痛い思いをする、野次馬が嗤う、医務室に行かねばならない怪我もする。どうしてそんな苦行を受けようと思うだろうか。


 ダリアはデュークが馬鹿だと知っている。

 勤勉で、努力家で、真面目で、懸命で、真摯で、だから愚直に挑むのだ。勝てると思って挑むわけでも負けると思って挑むわけでもなく。鍛えてもらおうと挑み、結果から学ぶ事を繰り返している。

 アベルの反射神経は異常だ。

 即座に次の動きを決める頭の回転の速さも、それをこなす身体の反応速度も。時として一瞬で終わるにせよ、そんな天才と日々やり合っているのだ。デュークの能力が上がらないはずもない。


 だから今、死角から投げたナイフに動揺せず対処してきた。

 だから今、フェイントにかからず攻撃を読んできた。


「んひっ」

 思わず笑い声が漏れる。

 自身の腕に致命的な負荷がかからぬよう調整し、ダリアはデュークの剣を捌いた。

 同時に彼の剣先をふわりとなびかせた襟巻にくぐらせ、それが振り上げられるのを防ぐ。デュークは断ち切ろうと刃を滑らせたが、あれの中には細い鎖が仕込まれている。強引に切ろうとしても無駄だ。


 目が合う。

 苛立ちも動揺も滲まない、敵の位置を確認するための視線。殺気に近い鋭さ。

 高揚し血の巡りが早くなるのを感じながら、ダリアは反射的に襟巻から手を離した。直後、デュークが手で襟巻を掴み取って後方へ投げ捨てる。手を離すのが遅れていたらダリアは体勢を崩していただろう。


「風に宣言。ぼくときみとで空へ飛ぼうか!」


 近距離でやり合っている間は宣言を唱える暇もなかった。

 ダリアは剣を振り上げて叫び、空へと舞い上がる。同時にデュークの後方でも襟巻が浮かび上がるはずだったが――何かに引っ掛かったように一点だけ地面から離れない。

 視界の隅でそんな状況を確認しつつ、ダリアは地面を蹴って飛び上がるデュークに向けてナイフを放つ。その瞬間に気付いた。


 ――ぼくがさっき投げたナイフを使われたんだ。


 重量を減らすため、襟巻内部は鎖がびっしりと入っているわけではなく間隔が空いている。そこを狙ってナイフで地面に突き刺されたのだ。

 先程発動した風の魔法は襟巻を浮かすだけなら可能だが、ナイフを抜くには威力が足りなかった。


 ダリアが浮いている場所目掛けて、魔法の後押しを受けたデュークが突っ込んでくる。

 彼は同時発動で自分の前に風の膜を作っていたらしく、ダリアが投げたナイフはあっさりと弾き飛ばされた。攻撃が通用しなかったにも関わらず愉しげに笑い、ダリアは待ち受けるように剣を構える。

 デュークは防がれる事を承知で全力で剣を振り、


「なっ…!?」

 思いきり空振ってバランスを崩し、初めて動揺の声を漏らした。

 攻撃が届くより先にダリアが()()()のだ。高度が下がった。彼女は自分を浮かせていた風の魔法の発動を止めただけだ。地上戦ではまずありえない、立ち位置ごと沈んで相手の攻撃を避けるという動き。

 デュークは咄嗟にその場で留まる事ができず、距離が空く。青い瞳がデュークを追う。


 ――今すぐ突き上げてやりたいけど、ぼくの宣言が間に合わない。ナイフはラスト一本。既に引き抜いてこの手にある。


 空中で一回転したデュークの目が、ダリアを捕える。

 今ナイフを投げれば彼は避けられない。風の膜はダリアにぶつかればルール違反のため、既に解除されていた。


 ダリアがナイフを放ち、ほぼ同時にデュークは剣先をダリアに向けた。

 長い刀身があれど届かない事がわかりきった距離、それは突きでもなければ切り払いでもない。この緊迫した場面において、ただ構えただけの彼を滑稽だと思う観客もいた。



 キィン!



 ナイフが()()()にあたり、弾かれる。

 眼鏡の奥でダリアは目を見開き、デュークは改めて狙いを定めるように眉を顰めた。剣の柄を握り締め、ダリアが笑う。


「んひっ、」

づっごめぁ!!(突っ込め!!)

「あははははははは!!」

 魔法を発動したデュークが追い風を受け、自然落下するダリアめがけて突進した。

 仮に剣で流して直撃を免れたとて、それを理解しているデュークは追撃してくるだろう。地上でならいざ知らず、空中でそれはかわせない。

 負けが確定している。


 ――さて、デューク。ぼくが()()()()()()()、きみの剣はどこを刺すのかな?


 まるで受ける気があるかのように剣を構え、ダリアは笑った。

 デュークがどこで気付くか。

 傷の深さはどこまでいくか。

 互いの表情がはっきり見える位置でデュークが訝しげに目を細める。何だもう気付いたかとダリアは厭らしく笑い、



 横からホワイトに蹴飛ばされた。



「ぐはっ!――げほっ、げほ!ちょっ…」

 完全に油断していたダリアは無抵抗に空中を吹っ飛び、何が起きたと把握するより先にトレイナーに受け止められ、その衝撃で激しく噎せた。いつの間にか剣を手放していて、離れた位置からガランと音が聞こえる。


 地面に下ろされよろけながら、今にもずり落ちそうな眼鏡を押さえて空を仰ぎ見れば、デュークの剣はホワイトが受け止めたようだ。

 双剣を片方だけ抜いたホワイトが、風の魔法の発動を止めたらしいデュークを小脇に抱えている。一年生の中では背がある方のデュークも、百九十センチ近いホワイト相手では可愛らしいものだ。


「げほっけほ、ひひっ、はははは!ごほっ!だっさぁ!な~に抱えられてんのさデュー」

「ダリア・スペンサー。」

「ク……、」

 真横から身も凍るような声で呼ばれ、ダリアはハッとした。

 試合の高揚感に溺れて好き勝手やっていたが、審判二人が止めに入ったという事はつまり、わざと怪我しようとした事に気付かれたのだ。


 ――…バレた上で間に合うとか。レイクス先生じゃないしイケると思ったんだけど。


 客席も少々どよめいていたようだが、注目は既に隣の試合に移っている。

 ダリアが微笑みを張り付けて振り返ると、トレイナーは歩き出しながら冷ややかに「来なさい」と告げた。向かう先は最後に挨拶を交わすべき定位置だ。わざわざ審判に付き添われるのは問題児の証である。


「ぼくの負けですね~。空中に持ち込んだの失敗だったかなぁ」

「明日、反省文を持って職員室に来るように。」

「……は~い。」

「真面目になさい。スペンサー伯にも報告します」

 途中に落ちていた剣を拾いながら、ダリアは黙って片眉を上げた。面倒でならないし、また父兄姉から説教なり苦言なりの手紙が来るのだろうが、教師陣のそれは妥当な判断だ。止める事はできない。

 愉しかったのにと心の中で愚痴を零す。


 定位置について前を見れば、明らかに機嫌が最底辺を這っているデュークが射殺さんばかりの目でダリアを睨んでいた。

 ついにんまりと口元を緩めて、ダリアはわざとらしくウインクして小首を傾げる。


「嬉しそ~にしろよ、デューク。きみが勝ったんだからさ。」

「……っどにおめぁ(本当にお前は)クソみでら(クソみたい)こっすんだらぁ(な事すんだな)…」

「え?なに?まともに喋ってくれなきゃぼくわかんな~い。」

「スペンサー!」

 横からトレイナーに叱責され、ダリアは肩をすくめて剣を胸の前へ構えた。

 デュークも苛々と舌打ちして切っ先を上に向け、ぴたりと構える。


「ありがとうございました♪」

「…あ゛いがたぁぐざいらった」

 普段以上に荒れた口調が彼の心境を表していた。

 んひっと笑い声を漏らし、ダリアは機嫌よく踵を返す。エンジェルの声が響いた。


《南エリア勝者、デューク・アルドリッジ!》




「…なぜ審判が中断を?」


 そちらを見ていませんでしたと、視線を再びアベルの試合へ戻しながらサディアスが聞く。

 拳で口元を隠したダンが「知らね」と呟き、シャロンは見てはいたものの確信が持てずに考え込むような吐息を漏らし、チェスターが「何だろ」と背もたれに寄り掛かった。


「デューク君の攻撃だなってとこで、ダリアちゃんがホワイト先生に蹴っ飛ばされたのは見たけど。あのままじゃ絶対防げなくて重傷!…って感じでは無かったと思うけどな~。」

「ああ、ではきっとダリア嬢がわざと受けようとしたんだろう。」

 何か思い当たるのか、ウィルフレッドがさらりと言った。

 サディアスが黙って眉を顰め、チェスターは目を丸くしてウィルフレッドを見る。


「そんな事あります?」

「彼女は……その場の楽しさを優先する所があるからね。俺も授業で試合が白熱した時、さぁそのまま斬ってみてくださいと言わんばかりの時があった。寸止めしたけれど。」

「…困った方。」

 細い眉を下げ、シャロンが小さなため息を漏らす。

 ウィルフレッドは軽く笑って「本当にね」と返した。ちなみに、ダリアがその好奇心をシャロンに向けて害した時の事も忘れていない。


「そのような状況であれば、確かに中断は妥当ですね。」

「支えてあげるんじゃなくて蹴っちゃうあたり、ホワイト先生って感じだよね~。女の子でも容赦ないっていうか。」

 チェスターが痛快そうに笑う。目撃した瞬間は思わず口をぽかんと開けてしまったのだ。

 普通、男性教師が女子生徒――それも貴族令嬢を蹴っ飛ばすなど、ありえない。それも中々のスピードだったから、トレイナーに受け止められたとはいえダリアは咳き込んでいた。


 ホワイトはデュークの突きを剣で受け流しつつ鍔同士を噛ませて止め、反対の手で彼を掴み、共にぐるりと身を翻す事で落下の勢いを殺してから、脇に抱え直すという行程を踏んだ。

 非があるダリアに配慮するより、真面目に戦ったデュークを優先している。


 これはトレイナーの到着が二人のもとまで間に合わないと理解した上での行動でもあった。

 ダリアを任せる事でトレイナーにも花を持たせたと言えるが、ホワイト本人はそこまで考えていなさそうだとシャロンは思う。

 観客の視線はもう一つの試合に集中していた。

 チェスターが苦笑して同情めいた声を出す。


「あ~あ…ネイト君きつそー……。」




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