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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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433/526

431.開幕、剣闘大会!




 九時。

 晴れ渡った空の下、コロシアム内に曲が流れ始める。

 いよいよ始まりかと観客席のざわめきが静まり、コロシアムのフィールドには一人の女性が大きく手を振りながら登場した。


《は~い、皆さんおはようございま~す!(*^^)/》


 声はコロシアム全体に響き渡っている。

 腰まで伸びた緩くウェーブした白茶色の長髪、おっとりして見える垂れ目、きらりと光る茶色の瞳。

 明るい笑顔は若々しく、頭にはレース付きの小さなシルクハットをかぶっている。若草色のドレスは裾がふくらはぎの高さで、堂々と歩く茶色のロングブーツが見えた。


《天候にも恵まれ良き日となりました、本日の剣闘大会。司会進行を務めますのは私――《魔法学》中級および《護身術》担当、ケイティ・エンジェルです。よろしくね~!(((*^-^*)))》


 客席から歓声や拍手が送られ、エンジェルがくるりとターンを決める。ドレスの上に着た深緑のローブが軽やかに浮いた。

 彼女の声を響かせているのは雇われの《遠吠》スキル持ちだ。まだスキルの存在を知らない下級生達は、一体どうやっているのかと目を輝かせ、あるいはきょとんとして顔を見合せる。


「ネイト、なに頭抱えてんだ。君の母親だろ?」

「……だからだよ…あー恥ずかしい」

 そんな会話も音楽と歓声に埋もれていった。

 観るのは《剣術》上級クラスが出る試合からで良いと考える生徒も多く、客席にはまだ余裕がある。


《こんな地面からじゃ、皆さんとの距離が遠いですよね。という事で、まずは宣言しましょう!――風の御力、くるりらぽんっ!》

 扇子を指揮棒(タクト)のように振ってターン&ウインクを決めると、エンジェルの体が浮かび上がった。


 一見すると普通の魔法だが、本人を浮かせつつもスカートは捲れず、下からでもその中は見えず、髪をボサボサにする事もなく美しくなびかせている。よく観察すると非常に高度なコントロールが行われているのだ。

 彼女の授業を受けた事のない生徒は、むしろ宣言の独特さが新鮮で気になったらしい。おお、と声が上がっている。


 エンジェルの次男であるネイトは手で顔を覆って「勘弁してくれ」と呻いた。

 隣に座る友人が無言でネイトの腕を軽く叩く。「お前の母親()()()な」の意だ。最悪だ。宣言はどう唱えたって自由なものだが、「くるりらぽん」は年齢制限があってもいいだろとネイトは思う。母親は三十二歳だ。


 そんな息子の心境は露知らず、エンジェルは王子達がいる貴賓席の真正面、運営側である教師陣や楽団がいる席の上空を手で指し示した。

 今日のためだけに設置された幅広のボードに次々と文字が浮かんでいく。


《ルールは簡単!攻撃魔法および、事前登録されていない武器の使用が禁止で~す。三位決定戦からは一組じっくり見れるけど、それまでは最大四組が同時試合。一年生から始めて、終わり次第ドンドン次にいきますよ。勝敗と次の対戦カードは私が読み上げますから、気になる試合を見逃さないようにしましょうね~。(*^^)》


 登録さえ行えば剣以外の武器を使うのも自由だ。

 ただし一試合三種類までで持ち込み可能数は武器の種類で細かく異なり、毒の塗布は禁止。武器と括っているが投げ縄や先を尖らせた靴なども可能である。そのためダンは剣の他にガントレットを登録した。

 こういった登録内容は観客や対戦相手に公開されないが、各試合につく審判は把握しており、違反すると即失格となる。

 明確な実力差なく制限時間を迎えた場合、勝敗を決定するのも審判の仕事だ。


《それでは、気になる第一回戦の組み合わせはこちら!》


 ジャジャンと楽器がかき鳴らされ、ボートには四学年に分かれたトーナメント表の最下段が表示された。端には《第一回戦 制限時間十分 四試合同時》と書かれている。

 予選とも呼ばれる一回戦、二回戦には《剣術》上級クラスの出場者はいない。中級もしくは、数は少ないが初級クラスを受けている者だ。


「デイジーさん、あれ!対戦相手って…!」

「っ……」

 目を丸くしたカレンに肩を揺すられながら、デイジーは唾を飲んで貴賓席へと目を向けた。対戦相手はデイジーの席を知らないのだろう、目が合う事はない。

 一年生は予選出場者十二人だ。全部で六組、同時に四組の試合が順に行われる。


《フィールドは東西南北に分けられ、それぞれ審判がつきま~す。まず東はレイクス先生!》

 東エリアと書かれた壁を背に、レイクスが大きく手を振った。

 短い瑠璃色の髪に明るいグリーンの瞳、今日も白地の正装で剣を携えている。客席から歓声や拍手が送られ、エンジェルも笑顔で頷くと、続いて西エリアを手で示した。


《西はホワイト先生!……先生、手振ってくださいね~、聞こえてますか~?(#^^)》

 右前と左後ろだけまばらに白い、特徴的な黒の短髪。赤い瞳をエンジェルに向ける事もせず、黒の上下に白衣を着たいつも通りのホワイトだ。

 ただ、目元を隠す赤いゴーグルを首元まで下げている事と、腰に帯剣ベルトをつけ双剣を装備している姿は珍しく、女子生徒はこぞってオペラグラスを手に覗き込んでいる。


 審判の反応はどうあれ、客席は同様に歓声や拍手を送っている。

 南のグレン、北のトレイナーも紹介を終えると、エンジェルは再度トーナメント表を振り返った。


《それではいよいよ選手入場ですね。左端の組から順にやっていきますよ~。最初の四組、名前を呼ばれた方はフィールドにぽーんと出てきてくださ~い。東、ネイト・エンジェル対――》


 対戦相手の名が呼ばれるより早く、ネイトは観客席の最前列から飛び降りる。

 落ち着いて登場したい生徒は階段を目指し、トーナメント表が出た時点で移動を開始しているものだ。


《西、シャロン・アーチャー対ビル・チャリス。

 南、チェスター・オークス対アルジャーノン・プラウズ。》


 次々と名が呼ばれていく中、デイジーは深呼吸した。

 コロシアムに入った時とは反対に、レベッカがデイジーの背を軽く叩く。カレンは「がんばれ」とばかり小さく拳を作って頷いた。


《北、デイジー・ターラント対ダン・ラドフォード。以上四組が最初の試合となりま~す!》


 立ち上がって周囲の視線を受けながら最前列へ歩き、腰に提げた剣の柄を握る。

 しっかりと前を見据えて、デイジーはフィールドへ飛び出した。


《全員揃いましたから、エリアを区切っちゃいますね~。よろしくお願いしま~す。(*^^)》


 ふわりと運営側の最前列に降り立ち、エンジェルがフィールドを振り返って言う。

 東西南北のエリアをはっきりと分ける光の線が現れ、真っ直ぐ上へ伸びてそれぞれに四角い箱を作り上げた。淡い輝きが収まると、各エリアはまるでガラスで囲まれているかのようだ。しかしそれが観客席側を反射して映してしまう事もなく、フィールドの様子はよく見えた。


《音は遮断しませんが、同時試合だからってお互いの邪魔にならないようになってますよ~。この間に皆さん、ちゃんと位置につきましたね?では構えて、挨拶!('v'*)》


 八人の出場者が対戦相手と距離を取って向かい合い、抜き身の剣を胸の前に構える。

 背筋を伸ばし、切っ先を上に向けて。ある者は呟くように、ある者は笑って、ある者は覚悟を決めた大声で、ある者は緊張を押し隠して――


「「「よろしくお願いします!」」」


《第一回戦、開始です!》




 南エリア――チェスター・オークス対、アルジャーノン・プラウズ。


「とああっ!」

 試合開始と同時に地面を蹴り、アルジャーノンは腹から声を出して斬りかかった。

 細身の彼は色白で鼻が高く、斜めにカットされたブロンドの長髪を今日は後ろでひとまとめにしている。「由緒あるプラウズ伯爵家」だけに運動着ではなく、質の良い深緑のジャケットに襟飾りのついたシャツとジャボ、袖口からは白いフリルが覗き、アイボリーのズボンに軍用長靴を履いていた。


「――っ、」

 チェスターは声を漏らす事なく、真正面からの攻撃を難なく受け止める。

 こちらは波打つ赤茶の長髪を編み込んで低い位置で結い、普段は穏やかな印象を受ける垂れ目の中、茶色の瞳は油断なくアルジャーノンを見据えていた。

 赤褐色の上着には差し色としてワインレッドが入り、その内側は白いシャツに赤いネクタイを締めている。黒のズボンに茶色のブーツ、コロシアムに来た時は短いマントもあったが、今は外していた。


 ――アルジャーノン君って腕は平均的だけど、動きが時々変則的なんだよね。


 なにせ日頃から腕をぐりんぐりんと振り回したり、謎のポージングを決めながら喋ったりする令息だ。普段同じ《剣術》中級クラスを受けているチェスターは知っているが、彼は試合が長引くと余計に謎の挙動が入りやすい。

 疲れて雑になるというより、気が高まっていく方だ。仮に実力が同程度なら粘り勝ちするタイプと言える。授業で一度、妙な体勢から突きをくり出されて反応が遅れた事もあった。


 だからこそ、基本的な実力が自分より下とわかっていても油断しない。

 チェスターは受け身から一転、連撃を繰り出してアルジャーノンの体勢を崩しにかかった。


「ぬぐっ!?うぅ、早いッ!」

 慌てた声を出すアルジャーノンと違い、チェスターは喋らない。

 本当は「ギブアップしてもいーよ」とでも言って笑って見せたいところだが、言えば奮起する相手には逆効果だ。今のチェスターは「お互い全力を見せ合えるように」ではなく、「早く勝つ」とだけ考えて動いている。


 アルジャーノンは風の魔法が使えない上に《魔法学》は初級クラス。

 他学年の試合の間に休憩できるとはいえ、一日何試合もする以上はできるだけ体力も魔力も使わずに勝ちたいのだ。


《東エリア、勝者ネイト・エンジェル!》


 エンジェルの声が響き、観客席から歓声と拍手が湧き起こる。

 聞く余裕がないとばかりそちらに反応を見せないアルジャーノンの剣を弾きながら、チェスターは思わずくすりと笑った。


 ――ネイト君、


「早すぎ。」


 強く踏み込んで懐に入り、腹部に肘を突きこむ。

 ここまでずっと剣での応酬だったせいもあり、アルジャーノンの視線はチェスターの剣に集中していた。防御も間に合わず身体が後方へ飛ぶ。


「ぐはっ!」

 背中を強かに打ち付けたアルジャーノンが思わず手を離し、剣がカランと音を立てた。

 一秒後にはチェスターがその腕を地面に押さえつけ、右足で反対の手を、左脚の膝下全体で腰部を圧迫している。滑らかな動きで喉元に剣を突きつけられると、アルジャーノンは目を丸くして口をぱくぱく動かした。

 チェスターがにこりと笑う。


「声、出てないよ?」

「降参しますッ!」

 審判のグレンが金属杖を支えていない方の手を上げ、エンジェルに合図を送る。

 拘束を解いて立ち上がりつつそちらを見たチェスターは、グレンの足元に杖で掻いたらしい無意味そうな落書きを見つけてつい苦笑した。あの菫色の瞳はきちんと試合を見ていたはずだが、審判が割り込むような事態は無かったので手持無沙汰だったのだろう。

 上半身を起こしたアルジャーノンに手を差し出す。


「お疲れ、アルジャーノン君。」

「フッ…ありがとうございます、チェスター様。」


 アルジャーノンは素直に手を借りて立ち上がり、二人は試合開始と同様に向かい合った。剣を構えて「ありがとうございました」と言う。


《南エリア、勝者チェスター・オークス!》


 空いた東エリアでは既に、レオ・モーリスと対戦相手が向かい合っている。

 フィールド端にある階段へ歩きながら、アルジャーノンは「自分の欠点を改めて思い知らされました」と語った。


「ふふ…次こそはッ!この忌々しい地面めに触れる事なく!試合をやり遂げてみせましょうとも!!」

「う、うん。お互い頑張ろ~」

 右太腿を上げてギュルンと両腕を回し、腰を捻って己の右下の地面をビシリと指す。

 相変わらずなアルジャーノンに適当な返事を投げて、チェスターは早く観戦に回るべく階段を上がった。


《南エリア、次はサディアス・ニクソン対――》



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