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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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405/525

403.見れたもんじゃない

 


 週が明けてすぐの夜――学園都市リラ、騎士団詰所の一室にて。


「やはり広がっているな。」


 蝋燭の明かりに照らされ、ウィルフレッドの青い瞳は憂いを帯びている。

 テーブルに広がっているのはツイーディア王国の地図だ。魔獣の目撃情報やギルドの予定地などが色分けして書き込まれている。

 対面に座るアベルが口を開いた。


「実際はもう少し多いと見ていいだろうね。中には被害を隠す者もいるでしょ。」

「ああ、恐らく。」

「…隠すのは、何が目的なのでしょう。」

 テーブルから数歩離れた位置に立つ女騎士、リビー・エッカートがぽつりと聞いた。

 闇に溶け込みそうな漆黒の長髪を一つに結い、鼻と口元は黒布で覆い隠して、前髪には金色のヘアピンを二本挿している。今年でようやく二十歳という、王子の護衛としては異例の若さだ。


「ギルドの設立が公になった事で、魔獣の素材が少なくとも無価値では無くなった。それに、魔獣が出たという報告は旅人や商人を遠ざけてしまうからな。そういった客の訪れで栄えている街は、収益が減るから嫌がるんだ。」

 ウィルフレッドが答えると、リビーは成る程と頷いて再び地図へ目を落とした。

 街の人間で問題なく魔獣を倒せたなら、街として防衛機能がきちんと働いているなら、わざわざ隠す必要はない。魔獣が出ても安全な街として広めればいい。

 隠蔽されるのは「倒せなかった」、「被害が大きかった」、「方法に問題があった」、「魔獣の素材を裏に流した」などの場合だ。

 眉間に皺を寄せたアベルが指先でテーブルを一度叩く。


「隠す事で、実際の発生状況に対して警備が不足する。実害の可能性は高まり、より危険な街となる。…悪手だと思うけどね。」

「討伐した魔獣に対し、適切な処理が行われているかも疑問だしな……。」

 魔石だけでなく、魔獣の毛皮にべたりと滲む脂も毒がある。ゆえに騎士団も気を張って目を光らせているが、ツイーディア王国は広い。どうしても死角はできるものだ。

 視線を上げたウィルフレッドはリビーを見やった。


「あれから騎士達はどうかな。問題ないだろうか。」

「今のところ滞りなく。ケンジットが、やってきた女騎士の少なさを嘆いていた程度です。」

「彼は相変わらずだな…。」

「真面目にやれと言っておいて。」

「承知致しました。この後にでも、改めて。」

 アベルの指示にリビーが深々と頭を下げる。


 孤島リラにはまだ魔獣が出ていない。

 ギャレット達がやってきた先週、今後の備えとして幾つかの小隊を魔獣との戦闘経験がある本部の騎士に入れ替えた。

 リラを発った小隊は研究個体のいる魔塔、あるいは魔獣の出没が多い地域に遠征させ、実物を体験してから帰還する。

 おおよそ一ヶ月内に遠征と帰還を幾度か行い、知識や経験の共有を図る予定だ。


 何せリラには今、次代を担う王家と公爵家の子供達が揃っているのだ。

 特に十二月の女神祭にはロベリアの第三王子と帝国の第一皇子もやってくる。

 その事情を――特にジークハルトが来る事を――知る者はごく一部だが、もし当日に魔獣が放たれた場合、対応が遅れるような事があってはならない。

 ウィルフレッドがふと思い出したように聞く。


「ケンジットと言えば……今もディアナ嬢と交流が?」

「私も直接見てはいませんが、街で立ち話をする事があるようです。人気のない場所へ連れ込んだり、みだりに触れた事は断じて無いと。少々厳しく問い詰めたので、それは確かだと思われます。」

「そうか…。」

 脅しに近い問い詰め方だったのだろうなと思いつつ、ウィルフレッドは背もたれに身を預けた。

 ディアナは枢機卿クロスリーの養女で、白い肌に長い銀髪の華奢な令嬢だ。

 魔獣が初めて確認された日、去年の狩猟の際にケンジットがコテージへ送り届けた娘でもある。

 火に近付けば溶け消えてしまいそうな儚げな風貌で、守ってあげたいだのミステリアスだのと、男子生徒からの人気は高いらしい。


 ウィルフレッド自身は特に惹かれていない。

 確かに顔立ちは整っているのだが、シャロンのような温かみも笑顔も無ければ、本人はあまりにも周囲への興味関心が薄く、社交能力に欠けている。

 親しい生徒がいないどころか、多少身分のある娘なら誰もが内密に雇っているだろう護衛役も見当たらなかった。


 ――枢機卿は何を考えているのだろうな。彼女を利用するにしては、教育が行き届いていない上に放任が過ぎるように思うが…ケンジットは興味半分、探り半分といったところかな。


 温くなった珈琲に口を付けながら、ウィルフレッドは黙ったままの弟を見やる。

 狩猟でもそうだったように、第一王子と第二王子が揃う場面でディアナはアベルの方へ行く。そうするよう枢機卿から指示が出ているのだろうが、アベルとの繋ぎにしたいならもっと社交の上手い人間を用意するべきだ。

 あの様子では彼女は少なくとも、王族の妻にはなれない。


 アベルが部屋の扉に目を向けた。

 数人分の足音が近付いてきて立ち止まり、扉がノックされる。

 リビーが誰何を問うてから開くと、ローブのフードをばさりと下ろして、チェスター、サディアス、ダンの三人が入室した。


「こんばんは、アベル様、ウィルフレッド様。リビーさんもね☆」

「失礼致します……」

「よう、王子サマがた。」

 時刻は夜の十時を回っている。

 ウインクしたチェスターには疲れが見え、サディアスは少しフラついて青い顔をしていた。唯一平然としたダンが両手に装着していたガントレットを外し、いつも腰に提げているケースに戻す。


「早かったね。」

「えぇ、ダン君借りてって正解でした。いや~、俺じゃあの速さであんな遠く行けませんよ。」

「サディアス、大丈夫か?顔色が悪いようだけれど…」

「……申し訳ありません。喋ると、吐きそうです。」

「オッケー、それじゃ俺が話すね。」

 何かあれば手で合図するようサディアスに言い、席についたチェスターが報告を始めた。

 仁王立ちのダンは腕組みをしてそれを聞き、サディアスはリビーの誘導で力なく椅子に腰掛ける。


 風の魔法による自身の移動はダンの得意分野だが、自分と離れた誰かを飛ばす調整は不慣れだった。《魔法学》でも未だ「仮想お嬢」人形を地面に叩きつける有様である。

 今回は念のためにサディアス達の魔力を温存したので、ダンは二人を両脇に抱え、それぞれのズボンのベルトをがっちりと掴んで空を飛んだ。

 サディアスは他人の魔法で飛んだ経験が無かった事もあり、飛行感覚の違いで酔ってしまったのだ。行きは耐えていたが、往復となれば流石に限界だったらしい。


「…ってわけで、捕まってたご令嬢達は救出。全員怪我してたから、今はここの医務室で治してもらってます。」

「そうか…ご苦労だったな、三人とも。」

「いーえ、騎士の捜査についてっただけですから。」

 チェスターは苦笑してひらりと手を振った。

 後学のために騎士団の捜査へ参加できるのは助かるが、ダンを頼って飛ぶのは確かに「苦労」だと心の中で思う。サディアスほどではないにせよ、チェスターも少々酔っていた。速くて荒っぽいのだ。


 ここ数週間、一人また一人と女子生徒が寮に戻らず行方知れずになっていた。

 犯人の男はお忍びの高位貴族を騙って街で令嬢に声をかけ、甘いマスクと言葉で誘惑。レストランの個室に入って飲み物に睡眠薬を混ぜ、眠らせてから馬車を使い誘拐していたという。


 未婚の令嬢が男に騙され監禁されたのだ。

 一番悪いのは犯人とはいえ、被害者達の今後も明るくはないだろう。中には婚約者がいるにも関わらず男の誘いに乗った者もおり、破談は間違いないと思われる。

 ウィルフレッドは眉間に少し皺を寄せて息を吐いた。


「被害者達は誰も護衛役を連れていなかったのか?」

「雇えない家だったり……ま、連れてたけど男と二人になりたくて先に帰らせた、っていう子もいますね。――まさか、シャロンちゃんにまで声かけてたとは知りませんでしたけど。」


 一拍、間が空く。


 サディアスは「なぜ言ったのですか」という顔でチェスターを睨んだが、すまし顔をしている所を見るに、どうやら()()()()とわかっていて言ったらしい。

 ウィルフレッドの纏う空気が静かに重くなった。

 ゆるく瞬き、青い瞳がダンを見やる。


「…その男、シャロンを狙ったのか?」

「一ヶ月ぐらい前だったか、俺とお嬢で街歩いてる時に声かけてきた。そん時はもちろん誘拐犯とは知らなかったけどな。…確かに、「二人で」ってしつこかったぜ。」

 ダンが不快そうに頭を掻いて言った。

 少し強めに睨んだらすぐに逃げたので、ダンも今夜顔を見るまで殆ど忘れかけていた。

 ウィルフレッドは美しく微笑んでいる。


「へぇ。どんな男なのか、俺も少し興味が湧いてきたな。」

「ダン君が思いきり二発やったんで、顔はもう見れたもんじゃないですけどね。」

「お前も吐かせてただろーが。」

「ん~?それはモチロン、情報をね☆」

 他の物も出てたけどと小声で付け足し、チェスターは軽く笑った。妹を持つ身として、少女攫いにわざわざかけてやる情は無い。

 アベルは落ち着いた様子で兄を見やった。


「ウィル。つまらない物見てる暇ないからね。」

「…わかってるよ、アベル。それは俺の仕事じゃないし、どの道、シャロンがそんな男に騙されるなどあり得ない。――ダン、協力ありがとう。君は先に学園へ戻ってくれ。」

「おう。……お前らも日ぃ跨ぐ前に帰れよ。お嬢が心配するからな」

 にやりと笑って言ったダンに、ウィルフレッドは苦笑して軽く手を上げる。

 短い灰色の髪にフードをばさりとかぶせて、アーチャー公爵家の従者は扉の向こうへ姿を消した。


「無関係、でした。神殿都市(サトモス)周辺の失踪事件とは。」


 サディアスがそう言って姿勢を正し、黒縁眼鏡を指先で押し上げる。

 少しは回復してきたのか、蠟燭に照らされた顔色も良くなったように見えた。ウィルフレッドが目を合わせて頷きを返す。


 生徒が数名しばらく戻っていないと聞き、真っ先に疑ったのが失踪事件との関連だった。神殿都市サトモスと学園都市リラは遠いが、《ゲート》を使えばあっという間に移動できる。

 騎士団の護送でもない限り人間を荷物として運ぶのはご法度とはいえ、拘束して荷馬車に埋もれさせたり、犯人に騙されあるいは脅されて、大人しく付き従って通った可能性も考えられた。

 しかし今夜聞き出した限り、女子生徒を攫った男はサトモスの事件とは無関係なのだ。


「あの経路ならエリ姫も来週にはサトモスまで戻って来るだろう。それより早く解決できれば良かったんだが…」


 センツベリー伯爵から届いた手紙を思い返し、ウィルフレッドは心配そうに目を伏せた。




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