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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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402.泣いた王子様




 答えてはみたものの――…馬鹿げている、そう思った。


 たとえ魔法が使えても無理な話だ。

 月の女神様も、太陽の女神様も。初代国王陛下と初代五公爵、いわゆる六騎士の皆様も。遥か昔の建国時代を生きた方々であり、相談するどころかお会いする事も声を聞く事も不可能なのだから。


 思いついたままに答えてしまった私を、ホワイト先生は笑いも呆れもしなかった。

 カレンと同じ赤い瞳は真剣にこちらを見据えている。


「相談したいというのは、夢の中でか?」

「…そうなりますね。確かに……眠ったのであれば。自分が望む夢を見ようとしたのでしょうか。」

「おまえも、おまえが巻き込んだ友人とやらも、夢については何も覚えていないのか。」

「はい。見たかどうかすらも…」

「次は覚えておけ。」

 無茶を言うわね…。

 覚えていられるものなら覚えているのに。私は眉が下がったのを自覚しながら、視線を横へそらして考える。


「起きたらすぐ書けるよう、自室では傍に筆記具を用意しておきます。」

「加えて、おまえが何か祈りたくなった時は先に内容を記録しておくといいだろう。祈る際はできる限り、書いたこと以外考えるな。連想して思考が飛ぶと原因特定が困難になる。」

 無茶を…。

 しかし現状、そうするしかないのかしら。


「外出に不安があれば、眠りと相反する効果を付与した物でも作ってみろ。」

「!……いいのですか?」

「効果を増やすのは後回しで良いとは言ったが……必要があるのだから、試すぐらい構わん。検査した上で持ち歩けば良い。」

「やってみます。」

 新たな挑戦に少し胸が高鳴る。

 目指す効果、どのような媒体にするかなど、自分の意見を言いつつ先生のお考えも聞いて方針をまとめた。


「スキルの話は以上か?」

「はい、相談に乗って頂きありがとうございました。」

「問題ない。おれ個人としてもおまえには興味がある」

「――…?」

 何かが引っ掛かって、軽く頭を下げていた私は瞬いた。

 自然な流れで姿勢を正し、表面的には何も気にしていないよう微笑みを保って、残り少なくなった食事を進めながら記憶を探る。

 今の先生の言葉、何か覚えが……


「次の土曜は午後空いているか?調合の見学に来ていい。珍しいのを扱う」

「本当ですか!ありがとうございます、是非拝見させて頂きたいです。」

「ではそのつもりでいろ。……あぁ、防音を解くか。」

「お願いします。」

 ダンを見るとすぐに目が合ったので、軽く頷いてみせた。

 防音の役割を担った風の魔法が解けたのだろう、個室の扉越しに遠く、食堂にいる生徒達の足音や笑い声、食器の音が漏れ聞こえてくる。


 さっきの言葉は何だったかしらと思考を戻して、ゲーム画面が頭の中に浮かんだ。



『話してくださってありがとうございました、先生。』

『構わん。おれ個人としてもおまえには興味がある』

『えっ……!?』


【 わ、私に興味があるってどういう事!?心臓がどきどきして、顔が真っ赤になる。先生が不思議そうに首をちょっと、傾けた。ううっ、ゴーグル越しだけど今日もすごく格好良い。あっ、でもあの、そっか。興味があるのは、私が同じ赤い瞳を持ってるから…かな?それか、テスト頑張ったから?そうかも……落ち着こうと思って、私は深呼吸した。 】


『再来週、楽しみにしてますね……!』

『ああ。ではな』



 そうだった。

 来週、つまり十月第二週の土曜は三つ目のデートイベントの日。

 これは試験明けである先週のティータイムで必ず攻略対象を選び、「約束」しておかないと発生しない。


 ウィルと市場で食べ歩いたり、アベルに稽古をつけてもらったり、自習室でサディアスに勉強を教えてもらったり、チェスターとショッピングしたり――…ホワイト先生に、珍しい薬草を見せてもらったり。

 もしかしなくても、その薬草を調合するところを私は見学するのね。


「…先生、デザートはいかがなさいますか?もしお時間があれば、留学時代のお話を伺いたいのです。」

「ロベリアの話か……女神祭の事もある、いいだろう。」

「ありがとうございます。ダン、メニューを。」

「こちらに。」


 カレンについては確かに先週、私は令嬢達から噂を聞いていた。

 アベルと二人きりで食堂のテラス席にいたと。つまりゲームに沿ったイベントとしてはそういう事なのでしょう。

 皆様は私が動揺するのを期待したようだったけれど、私は軽く流して終えた。

 効果付与の検査をして頂く日だったし、たとえ二人がどう噂されようと翌週、つまり今週のうちには立ち消えるとわかっていたから。


 読み通り、週の半ばもいかず二人のティータイムに触れる者はいなくなった。

 今週からウィルとアベルはカフリンクスを。

 私は襟元につけるブローチを、揃いのアレキサンドライトに付け替えたのだから。


 代々、国王の右腕たる特務大臣を担うアーチャー公爵家。

 その長子が双子の王子殿下と揃いの物を身に付ける。次代も王家からアーチャー家への信頼は揺るがず、またアーチャー家から王家への忠心も揺らがぬであろうと思わせる姿だ。

 私が女でなければ、そこまでの話。


 女である以上は――…言わずもがな、ね。

 フェリシア様の協力や私自身の振る舞いもあって、表立って噛みついてくるような方はいないけれど。不満が一切出ないわけはないので、影では色々言われているのでしょうね。

 こちらは自慢するでも萎縮するでもなく、ただウィルからの信頼を胸に堂々と立つのみだ。


 ちなみに「第二王子殿下って意外と、お揃いを受け入れてくださるのね」なんて、令嬢達の中でアベルの株が上がっていたけれど。

 言ったら不機嫌になりそうなので、私からは特にご報告差し上げないつもりでいる。


 注文したデザートが運ばれてきて、ホワイト先生のロベリア留学のお話が始まった。

 六年前当時、学園を卒業したばかりの先生は十七歳になる年だ。


「おれは研究所で学び始めたが、数日経った頃か一週間か……うるさいのが来たから、邪魔だと叩き出した。それが王子どもだ。」


 一瞬、聞き間違いかと思ったけれど。

 数秒前の記憶を辿るとやはり聞き間違いでないように思う。同盟国の王子殿下に何をしているの、この方は。

 パフェから生クリームをすくいとり、先生はスプーンを口へ含んだ。戸惑う気持ちはあったが私は聞かねばならない。女神祭での対応を間違えないために。


「先生、叩き出したとはどのような……?王子殿下はお三方おられますが。」

「やり合ったのは王太子と二番目だ。歳はちょうどおれの上下か……確か、調子に乗るなと言っていたか?最後の方は泣いていて、何を言っているかわからなかった。」

 泣かせたの?

 十八歳と十六歳の王子殿下を?……な、何があったのかしら。


「問題はなかったのですか、王子殿下にそのような仕打ちを…」

「絡繰りを持ち出してまでおれの邪魔をしたのはあちらだからな。第三王子(ヴァルター)はまだ学園にも入っていない頃で、上の王女に手を引かれてただそれを眺めていた。」

 それはポカンともするでしょう。

 兄王子二人が留学生に泣かされていたら…。


 格闘でホワイト先生に敵わなかった二人は軍用の絡繰りを持ち出したそう。下手をすればツイーディアとの同盟にヒビが入るというのに。なぜそんな物を簡単に持ち出せたかと言えば、王太子殿下がご自分で作られたとか。

 その場に居合わせたロベリアの研究員はほぼ逃げ出し、先生は絡繰りを破壊。やけくそで襲い掛かって来た二人を風の魔法で窓の外、庭にあった池の中へ。

 そして…


「窓を閉めて作業に戻った。」

「…とても、先生らしいと思います。」

「ヴァルターと挨拶したのはその時だな。以来、王子連中とはよく顔を合わせていた。」

「王太子殿下達ともですか?」

「ああ。」

 騒動のすぐ後。

 興味津々なヴァルター殿下に話しかけられつつ作業していた先生のところへ、びしょ濡れの王太子殿下が駆け戻ってきた。なぜか満面の笑みで。


『ルーク・マリガン!!』

『叫ぶな。聞こえてる』

『先程はいきなり失礼した。これほど敗北感を味わったのは初めてだ!貴様――いや、君は素晴らしいな!面白い!私の絡繰りはどこが脆かった?なぜ避けられた?魔法と身体能力どちらだったんだ?両方か?ツイーディアでは誰もが君ほど強いのか?後日改めて実験に協力してくれないか!』

『質問を絞れ。』

『兄上、楽しそうですね。』

『ヴァルター!そうだ、私は今とても楽しい!まだ弱いという事は、まだ《上》があるということだ!試行錯誤と努力の末に成果があるということだ!あははははは!』

『うるさい…』


 ロベリアの王太子殿下は国中が認める天才技師だと聞く。

 先生の話から察するに、でき過ぎて退屈を覚えていらっしゃったとか?ともかく、先生は力技で王太子殿下に気に入られたようだ。一部始終を見ていた第一王女殿下は訝しげな顔をしていたという。


「第二王子殿下は戻られなかったのですか?」

「後から来て謝罪は受けた。婚約者に捕まって医務室へ行っていたらしい」

 王子殿下に襲われた先生も、容赦なく先生にやられた王子殿下も、この騒動を国の問題とする事はなかった。

 兵と共に現場へ駆け付けた王太子妃殿下は、「相手は魔法大国の宰相閣下の御子息ですよ」と青ざめ震えていたそうだけれど。……無理もないわね。


 ホワイト先生は三年、ロベリア王国に滞在した。

 時に王太子殿下に強引に連れ出され、時に第二王子殿下と食事を取りながら議論を交わし、時に――というよりしょっちゅう、第三王子殿下は先生と話したがったらしい。

 聞いて良いものか迷うのですがと前置きして、私は聞いてみた。


「第三王子殿下は女性が苦手と伺ったのですが、その頃から既にでしょうか?」

「最初は違う。おれがあちらにいる間にひと悶着あって、あいつは素手の接触が無理になった。それと去年だったか、ヘデラの王女が随分と暴れたらしいな。」

「…そのようですね。詳しい内容は存じませんが、それによって昨年の女神祭、ロベリアの王族は欠席を決めたと聞きます。」

「女を見るのも辛くなったらしい。当時おれの元にも手紙が来ていた」

 長年世話をしてくれている侍女にも、仕事で携わる文官も、見合い相手となる令嬢も、視界に入れば等しく吐き気を催してしまう。どうしても顔が歪むのだと。


「だが、おまえに会うのは楽しみにしているらしい。」

「そうなのですか?」

 つい反射的に聞き返した直後、当然の社交辞令だと気付く。

 ヴァルター殿下は王都でお父様に挨拶しているのだ。表向き、それくらいの事は言うでしょう。「光栄ですね」と微笑んで、私は紅茶を傾ける。

 本心かどうかはお会いすればわかるはず。反応を見るまでは決めかねるわね。


「服装は男子のものを着用しようかとも考えているのです。侍女にはそのように指定していると伺いましたから。」

「そこまですべきか知らんが……どちらにせよ、おまえを無礼に扱うような男ではない。好きにするといい」

「先生がいらっしゃれば殿下もご安心かと思います。もしよろしければ、ご挨拶を一緒にさせて頂くのはいかがでしょうか。」

「時間が合えばだな。帝国の方の対応でおれも多少駆り出される。」

「――…承知しました。では、時間が合えば。」


 女神祭まではまだ一ヶ月以上あるのだ。

 ひとまずの約束をして、私は赤い瞳を見つめた。



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