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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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403/525

401.学園は少し遠い

 



 おかしい。


 自室のベッドの――掛け布団の上で目を開き、一番にそう思った。

 灯りはつけっぱなし、カーテンの隙間から見える外はまだ暗く、冷えた腕を擦りながら身を起こす。寝巻は長袖のものを着ていたけれど薄手だし、空気は少しだけ肌寒かった。


「くしゅっ…」

 いけない、風邪をひく前に温まらなくては。

 ひとまず灯りを消そうとして、アベルに貰ったネックレスを外していない事に気付く。やっぱり変だわ。寝る前には必ず外すのに。

 入学してからもう幾度か、自室で、それも夜に、転寝(うたたね)しているわよね…?

 さすがに多くないかしら。


 自己管理はできる方だと自負している。

 眠たくてたまらないのなんてベッドに入ってからだし、まして自室で椅子に座っている時、それも夜に転寝を選んだりしないはずだけれど、寝ていた事があった。

 今日みたいにベッドの上でこてんと寝ていた事も。


 ほんの一度や二度なら疲れのせいとも考えたけど、さすがに違和感を覚えた。

 手を首の後ろへ回してアメジストのネックレスを外し、手のひらに乗せて見つめる。自然とアベルの顔が浮かんだ。

 私達は同じスキルなのかしらと聞いた時の、考え込む彼の横顔。

 繋いだ手を優しく叩く指の感触も。


『俺達が眠った一件の原因がわからない内はハッキリしない。あれから特に問題はないのか?』

『何も起きていないわ。お祈りをする時は、念のためこれには触らないようにしているし。』


 都忘れの二階での会話だ。

 もちろんそれ以降も、私は女神様や星々に祈る時、このネックレスには触れないようにしていたはず。だからこそ今まで、寝てしまったのは魔法とは無関係だと…


「違う」


 目を見開いて呟いた。

 考えてみれば――…あの夜に私やアベルが眠ったのは魔法のせいだとして、必ずしもそこにネックレスが関係するとは限らないのでは。


 だって私達は、宝石を介さずに身体を強化できる。

 アベルはネックレスに触れて意識が途絶えたと言ったけれど、こうして手のひらにあったら……ネックレスに触れようとすれば自然、私に触れる事になる。

 そもそもは王城のボヤ騒ぎを見た夜に、無事を祈っていたはずの私は眠ってしまって。訪ねて来たアベルは…


『お前が声を掛けても揺すってもまったく反応しないから、妙だと……』


 揺すった時点では平気だったのなら、手のひら、つまり肌に直接触れた事が問題?

 布団越しにアベルが眠っていた光景を思い出して、ふと。


『きゃああああ!ご、ごめんなさい!』


 図書室での出来事がそっくり重なった。

 あの時は気付いたらなぜか、私がアベルにのしかかっていたのだ。


 布団もなしに密着していて、触れたところが温かくて、逞しくて、安心する香――…、そうじゃないでしょう、私。重くなかったかしら、それも違う。そこじゃないわ。

 急に火照ってきた頬に手で風を送りながら、思考を切り替える。


 当時は混乱していたし、明らかに階段から落ちていたし、恥ずかしくて…とにかく「何が起きたか」という会話は打ち切ってしまった。

 あの時何があったの?


「……私は、『二種の光』を読みに行った。」

 確かめるように呟く。

 そこで偶然、アベルを見つけて。彼が起きるまで傍にいて……来年起きる事件の話と、女神様がスキル持ちかどうかという話をしていた。


『神話やその研究論文をどれだけ見ようと、女神本人に聞けるわけじゃない。』


 アベルがそう言って。

 それから階段を降りる時…どうしたのか思い出せないけれど。でも、私と同時に気絶して落ちる、という事があり得るものだろうか。あの、アベルが?


 私のスキルが関係していると仮定してみましょう。

 アベルは私の手を支えてくれていた。

 手に触れていた事で、彼が私を起こそうとしたあの夜と同じ何かが起きた?


 スキルが発動し、その《効果》によって自ら気絶か眠りに陥って、その時、私に触れた人を巻き込んでいるのだとしたら。


 《効果》とは何か?


 アベルの前で敢えてネックレスを握ってお祈りした時は、何も起きなかった。

 ホワイト先生も、研究室で私に作らせた薬には何も付与されていなかったと……そういえば、その時もアベルが作業中に入って来て。


 もしかして人に見られていると駄目?そんなはずはない。

 水晶を使ってアベルと実験した時、守りの付与には幾度も成功している。


 まだ確証はない。

 ないけれど、人を巻き込む可能性がある以上は……。







 翌日、日曜日のこと。


 王妃教育の授業を終えた私は、ウィル達はすぐ騎士団へ向かうらしいという事もあって、皆と顔を合わせる事なくホワイト先生の研究室を訪れた。

 また間違えたのか、辛いパンを片手に沈痛な面持ちで扉を開けた先生を連れ、食堂三階へ移動する。


 特別授業の話となれば王命があるため、ダンは聞く事ができない。

 かと言って先生と個室で二人きりにもなれないけれど、そこは先生があっさりと「防音でいいならかけてやる」と言ってくださった。

 テーブル席が三つほどある個室を取り、ダンは端の席に。誰もいないテーブル席を挟んで、反対側のテーブルに私と先生がつく。


 全員の料理が届いてから、先生は風の魔法を使った。

 これでダンにはこちらの姿は見えるけれど、声が届かない。

 先生はゴーグルを首元へ下げ、ナイフとフォークを取って赤い瞳をじろりと私に向ける。私は頷いて口を開いた。


「確証はないのですが……スキルが原因かもしれない出来事について、ご報告できていませんでした。」

「何だ。」

「夜、意図せず気を失っている事があるのです。気絶なのか、ただの眠りかは不明ですが……最初は女神様と星々へ祈りを捧げた後のことでした。」

「………。」

 切り分けたお肉を咀嚼しながら、先生は私を見つめてぱちぱちと瞬いた。

 呆れられているのか、考えて頂けているのか、聞いているだけで考えてはいないのか……イマイチ読めない。ひとまず話を続けた。



 自室で思い出のネックレスを握って祈りを捧げた時。

 友人が揺すっても声をかけても目覚める事がなく、その人は私の手のひらにあったネックレスの宝石へ触れると眠ってしまったという。

 その人と共に眠ってしまった事はもう一度ある。

 ネックレスはつけていたけれど、祈ってはおらず、女神様のスキルについて話をしていた。手を繋いで歩いていて、眠るような状況ではなかった。


 祈る時は宝石に触らないよう気を付けていたが、それでも自室の椅子で眠っていた事があるので、宝石は関係がないかもしれないこと。

 昨日も寝る支度をする間に眠っていた。祈ったかどうか覚えていないが、強い不安感があった事は覚えている。



 ……夜中にアベルと一緒にいたなんて言えないので、少しずつ変えて話した。自室に友人という時点で、普通は「同じ寮の部屋を訪れた女子生徒」と思うはず。

 ホワイト先生は咀嚼していた物を飲み込み、口を開いた。


「祈りとは即ち、集中して深く意識する事だ。宣言を唱えるわけでもないそれは通常、魔法として発動する事はないのだろうが……おまえの万能性がこれを突破しても不思議はない。」

「万能性…」

 身体の強化、自動防御、治癒の促進、回復…確認されているだけでも、私は様々な《効果付与》が可能だ。

 付与できる効果の制限がわからない以上、何かが魔法として発動した可能性はある。


「身体強化は随分前から使っていたそうだな。それによって《宣言無しのスキル発動》に慣れたおまえが、ただおれが疲れてそうだの、今作っているのは傷薬だの、その程度で菓子やらに《効果付与》してきたわけだ。」


 そう、私は無意識に使ってしまえる。

 だからこそお父様は黒水晶(モリオン)のブレスレットを用意してくださったのだ。


「なら、おまえの眠りがスキルによる《効果》でもおかしくはない。単身でなく人も巻き込める事は謎だが……他人に関わる祈りだったのか?」

「……そうかもしれません。」

 私の望みは、カレンやウィル達と皆一緒に生きることだ。

 前世で見た悲しい結末を、未来を、変えること。皆と一緒に――…


「検査人を呼んで試してみるか。」


 ホワイト先生の言葉に視線を上げる。

 試せるものだっただろうか、私の転寝現象は。


「…実は、再現できないか試した事はあるのです。けれど何も起きず…」

「それはおまえが《効果付与》だと自覚した後か?事が起きた時と試した時で、同じように祈れていたのか。」

「……知るより前です。同じようには…」

 まったく同じようには無理だ。

 ベッドに横たわった状態で、アベルもすぐそこにいたのだから。


「ならやってみる価値はあるだろう。」

「ですが……もし成功したらどうしましょう?」

「何がだ。」

「私の意識が落ちるのであれば、たとえダンがいても……互いに体裁が悪いかと。その、検査人の方は女性でしょうか?」

「………。」

 先生はしかめっ面で腕組みをし、目を閉じた。

 どうやら男性のようね。しばし黙って食事を口に運んでいると、先生はようやっと赤い瞳をこちらへ向けた。


「おまえのスキルも検査の事も知っていて、かつ、女となると………姉上だな。」


 先生のお姉さん。

 マリガン公爵の長女といえば……王妃、セリーナ・レヴァイン殿下だ。成功するかもわからない私の実験のために、それも体裁を保つための立ち会いだけに、来て頂けるわけがない。畏れ多すぎる。

 あるいは男性でもお父様なら問題ないのでしょうけれど、同じく気軽に来て頂くわけにはいかない。

 私は静かに首を横に振った。


「やめましょう、先生。」

「……まぁ、そうか。姉上が来るには少し遠いな。」

 先生は納得したように言ってビシソワーズをスプーンですくう。

 距離の問題ではないと思いつつ、私は半熟卵をからめたサラダを口へ運んだ。


 自室で私一人寝てしまうだけなら、焦って調べる必要はない。

 けれど図書室の件や、火槍の再現を見せてもらった時、アロイスと最初に会った時も夜だった。私が夜に出歩く可能性がある以上、なぜ発動するかわからないのは危険だ。


「…やはり、常日頃から黒水晶に触れておくべきなのでしょうか。」

「それは勧めない。」

 ちょっとだけ落ち込んで聞くと、ホワイト先生は私の案をすっぱり切り捨てた。

 いわく、日常の警護に問題が出てくるからだと。

 そうなのよね……危険が迫った時、咄嗟に身体強化が使えないのでは困る。眠ってしまう件は現状スキルのせいだと確定はしていないし、そう頻回に起きているわけでもない。

 ホワイト先生がテーブルに肘をつき、フォークでお皿をカンと鳴らす。


「時間帯は夜。祈り、考察、不安…種類は違うのだろうが、おまえが何がしかの《効果》を己に与えていると仮定する。その内容ばかりはおれにはわからん、おまえは何を望んだ?」

「……望んだこと、ですか……。」

「これまでの幾度か、すべて同じ事を望んだとは限らない。変に捕われず自由に答えてみろ」


 最初は女神様達に祈った。

 祈るとは、対象を強くイメージすること。考察も同じ、女神様について深く考えた。

 そして不安を抱いた私は……助けを求めただろうか。頼りたいと願っただろうか。


「……女神様達に、相談がしたい、とか……?」





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