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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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382.予想外の訪問者




 放課後、《パット&ポールの何でも雑貨店》。


「う~ん、見覚えないですねェ。」

 カウンターに置かれた人相書きを見て、フェル・インスは首をひねった。

 後ろで高く結った長い黒髪がさらりと揺れ、サングラスの奥にある瞳が前へと視線を戻す。


 両頬を支えるようにしてカウンターに肘をつき、「そうよねぇ」と呟いたのはノーラ・コールリッジ男爵令嬢だ。

 ウェーブがかった薄茶色の髪を編み込んでハーフアップにし、そばかすのある頬に軽く白粉を乗せている。朱色の瞳に丸眼鏡をかけた彼女の脇からにょきっと、赤紫色の髪をした幼い兄弟が顔を出した。

 この店の看板店員でもあるパットとポールは今年で五歳と七歳になる。

 彼らはつま先立ちになったりカウンターに飛びついたりして覗き込み、気の良さそうな髭面の男性を見て「知らなぁい」と首を横に振った。後は興味が失せたとばかり、客のいない店内をパタパタと走って商品の補充に回る。


「ロングハースト侯爵領のトルネア街道、ですか。私南東側(そっち)は詳しくないんですよねェ。いや、お嬢様のお役に立てず申し訳ない限りですが。」

「そういえばあんたが旅してたの西側なんだっけ……ま、殿下も()()商人って言ってたもんなぁ。」

「お坊ちゃまは相変わらずお元気で?」

「そりゃね、具合悪そうなトコ見た覚えないし。そうそう、しょっちゅう挑む子がいてすごいのよ!」

 ノーラが語るところによると、デュークという孤児院出身の男子が日々第二王子に試合を挑んでいるらしい。

 土工の親方が褒めていた日雇いの学生がちょうど、そんな名前ではなかったか。フェルが記憶を辿る間にもノーラが「ちぎっちゃ投げちぎっちゃ投げ…いや、ちぎってはないか。」などと試合の様子を語っている。


「がたいの良さは勝ってるんだけどねー、やっぱ殿下が怪力過ぎるっていうか。」

「怪力ですか、すごいですねェ~。」

「話盛ってないわよ?パットくらいの時にはもう、大人をポイと投げてたし。ちっちゃい時から強いって王都じゃ有名だったでしょ。」

 人の噂、それも王族に関する事となれば、多少大袈裟に話されていても不思議はない。

 ノーラ自身が嘘を言っているようには見えないけれど、微笑ましいものだとフェルは笑っていた。


 第二王子に与えられたのは、()()()()()守りの力だ。


 ゆえに怪力に見えるなら、それは相手の力を上手く利用しているか、純粋に鍛えた結果か――密かに風の魔法などで補助をしているか。

 もっとも彼は魔力が無い事になっているようだから、三つ目の方法は使いづらいだろう。

 そんな事を考えながら、フェルは人相書きを指で摘まむ。


「探し人なら店内に貼っときますかァ?」

「これは駄目よ、大々的にやるヤツじゃないもん。」

 ノーラが手を差し出し、フェルが大人しく人相書きを返した。

 ちょうどそのタイミングでカランカランとドアベルが鳴り、パットとポールが「いらっしゃいませー!」と声を上げて入口へ駆ける。

 フェルはほんの一瞬だけ眉を顰めたが、現れた背の高い男を見てすぐに警戒を解いた。


「ホワイト先生だ!パット&ポールの何でも雑貨店へようこそっ!」

「ああ」

「ようこそー!そのひとおともだち?」

「これはまた、随分と小さな店員だな。」

 ホワイトの次に入ってきた男は旅人らしいローブを着て、もっさりとした灰色の髪をしている。腰に剣を提げているのが見えたが、ホワイトの連れならいきなり店で暴れる事はないだろう。

 フェルは朗らかな笑顔で「いらっしゃいませェ」と言いつつ、サングラスの奥から店の外を確認した。


 ――三人、いや四人か。実際にはもう少しいそうだな。貴人か、それとも。


「ノーラ・コールリッジ。おまえもいたのか」

「こんにちは、先生。一応あたしん家の店ですから、そりゃたまにはいますよ。そちらの方も、ゆっくり見ていってくださいね!」

「ああ、そうさせてもらおう。」

 変わらず赤いガラスのゴーグルをかけたホワイトの隣で、歳は四十代くらいだろうか、その男は凡庸な顔立ちをしていた。

 フェルはにこにこと笑みを浮かべたまま彼らを眺める。


 ホワイトを見やるとじわり、文字が浮かび上がった。《干渉》。


 続いてこちらへ背を向けた灰色頭の男を見やり、目を見開く。



 《加護》。



 ヒュッと喉を鳴らさなかった自分を褒めたが、男とホワイトは何か用かとばかりフェルを振り返った。ノーラやパット達は何も気付かなかったのだろう、不思議そうな顔で視線を辿る。


 ――先生は流石だけどそっちもか。すっとぼけるのは無理そうだな。


「わわ、見ちゃってすみませんねェ。先生にお連れさんがいるの珍しいなァ~って、つい!お偉いさんだったらどうしましょ、お嬢様。」

「あんたねぇ……。先生、失礼ですみませんけど気にしないでやってください。」

 男は頭を下げたノーラを見やり、その手に持ったままの紙へ目を留めた。描かれた髭面の男は落書きにしては丁寧で、横には特徴が箇条書きされている。


「お嬢さん、それは人相書きか?」

「え……そうです。何か見覚えあったりしますか?」

「見せてくれるか。」

 男はノーラが差し出した紙を眺め、ふむと息を吐いた。


「誰がこの男を探してるんだ。」

「あーっと…」

 第二王子殿下の事を言うべきか伏せるべきか、いや下手に言わない方がいいだろう。などとノーラが焦っている間に再び店の扉が開き、付き人らしき旅装の男が二人に合図した。


「もう時間か。ここではまだ何も買えてないんだが…」

「色々寄り過ぎたかもしれない。おれの案内が悪かった」

「俺は楽しかったぞ。店主、これを貰おう。包んでくれ」

「ハァイ、ただいま!」

 揉み手をしつつフェルが返事し、パットとポールが受け取った代金を数え、「たしかに!」と満面の笑顔を見せる。

 恐らくは護衛騎士だろう付き人に急かされ、二人は店を出て行った。

 首を傾げたノーラが「うぅ~ん」と呻き声を上げる。


「今の人、何か知ってたのかなぁ……ま、ホワイト先生の知り合いって事はわかってるんだから、それを報告しとけばいいわよね。」

「ですねェ…」

 ぼんやりと気の抜けた返事をして、フェルは額ににじむ汗を手の甲で拭った。あまりに予想外の相手だ。


 ――何で国王が来てる?


 付き人が時間を気にしていた事からも、近々出される触書の事も考えて、少なくとも長期滞在のはずはないと考える。公的な訪問でもなさそうだが、警備的に少なくとも学園長シビル・ドレーク公爵、ユージーン・レイクス伯爵の二人は知っているだろう。

 そうなれば、レイクスが自分のスキルを使う可能性がある。


 ――今夜は作業しない方が良さそうだ。


 心の中で呟いて、フェルはサングラスを指で押し上げた。





 ◇





「着いたぞ~お嬢ちゃん!」


 ガタゴトと揺れる幌なし馬車の御者台から声が飛ぶ。

 荷台で横になっていた少女は「んむ」と声を漏らして目を開けた。口の端に垂れかけていたよだれを拭き、百五十センチもない体をぐっと伸ばす。

 ぱっちりと開いた目には蜂蜜色の瞳があった。内巻きがかった黒髪は横を頬の高さで切り、後ろは低い位置で二つに結っている。


「ようやっとか。長い旅じゃったのう、ヴェン。」

「はい。」

 重ねられた荷物の上にちょんと座る彼女は君影国の姫、エリ。

 ヴェンと呼ばれた大男は百九十センチ近い背丈に屈強な身体つきで、荷台の縁に作られた隙間に片足だけ乗せて立っていた。短い黒髪の上から額の高さに手ぬぐいを巻きつけて左側で縛り、凛々しい眉に鋭い目つき、血のように赤い瞳をしている。


 灰色の煉瓦を敷き詰めた道に古びた家屋がずらりと並び、その多くが本屋の幟を立てていた。古い紙とインクの香りが微かに漂う、ここは古書の街タクホルム。

 神殿都市サトモスは王都ロタールの南やや東に位置するが、ここは北西にある。シャロン達が行ったバサム山やミザの街がある一帯よりも西、コクリコ王国の国境と王都の中間地点だ。


 ほどなくして馬車が停まると、エリはヴェンの手で地面に下ろされた。

 御者台にいた男二人のうち髭のある方が巾着袋から硬貨を取り出す。


「乗せてくれてありがとな!ほれ、駄賃だ。」

「毎度っ!おチビちゃん達も気ぃ付けてな、楽しんでってくれ!」

「誰がおチビかっ!淑女として扱えと申したであろうが!」

 エリはぷんすこ怒っているのに、御者は幼い子供を相手するように笑って手を振り去っていく。

 花も恥じらう十六歳の乙女に何たる仕打ちと思いながら、エリは両手を腰にあてて振り返った。


「ブルーノ!ここで間違いないんじゃろうな。」

「おうおう、元気なこった。」

 快活に笑う男の髪は薄くなっており、頭の丸みがよく見える。

 鷲鼻の下、口周りにはゴシャゴシャと固そうな髭が生え、皺の入りっぷりはどうやら六十代前半に見える。ただ老い縮んだ様子はなく百八十センチ近い背丈があり、袖をまくった腕は太く血管が浮いていた。

 自身の胴体とそう変わらない大きさの荷物を背負い、ブルーノは街の中心部へ向かう道を指さす。


「屋敷はまだ先だが、一度腹ごしらえしてかねぇとな。」

「まだ先!長いのう……おぬしに会ってからもうひと月半は経つではないか。」

「そりゃあ急ぐには金がねぇし、魔獣が出て馬車の便も減ってる。馬も人も休むし飯を食う、おまけに遠いときた。時間もかかるってもんだ。」

 アベルに言われた通り神殿都市周辺の騎士団詰所に寄っていれば、金銭面も移動手段ももう少し選びようがあったのだが。

 そうと知らないエリは騎士に伝言を預ける事もせず、アベルの予想を超えて遥か北西へと移動してしまっていた。

 街並みを眺めながらヴェンが聞く。


「この街よりさらに北でしたか、センツベリー伯爵の屋敷は。」

「ああ。だから今食っておかねぇと、俺が空腹で倒れっちまったら案内できねぇかもしれん。」

「むむぅ、ならば仕方あるまい。ヴェン、食事にするぞ!」

 決してわらわの腹が減ったわけではない、そう小声で付け足してエリは歩き出した。


 三人は軽装の上にローブを羽織った旅装だが、ブルーノは護身用の短剣を腰に提げている。元から平民でも護身用に持ち歩く者もいたが、魔獣の出現でさらに増えた。

 ヴェンは以前使っていた大刀がアベルに折られてしまったため、同じく長身のロイに店を紹介してもらい、新たに買った大剣を背負っている。


「ブルーノ。おぬし伯爵とは顔馴染みなのじゃろう?」

「おう。来る時ぁ泊めてもらうしな。あんま買いやしねぇが気の良い奴だ。」

「…兄様(あにさま)の懐刀、返してくれるかのう……」

「さぁな。そもそも何であいつがあんたの兄さんのを持ってんのかもわからねぇ、買ったんなら同額で買い戻せって話も出るかもしれねぇ。行ってみなきゃな、わからんよ。」

 顎髭をぐしゃりと撫でながら言うブルーノを観察し、ヴェンは視線を前へと戻す。

 伯爵がよほどお人好しでもない限り、ただの商人は気軽に泊めてはもらえない。爵位についてはヴェンも王都で軽く学んだので、平民が伯爵を呼ぶにあたって「奴」が相応しくない事くらいわかっている。


 エリ達が報酬を出す訳でもないのに、この長い旅路に付き合ってここまで来た。

 道中、彼がエリ達の荷物を狙ったり素性を聞き出す様子もなく。エリが黒い魂を見かけて進路を変えたがっても、彼は深くは聞かずに従ってくれた。


「貴方はなぜ、ここまでしてくださるのですか。」

「なに、俺の商売は隠居爺の道楽でね。儲けなんか出りゃあラッキーだし、ほとんど一人旅みてぇなもんだ。」

 楽しい連れは大歓迎さと彼は笑い、厚い胸板にドンと拳をあててみせる。


「まぁ任しとけ!男ブルーノ、チビっ子を見捨てて逃げやしねぇからよ。」

「ふ、頼もしい事――…誰がチビっ子か!」




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