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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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379.皆でお勉強



 勉強会当日。

 六人席のテーブルが並ぶ第七自習室には、三十人近い生徒が集まっていた。


「頭が…こんがらがってきた………。」

 普段のよく通る声はどこへやら、今にも魂が抜けていきそうなレオが白目を剥いて呟く。カレンが隣から彼の頭をペンでつつき、これは駄目かもしれないと頭を横に振った。

 レオの正面の席で《国史》の解説をしていたウィルフレッドは困ったように笑う。

 同じテーブルにいる女子達は顔を赤くし、上品にうっとりしたり、恥ずかしそうに目をそらしたり。男子は「殿下の説明はわかりやすかったのにな」と首を傾げ、「モーリス」と声をかけた。


「ペシオン山の戦いで当時のアーチャー公爵が勝利した、という所までは大丈夫なのか?」

「え?し、シペオン山じゃなかったか?」

「それは街道を挟んだ隣の山だな。」

 顎に軽く手をあててウィルフレッドが答える。

 カレンは手を伸ばしてレオの教科書のページをめくり、地図を指差した。レオが苦しみとも嘆きともつかない呻き声を上げる。


「西にある高い山がペシオン山、東にある低い山がシペオン山だ。比べると名前以外は似ていないぞ。ペシオン山のすぐ北はセリュバの大森林が広がっていて…ほら。南にはタルミアへ流れる河の源流であるノルトン湖がある。反対にシペオン山は…」

「殿下、彼既にオチてます。」

「おや…」

 こっくりと舟をこぎ出したレオに貴族令嬢である女子が「なんて無礼な」と青くなった。ウィルフレッドはさして気にした様子もなく笑い、カレンが慌てて横からレオを揺する。


「はっ!…危ねぇ、意識飛ぶとこだった」

「飛んでたよ!」

「え?そうか?」

「もうっ、昨日はお師匠様からの手紙開けるの楽しみだって、気合入れ直すぞーって言ってたのに!」

 ウィルフレッドは別の質問を受けてそちらに答えている。

 カレンはその会話を邪魔しないよう、小声で言いながらレオをじろりと睨みつけた。うっと苦い顔をするかと思えば、レオは項垂れてため息を吐く。


「師匠の手紙な……あれ、試験頑張りなさいって内容だった……大会の話じゃなかっ」

「お師匠様というと、ベインズ卿!?」

「ぅお!?」

 唐突に隣テーブルにいた金髪の令嬢に話しかけられ、驚いたレオが椅子をガタンと鳴らす。

 令嬢は「失礼」と居住まいを正して長い髪を耳にかけ、にこりと笑った。


「前から気になっていたのです、貴方のこと。少々お話聞かせてくださいな。レオ・モーリスさん?」

「は、はぁ……。」

「名乗りが遅れましたわね、わたくしはキャサリン。キャサリン・マグレガーですわ。」

 カレンの赤い瞳がレオと令嬢とを行き来する。

 振り向く時椅子の背にかけていたレオの手をさらりと取って、「これからぜひよろしくね」と令嬢は微笑んだ。顔を赤くしたレオが目に見えて焦っている。

 カレンは無言でその脇腹に拳をあてた。

「いてッ!」



 一方別のテーブルでは、《法学》の質問に答え終わったサディアスが何気なく視線を周囲へ流す。

 彼の斜め前に座る王女、ロズリーヌが珍しく真剣な顔で教科書と睨めっこしていた。勉強が苦手ですぐ変顔で固まっている彼女にしては珍しい。本当に珍しい事だった。

 ロズリーヌの隣に座る彼女の従者、ラウル・デカルトが不思議そうな目で見つめながら口を開く。


「殿下、どうしたんです珍しい。」

「ちょっと気になる事があるのですわ…でもよくわからなくて……」

 むむむと眉を顰め、ロズリーヌは目を細めつつ教科書を遠ざけては近付けた。そんな事をしても載っている内容は変わらないし、解説が突然現れる事もない。

 ラウルからの視線を受け、サディアスは一つ息を吐いて黒縁眼鏡を指で押し上げた。


「王女殿下」

「ヒャヒィ!」

「…もしよろしければ、ご質問は私が承りますが。」

「はっ、はっ、はっ……そ、そうでしたわ。勉強会ですものね……わ、わわたくしが聞きたいのは…」

 ロズリーヌは教科書を置き、呼吸を整えて、なおもつっかえつっかえ噛みながら話す。

 学園内において、貴族令嬢が特定の平民に対して私物を壊したり、公衆の面前で罵倒したり、時に過失で怪我を負わせるなどした場合について。


「退学ですわよーってされたら、何年くらい牢に入るんですの?」

「……生徒同士かつ、平民側が高位貴族の庇護下にあってなお、という場合を想定しますが…」

 恐らくカレンとオリアーナ・ペイス伯爵令嬢の件だろうと考え、サディアスはそう話し始めた。

 ロズリーヌが牽制してしばらくは大人しかったが、先週末に鉢合わせた彼女達はひと悶着あったという。


 主にオリアーナが一方的に暴言を吐き、カレンが作った菓子を外通路の床に叩きつけて踏みつけた。

 よく一緒にいる子爵令嬢、ブリアナ・パートランドとセアラ・ウェルボーンは終始戸惑い気味で、オリアーナを止めようとすらしていたらしい。

 レオ・モーリスとジャッキー・クレヴァリーが現れた事でその場は終わったそうだが、今週に入ってからもう一度、サディアスはオリアーナの名を噂に聞いていた。


 休みが明けてすぐ、シャロンが彼女に声をかけたようなのだ。


 授業前、教室へ向かう階段の傍で。

 目撃した生徒によれば、シャロンは口元を扇子で隠しながらも「それはそれは優雅に」微笑んでいた。ダンは終始黙って後ろに控えていたという。


『まぁ、ペイス伯爵令嬢。ご機嫌よう』


 挨拶の済んでいる令嬢をシャロンが家名で呼ぶ事は珍しい。

 オリアーナはサッと青ざめ顔をひきつらせた。


『…シャロン様におかれましては、ご機嫌麗し――』

『足下、どうぞ気を付けてね。何か踏んでしまうといけないわ』

『………。』

 カレンとの事を知られている。

 そう察しただろうオリアーナは口を閉じた。通りすがりで二人の様子を見ていた生徒達も、シャロンは穏やかな声色だとはいえ、空気感から恐らくオリアーナが何かやらかしたのだろうと理解した。


 その場で直接的に言及される事はなかったが、食べ物、それも他人のものを踏みつけるなど、品位ある貴族令嬢では考えられない蛮行である。

 何も言わないオリアーナを数秒見つめ、シャロンは扇子をパチンと閉じた。扇子の先と薄紫の瞳が見やった先は下り階段で、ついそちらを見たオリアーナが視線を戻す。シャロンはいつも通り、柔らかな笑顔を浮かべていた。


『危ないもの。ね?』


 人生の転落、家の没落、あるいは物理的に終わるのか。雨でぬかるんだ道を行く者に注意するが如き優しさで、彼女は微笑んでいる。


『……心得て、おりますわ。』

『そう。なら良かったわ』


 その場にロズリーヌがいたという話は聞かないが、ラウルは女子生徒から噂を仕入れる事もある様子だ。

 シャロンの警告を知って先程の質問に至ったのかもしれないと、サディアスはゆるく瞬いてロズリーヌと目を合わせる。


「警告や抗議を無視して繰り返したなら、おっしゃる通り退学もあり得ますね。しかしそれなりの事をしでかさないと、年単位での投獄まではいかないかと。」

「そうですの……もし、もしもですわよ?わたくしのような他国の王族がいじめた側…えぇと、」

「加害者」

「えぇ、加害者だった場合は?何年も牢に入るような事はないのかしら。」

 ラウルの一言を受けて頷き、ロズリーヌが聞き直した。

 サディアスは「随分変な事を聞く」と思いながら口を開く。


「母国から身柄の引き渡しが要求されるでしょうし、王族が犯した罪となれば充分審議はするでしょうが……学園で生徒間の衝突、それも王族と平民であれば、よほど明らかな重罪でない限り何年も投獄という事はありえません。」

「……そう、ですわよねぇ……。」


 ――ではなぜ退学…留学中止になった後のわたくし……おおよそ今から五、六年後のわたくしは、牢にいたのかしら。それほどまでに殿下達を怒らせていたということ?法で定める範囲を越えてまで、わたくしに嫌がらせを考える方達には思えませんけれど……とにかく、先日カレンちゃんの教科書をやってしまった時みたいなウッカリをしないよう、気をつけましょう……。


 ロズリーヌは困ったように眉を顰め、自分の頬にむにりと人差し指を突き刺した。



 隅のテーブルでは、ちょうどノートから顔を上げたデイジーが黄色の瞳を丸くする。

 思わず隣にいたレベッカの肩をガッと掴めば、寝落ち寸前だった彼女も目を見開いて椅子をガタガタと鳴らした。


「それで、何がわからないの。」

こんとこぁ(この所が)何だ(何度)らくせぇも(訳しても)変いならぁす(変になります)

 不揃いに切られた茶髪をがしがしと掻き、同じ色の瞳を抱く目は三白眼。

 「わぁらん」と呟いて端の席を立ったはずのデューク・アルドリッジは、あろう事かアベル第二王子殿下を連れて戻ってきたのだ。


 デュークの隣だった男子が大慌てで席を空けようとしたが、それより早くダンが来て予備の椅子を置いていった。アベルが元いた席とこの一角は離れているので、通る間にシャロンが指示していたのだろう。


 開いた口が塞がらないとはこの事だが、デイジーはなんとか口を閉じた。

 アベルにくっついて急に飛び入り参加した上、どこの訛りか言語混じりかという妙な口調で喋り、あまつさえ自ら聞きに伺って戻るならまだしも、王子殿下に自分の席まで来させるとは。不敬のオンパレードで目が回りそうだ。


 端の席であるデュークの正面はレベッカが座っているため、今は二人それぞれの斜め前にアベルがいる状態。デイジーが様子を窺うと、緊張した面持ちのレベッカの頬に汗が伝っていた。


 ――そ、そうよね。王家至上主義の父親に反発してたって、貴族に偏見があったって、いざすぐ目の前に王子殿下が来たら、さすがの貴女も固まるわよね……。


「ソレイユの自叙伝か。どう訳した?」

「あ~、ん゛んっ。……白ぇ魚が、彼女の手がわぁしに触れた。…んで、それが好きだと思った。魚がどっがら出てきたかわからぁせん。」

「‘ 白魚のような彼女の手が私に触れた ’……あぁ、助詞と読み間違えてるんじゃないかな。ここ」

「ん……」

「次は単語の配置で強調文にもなってるから、それを踏まえて《とても好きだと思った》ぐらいになる。」

 ははぁ、と感心した声を漏らしたデュークがメモを取り、べらべらとノートをめくる。

 それを黙って見つめるレベッカは、デュークの字が意外と綺麗である事に少々腹が立った。


「んじゃこっちの……‘ 一層ころったろう ’は何です?いっそ死んでしまおう?」

「‘ 殺す ’は死ぬじゃなくて殺す。《いっそ殺してしまおう》だね。……デューク、抑揚の付け方が違う。発音で落とされるぞ」

「‘ 一層殺してまおう ’」

「‘ いっそ、殺して、しまおう ’」

「‘ いっそ殺してまおう ’」

「惜しいな。」

 ふっと薄く笑ったアベルを見てしまい、同じテーブルにいた女子生徒が一人静かに目を閉じて椅子にもたれる。元々アベルがいたテーブルの女子達からはすさまじい視線がレベッカ達に向けられていた。

 レベッカは「不穏だなおい!」と叫ぶのを我慢していてそれどころではない。


「あはは、なんだか怖い話ですね~。」

 へらりと話しかけたのは浅葱色の癖毛と緑の瞳を持つ小柄な男子、バージル・ピューだ。

 サロンの廊下に張り付いていたレベッカに「何してるの…?」と声をかけたところ、引っ張り込まれて「こいつがどうしても参加するって言うからついてきてやった」と謎の台詞を言われたのである。呆れ顔をしていたので、少なくともデイジーは真実に気付いていそうだったが。


「さすが、《愛あれば死あり》の国というか。」

んだ、(何だ、)おめ(お前)知っつんか。(知ってるのか。)

「しっつ…?ああえっと、情熱的な国だって事まではね。殿下、僕も質問して大丈夫ですか?」

「いいけど。僕にわかる範囲なら」

「はは……」

 むしろ貴方にわからない範囲などあるのか。

 カチコチに固まったレベッカの後ろを通り、バージルは教科書片手にアベルの横へ陣取った。



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