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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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367.別の誤解をされてる

 



 放課後。

 背中をぴたりと本棚につけ、胸元に鞄を抱えてカレンは俯いていた。


「顔を上げなよ。」


 すぐ目の前からアベル第二王子殿下の声がする。

 距離が近いのは当然だった。彼は片手をカレンの後ろにある本棚についている。今顔を上げれば数多の女子生徒を虜にするご尊顔がほんの三十センチもない範囲にあるだろう事はわかっていた。


「あのっ、あの……ち、近くないかな?」

「君が逃げようとするからでしょ。」


 誤解だ。

 眉間に皺を寄せたアベルが自分めがけて歩いてきたら、誰だって一歩、二歩後ずさりするだろう。図書室の片隅は人気がなく、周囲からは本棚で隠れている。

 しかし奥まで追い詰められたカレンの左手には窓があるため、校舎の他の場所からは見える…かもしれなかった。早く話を終えてもらわねばと焦りながら、ちらりと視線だけ上げてみる。

 不安そうな上目遣いになったカレンを、アベルは冷ややかに見下ろしていた。


「単刀直入に聞くけど、君ってウィルに気があるの?」

「っ!?ま、まままさか!ない、ないよっそんな…!」

「ふぅん。その割に随分顔を赤くしているようだけど。」

「それはだって、そんな事聞かれたら誰だってそうなるよ!こ、この状況だってその…」

 微かに良い香りがする理由を考えたら負けだ。

 真っ赤になったカレンは必死にのけ反って逃れようとするけれど、棚板が頭にめり込んで痛いだけだった。目尻に涙を浮かべながら小声で説得を試みる。


「アベル様、ま、前に言ってたよね?二人でいるの見られるとよくないって。」

「だから?」

「だ、だから今もあのー、よくないんじゃないかな!?窓があるし、いつ人が通るか…」

「僕は君との仲を誤解されようがどうでもいい。」

「どどどどうでもよくはないと思う!」

「君とウィルが噂されるよりマシだよ。」

 目の前の王子殿下はどうやら本気でそう思っているらしいと察し、カレンは開いた口が塞がらない。なぜこんな事になったのか。

 当然、周囲に防音の魔法が施されている事など気付くはずもなかった。


「えと……いったん落ち着、きませんか。ねっ?」

「落ち着いてないのは君だと思うけど。はぐらかすのはやめてくれる?僕は真剣に聞いてる。」

「はぐらかしてるつもりはなくて…!」

「この前みたいな事があれば、ウィルはまた君を助けるだろう。もちろん友人として」

「う、うん。」

「けどそれを見た他の人間はいくらでも勘違いするし、わざと噂を流す。それはウィルの道に邪魔なものだ。」

 真剣にこちらを見つめる金の瞳を上手く受け止められず、カレンの視線は右往左往してしまう。

 正面から受け続けるには近過ぎるし圧が強過ぎるし心臓がもたない。


「平民の私とその、そういう感じに見られちゃうと…困るって事だね。」

「君が平民だという理由が全てではないけど、そう。できる限り避けたい。僅かにも噂が立つのは」

「わかった!気を付けるねっ!」

 カレンはハキハキと返事して両の拳をグッと握ってみせた。

 決意表明である。

 しかしアベルは訝しげに目を細めた。


「本当にわかってるのかな。今僕から逃げたいがためにとりあえずで返事してるよね」

「何でわか…っ!」

「へぇ、やっぱりそうなんだ。」

「ち、違うよ?ちゃんとわかった上で、早めに離れた方がいいかなって……!」

 アベルが軽く腕を曲げ、距離が縮まる。

 同時に顎へ指を掛けられてカレンの息が止まった。顎を持ち上げるためにしては位置が深く、指の関節が喉にまで触れている。軽く押し付けられたそれはどう考えても脅しだった。


「気を付けてくれる。本当に。」

「っ――は、い……」


 辛うじて返事するとアベルはようやく指先の力を抜いてくれたが、押さえていないだけでまだ触れている。

 カレンはごくりと唾を飲み込み、喘ぐように囁いた。


「あの…まど、窓があるので、離れたほうが」

「だから、僕は見られたところで…」

 言いながらつと視線を窓の外へ投げたアベルが、ぴたりと静止する。


 中庭を挟んだ斜向かいの校舎に大きな窓があり、そこにいた少女とちょうど目が合ったのだ。それはほんの一瞬で、彼女はサッと顔をそむけた。

 後ろから白衣を着た背の高い男が現れ、彼女に何か声をかけながらカーテンを閉じる。男はこちらには気付かなかったようだ。


「………、あの、アベル様?」


 カレンがおそるおそる声をかける。

 瞬いたアベルはようやく手を離して一歩距離を取ったが、視線はカレンではなく本棚へ向けられたようでいて、実質どこともない空中を見ている。

 ぴんときて、カレンはその視界に割り込んだ。


「誰に見られたんですか。」

「……、いや…」

「誰がいたの!」

「………シャロンだ。…だから、そう。問題はない」

「――…!」

 大ありだよ、と絶叫しそうになったカレンは両手で自分の口を塞いだ。

 相変わらずカレンを見ていないアベルはその様子にも気付かない。


 ――…問題は、彼女が子爵の研究室にいる事だ。……見えなかっただけで、ダンもいるか。いるはずだ、ならば問題はない…のか。本当にいるのか?顔を背けたのが、他に誰もいない事を後ろめたく思っての事だったら。子爵と二人だったらどうする。誰かが行って何事も無い事を証明しなければならない。ウィルは知ってるのか?……


「あ、アベル様、アベル様っ!ねぇ、今すぐシャロンのとこ行ったほうがいいよ!」


 ぐいぐいと腕を揺すられ、アベルはまだそこにカレンがいる事を思い出した。

 彼女はなぜか脅した時より今の方が青ざめている。アベルは訝しげに眉を顰めたが、万一を考えるとシャロンを放置するわけにもいかない。あちらへ行くべきという意見には賛成だった。


「…君、僕の話は」

「わかった!わかったから!誤解だよって伝えないと」

「誤解?脅したのは事実だ。」

「や、やっぱり脅しだったんだ…」

「かなり軽いけどね。」

「でもたぶん、別の誤解をされてると思うよ。」

 アベルは続きを促す意味で僅かに首を傾げたが、カレンは賢明にも「とにかく行った方が良い」とだけ伝える。

 先程「仲を誤解されようがどうでもいい」と言われた事を覚えていたのだ。下手に説明して「じゃあ行く必要はない」となったら困る。


 妙に強引なカレンに送り出され、アベルは南校舎から北東校舎へ向かった。




 扉の前に立っても中の会話は聞こえない。

 ドアノブ横の隙間を見るに、施錠もされていなかった。


 アベルが二度ノックすると、近くにいたのかすぐにダンが扉を開けた。相手がアベルと見て僅かに驚いた顔をし、にやりと笑ってから恭しく一歩下がって礼をする。


「これは、殿下。」

 ダンの声に反応し、奥にいた二人がこちらを向いた。

 普段はホワイトが使っているだろう大きな椅子にシャロンが座り、テーブルに置いた乳鉢に手を添えている。反対の手で乳棒を握っているので、何かのすり潰し作業中だったのだろう。アベルが来たと知って目を丸くしている。

 彼女の後ろに立つホワイトはゴーグルを首へ下げており、さして驚いた風もなくアベルを見やって瞬いた。


「おまえか……珍しいな」

「所用があってね。ここで待たせてもらう」

 当然のように言いながら部屋に入るアベルの後ろで、ダンがしれっと扉を閉める。

 アベルは三人掛けソファの真ん中に腰かけ、ホワイトに「支障は」と見下ろされたシャロンは静かにテーブルへ向き直った。


「…私は構いません。」

「そうか。おまえが良いなら良い」

「………。」

 たった一言ずつで終わった二人のやり取りを見ながら、アベルは軽く腕組みをする。

 テーブルに乗っていた材料からして、シャロンが作っているのは先日《薬学》の授業で実技があった傷薬だ。

 しかしその時彼女が作った物は、改めて指導を受ける必要などない出来だったとアベルは記憶している。

 現にホワイトも助言をするでもなくただ黙って作業を眺めていた。


 本来、ダンがいる事を確認した時点でアベルはもう用など無い。

 しかし目が合った瞬間シャロンに緊張が走ったのは気になった。普段の柔らかい眼差しとは明らかに違っている。

 アベルは「今すぐ行った方がいい」と青ざめていたカレンを思い出した。このタイミングでシャロンの態度が変わるなら、心当たりなど一つしかない。



 ――恐らく、怒っている。俺がカレンを脅した事を。



 それも、()()()()()()()ほど冷めた怒りだ。

 いっそ軽蔑や失望に近いのかもしれない。

 シャロンは出会った当初からカレンをとても可愛がっているのだ。アベルがそんな友人を脅したのは許せなかったのだろう。


 カレンは「たぶん別の誤解」などと言っていたが、仮にアベルと彼女が親密に見えたとして何だと言うのか。そちらの可能性は無いとアベルは考えていた。



 ホワイトとアベルの視線を浴びつつ、シャロンは塗り薬を完成させる。

 結局なぜもう一度作れと言われたのか不明ではあるものの、授業の時よりさらに上手く作れたと自負していた。達成感から思わず笑顔になってホワイトを見上げる。


「できました。先生」

「ああ、素晴らしい出来だ。おまえは薬師に向いている」

「ありがとうございます」

 シャロンは照れたようにふわりと微笑んで立ち上がった。

 微かな呻き声に反応してアベルがそちらを見ると、目を閉じたダンが引き結んだ唇に拳をあてて笑いを堪えている。どこに笑いどころがあったと言うのか。


「それと……持っていけ。」


 目をそらしたホワイトが指先で摘まむようにして突き出した購買の袋を、シャロンは驚く事なく受け取って礼を言った。ホワイトから何か貰うのはこれが初めてではないのかもしれない。ダンが当然のようにシャロンの代わりに持つ。


 立ち上がったアベルと目が合って、シャロンは反射的に部屋の扉へ視線を移した。これから退室するのだから不自然ではない。


「では、ホワイト先生。失礼します」

「ああ」


 出て行く三人の背を見送り、閉じた扉を前にホワイトは一度瞬いた。

 結局アベルは何をしに来たのだったか、わからないが放っておいて良いだろう。振り返った先、シャロンが作った薬はテーブルの上にぽつんと置かれている。


「宣言――理に反するもの、理を曲げるもの、理を成すもの。」


 部屋中をうっすらと影が覆った。

 この場所だけ微かに陰りが差したかのように。ホワイトは薬瓶を見据えている。


「おまえの姿を見せろ。」


 影は消えた。

 否、部屋の中でたった一か所だけ残っている。


 壁に備え付けの棚へ置かれた小さな薬瓶。

 今しがた作られた薬ではなく、授業でシャロンが作った物だ。ホワイトはゆっくりとそちらへ歩き、それを手に取った。

 薬瓶を中心にくるりと一周する黒い影が、ホワイトにしか読めない文字を綴っている。


 《効果:自然治癒促進 期限:残二週間》


 今一度振り返ってテーブルを見たが、先程作った薬瓶には何も浮かんでいない。薬草や水などの材料も道具も、授業で用意した物と同じ物を使わせたはずだ。

 ホワイトは小さく息を吐いて魔法(スキル)を解いた。薬瓶を囲んでいた影が消える。


「……どうなっている……?」




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