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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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362.先生のおやつどき

 



 午後。

 まだ高い太陽に照らされたリラの街は、今日も多くの人々で賑わっている。

 来週カレン達とお菓子作りをする予定の私は、ダンと共に幾つかの店を回って材料を手配した。買った物は寮へ届けられるので、私達は荷物を抱える事なくのんびりと煉瓦道を歩いている。


 学園に戻ったら自習室へ行きましょう。

 来月はもう前期試験だしと考えていたら、不意にダンが私の腕を軽く叩いた。立ち止まって振り返ると、ダンは促すように視線を道の反対側へ移す。


 明るい配色のアイスクリームパーラーのテラス席で、ホワイト先生が本を読んでいた。

 黒ズボンを履いた長い脚を組み、白の長袖シャツは襟元のボタンが寛げられている。学外とあって白衣は着ておらず、座って背の高さも目立たないせいか、普段と比べてかなりラフに感じられた。

 先生以外にはまずいない、右の前側と左の後ろだけまばらに白い黒髪。トレードマークの赤いゴーグルは首元へ下ろされ、端正なお顔立ちがよく見える。


 ――これは…デートイベントだわ。


 今日か明日でしょうと、思ってはいたけれど。視線を壁へ向けながら、私は前世の記憶を探った。デートイベントの二回目……ホワイト先生は、カレンが《市場》を選んだ時に会えるのだ。


 先生がゴーグルを外したところを初めて見て、カレンはつい足を止めて見惚れた。

 すると風が彼女の帽子を先生の席へ飛ばし、拾ってくれた先生と目が合ったカレンはそこでようやく、彼が自分と同じ赤い瞳をしているのだと気付く。

 そうして最初のデートイベント――準備室の片付けをした際に、先生が「目の色を疎ましく思う事はあるか」と聞いてきた意味を知った。

 周りの人々が「何あの子、生徒よね?」「何なのあの白い髪…」などとざわついた事で、カレンは先生にお礼を言って慌てて立ち去るのだ。


 デートイベントとは言うものの、今回はいずれも短い時間。

 ウィルやサディアスは店の中で話して別れ、チェスターも少し立ち話をするくらい。

 唯一アベルだけはカレンを助けるため、あの子を抱えて移動するけれど…会話が多いわけではなかった。いわゆるお姫様抱っこのスチル画像が見られて、急いでいた彼はカレンを下ろしたらすぐどこかへ行ってしまう。


「…あの方が外でアレを取る事あるんですね。」

「珍しくはあるわね。」

 ダンの言葉にそう返しながら、そろりと周囲を窺った。

 やはり女性を中心に、ホワイト先生をうっとり眺めている人達がいる。この状況でカレンが駆け寄ったら、それは当然目立ってしまったでしょう。

 そのカレンはどうやらいないみたいだから……もしかして今頃、他の四人の誰かと一緒かしら。


 ぴゅう、と風が吹く。


 私は風に攫われるような物を身に付けていないので、スカートがふわりと揺れただけだ。

 近くにいたご婦人から残念そうな声が漏れて視線を戻すと、先生が読みかけの本を閉じてゴーグルをつけた。風が鬱陶しかったのかもしれない。

 アイスにスプーンを差し込んだ先生から目を離し、ダンに「行きましょう」と声をかけた。頷いたダンが最後にちらっとだけ先生を見やって、「あ」という顔をする。


 たまたま私達の方を見たのか、ホワイト先生と明らかに目が合った。

 軽く会釈すると、先生は手のひらを上にして人差し指を私に向け、自分の向かいの席へひょいと流す。あら?何か用事があるみた――


「は、はいぃ…!今行きますっ!」


 ちょうど私の横を通りすがった女性が、嬉しそうに声を上げて先生の方へ行く。

 少し嫌な予感がしたけれど、私とダンは顔を見合わせてから同様にパーラーへ向かった。私が来るのを見ていたホワイト先生は、途中でようやく自分に近付いてくる女性に気付いたらしい。ゴーグル越しに胡乱な目で彼女を見上げた。


 二十歳前ほどに見えるけれど、先生の様子からして知り合いではない。先生の授業を取らなかったか、あるいは王立学園に通わなかったか。

 着ているワンピースの仕立てはそれなりに良いものの、靴やアクセサリー……歩き方を見ても、貴族ではないでしょう。

 女性は先生のテーブルの傍まで行くと両手を胸の前で合わせ、うっとりと小首を傾げた。


「マリガン様!ああ、私に目を留めてくださるなんて…!」


 家名を呼ばれた先生が顔を顰める。

 じろりと睨み上げて「何だおまえは」と聞く声は普段よりも低かった。女性がびくりと肩を揺らす。


「え?な、何って…貴方が手振りで私に来いと」

「おれが呼んだのはそこの生徒だ。わかったらどけ」

「そ、そんな……」

 一歩後ずさりした彼女は私を振り返った。

 せめて制服なら良かったかもしれないけれど、生憎、休日――それも自分の名義で買い物をする日とあって、私は髪を結い上げアクセサリーも身に付けた私服に帯剣している。まぁ、女子という時点で彼女には悪印象でしょう。

 女性は憎々しげに歯を食いしばり、踵を返して足早に歩き去った。


 ウィルやチェスターなら、もっと穏便に勘違いを伝えたと思うけれど。

 ホワイト先生にそれを望むのは無理というものだ。私は先生が示した椅子の横に立ち、軽く礼の姿勢を取る。


「こんにちは、ホワイト先生。」

「ああ。座れ」

「失礼します。」

 椅子を引いてくれたダンは、私が座った斜め後ろに控えた。

 ホワイト先生は「好きなのを頼め」とメニューを開いてこちらへ寄越す。テラス席と言えど店の建物からせり出した屋根があるので、日陰になっていてさほど暑さは感じなかった。

 半球のアイス一つにフルーツがトッピングされたサンデーを選び、ダンが店員に伝えてくれる。


「……こちらにはよくいらっしゃるのですか?」


 すぐには話し始めないつもりだと察して聞くと、先生はアイスの器にスプーンを置いた。

 ブラックコーヒーのカップからはまだ少し湯気が立っている。


「夏はたまに来る。メインストリートの店は人が多過ぎて面倒だ」

「確かに混雑していますね。行列のできているところもありますし」

 先生はどうしても人目を引くから、余計に嫌なのでしょう。なんて事ない世間話を続けながら、頭の片隅で考えた。


 街の人はもう先生を知っていて、外見の物珍しさは薄れたかもしれないけれど…学園の先生として公爵家の方として、いらっしゃったらつい見てしまう方ではあるものね。

 当然、先程の女性のように先生を慕う人もいる。

 ただご本人は恋愛や結婚に興味がない。

 カレンは真面目な理由を作って積極的に会いに行き、実力で助手になって支え続け、ようやく思いを遂げたけれど……


「先日の実技は見事だった。あの中ではおまえが作った物が最もおれの手本に近い」

「ありがとうございます。先生にわかりやすく教えて頂いたお陰です。」

 《薬学》の授業で作った軟膏の話だ。

 ちょっとした切り傷、擦り傷に使える物で、魔力の無い人や治癒の魔法が苦手な人はよく使う。

 薬草をすり潰して粘り気が出てきたらちょっとずつ水を足し、種子を砕いて作った粉末を量を微調整しつつ加え、全体がなめらかになったら完成する。


 作業工程を思い返していると、金髪をサイドテールに結ったキャサリン様のお顔が浮かんだ。そういえばあの時、隣で作業していた彼女がうっかりビーカーを倒してしまったのよね。…私の。

 なみなみと水が入っていたわけではないし、材料を駄目にされたわけでも服が濡れたわけでもない。謝り倒す彼女に気にしないでと伝えて、私は自分の魔法で水を注ぎ直した。


 授業終わりには全員が作った物がずらりと並べられ、人によっては明らかに潰せていない薬草の切れ端が混ざっていたり、質感がざらついていたり、水が分離してしまったりと様々で。

 私はお手本よりちょっぴり水気が多かったけれど、それでも上手くできた自信があったから、先生のお言葉はとても嬉しい。

 つい口角が上がる私の前に店員がサンデーと紅茶を置き、先生がサインした伝票を受け取って店内へ戻っていった。


「いただきますね。」

「ああ」

 スプーンで口へ運んだアイスは冷たくて、バニラの甘い香りがする。

 口の中が冷えたところに紅茶をこくりと流し込んで、ほっとため息が漏れた。先生も溶けかけたアイスにさっくりとスプーンを入れて食べ進めている。


「…おまえの時間がある時でいい。おれの前でもう一度作れるか。」

「傷薬をですか?練習させて頂けるのはありがたいので、私は構いませんが……」

「そうか。では頼む」

 この話は終わりとばかり、先生は小さく頷いてコーヒーカップに指をかけた。

 甘いフルーツを口に含みつつ、なぜそんな機会を作るのか不思議には思うけれど……大勢相手の授業よりきちんと見て頂けるチャンスね。何なら今からでも私は問題ない。一緒に学園に戻ると憶測を呼びそうだから、後で合流する事にして…。

 今日はいかがでしょうと私が提案する前に、先生が口を開いた。


「父親と最近連絡は取ったか?」

「はい。手紙で色々と…」

「女神祭に他国(よそ)()()が来る件は。」

 声を低めてぼそりと呟かれた言葉に、私は咄嗟に顔を動かさず周囲を見回した。声が聞こえてしまう範囲に他の方はいない。こちらを見ている人々はいても、距離は離れている。

 動揺を押し隠して微笑みを浮かべたまま、私は小さく頷いた。


「えぇ、()()殿下がお忍びで…まだ、完全なお許しは出ないようですが。」

「そうだろうな。許しが出なければ、本当に忍んで来るかもしれないが。」

「…先生はあの方をご存知で?」

「以前交流があった。」

「まぁ、そうでしたか…。」

 それはまったく知らなかった。

 アクレイギア帝国のジークハルト殿下は、ゲームでの出番はウィルのルートの《未来編》だけだ。ホワイト先生のルートでも彼は皇帝になっていたはずだけど、交流の様子は一切描かれなかった。

 もちろん今世においても、ルーク・マリガン様と殿下が関わっていそうな出来事などパッと思いつかない。人には意外な縁があるものね。


「おれの所に手紙が来ていた、おまえに会えれば良いがと。」

「えぇ、当日はどうしても人が多くなると聞きます。お忍びですし、上手く目立たずにお会いできれば良いのですが…」

 カラスの二号さんはホワイト先生にも手紙を運んでいたのね。

 ジークハルト殿下に「目立たないで」とお願いした所で、果たしてどこまで…とも思うけれど。少なくとも瞳の色をどうにかして頂けないと、周りに気付かれれば絶対に騒動になってしまう。

 気付く可能性が高いだろう先生がたの協力も必須だ。

 話すのは正式に陛下の許可が下りてからと想像していたのに、まさかホワイト先生が殿下から直接聞いているなんて。


「そうか。知らんと返すつもりだったが、おまえに会う気があるならそう書いておく」

「ふふ、ありがとうございます。」

 あのジークハルト殿下に「知らん」……なんともホワイト先生らしいわね。

 そう仰るなら、私が提案した事だとはご存知ないのでしょう。先生が殿下と知り合いなのも個人的な話なのだし、これ以上詳しく話すのはやめておこう。いずれ学園長先生から正式なお話があるでしょうから。

 紅茶を喉へ流して、私はカップをソーサーへ置いた。


「先生、この後はお時間――」

 ホワイト先生の瞳が斜め上へ素早く動き、つられてその先を見る。


 大柄な男性らしき誰かが背中から飛んできた。




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