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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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356.何より願うこと

 



「――…全ては名乗らない。私の事はアンジェって呼んで。」


 警戒の色を隠さずに言うアンジェさん(おそらくアンジェリカ様)は、くたびれたシャツにズボンと男性のような格好をしている。

 腰には刀が二本、長いものと少し短いもの。

 アンジェリカ様が着物姿じゃないという衝撃は胸の内に秘め、私は困り顔で皆さんのやり取りを眺めるほかない。


「貴方達■■■に会っ…もう!貴女!貴女は何なの!?」

「ご、ごめんなさい……私もなぜ声が出ないのか」

「貴様は君影の人間だろう。」

 私の謝罪を遮ってレイモンド様が言う。アンジェさんはぎゅっと眉を顰めた。


「この娘がいない間、こいつに関する記憶は消える。ま、元から無いというのが正しいんだろうが…」

「わけのわからない事を言わないで。■■…ヒスイはお人よしだから騙しやすかっただろうけど、私はそうはいかない。」

「そう噛みつくな。余はここが睡郷だと思うが、どうだ?聞いた事もないか。」

「――どうして余所者がその言葉を…ううん、そんなわけ…だってもしそうなら私達は」

「おかしくはないだろう。現在は常に未来にとっての過去だ。」

 レイモンド様とアンジェさんが話す横で、ヒスイさんがたくさんの疑問符を浮かべている。エルヴィス様もあんまりわかってないみたいだった。

 アンジェさんはどこか諦めたような顔で首を横に振る。


「……それができそうな人間は、私はヒスイくらいしか知らないよ。」

「え?あたしか?珍しい力だとか言ってなかったか。」

「言ったよ。歴代の記録でだって見た事ないし、そこに貴女の膨大な気…魔力が加われば、馬鹿みたいに万能性が高まる。」

 ため息混じりに言って、アンジェさんが眼帯に手を触れた。

 その片目は病で失ったのか、元からなのか、怪我をしたのか……グレン先生が飛びつきそうな話だけれど、今はとても聞ける雰囲気ではない。


「あたしはまだ何もしてないぞ。」

「わかってるよ、一緒にいたんだから。アメ…だっけ。貴女は何を聞きに来たの?」

「えっ。」

「ここが本当に()()()()()()なら、貴女が情報を持ち帰れるのかは知らない。聞く意味が、知る意味があるかはわからない。それでも聞きたければ、好きにしたら。」

 アンジェさんは、どこか暗い瞳でそう言った。

 私の知るカレンよりずっと、ずっと疲れた顔で。彼女の方こそ何か聞きたいのを我慢しているかのような、曖昧な表情をしていた。


 皆様に……私が聞きたいこと。


 皆様?どうして私は…この人達を神聖視しているんだろう。

 わからない。思わずこめかみに手をあてて眉を顰める。そうだ、記憶が抜けていくんだった。


「アメちゃん、まさかまた…」


 聞きたいこと。何のために何を聞くの?


「あたしの出番だね、大丈夫!今回も無事に帰れるよ」


 私が、何より願うことは……皆を助けること。

 ヒスイさんがこの身に触れる前に、私は口を開いた。時間がない。



『――…』



 ほんの一瞬、誰かの声が聞こえた気がした。

 顔を上げた私を四人が驚いた顔で見て、


 どうして涙がこぼれるんだろう。




「彼を…助けてください……」




 呟いた声は震えていて、どうしてか――…私じゃないみたいだった。







 ◇







 空はよく晴れ、白い雲がいくつか浮かんでいる。


 鬱蒼と生い茂る大森林を挟み、王都ロタールの西に位置するミザの街は今日も旅人や商人で賑わっていた。

 平民が泊まるにしてはやや高めの宿屋の庭で、一人の男がのんびりとイーゼルに立てかけたキャンバスに向かっている。足元を鶏がコッココッコとうろついてもお構いなしだ。


 恐ろしく美しい男だった。

 膝下まで伸びたエメラルドグリーンの長髪はところどころにピンクのメッシュがはしり、一つの太い三つ編みにされているものの、適当に縛ったのかぴょこぴょこと跳ねが出ている。歳は二十代半ばほどだろうか、その中性的な顔立ちは整い過ぎていて、物語に出てくる精霊のごとく人間離れした造形美だ。

 着古したシャツとズボンは絵の具の染みがあちこちについている。


「ギャビー、昼食の時間だぞ。フラヴィオが待っている」

「んん?あれ、もうそんなになるのかい。確かにお腹が空いたかもしれないなぁ」

 淀みなく筆を動かしながら、ギャビーと呼ばれた男――画家のガブリエル・ウェイバリーは、呑気な声を出して振り返った。

 宿屋から出てきた男も彼とそう歳は変わらないだろう。緑髪を低い位置で縛って身体の前側へ流しており、腰には剣を下げている。黒い瞳がキャンバスへと向いた。


「珍しいな、お前が女神像以外を描くとは。」

「元気にしてるかな~と思ったらついね。今から横に第二王子君を…」

「それは止めてくれ、色々問題がある。」

「また問題かい?ヴィクターはそればかりだ。貴族って本当にややこしいよねぇ。」

 呆れたようにため息を吐いて、ギャビーはカタンと筆を置く。

 粗末な木の椅子から立ち上がって両腕をぐっと伸ばし、脱力した。本人にとっては落書きなのだろう見事な出来栄えの肖像画を前に、ヴィクターは渋面を作っている。塗り潰すにはあまりに惜しいがその辺の客に売るわけにもいかない。


 扉が開く音に二人が振り返ると、宿屋から一人の青年が出てきた。

 まだ成人したての十六か十七歳といった歳頃だろう、仕立ての良い衣服にハットをかぶり、なぜか首から薄青いガラスの嵌ったゴーグルを下げている。やや外跳ねした青色の髪は肩を越すほどに伸び、襟足で一つに結ばれていた。


 ふらりと庭へ踏み出した彼の後から護衛らしき男が二人続き、ヴィクターはやはり貴族かと察する。眉目秀麗だが少々気難しそうな青年の瞳はキャンバスに向いていたが、ようやっと気付いたようにギャビー達へ薄く笑いかけた。疲れているのか、目の下にクマができている。


「――失礼。俺は二階に泊まっている者だ。窓から素晴らしい絵が見えてつい来てしまった……この絵は、これで完成だろうか?」

「う~ん……そうだね。ここまでかな」

 ギャビーはポリポリと頬を掻いて答えた。

 本来は隣に第二王子アベルを描いてこそだが、ヴィクターが駄目だと言うから。


「そうか……。」


 青年の瞳はどこか熱に浮かされたようにキャンバスの中の少女を見つめている。

 護衛達がごくりと喉を鳴らして顔を見合わせた。片方がおそるおそる青年に声をかける。


「あの…」

「俺はもうこの絵と生きていく。いくらだ」

「「早まらないでくださいッ!!」」

 懐に手を入れた青年を護衛が左右から取り押さえた。

 ギャビーがきょとんと、ヴィクターが唖然とする前で「ええい放せ!」「お気を確かに!」というやり取りがかわされる。


「現実の女などいらん!どうせ皆アレのように怠惰で傲慢で癇癪持ちで食い意地が張った金の亡者で一冊の本の価値すらわからん馬鹿で不埒な浮気者で」

「そこまでは!アレもそこまではいってませんでしたから!!」

「絵と添い遂げるのだけは!それだけはご勘弁を!!」

「変わった人だねぇ、ヴィクター。」

「……随分お疲れのようですね。」

 どう見ても女性関係で何かトラウマがあるのだ。

 ゼェハァと肩で息をしていた青年はやっと護衛から解放されたが、未だに絵を見つめている。


「ともかく…俺が親族以外の女に吐き気を感じない事も珍しい。」

「そんなにですか」

 ヴィクターは思わず真顔で呟いた。

 普通の生活がまかり通らないのではないだろうか。


「この絵を買わせてほしいのだが、モチーフは何の物語の姫君だろうか?」

「嫌だな、お姫様じゃないよ。シャロンはボクの友達さ」

「シャロン?」

「ばっ……!」

 慌ててギャビーの口を塞ごうとしたが遅かった。

 ヴィクターは青年と護衛達の顔色を窺う。青年は目を丸くした後――笑い出した。


「はははは、画家よ。さすが絵で生きる者は言う事が違う。架空の人物が友とは」

「うん?」

「このように美しい少女が現実の世にいるわけがない。」

「何だい、失礼な。ボクは存在しないモノは描かないよ。」

「……いや流石に嘘だろう。」

 声を低めた青年が不快そうに眉を顰めてギャビーを睨む。

 ギャビーは頬を膨らませて腰に手をあてた。


「嘘なもんか!ボクこそは真実の写実画家!ガブリエ…」

「こんな俺の好みど真ん中の美少女なんているわけないだろうがッ!!」

「………えっ。」

 片腕を横に振って叫んだ青年の言葉にヴィクターが声を漏らす。

 ギャビーは細い人差し指を彼に突き付け、我慢ならないとばかり言い返した。


「いないものは!描かないって言ってるだろう!?聞き分けの無い人だな君は!」

「絶対に信じない!これほど愛らしい笑顔をできる女性などいるものか!」

「いるってば!何なら学園都市に行って会ってきたらいいんだ!!」

「万が一にもいたとして絶対、絶対に性格が悪いに決まっている!!」

「ほんッとーに何なんだい君は!?ボクはね!頼まれもしないのに嫌な人間を描きやしないよ!!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ男二人に護衛すらポカンとしている。

 ヴィクターは放っておくと動きそうにない彼らに「そちら、お忍びでは?」と声をかけ、青年を宥めさせた。興奮した様子の青年の頭からズレかけた帽子を、護衛が慌てて直している。


「ヴィクター、君からも言ってやってよ!ボクは無いモノなんて描かない!」

「……確かに彼女は、実在するご令嬢です。」

「なっ……!?」

 本当は言いたくなかったが、否定すればギャビーがますますヒートアップするのは目に見えていた。

 ヴィクターの言葉に青年は目を見開いて絵を凝視し、護衛達は喜色を浮かべていく。ヴィクターは苦虫を嚙み潰したような心地だった。フフンそらみろとばかり胸を張っているギャビーの肩を「何でいつも通り女神像にしなかった」と揺すってやりたい。


「かっ、彼女はシャロン……というのか?」

「そうだよ。」

「う、美しい名だ。そうか。学園にいると言ったな。」

「今年入ったピカピカの一年生さ。」

「つまり十三……俺の四つ下か。こ…婚約者や恋人はいるのか?いないよな?」

「いないんじゃないかい?ああでも第ムグ」

 さすがに危険を感じ、ヴィクターはギャビーを制止した。

 彼女の正体など調べられたらすぐわかるのだ、こうなったら明かした方が諦めもつくだろう。


「彼女は我が国の特務大臣、エリオット・アーチャー公爵のご令嬢です。どなたかは存じませんが、そう簡単には許しが降りないかと。この絵をお売りする事もできかねます。」


 青年は目を見開き――笑みを浮かべた。


「公爵令嬢。素晴らしい、俺とも釣り合う」

「…貴方は一体……」

「売れないという話は残念だが理解した。彼女の事は王都でも聞いてみるとしよう……あぁ、少しは未来が明るく見えてきたな。感謝する」


 ハットを軽く持ち上げ、青年は会釈する。

 彼の髪は青一色ではなかった。それが意味するものを察してヴィクターが唖然とする。

 根本の方だけ白い青色の髪。


 ロベリアの王族特有のものだ。





ハピなしをお読み頂き誠にありがとうございます。

ご感想やいいね、ご評価、ブクマなど、書き続ける上で本当に励みになっております。

誤字報告も助かりました。


来週はパルデア地方に出かけて更新がない可能性があります。

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