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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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349.ちょっと考えて

 



 ウィルフレッドとアベルは王子として招待され、公爵家の三人を連れて行くのだ。

 馬車は孤島リラで最も豪奢な設えの物となり、レオはぽかんと口を開けカレンはカチコチに固まった。


 六人用のそれは一台目に王子と従者が、二台目にシャロンとダン、レオとカレンが共に乗る。上半分は窓になっていて、外から中の様子は丸わかりだ。

 王立学園の正門前、馬車の待機所では野次馬なのか通りすがりなのか、休日にも関わらず生徒達がざわざわと遠巻きにこちらを眺めている。

 慣れた様子で乗り込むシャロンとダンを見上げ、カレンが小声で聞いた。


「しゃっ、シャロンはあっちの馬車じゃなくていいの?」

「私があちらだと、ダンも連れていくけれど……レオと二人で乗る?」

 軽い提案のように小首を傾げられ、カレンは即座に手を横に振った。

 これほど豪華で大きい馬車を平民二人で占拠するわけにはいかないのだ。しげしげ眺めていたレオは、驚きはしたがそこまで気後れしていないらしい。二人に続いて「よっ」などと言いながら馬車に上がる。


「レオ、カレンに手を貸してあげてね。」

「ん?あぁ、そうだな!」

「あ、ありがとう…」

 足台が置かれているので一人でも問題なかったが、ダンの手を借りるシャロンを見ていたカレンは大人しくレオの手に掴まった。

 乗り込むと御者が扉を閉めて足台を片付ける。

 大人数で利用する乗合馬車とはまったく違うフカフカの座席に動揺しながら、カレンは懸命に背筋を伸ばして前を見つめた。



 街は王子と五公爵家の登場に沸いている。

 入学式の日と同様に、大通りを行く馬車を見ようと多くの人が集まっていた。道に飛び出す者のないよう騎士団が交通整理し、人々は首を伸ばして覗き込んだり大きく手を振ったり、悩ましげなため息をついたりボーッと見惚れたりと様々だ。


「ふふ、まるで祭りのようだな。アベル、サディアス。お前達も少しは手を振り返したらどうだ?」

「…私は遠慮します。求められているとも思いませんので。」

「えぇー?そんな事ないと思うけどなぁ。アベル様は――」

 やるならちょっと考えてくださいね。

 そうチェスターが言い始める前に、さっさと一度だけやっておこうとしたアベルは手を軽く上げていた。チラと横目で見やった先にたまたま居た者達に向けて。


「なぁ、あそこだけ人が倒れてないか?」

「ああ?…なんか悶えてんな。」

「具合悪いのかな?それにしては元気そうだけど」

「本当ね……何かしら…?」


 奇異な髪色のカレンを怪訝に眺める者もいたが、既に彼女を見かけた事がある者も多い。何よりカレンは窓越しに向けられた視線より、誘ってくれたウィルフレッド達に恥じない同行者であろうと、自分なりに綺麗な姿勢を維持する事に精一杯だった。

 レオは「外だけ我慢しろ」とダンに言われ、制服のシャツを第一ボタンまできっちりと閉めてネクタイも正され、やや息苦しい。お陰で表情が引き締まって見え、彼の事は多くの人が「護衛役で同行した生徒だろう」と考えていた。



 オペラハウスに到着するとオーナーが恭しく出迎え、丁寧に案内されながら八人は貴賓席へと向かう。

 招待客という事でパンフレットやオペラグラスは無償で提供され、オーナーの話によれば集客効果は充分だったらしい。王子殿下が観た舞台という事で予約は先々まで埋まり、今日使う貴賓席が特に人気だという。


 ウィルフレッド達と別れ、カレンはシャロンと一緒に個室の扉をくぐった。

 コート掛けやソファ、テーブル、絨毯、壁紙、ランプに至るまで「なんだか高級そう」だ。どきどきしながら進み、ダンが部屋を仕切るカーテンをめくる。目で促されて、カレンもシャロンの後に続いた。


「わぁ…!」


 大声にならないよう口元に両手をかざし、赤い瞳を丸くして辺りを見回す。

 劇場の天井は高く、円形の壁の中に個室やカレン達のいる貴賓席が設えられていた。広い舞台の手前は、大きく窪んだオーケストラ・ピットを挟んでずらりと客席が並んでいる。

 席のほとんどは埋まっていて、ざわめく人々は首を痛めそうなほど上を向いてこちらを見ているようだ。カレンはすぐさま覗き込むのをやめた。


「すごい人だね、オーナーさんが言ってた通り。」

「そうね。ウィルやアベルを直接見られるだけでなく、同じ歌劇を楽しめるんだもの。」

 チケットは裏でかなり値を吊り上げてやり取りされただろうが、そこまでは言わずにシャロンは微笑む。

 貴賓席の中は、前面にはカレンの腰を越える高さの壁があり、その内側は一段下がったカウンターテーブルになっていた。四つ並んだ椅子はシャロンとカレンが真ん中に座り、端にあたる席にダンとレオがそれぞれ座る。


「あ、ここダン君なんだ?」

「チェスターさん!?」

「そ、俺だよ☆」

 危ないよという悲鳴を飲み込んだカレンに、チェスターはひらひらと手を振った。

 ダンの向こうにある壁の先、隣の貴賓席から劇場側へ身を乗り出してこちらを覗き込んでいるのだ。落ちたらどうするのかと、カレンは無意識に自分の腕を擦った。


「ダン君、なんかあったらてきとーに合図してね。」

「おう。」

 そんなやり取りをして、チェスターはシャロンにパチンと片目を瞑ってみせてから引っ込んだ。

 カレンは「自由だなぁ」と心の中で呟き、横でレオが眺めているパンフレットを見やる。開かれたページにはメインキャストの絵姿が載っていた。


「わ…役者さん達、皆キレイだね。」

「王子が四人もいるぞ。この人とかは戦いそうだよな?騎士隊長って書いてあるし」

「えっと?第三王子の……」


「――…。」

 劇場内をゆっくりと見回して、シャロンは淑女の微笑みを湛えたまま目を細める。

 騎士の配置は彼女の頭にも入っていた。身を乗り出して下を覗き込みジロジロと確認するような真似はできないが、少なくとも席から見える範囲は予定通りに配置されている。


 ゲームとは違い、ウィルフレッドの傍にいるのはサディアスだけではない。

 アベルもチェスターもいて、オペラハウス所属の歌劇団と代わろうとした者達は既に捕えられている。それを依頼した者は捕まっていないらしい事は気になるが、警備体制は整っていた。



 劇場の照明が暗くなる。

 オーケストラ・ピッチに現れた指揮者に拍手が起こり、ゆっくりと序曲が始まった。


 幕が上がっていく。




 山の中、長い金髪を後ろで一つに結った青年が騎士や従者を連れて舞台袖から登場した。


 爽やかな笑顔を浮かべた彼は動きやすくも立派な装いで、弓矢を背負い腰には剣を携えている。騎士が歌うところによると、彼こそはツイーディア王国の第四王子アーヴァイン・ウィンストン・レヴァイン。

 今日は鹿狩りに来ているが、十九歳になる彼に未だ婚約者がいないため、見合いとして令嬢達も呼ばれているのだ。


 五、六人の令嬢がはしゃいだ様子で現れ、アーヴァインの周りに纏わりつきながら自己紹介していく。アーヴァインは見事な笑顔で優しく話を聞いてやっているようだ。

 流れる音楽も明るく軽快で、一定の距離を保って護衛する騎士達を除けば楽しい雰囲気である。


 そこへ、一番遅れて歩いてきた女がいた。

 他の令嬢はアフタヌーンドレスやワンピースだというのに彼女は騎士服を身に纏い、もちろん剣を携え、長いダークブロンドの髪はサイドを垂らし、後ろは高い位置で団子に結っている。


 王子と令嬢達を照らす明かりが少し暗くなり、騎士の一人が遅れてきた彼女を手で制止した。大袈裟に彼女の騎士服を上から下まで眺め、信じられないとばかり大きく頭を横に振る。

 「カリスタ・モーガンス!」怒りと呆れが混ざった歌声だ。「第四王子殿下の婚約者候補という栄誉を与えられながら、何事だ。今日は騎士団の任務ではないのだぞ。」「お言葉ですが、いついかなる時でも私は騎士です。」カリスタと呼ばれた令嬢、いや女騎士は凛として歌い返す。


 ずい、と大きく足を踏み出して騎士を退かせ、「では失礼」と堂々進んだ先でアーヴァイン達の――お喋りに加わるのではなく、近くでピシリと待機した。護衛としてこの場にいると言わんばかりの顔で。騎士達は顔を見合わせて大きくため息をついたり肩をすくめた。

 アーヴァインが一人離れているカリスタを気遣って声をかけても、彼女は騎士として応対する。他の令嬢は「男爵家の娘など放っておきましょう」「騎士である事が誇りなのですね。素晴らしいですわ」などと笑っていた。



 獰猛な獣の吼え声が響く。



 大道具の草木を分けて現れたのは――灰色熊(グリズリー)だ。

 当然中で人間が動かしているだろうが、本物の毛皮に剥製の頭部を合わせた姿は迫力満点だった。その登場に合わせて不穏な音色に変わっていた曲が、危急を示し急かすように早まっていく。


 「なぜこのような場所に…!」「殿下を守れ!」「魔法は駄目だ、近過ぎる!」騎士達が咄嗟に剣を抜いて王子達を守るように立った。アーヴァインも弓を構えようとしたが、悲鳴を上げた令嬢達が彼にしがみついて邪魔になり、従者が叱咤しながら引き剥がしている。

 先頭にいた騎士へグリズリーが剛腕を振るい、咄嗟に剣で守ろうとした騎士の身体がバンッと舞台袖まで飛ばされた。複数で注意を逸らしながら戦おうと騎士達が動く中、


 風のように早く駆けたカリスタ・モーガンスが、その剣でグリズリーに一撃を与える。


 赤い光がはしった。

 よろめくグリズリーの姿が、タイミングよく掻き鳴らされる音が、翻弄される獣を嘲笑うように舞う姿が、彼女の攻撃は間違いなく通じていると示していた。


 騎士達の援護も受けつつ見事にグリズリーを沈めたカリスタは、疲れた様子もなく剣の血を振り飛ばす動作をしてから鞘に納める。


 王子に纏わりついていた令嬢達は、怯えて縮こまるかバタリと倒れるか、ハンカチで鼻を押さえて顔を引きつらせているかだ。

 凛と立つカリスタに向け、第四王子アーヴァインが拍手を送る。

 流れる曲は穏やかに密やかに、けれど何かを予感させるように美しい音色を響かせていた。


 カリスタは振り返り、素早く片膝をつく。

 「御身がご無事で何よりです、殿下。」「顔を上げて立ってくれ、強く勇ましい貴女。私は未だかつて、これほど美しく戦う人を見た事がない。」アーヴァインは感激を表すように軽く両腕を広げて歩み、静かに立ち上がった彼女の正面で止まった。


「一人の男として、私は貴女の事がもっと知りたくなった。このまま共に城へ来てくれないか。」


 甘い微笑みと共に手を差し出され、カリスタが目を瞠って明らかな動揺を見せる。騎士として褒められる事は受け入れられても、本当に婚約者候補として見られるとは思っていなかったのかもしれない。

 挙動不審に周囲を見回す彼女を、騎士達がニヤニヤしながら、従者は真顔で、令嬢達は悔しそうに見つめている。


 手を差し出したままのアーヴァインに恥をかかせるわけにはいかない。

 カリスタは困惑を滲ませつつも「私でよろしければ、喜んで」と歌い上げ、彼の手に触れた。するとアーヴァインは笑みを深め、慣れた仕草で彼女の手にキスを落とす。


「月の女神がごとき貴女に婚約を申し込む。カリスタ」


 数秒の沈黙の後、アーヴァインを除く全員が一斉に驚愕の顔で後ずさった。同時に音楽がジャンッと鳴らされ、曲が終わる。

 アーヴァインだけがにこやかに笑う中、幕が下りていった。





※『剣聖王妃』史実ver.も別作品として投稿しますので、気になる方はそちらもどうぞ。

 全10話+番外1話です。

 目次の作者名から作品一覧を見て頂くのが早いかと思います。


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