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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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344.消えればいい

 



 なにか、ものすごく邪魔をしてしまったかもしれない。


 今は夜の自習時間で勉強道具も広げたというのに、あれからもう何日も経ったというのに、私はつい思い返してはため息をついてしまう。


『君がくれるなら何でも嬉しい』


 そんなセリフをさらりと言うアベルに、カレンは愛らしく頬を赤らめて。

 前世の私がゲーム画面で見ていたら間違いなく「好感度上昇イベント!?」と思ったでしょう。ここは現実なので、あれはただの「良い雰囲気の二人」だ。

 ダンと軽く身体を動かすつもりで訓練場に行った私は、二人を見かけてうっかり声をかけに近付いてしまったのよね。私服のカレンにはしゃぐ気持ちもあったのは否めない。


『違うからね、私あのっ、レオがいるかなって思って来ただけで…』


 手作りクッキーをくれたあの子が真っ赤な顔で言うから、私はそういう事にしてあげようと思って深くは聞かず、「レオなら食堂に向かうのを見たわ」と教えた。

 アベルはさっさとどこかへ行ってしまって……私達が来なければもう少し、二人で話せていたのかも。


 胸の奥がちょっぴり暗くなる。

 申し訳なさや後悔ももちろんだけれど、きっと前世で読んだシナリオの知識があるからこそ、知らない場面に驚いたり不安を覚えたりするのね。

 それに、アベルが意外なほどカレンに甘くて……少し、驚いた。お友達同士が思ってた以上に仲が良くて、自分が置いていかれた気になるのかもしれない。


「……よくないわね。」

 自分の頬にぺちんと両手をあてる。切り替えなくては。

 私だってカレンがくれるなら何だって嬉しいもの!なんて拗ねている場合でもない。一生懸命さがにじみ出たクッキーは美味しかった。カレンの努力の味。褒め称えた。


 ちなみにカレンのクッキーと言えば《シャロンとお菓子作り》イベントで、それはオペラハウスの事件より後の話だったはず。

 その時一番好感度が高い攻略対象にたまたま会えて、お裾分けをするのだ。


 確かウィルは凄く喜んで、「趣のある味わいでおいしい」と言うのよね。

 明るく笑って「美味しいよ、ありがとねカレンちゃん」と言ってくれるのはチェスター。

 困惑顔のサディアスは味を聞かれて、とんちんかんにも「ちゃんと、チョコレートと砂糖の甘味がありますが。」なんて言う。……まともな味じゃないモノを食べた事があるのかと心配になってしまうわね。


 アベルは「悪くはないんじゃない」と、ヘアピンの時と似たような反応をする。もっと褒めてあげてほしい。ただ今は「何でも嬉しい」なんて言うほどだから、イベントの時はまた違う事を言うのかも。

 「…感想が必要だったのか。悪いが別の事を考えていた」と言ってのけるのはホワイト先生。「後味に不快感はないから、うまかったんじゃないか。おれの舌などあてにならんが」と去ってしまう。


「ふふ」

 カレンと一緒にお菓子作り。

 楽しみでつい頬が緩んでしまうけれど、勉強も頑張らなければね。まだ習っていない箇所を先に読んで自分なりにまとめていく。



 ペンを走らせながら、頭の片隅で《謎の男》の事を考えた。


 おそらく、カレンは既にアロイスと会っている。

 ゲーム通りならそうだというだけではなくて、それとなく「特に変わりはない?」と聞いてみたのだ。カレンは「いつも通りだよ」と言ったけれど、目が泳いでいた。かわいい。

 きっとアロイスに口止めされているのでしょう。


 私はせっかくなので、彼に聞いた連絡方法――小鳥便の七番を使って、従者も一緒になりますがお会いできませんかと誘いをかけた。ダンがいても良いと言ってくれるかどうか賭けだったけれど、私のもとには無事了承の手紙が届いている。

 封筒の差出人が偽名なのは良いとして……中の手紙、隅に書いてあった下向きの三角形は何なのかしら。暗号か何か意味があるのか頑張って考えたものの、残念ながらわからなかった。


 今週末に《都忘れ》の二階でお会いする予定だ。

 本当に来てくれるのかしらという一抹の不安もあるけれど、行ってみるしかない。

 アベルに知られたら怒られてしまいそうだわ、なんて一瞬考えて、首を横に振った。アロイスの言葉を思い出す。



『お嬢さんは、彼を助けたいかな?』



 彼は何を知っているの?

 何が目的なの?


 アロイスはゲームの《お助けキャラ》。カレン達を助けてくれた。

 けれどある種それは――アベルを倒す手伝いだったとも、言えるわけで。


 彼は何を見て何を考えているのか……私はそれを、ほんの少しでも知っておきたいと思う。


 未来に備えて。





 ◇





「意外と呆気なかったな。」


 読み終えた報告書をテーブルに置き、ウィルフレッドが呟いた。

 「そうだね」と返したアベルはベッドに腰かけ、ゆったりと脚を組んでいる。自分の部屋とあって随分とリラックスした様子だが、内容が内容なので笑みを浮かべてはいない。


 街のオペラハウス所属の歌劇団にて、食事に毒が混入される事件が起きた。


 使われたのは身体に強い痺れが残るもので、完治までには一月から数ヶ月を要する。しかし潜入していた騎士が現行犯で捕らえたため、毒の入った料理を食べた者はいなかった。


「もし口にしていたらメインキャストは総倒れ。俺達を招待している以上、劇場側はかなり困ったはずだ。」

「…代理を務められる劇団がいたら、飛びついただろうね。」


 今はちょうど、別の歌劇団がリラを訪れている。

 一月ほど滞在予定で、それも『剣聖王妃』の公演経験があった。被害者が出ていたらこれ以上ない助っ人だ。


 騎士団から毒物混入事件の報せを受け、ユージーン・レイクス伯爵はすぐにその歌劇団を訪れた。

 そこで彼が自白させた内容は毒物混入犯の供述と一致し、当日は魔法で貴賓席を狙う気だったと判明した。どうやらそれは依頼人がいるらしく、大勢の前で第一王子を襲えば後は《ゲート》で逃がしてやると、そういう手筈だったとの事だ。

 依頼人とやらは姿を消しており、目下捜索中である。



 《ゲート》のスキル持ちで、第一王子ウィルフレッドを狙う者。

 狩猟の事を、王都襲撃の事を思い出すのは当然の流れだ。魔獣の存在は確認されていないけれど。



「どれだけ探っても襲撃計画の気配がなくて当たり前だったな。彼らが被害者側とは。」

「けど、探らせたお陰で未然に防ぐ事ができた。取り逃しがいる分、完璧とも言えないけど……ひとまずは悪くない結果じゃないかな。」

「あぁ。せっかく皆でオペラを観るんだ、平穏に楽しみたい。『嘘つきドルフ』も良かったんだろう?」

「そうだね。王都では見れないアレンジもあって面白かったよ」

「ふふ」

 ウィルフレッドは柔らかく微笑んだ。

 自分達がやるはずの公演を乗っ取られそうだったとあって、歌手達の多くは怯えるどころか奮起しているらしい。様子を見に行ったチェスターが苦笑しながら教えてくれた。きっと良い演技が見られるだろう。


「――…()()()()は、まだあの件を気にしているみたいだな。」


 先生と呼ばずに、ウィルフレッドは青色の瞳を少し陰らせて呟いた。

 元王国騎士団一番隊長のレイクス伯爵は、学園長であり孤島リラの領主、ドレーク公爵から深く信頼されている。それゆえに騎士では無くなった今もこの街の警備に携わる事があり、仕事に障りのない範囲で此度の捜査も協力していた。

 彼は決して一人では動かず、常に騎士を連れた。

 まるで自分を監視させるように。


「当然じゃない?身内がウィルを狙ったんだから」

「…逆の立場なら、俺もそう言っただろうな。彼を信頼しているからこそ、あの時は失望する気持ちもあった。他人がこう思うのは勝手かもしれないが……そんな事になるなら何故、兄を正すなり離れるなりしてくれなかったのかと。」


 七年ほど前になる。

 レイクスの兄は騎士団による護衛情報を横流しし、複数の子息子女の誘拐に携わっていた。次は第一王子すらもと狙ったところで、組織の下っ端と密会するところを当時の十番隊長および副隊長が発見、己の罪を認めた上で()()

 身内の不始末の責任を取って、レイクスは爵位を返上し騎士団を辞した。国王ギルバートは降格処分を検討していたが、本人がそれを望まなかった。


 それは、ウィルフレッドも知っている()()()()()に残る話。

 自分が狙われていた事は数年後にようやく知ったが、それでもレイクスには騎士団に残ってほしかったと、そう思った気持ちは今でも変わらない。


「まぁ結果的には、学園に彼がいてくれてとても心強いんだが。俺個人としてはあの件は片が付いてるし、必要以上に気に病む事はないと思ってる。」

「入学した時にもう伝えてるんでしょ?後は本人の問題で、僕達が何を言ったところで仕方ないよ。授業に遠慮があるわけじゃないし、どこまで気にするかは自由とも言う。」

「自由か…それを言われるとそうだな。」

 気に病まないでほしいというのも一つの我儘だ。

 ウィルフレッドは少し寂しげに眉を下げ、小さく頷いた。


 幼い頃は、近衛の隊長であるレイクスに強く憧れた。

 「父上と母上を守ってくれる、強くて優しい、格好良い騎士だ」と、一つに結った長い瑠璃色の髪が揺れる背中を、目を輝かせて見つめていた。

 騎士を辞めてしまった時には、彼の決意を示すようにその髪は短くなっていて。それは七年経った今でも変わらない。


「ウィルにはもっと自分の心配をしてほしい。相手はしつこいみたいだ」

「……《夜教》…なのだとして、なぜ俺を狙うんだろうな。お前に王になってほしいという事か?」

「わからないけど、魔獣に関する嫌疑もどんどん深まってる。」

「例の研究員か。」

 アベルの言葉を受け、ウィルフレッドは考え込むように顎に手をあてた。

 かつて魔塔にて動物実験を行っていたその男は、経費横領を犯して追放されている。その後の足取りを騎士団が追っていたところ、追放から数年後に《夜教》の信者と接触したらしい事がわかった。


「影の女神の存在を信じる者達……」


 ウィルフレッドがぽつりと呟く。

 王都襲撃犯の一人は、独房で影の女神に語り掛けた。

 決めたのは自分達で貴女は何も悪くないのだから、泣かないでほしいと。貴女の愛が、報われますようにと。


 狩猟の時、《ゲート》を使ってまで狙われたのはウィルフレッドだ。

 王都襲撃はその裏でオークス公爵夫妻も襲われた。成功していればチェスターはどうなっただろう。

 オペラハウスではアベルもいるだろう中で、ウィルフレッドを狙う手筈だった。

 来年の二月に薬を盛られるのはサディアスだ。魔力暴走のために《ジョーカー》を使ったのなら、攻撃する相手は指定できない。結果的にアベルが命を落としていたとしても。


 ――俺達の中で、アベルとシャロン以外が狙われた……とも考えられるのだろうか。


 何も、確定はできないけれど。

 紙の上の迷路を指で辿るように、ウィルフレッドは薄い微笑みを湛えて目を細める。


「影の女神の《愛》に、俺は邪魔なのかもしれないな。」


 凍てつくように鋭い眼差しを空中へ向け、アベルは吐き捨てるように言った。



「そんな愛なら消えればいい」





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