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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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340.運び屋商人




 くぁ、と欠伸をすれば鋭い歯が覗く。


 広いベッドに寝ていた彼がぐっと伸びをして身を起こすと、はだけた夜着の隙間から鍛え上げられた身体が見えた。

 艶のある朱色の長髪がさらさらと背中に流れる。十人が通れば十人とも振り返るだろう端正な顔立ちの男はしかし、目を開くと白い瞳をしていた。


 アクレイギア帝国第一皇子、ジークハルト・ユストゥス・ローエンシュタイン。


「皇子殿下、お目覚めでしょうか。」

「あぁ。入れ」

 控えめにノックして問うた使用人に許可すると、部屋の扉が開き次々に人が入って来る。

 部屋のカーテンを開ける者、顔を洗う湯や口を漱ぐ水とタオルを運ぶ者、着替えを手伝う者、髪を梳く者――床に転がった死体を片付ける者。

 今朝は若い女が一人と男が二人だ。今回は出血量が少ないと見て掃除係は心の中で安堵する。


「チュチュイーッ!」


 甲高い鳴き声にそちらを見やれば、廊下から入り込んだ小さな影がちょろちょろ駆け回って机の上へとジャンプした。

 順調に身支度を整えていくジークハルトを見上げ、細長い尾を揺らしてひくひくと鼻を動かしている茶色い毛玉。今はもう「ネズミーッ!」と声を上げる使()()()はいない。一人も。


「チュゥ、チィー!」

「何だ、六号。飯は貰ったんだろうが?」

「ギュゥゥ……プクク……」

 途端不服そうに低音で唸る六号――種族:「デグー」――を笑い、ジークハルトは今しがた入室した片眼鏡(モノクル)をかけている男に目を移した。

 剣を携えたまま第一皇子の部屋に入る事を許されている彼は、布をかぶせられ運び出される死体をちらと見て片眉を上げ、主君へと頭を下げる。


「おはようございます。あの女駄目でしたかぁアアッ!?ろ、六号!なぜここに、」

「チュイチューッ!」

「うぁあああっ!ジーク!フロレンヅィあ゛あ゛あ来るな!!しっしっ!これをくらえ!」

「チュチュッ♪」

 ジークハルトの寝室にヒマワリの種を撒くという蛮行を犯す彼は、そういう逃げ方をするから出会い頭に追われるようになったのだとは気付いていない。掃除係の仕事に「種の殻を拾う」が追加された。

 小さい頃に血が出るほど噛まれて泣かされた宿敵の一族から距離を取り、男は壁伝いにササササと移動して、身支度を終えたジークのもとへ辿り着く。

 視線はまだ六号だ。怖いからこそ位置を見ておきたい。


「はぁっ、はぁ……朝から心臓に悪い……ごほん。ジーク、おはようございます。今朝がた二号が戻りましたので、こちらを預かっておりました。」

「そうか。」

 幾つかの封書を受け取り、ジークハルトが中身を確認していく。

 その間も男はチラッチラッと茶色い獣の位置を確かめ、六号が次の種へ跳ぼうものなら自分もびくりと跳んだ。手紙を読むジークハルトが手振りで「鬱陶しい」と示す。


「あの女どこの刺客でした?裏の仕事はしてないと確信していたのですが…」

「ネガルツの生まれだそうだ。」

 聞き慣れない地名に男は眉根を寄せ、それから「あぁ…」と呟くように言った。

 十年以上前にジークハルトの父親、つまり皇帝が焼き払った小さな村だ。記録には理由すら載っていないような、帝国にとってその程度の村。


「……貴方を恨むなど、無意味な事を。」

「あれにとっては意味があったのだろうよ。」

「もしかして、しばらく女はいりませんか?遠征の間に順番待ちが増えてまして…」

「くはっ、まるでこちらが男娼だな。」

「馬鹿言うなよ!…っと、失礼。貴方の妃か妾になれば安泰だと思ってるんでしょう。」

 娘を差し出す者もいれば、高級娼館から手配したり、どこぞから生娘を連れてきて手練手管を仕込む者も、それらの中に暗殺者を忍ばせる者もかなりいる。

 身辺調査を終えた女達は一定期間監視下におかれ、妊娠も病気も無い事を確認してからそれぞれ皇帝やジークハルトに差し出されるのだ。


「必要なら一度止めますが…」

「止めんでいい。くだらん仕事が増える」

「御意に。」


 成人した皇族の男が長く女を呼ばずにいると、「不能になったのでは」「寝首を掻かれるのが怖い臆病者だ」などと揶揄されるのが帝国の常だ。

 貴族や豪商はそれをわかっていて次々に女を送る。今はまだ子を成さないようにするという意思も伝えられているが、自分のところから「お気に入り」を出せればそれで良い。


 それらの相手が面倒なら誰か一人信用できる女を手元に置いても良いが、その女はジークハルト以上に命を狙われる事となるだろう。

 また、送られてくる女達の態度や言動は状況を測る一助でもあった。だから今のところ、誰か一人を傍に置く事はしていない。


「チュイチュー…」

「ヒッ!い、いつの間にそこへっ!」

「六号」

「キュッ!キュキュッ」

 ジークハルトが誘うように長い手指を伸ばすと、六号は嬉々として床を蹴り主君の腕を駆け上がった。右肩にちょんと乗っかり、二号が運んだという手紙を共に見下ろす。

 並んだ文字を眺め、六号は黒い目を瞬いて鼻をひくひく動かした。ジークハルトが手紙をぱたんと畳み片眼鏡の男に差し出す。男は手紙と六号の距離を素早く確認し、可及的速やかに手紙を受け取って自分にしか見えないように開いた。さっと目を通して眉を顰め、ジークハルトと視線を合わせる。


「………、まさか行くつもりですか?」

「ふはははは!そう嫌そうな顔をするな、まだ日があるだろうが。」


 父帝に何と説明する気なのか、しないで行く気なのか、戦が起きたらどうするのか。

 聞きたい事は相当数あったものの、まだ使用人がいくらか退室せずにいる。今は黙し、朝食の席ででも人払いして確認するしかなかった。答えてくれると良いのだが。


 楽しそうに笑みを浮かべる主君を苦々しく眺め、彼は深いため息を吐いた。





 ◇





 ランチの客も落ち着いた昼下がり、喫茶《都忘れ》の裏口がトントンとノックされる。


 カウンター内でグラスを拭いていた濃い紫色の髪の男性が振り返った。彼の前髪は目を覆い隠すほど長いのに、後ろ髪は前から見えないほど短く切られている。ホール担当のワンダに一声かけて、彼――テオフィル・ノーサムは店の奥へ進んだ。

 返事をして扉を開けると、サングラスをかけた黒髪の男が気さくに片手を上げる。


「ハァイ!どうもこんにちは、テオさん。」

「フェルさん、ご苦労様です。」

「こちら今日の納品分ですねェ、確認お願いします。」

 フェル・インスはユーリヤ商会の一員で雑貨店の店主だ。

 手押し車に荷物を乗せ、港まで売りに行くついでに都忘れにも商品を卸してくれる。危なげない手つきで荷を下ろし中身を見せていくフェルに頷き、テオは受領書にサインした。


「預かる荷物はございますかァ?」

「小鳥便二番、三番、七番、子熊便二番ですね。」

「あらら、結構ありますねぇ。」

 こりゃ大変だとでも言いたげにサングラスの奥にある瞳を丸くして、フェルは手押し車のスペースを整える。

 テオがあらかじめ裏口近くに寄せていた小包を持ち上げると、その上に置いておいた手紙が目に入った。たまたま一番上に置かれているのは、小鳥便の七番だ。


『こちら、お願いできますか?』


 昨日の夕方に店を訪れた金髪の女子生徒が渡してきた手紙。

 アメジストのような瞳と近くで見た顔立ちに正体の見当はついたが、テオがそれを指摘する理由はない。添えられた小さなカードには「小鳥便 七番にて」と書かれている。

 テオはにこりと微笑んで承り、少女はその後、連れていた背の高い男子生徒と共に飲み物と軽食を楽しんで出て行った。


 ――小鳥便で「七番」は初めてだな。


「ハァイ、それじゃ預かりますね!」

「よろしくお願いします。」

 にぱっと笑う運び屋にどれが何番かと指示して、テオは作り笑いの裏で考える。

 七番とは何を示すのだろうかと。


 運ぶ以上フェルは届け先を知っているのだろうが、意味まで教わっているとは思えなかった。もちろん、仮に知っていたとしても聞く気はない。詮索しない事が互いの仕事のためだ。

 彼のもとにはノーサム子爵家の兄弟もいるけれど、まだ幼い彼らはもちろん知らない。

 今はそんな事より考えねばならない事があるはずだと、去り行くフェルに手を振りながら頭を切り替える。


 かつて王立学園で教師を務めた薬師、ジョディ・パーキンズ。


 とある町の外れに一人で暮らしていた彼女は、家の裏手で発見された時には既に白骨化していたという。少なくとも死後半月以上であり、家の中が荒れていた事、白骨死体に深々とナイフが刺さっていた事から強盗の仕業だとされた。


 テオが人を使って彼女の墓を暴いたところ、依頼人ホワイトの言う通り左の脛骨に損傷が見られた。しかしその位置は当時治療した医師の話とやや異なり、また自然治癒の中で発生するはずの凹凸がない。偽装の疑いがあった。


 彼女を診たのは医務室勤めの医師ではなく、姉の退団を機にリラの街医者となっていたノア・ネルソンだ。カルテも残っていて信用できる。

 ちなみに上級医師たる彼が診たのに損傷が残ったのは、温室の世話があるからと入院せず強引に飛び出したパーキンズの自業自得だった。


 ――骨の性別、体格、僅かに残った毛髪などはジョディ・パーキンズを示している。しかし絶対に本人の物だという確証はない。


 扉を閉め、受け取った荷物をひとまず倉庫へ運び込む。

 テオから報告を受けたホワイトは「そうか」と呟いたきりだった。


 こちらを見るあの赤色を思い出すだけで、僅かに手が震える。

 王子達が目をかける平民の娘も同じ色を持っているが、とても同列には語れなかった。ホワイトのあの瞳には底知れない恐ろしさがある。


 王都にいた頃、次期マリガン公爵――ホワイトの異母兄からは「ちょっと気難しいけど良い子だよ」と聞いていたが、果たしてどこが「ちょっと」なのだろう。

 テオの養父であるジェフリー・ノーサム子爵は「国王夫妻によく懐いていたおチビさん」、と髭を撫でて笑っていたが、今や「おチビさん」の影も形も無い。彼は百八十五センチあるはずのワンダよりさらに背が高いのだ。


 ――ジョディ・パーキンズの死が偽装なら、狙いは確実に彼女の知識と調合技術だろう。ホワイト先生は何か知っているのか?どうしてあの時俺の出身や……「黒い羊」なんて話を出してきた?ロベリアで何か起きているのか?


 表向きはいつも通りの微笑を湛え、テオは店内へ戻り新たに入った注文を確認する。手際よく道具と材料を並べて、作業を始めた。

 来月はロベリアの王子が王都ロタールにやってくるらしい。

 ホワイトがどこまで知っているのか、留学時代に親交があったという王子達なら把握しているのかもしれなかった。


 だが来るのは末王子で、彼はテオの事を知らない。

 王太子の第一王子ですら、テオが去る時にはまだ五歳を数えるほどだったのだ。覚えているか怪しいし、事情を話してくれるとは思えない。


 ――考えても仕方ない話だな。


 絡まる思考を断ち切り、テオは出来上がったデザートとドリンクをトレイに乗せた。ワンダがさっそく客のもとへと運んでいく。



 テオフィルはツイーディア王国のノーサム子爵が拾った子で、薬学に造詣が深く絡繰りをいじる腕も持っている。

 昼は喫茶店《都忘れ》の調理担当、夜は影。相棒はちょっとドジなワンダ・ノーサム。


 それで――そんな日常で、構わなかった。




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