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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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338.怪しい男と乱入者




 驚いて足が止まった私の横でレオが走り出した。

 一拍遅れて後に続く。


 遠くで人が倒れてたから。


 学園の外壁に背を向け、林に辿り着いてそのまま力尽きたような有様だった。ぴくりと動いたその人に駆け寄ったレオが、焦った声で言う。

「あんた大丈夫か!?」

 私も息を切らしながら二人の傍まで行って、身を起こした男性の姿に目を見開いた。


 長い黒髪を後ろでお団子にして、飾りがついた串みたいなのを刺してる所はまるで学園長先生みたい。でも余らせた髪もあってそのまま背中へ流れてる。その辺の人ではなさそうな、ちゃんとしたシャツやベスト…には土汚れがついて、真っ黒いマントをつけていた。

 よくわからないのは顔の上半分を隠す白いお面。これもちょっと土で汚れている。

 左右のとんがった部分は犬か猫の耳?赤い線で動物の髭らしきものとか、模様が描かれてる。目の部分は穴が空いてるみたいなのに、不思議と真っ暗で何も見えない。


 ふらりと立ち上がって、彼は私達に顔を向けた。


「――…いや、驚かせて悪いね。ちょっと寝ていたみたいだ。」

「こんな所でか?あんた何してたんだ。」

「量を間違えたかな。うん……」

 男の人は独り言っぽく呟いた。

 私はレオと顔を見合わせる。門番さんとかに知らせた方がいいのかな?


「おっと、申し遅れたね。私はアロイス、ご覧の通り謎の男さ。」

「な、なぞのおとこ……?」

「俺はレオ。学園の生徒だ」

「うん、まだ初々しいから一年生かな?」

「おう。」

 さらりと黒髪を揺らして、アロイスさんは薄い唇で微笑んだ。……謎の男って何?

 聞こうか迷って口を開いた時、ちょうどアロイスさんがぐらりと揺れてレオが咄嗟に支えた。レオの肩に掴まって、アロイスさんは「悪いね」と苦笑する。


「大丈夫か?歩けるならあっち(正門)に…」

「いやいや、それには及ばないよ。ちょっと座っていれば治るとも。」

 本人は笑ってるけど、アロイスさんの肌はなんだか青白くて。謎の男っていうのはよくわからないけど、具合が悪そうなのは確かだった。

 レオが困ったように首をひねる。


「けどなぁ、不審者ほったらかすわけにも」

「不審者とはひどいな、私のような謎の男を捕まえておいて。」

「えっと……私も、怪しい人だなって思うけど。」

「お嬢さんまで?参ったな、夜の散歩くらい自由で良いだろうに。」

 全然困ってなさそうな声で言って、アロイスさんは木を背もたれにして座り込んだ。ブーツの踵が少しだけ土をえぐる。


「うん、じゃあ優しい君達に交換条件だ。何か困った時には少し手を貸してあげるから、この場は何も見なかった事にしてくれないか。」


「できねぇ。」

 それはどうなんだろう、って私が悩む前に、レオがすっぱりと答えた。

 ちょっと意外で、私は思わずレオを見る。


「あんたは悪い奴には見えないけど、こんな夜にこんなとこにいて、顔を隠した上で見なかった事にしてくれってのは、変だろ。」

「そうだねぇ。何せ、謎だから。」

「レオ…でもこの人倒れてて……」

 何か悪い事をするつもりだったなら、私達みたいな子供に見つかるヘマはしないんじゃないか。黙っててほしいなら、もっとハッキリ脅すんじゃないか。

 じっとアロイスさんを見るレオを、アロイスさんは薄く笑みを浮かべて見つめ返している……ように見える。暗くて目が見えないから、わからないけど。


「ふふ、確かに私は怪しいね。ただそう思うなら、レオ。君はその子を私に近付けるべきではなかったよ――ねぇ?赤い瞳のお嬢さん。」

「…えと……」

 赤い瞳。

 そう言ったアロイスさんは、何を考えたんだろう。

 嫌悪も恐怖もない声色はそれでも何か、意味がこもっていた気がして。私は何も見えない暗闇の目に何かを見ようとして、目が離せなくて、レオが視線を遮るように前へ出た。


「あんた本当に、何のつもりで…」

「お待ちになってーっ!」


 声が聞こえてそっちを見ると、外壁の角あたりからあれは……お、王女様!?

 どうしてかロズリーヌ殿下が従者の人を連れてせっせと走って来る。私もレオも、ぽかんとしてそれを眺めた。アロイスさんは座ったまま「今出てくるのかぁ」なんて呟いて。


「ぜぇっ、はぁっ、はひゅっ、けひゅっごほごほごほ!!」

「こんばんは。うちの殿下が少々失礼致します。」

「あ、はい……」

 緑の髪をした従者さんにぺこっと頭を下げられて、反射的にそう返した。

 レオが困った顔でロズリーヌ殿下とアロイスさんを交互に見る。


「何だ?まさかこの人あんた…ああいや、王女様の知り合い、ですか?」

「えぇと、ケホッ!はぁっ、ふぅ……なぜ貴方が――ごほん!貴方達がいるのかわかりませんが、そこの彼は少なくとも敵ではありませんわ。だからその、警戒はしなくて大丈夫ですの。」

「おや、私を庇ってくれるんだね。」

「わたくし人を見る目は養われていますのよ!ほほほほ!ェホヒュッ!」

 顔を背けて咳き込むロズリーヌ殿下の背中を、従者さんがぽんぽんとさすった。大丈夫かな。

 呼吸が苦しいんだろう、涙で潤んだ薄青色の瞳が私達を振り返る。


「とにかく……困ったときに助けてくださるなら、良い話でしょう?こちらの方が本気で口止めをしたいなら、貴方がたなど既にここにはいないですわよ。とってもお強いのですから。」

「けど誰かに知らせた方がよくな…いですか?」

「わ、わたくしが良いと言うのだから良いんですわ。ご安心あそばせ!」

 レオとロズリーヌ殿下がそんなやり取りをする間に、従者さんが私にドライフルーツの包みを渡してくれた。アロイスさんを見つけた時にびっくりして落っことしちゃってたみたい。

 ありがとうございます、と頭を下げる。


「えーと、そう。知り合い。わたくし彼の事は知っていますもの。ここは任せて、貴方がたは寮へ戻ってお休みなさいな。」

「何か後々に問題が起きたら、殿下に脅されたって言えばいいんですよ。」

「物騒っ!ラウル貴方、もうちょっと言い方を考えてちょうだいな!」

「ほんとに大丈夫か?王女様に何かあったらそれこそまずいだろ」

 レオは心配してそう聞いたけど、ラウルさん、も殿下も平気だって言う。

 なんだか強引に帰される私達に「またどこかで」と手を振るアロイスさんはにこやかで、やっぱり悪い人には見えなかった。


「……何だったんだろう?」


 正門の方に向かいながら、外壁の角を曲がって首を傾げる。

 レオは眉を顰めて頭をがりがり掻いた。


「わかんねぇ。けど、馬車の待機所で誰かに見られてると思ったの、あの二人だったかもな。」

「そんな事あったの?」

「おう。馬車の影は暗くてよく見えなかったから、気のせいかと思ったけど。」

 道理で待機所をちらちら見てたと思った。

 あれ?けど王女様って、私が寮を出る時は玄関ホールのラウンジにいたはずで……


「…もしかして、アロイスさんって殿下に会う約束があったのかなぁ?」

「……あぁ、そういう事か?」

「わからないけど。」

 こっそり会おうとしたら私達が先に会っちゃって、しかもレオとアロイスさんが緊迫した空気になって、それで慌てて出てきた、とか。

 それならちょっとわかるかもしれない。

 アロイスさんが詳しい事を言えなかった理由も。


「どうしよう、レオ。黙ってる?」

「お前は黙っといた方が良いと思う。俺は……」





 ◇





「改めて、こんばんは。ヘデラの王女様」


 無防備に座り込んだまま、アロイスは薄い唇に笑みを浮かべる。

 見上げた先には、緩く巻いたプラチナブロンドを後ろで一つ結びにした王女。ふっくらした体格のロズリーヌ・ゾエ・バルニエが、薄青色の瞳を彼に向けた。

 横に立つ緑髪の従者ラウル・デカルトは桃色の瞳に警戒を滲ませている。


「…初めましてですわ……本当に……。」


 アロイスを凝視するロズリーヌは、緊張しているらしい。

 ごくりと唾を飲み込み、何か探すように視線をはしらせる。


「……刀はどこですの?」

「おや。見たいかい?」

「興味はありますわね。」

「あはは」

 からりと笑って、アロイスはふらつきながら立ち上がった。

 ラウルがロズリーヌを庇うように腕を横へ伸ばしたが、彼女は視線をやって「大丈夫」と伝え、目の前の男へと目を戻す。


「知っているのでしょうけれど、わたくしはロズリーヌ・ゾエ・バルニエ。ヘデラの王女ですわ。こちらは従者のラウル。」

「ご丁寧にどうもありがとう、私はアロイス。……さて、どこで私を知ったのかな?」

「簪を見れば、貴方の出身くらいわかるのではなくて?君影国の方なのでしょう。」

「――…。」

 アロイスが首を傾け、簪の飾りがしゃらんと鳴った。

 猫面の目にあたる部分は暗闇で、他者から彼の目を見る事はできない。しかし、逆はその限りではなかった。アロイスからはきちんと二人が見えている。


 ロズリーヌが深呼吸をした。

 真剣な光を宿す薄青色の瞳を眺め、アロイスは探るように目を細める。



「貴方の事を黙る代わりに、わたくしに協力してくださいな。」



 何を言い出すのかと瞬くが、それはロズリーヌ達には見えなかった。

 ロズリーヌはむっちりした指を一つ立てる。


「お金がよろしければそれでもいいですわ。アロイス、わたくしには貴方が持つ謎の情報力が必要なのです。」

「何かお困りかい?」

「サディアス・ニクソン様を狙う不埒な輩がいるはずですの。二月、何かが起きますわ。最悪どなたかが命を落とすほど。わたくしは絶対に彼を助けたい。」

「ふむ……」

 支離滅裂、とまで言わないが奇怪な内容だった。

 サディアスが狙われると言いながら、命を落とすのは「どなたか」と言う。自身の顎に軽く指をかけたアロイスに、ロズリーヌは続けて言う。


「鍵となるのは、魔力の暴走を起こす薬…ですわ。」

「あぁ、そういう事か。サディアス・ニクソンがその薬を盛られるという懸念、かな?」

「そうです!わたくし――そう、未来を予想する事に長けているのですわ。」

「君の見立てでは誰が死ぬんだい?」

「えっと……ま、まぁ、身近な人でしょうね?暴走を起こす時に近くにいる可能性が高い人ですから」

 ロズリーヌはきょろきょろと目を泳がせ、何度も小さく頷いた。

 アロイスは彼女をじっと観察している。


「身近か……たとえば、第一王子とか?」

「そう、かもしれな」

「第二王子とか。」

「……あ、ありえるかもしれませんわね?彼だってその、人ですし。魔法を食らったら、そうサディアス様の火槍なんてすごい強さですもの、避けられないとかあるかもしれないですわよね」

「うん。君はそれを誰に聞いたんだい?」

「――…。」

 口を半開きにしたまま、ロズリーヌが固まった。

 ラウルが「ちょっと妄想逞しいので」と告げるも、アロイスは緩く微笑んだ表情を変えない。


「君が本気でそれを心配するなら、どうして他国の人間である私に言うのかな。あぁ警戒しているというより、ただただ不思議なんだけどね。」

「ゆ、夢で見て……貴方がカレンちゃん達に、協力してくれて……だから…」

 しょんもりと呟いたロズリーヌは自信なさげに目を上げる。

 恐ろしい事件の話だというのに、アロイスはちっとも焦っていなかった。ロズリーヌの話を信じていないのかもしれない。

 大人の余裕がある唇が薄く開かれた。



「サディアス・ニクソンなら確かに、第二王子すら()()()殺せるかもね。」



 ロズリーヌとラウルがぎょっとして目を見開く。

 アロイスは微笑んでいた。それが喜びなのか悲しみなのか狂気なのか、ロズリーヌにはわからない。


「……ある意味ではそれが、幸福な終わり方(ハッピーエンド)なんだろう。」

「なっ何を言ってるんですの!?あな、貴方、アベル殿下に死ねと?」

「まさか。彼は誰よりも頑張っているよ。だから私がここにいる」

「…それはどういう……」

「君の懸念はわかった。どこの《先読み》持ちから聞いたか知らないけど」

 一歩、また一歩とアロイスが林の中へ下がっていく。

 ロズリーヌは咄嗟に追いかけようと足を踏み出し、ラウルがその腕を掴んで引き留めた。


「口止めの代わりに少しは動いてみるよ。ロズリーヌ王女」

「待ってくださいな、話はまだ……!」

「なに、大丈夫さ。きっと」


 アロイスは暗い木々の影に、闇の中に溶け込んでいく。



「君が本気で願うなら、声は必ず届くだろう。」



 なんてね。

 軽い笑い声を最後に、彼の姿は完全に見えなくなった。





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