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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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337.夜のお出かけ




 スワン先生は若い女の人で、背中まである金髪を左右の三つ編みにして胸へ垂らしてる。

 アーモンド形の目に優しくて少し気弱な茶色の瞳、白いカチューシャや長いシフォンスカートが落ち着いた印象に見えて、でもちょっぴりドジな時もある。

 生活算術や、魔法学の初級クラスを担当する先生だ。


「皆さん、手元に行き渡りましたね?」


 一センチもない小さな黒い石を摘まんで、スワン先生がにこりと笑う。

 私が隣を見たら、レオはぐるぐる眺めてたらしい石をぽろっと机に落とした。丸じゃなくて四角に整えられてるのは、たぶんこういう時に転がるからだね。


「見た事がある人もいるでしょう、これが黒水晶(モリオン)です。肌に触れていると魔法の発動を防ぐ効果があり、暴走を起こした経験のある人や、驚いた拍子に魔法が出てしまう人などは、これをアクセサリーとして身に付けたりします。」


 教科書には例として指輪やブレスレットの絵が載ってる。

 スワン先生がそれを見るよう促しながら、ペンダントとかの場合は、肌に触れるようにしないと意味がないので気を付けるように、と説明を加えた。確かに、ペンダントトップを服の上に出したら黒水晶に触らないもんね。

 指輪もちゃんと裏側を見て、土台の金属が黒水晶を肌に触れさせる形になっているかどうか、注意が必要らしい。


「次のページを見てください。ちょっと物騒な絵が並んでいますが、これは今でも騎士団で使われている物です。魔力を多く持つ人は、黒水晶を強引に割る事ができてしまう場合があります。そのため、懸念があるとこういった…大粒の黒水晶をふんだんに使った拘束具を使うのです。」


 上手く想像できないけど、黒水晶の邪魔があっても無理矢理魔法を使おうと頑張ったら、パンと割れ砕けてしまうみたい。

 それはかなり集中力と魔力がいる作業で、だから万が一悪い人に捕まって黒水晶を使われちゃった時は、黒水晶の大きさと自分の能力を落ち着いてよく考えないといけない。無駄に魔力を失ったり、せっかく割れても魔力が尽きて抵抗できなくなったりするから。


 魔力を持たない人もたくさんいるけど、ツイーディア王国は他の国と比べれば明らかに魔力持ちの数が多い。だから、人攫いなんかもあらかじめ黒水晶を使った道具を持っていたりするって。

 スワン先生は真剣な顔で話していた。

 魔法が使えるから、相手の隙を待てば何とかなる。そんな風に考えていると、魔法が使えないようにされちゃう事があるんだって、きちんと知っていなければいけない。


 騎士団が使うって事は、いつかレオもこの手錠を誰かにかけたりするのかな。女の人とか子供に痛がるフリされたら緩めちゃいそう。


「普段の生活ではまず無いと思いますが、割れた黒水晶の扱いは充分気を付けてください。刺さるなどして体内に入ると厄介で、取り除かないと魔法が使えません。騎士や傭兵志望など、いずれ戦う事があるかも……と思っている方は特に覚えておいてください。怪我を負った直後から魔法が使えなくなった場合について――…」


 魔法が使えなくなった。

 それには幾つか理由が考えられて、例えば「使えなくなった」わけじゃなくて、集中力が途切れたりやりたい魔法と実力が違って、単に「発動できなかった」場合。

 本人の魔力が尽きた場合。


 そして、今回スワン先生が教えてくれた黒水晶。

 気付かず触れているか、傷を受けたのであればそこで体内に入ったか。

 先生はコツコツ小さな音を鳴らしながら、今説明していた「魔法が使えない理由」を黒板に箇条書きしていく。


「できるはずの事ができないと、人は焦ります。これは魔法に限った事ではありませんが、そういう時こそ落ち着く事を意識しましょう。いきなり冷静になれるわけがない、というのは私もよくわかりますが、少なくとも「落ち着こう」と意識できている事、考えられている事。それだけでも、自分は少しは冷静だと思えますから。」


 配られた黒水晶を置いて、ノートにペンをはしらせた。

 今日の授業は明らかに筆記試験に出てきそう、しっかり覚えておかなくちゃ。


 なるほどなぁと腕組みして頷いてるレオを小突いて、書きなよと促した。レオは起きてても板書をよく忘れる。

 王女様はいつも後ろの方の席だから見れない。

 一か月ちょっと前にシャロンに変装して大騒ぎだったジャッキーは、私達の一列前の隅っこ。前まではフードをかぶってぐっすり寝てたらしいけど、今はちゃんと受けてるみたい。バレたらダンさんに怒られるもんね。


「黒い石は黒水晶だけではありませんから、購入する場合は魔法が使えなくなるかきちんと確認が必要です。まともなお店であれば確認を断る事はありません。では手の中に握って。皆さん初期魔法で試してみましょう。自分が発動できる一番簡単な魔法で大丈夫です。こちらの列から――…」





 いつも通りに一日を終えて、晩ご飯も食べた後で私はハッとした。


 街のドライフルーツ屋さんのセール、今日までだ!

 週末に寮の調理室を借りて、久し振りにおやつを作ろうと思ってた。二日間限定セールを待ちわびてたはずなのに、とんでもないうっかりだ。

 今すぐ支度して出れば、走ったら閉店までに間に合うかな?慌ててお財布だけ持って部屋を飛び出した。女子寮の玄関ホールに降りて、なぜかラウンジのベンチにいる王女様に軽くお辞儀して外へ。教会や男子寮へ通じる道の前を走って通り過ぎる。


「おいチビ!」


 遠くに正門が見えた校舎の角っこで、声を掛けられた。

 私をそう呼ぶのはダンさんくらいなもので、走る速度を緩めながらそっちを見る。たぶん訓練場の方から寮に向かってたんだろう、ダンさんとレオがこっちに来た。急いでるけどいったん足を止める。


「ダンさん、レオ」

「んな遅くにどこ行くんだ。」

 お嬢が心配すんだろ、なんて続けそうなしかめっ面だ。

 市場のドライフルーツ屋さんだって伝えたら、ダンさんはレオについてけって言う。私は手を横に振った。


「え、一人で平気だよ。悪いし」

「俺は予定ないから大丈夫だ。もう暗いしな、邪魔じゃなけりゃ一緒に行くぜ。」

「男がこう言ってんだ、大人しく連れてけ。お前のそれ目立つぞ」

「あ……」

 ダンさんに渋い顔で言われて、自分がローブを着てこなかった事に気付いた。

 白い髪は確かに夜だと余計にじろじろ見られる。酔っ払いとか、変な人に声をかけられちゃうかもしれない。

 いつの間にか、それだけ隠さない事に慣れてたんだな……と思いながら、私はレオに同行をお願いする事にした。


「じゃ店閉まる前に行くぞ!」

「わっ、ちょっと!」

「気ぃ付けてな。」

 ひらりと手を振ったダンさんに返す余裕もなく、勝手に私の手を引っ張って走り出したレオについていく。転ばないよう一生懸命足を動かした。


「れ、レオ!待ってよ」

「こうした方が早いだろ?」

 それはそうだけど!そうなんだけど!

 剣だこで固くなった手の力強さにびっくりしながら、正門でレオが止まってくれるまで走り続けた。


 心なしかちょっと笑ってる門番の騎士さん達に、買い物だけしてきますと言う私の顔は赤い。

 護身術の授業で少しは運動してるけど、レオのペースで走らされたせいで呼吸は整わないし、心臓はバクバクしてる。


「わ、悪ぃ…そんなになるとは……」

「なるよっ!わ、私がっ、ついていける、わけ……!」

「ごめん!ごめんな、カレン。動けねーんだったら抱えてこうか?」

「ややややめてよ!」

 私をちっちゃい子と同じに扱わないでほしい!

 ダンさんはチビって言うけど身長だって百五十センチは越えてるし、お、重いんだからっ!私はゼーゼー言いながら身体に鞭打って歩き出した。


「だ…ダンさんと、訓練場行ってたの?」

 呼吸が整わないから、レオに喋ってもらおう。

 かろうじて聞いてみると、やっぱり予想通りだった。ダンさんはシャロンを女子寮まで送って、ちょっと早い夕食を済ませてからレオと試合してたみたい。


 剣だけで言えばレオの方が上だけど、ダンさんは力があるし拳闘の方は慣れてる。気も合うし結構良い練習相手なんだって。

 バンダナを巻いた焦げ茶の髪をぽりぽり掻いて、レオはちょっとだけ苦い笑い方をした。


「強い奴もいっぱいでさ、俺ほんと学園に来てよかったよ。師匠が絶対行けって言ったのも今ならわかる。」

「……レオは、強いよ。」

「ん、ありがとな!」

 にかっと笑ってくれるレオは、いつもみたいに明るい。

 落ち込んでるのとはちょっと違うんだと、少しホッとした。シャロンが琥珀みたいって言う瞳は、近付いてきた市場の明かりできらきら光ってる。


「すげーよなぁ……」

 誰を思い出してるのか、皆を思い出してるのか、しみじみ呟くレオの口元は笑ってた。

 嫉妬して卑屈になったりするんじゃなくて、自分も頑張ろうって、そういう顔。私がちょっとずつ顔を上げて前を見られるようになったのは、レオのこういうところを見てきたから、っていうのもあると思う。

 シャロンやウィルフレッド様達に勇気を貰ったり元気づけてもらったのもそう。


 今の私がいるのは色んな人のお陰で、そこには間違いなくレオも入ってる。


「レオ、いつもありがとね。」

「いいって、これくらい。けど夜に食うと太るって母ちゃんが――いてっ!」


 一言余計なレオは絶対、絶対絶対に女の子にモテないんだから!

 私は唇を尖らせて、おやつができたってレオには分けてあげるものかと決める。




 セール品の最後の一袋をなんとか買えて、私達は学園に戻ってきた。


 夜に見るのも壮観な正門を、つい立ち止まって見上げる。

 頑丈な石壁はそのまま外壁に繋がっていて、そういえば外壁の周りを歩いてみた事ないな、と思った。ここから見える範囲だと、人がちゃんと歩けるように草木は整えられている。


「ね、レオ」

「ん……あ、悪い。なんだ?」

 馬車の待機所のほうを見てたらしいレオが、こっちを見る。

 私は西側の外壁を指した。


「外壁周りって見た事ある?」

「おう。休みに走ったけど結構な距離だったぜ」

「あるんだ……」

「何なら今ちょっと見に行くか?」

 そんな誘いを受けて、瞬きした。今見に行くなんて考えてもみなかったけど、確かに後日改めて私が見に行くかって言ったら、行かないかも。

 こくんと頷いた。


「せっかくだから、ちょっとだけ。」

「了解!」

 笑って歩き出すレオに続きながら、門番さん達の顔を見ないようにした。なんか、なんかこう、微笑まれてる気がしたから……。

 レオがちらっとだけ待機所を見て首を傾げながら前を向くから、私も見てみたけど……いつも通り、明かりと馬車が何台かあるだけだった。気のせいかな?


 六角形の角を曲がると、振り返っても門番さんは見えなくなる。

 外壁から十メートルくらいには、ちっちゃい雑草がちょっとあるぐらいで木はない。それより外側になると小さな林みたいになってて、レオが言うには北側に行くにつれてその先の崖が高くなるらしい。



 二つ目の角を曲がったところで、私達はその人に気が付いた。




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