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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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325.黒い羊はどこにいる




「第二王子とお嬢がデートすんだとよ。」

「ふ、ん゛んっ。」


 つい大声で聞き返しそうになり、チェスターは慌てて咳払いで誤魔化した。

 通りすがりにボソッと問題発言をしたダンが澄まし顔で立ち去ろうとするので、がっしりとその肩を掴む。


「自分に何か御用でしょうか、チェスター様?」

「…言い逃げは無しでしょ。」

 夕食を終えたばかりの男子寮の廊下での出来事だった。

 チェスターは小声で返してダンの腕を気安く叩き、「例の件で相談があるんだよね~」などと適当に言いながら階段を指す。

 シャロン・アーチャーの従者を連れて行くチェスターに生徒達が疑問や邪推の視線を寄越しているが、構っている場合ではなかった。

 自室の鍵を開けるとダンはずかずかと部屋の中央へ進み、チェスターの許可もなくどかりと椅子に腰かけた。にやにやと笑いながら。チェスターは呆れ笑いしてベッドに腰かける。


「ど~いう事かなぁ?説明してよ。」

「返事が来たんだよ、帝国の皇子から。」

「うっそ、ホントに来たんだ。なんて?」

「オーケーだと。」

「わぉ。上の許可出たら忙しくなるねぇ」

 あの皇子ならまず面白がるとは思っていたが、交渉も無しに一発で了承とは予想以上だった。上層部はどう反応するだろうかと考えるチェスターに、ダンは片手を軽く広げて続ける。


「んで、手紙しまったとこで第二王子が来た。何してんだって聞いてんのにお嬢が答えねぇから、まぁ気に食わないわな。」

「あ~……パッと言えないよね、そりゃ。」

「どうも、お嬢に元から()()があったらしいな。一日付き合えとか言い出して、そこに来た第一王子は大喜びだ。」

「大喜び」

「ぜひデートしてこいとよ。二人が仲良しだと俺も嬉しい…だったか?んな事言ってたわ。」

 笑顔のウィルフレッドを想像してチェスターは苦笑した。

 絶対に困っていたであろうアベルの姿が目に浮かぶ。


「それ、うちの王子様否定しなかったの?」

「遮られまくって最終的に黙ってたぞ。ケケ、あいつ兄貴に弱いよな。」

「ほ~んと、前とは大違い。…なるほどね、そういう経緯なら割と本気で実現するかも。どう思う?」

「面白ぇからいんじゃね。何なら俺らで尾行するか?」

「したいけど駄目、アベル様めっちゃ怒りそうだから。」

「ちげーねぇわ。」

 可笑しくてたまらないと言いたげに笑い、ダンは脚を組んで肘掛けに頬杖をついた。

 平民出身の使用人が随分と自由に振舞っているが、チェスターは気にする様子もない。アベルとシャロンの二人を頭に思い浮かべ、う~んと唸る。


「実は俺、一回シャロンちゃんに聞いた事あるんだよね。ウィルフレッド様かアベル様、どっちかが婚約者になるんじゃないって。」

「ほ~ん。どうせ否定したんだろ。」

「そ。自分の事は選ばないと思うって言ってた。不思議だよねぇ、一般的に見れば当然レベルなのに。当時は王妃教育の事知らなかったとしてもさ……今も、そういう気配ないでしょ?」

「まぁな。未来の事があるからそれどころじゃねぇんだろ。」

「それもわかるんだけどねー…」

 チェスターは目を閉じて首を捻った。

 傍から見たシャロンはウィルフレッドに対してもアベルに対しても、大切な友人として接している。だとしても奇妙なまでに、彼女には「婚約者候補」という意識がほとんど見られないのだ。


「アベル様が結婚に興味無いのは元々だけど、シャロンちゃんも結構なものだよね。普通あれだけ助けられたら好きになっちゃうでしょ。」

「知らねーけど、お嬢は助けられたら浮かれるんじゃなくて謝って礼言うタイプだぞ。」

「…確かに。」

「それ言ったら第二王子こそ、よくうちのお嬢に惚れてねぇよな。腕っぷし抜きで言えば相当上玉のはずだろ?」

「腕っぷしって!アベル様は気にしないと思うけどね。」

 シャロンがその細い腰に帯剣ベルトを装備し、あまつさえ剣術中級クラスに入った時は男子生徒に激震が走った。

 幻滅したなどと言う輩が一定数いたのも確かだが、アベルは本気で取り組む彼女を認めている。


「あの二人、結構距離は近いと思うのになぁ……接触を控えるって話覚えてる?」

「馬鹿みてぇだよな、正直。」

「あははは、正直過ぎでしょ!何なんだろうね?」

「王子サマがいきなりベタベタし始めても怖いけどな。」

「ま、いいんじゃない?デート。ちょっとは意識が変わるかもね。今のとこその気がないんだから、行くにしたって変装するだろうけど。」

 何せ王子と公爵令嬢だ、学園の生徒にでも見られたら一気に噂が広がるだろう。

 ダンやカレンが一緒にいる場合とは違う。


「来週だったら最悪アイツって事にできるかもな?」

「ジャッキー君?いやいやちょっと、うちの王子様に変な噂立てないでね?俺割と本気で怒るよ。」

「冗談だよ。……お前んとこ平気なのか?」

 ふと笑みを消して、ダンが聞いた。

 ジャッキーがわざわざ王都の騎士団本部へ連れて行かれたのは、彼がチェスターの叔父であるダスティン・オークスのもう一つの人格と接触していたからだ。


「…うん。ジャッキー君の事は、叔父上にとっては良い方に向かったみたい。人格が違うって話の補強になるって……あの子に何をさせる予定だったかいまいち掴めないけど、お陰で命までは狙われずに済むっぽいし、それは良かったなって。今更、叔父上のせいで誰かに死んでほしくない。」


 公爵領で違法薬物が作られた醜聞の影響は計り知れない。

 快復の報せによってジェニーのもとに届き出した婚約の打診も大きく数を減らしていた。血筋を求める有力貴族や豪商からはまだ届いているが、本人が夢見ていたウィルフレッドとの婚約は現状絶望的だろう。


「うちの事は地道にやって何とかするよ。ダン君、ありがとね。」

「酒飲みたい時ぐらいは付き合ってやるよ。」

「俺達今年で十六だもんね。はは、そのうちお願いしよっかな」


 ダンは共に戦った仲間で、信頼する友人の従者で、同い年で、家同士の関係を気に病む必要のない相手だ。

 変わった友人を得たなと思いながら、立ち上がったチェスターはグラスを用意した。


「それじゃあ今はジュースにしとこうか?もちろん、氷入りで。」





 ◇





「――いらっしゃいませ。」


 夜中。

 絡繰り扉を開け、喫茶《都忘れ》の二階に入った男にそう声がかけられた。


 男がローブのフードを下ろすと、部分的にまばらに白く染まった黒髪が顔を出す。蝋燭の灯りを反射して光る赤い瞳が部屋を見回した。

 ドレーク王立学園の教師、リリーホワイト子爵、ルーク・マリガン。普段目元を覆っている赤いゴーグルは今は外しているようだ。


 室内には二十代だろう二人の男女。

 ソファの前に立っているのは濃い紫色の前髪を後ろへ流してヘアクリップで留めた、随分と目つきの悪い男だ。目の下を隈のように黒く塗り、口元まで隠れるほど襟の高い黒衣を纏っている。

 彼の後ろに控える女は背丈が百八十五センチはあるだろう、緋色の長髪を太い三つ編みにして豊かな胸元へ流し、動きやすそうなゆとりのある黒衣を着ていた。


 ホワイトに向かいを勧めて自身も座り、男――テオフィル・ノーサムは両手を膝の上で組んだ。


 王子殿下の入学に際して彼らがリラに移って数か月、ホワイトが夜にここへ来たのは初めてだ。

 テオの養父ジェフリー・ノーサム子爵はホワイトの実父マリガン公爵の腹心だが、ホワイトは父親を嫌っているともっぱらの噂である。


「先生、早速ですがご用件は。」

「おまえはロベリアの出身だったか?」

「…そうですね。」

「禁止薬物の調合経験は。」

「――…あったら、今ほどの自由は無いでしょう。」

 ホワイトの瞳を真っ向から見返したまま、テオは答える。

 ロベリア王国は薬学と絡繰りの国。

 知識こそ人類の宝と謳い、果ては魔力増強剤を生み出しそれは《罪》と呼ばれた。


「冗談だ」

「せめて笑って言ってください。」

 互いにぴくりとも口角を上げないやり取りだ。

 ホワイトの視線はテオからほんの僅かにも外れる事がない。


 血の色。

 それだけで人外を示しこちらの精神を蝕むような。

 今にもホワイトの髪が全て白く染まり、人間ではない何かに成って襲い掛かってくるのではないか。そんな馬鹿げた想像を強制的にさせられている気がした。背中を冷や汗が伝う。


「おれの前任が強盗に殺されたそうだ。」


 緊迫した空気の中、ホワイトが思い返すように視線を空中へ投げ、テオは心底ほっとした。

 何か問題があるのか尋ねると、彼は朝食のメニューを決めるような軽さで言う。


「墓を暴け。本物なら左の脛骨は損傷している」

「偽装をお疑いですか。少し時間は頂きますが…理由を伺っても?」

「彼女とはそう多く話したわけでもないが、ロベリアへ旅行した時の事は聞いている。食事に香草を使うのは合わなかったらしく、苦手にしていたそうだ。」

 テオは組んだ手の指先を軽く擦り、「クセがありますからね」と返した。

 そこからは伝え聞きのどうでもいい旅の思い出話が続き、どうやら理由を言う気が無いのだと察する。判断するのはどうせテオ達ではなく《上》だろうという事か。

 ロベリアの国立図書館の広大さは有名で、館内で迷った者の話などありふれていた。


「旅の最中は本屋の多さにも驚いたが、一番は黒い羊が面白かったそうだ。」

「へぇ、黒い羊。どこにあるんです?」

「知らん。場所は聞かなかった」

「残念です。」

 ホワイトは空中に投げていた視線をテオへ戻し、唐突に「それで?」と促す。

 ポーカーフェイスを心掛けて赤い瞳を見据えながら、テオは依頼は受ける旨を伝えた。ホワイトの表情は来た時と何ら変わりないように見える。


 ――子爵は本当に知らないのか?黒い羊像の場所を。この人は留学の際に城に招かれたはずだ。今のは俺に探りを入れたんじゃないのか。角が絡繰りで本来は山羊の像だという事まで知っているのか?隠し扉の向こうへ……いや、さすがにそれは無いはずだ。絡繰りは王族の紋章がないと開かない。


 仕事の話が終わりホワイトが背を向けるまでテオはずっと観察を続けたが、ただの伝聞だったのかカマをかけられたのか、最後までわからなかった。

 立ち去る彼に頭を下げていたワンダが、絡繰り扉の閉まる音と共に顔を上げる。


「子爵様、夜の迫力すごいですね。手汗かいちゃいました…」

「っはぁ……疲れた。」

「お疲れ様でした、テオさん。」

 労うように声をかけ、ワンダはどこかそわそわした足取りで部屋を歩く。まだ見ぬ異国を想像するように頬を緩めて。


「私、黒い羊はまだ見た事がないです。あのフワフワは白いのだけかと思っていました。」

「黒いのもいるよ。けどさっきのは生きてる羊の話じゃ――…」

 そこまで言いかけて、テオはぴたりと止まった。

 不思議そうに見つめるワンダの前でじわじわと目を見開き、顔をしかめる。


「…しくじったな。」

「えっ?え、何がですか?」

「何でもないよ。」

 どう考えても何でもないわけないのだが、ワンダはテオが言わない事を無理に聞き出そうとはしない。すぐに「わかりました」と笑って廊下への扉を開けた。

 テオは頭を掻きながら立ち上がり、灯りを消して部屋を出る。



『旅の最中は本屋の多さにも驚いたが、一番は黒い羊が面白かったそうだ。』

『へぇ、黒い羊。どこに()()んです?』



 失言だった。




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