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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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324.割と貴方のせい

 



 決して、やましい事はないのだけど。


 実は私がジークハルト殿下に手紙を出した件は、アベルやウィル達にはまだ話していないのだ。一言目で反対されそうだし、殿下が否と言ったらそれで終わりなんだもの。返事が来ないままという事だって考えられたし。


 そう、今ここでアベルに説明する心の準備などできているわけがなかった。

 つい目を泳がせて「えぇと」なんて言ってしまう。


「僕に言えないような事でも?」

「そういうわけでは…」

「先週は君達二人して医務室行きになったよね。」

「まぁ…よくご存知で」

「こんな人気がない所に来るべきではないんじゃない。」

「それは……あの、怒ってる?」

 つかつか、というかずんずん進んでくるアベルをやんわり両手で制しつつ、ちらりと見上げる。

 ほんの一歩先でようやく止まった彼は、私の視線を受けて微笑んだ。


 前世、ゲームの立ち絵で見たような――…それはそれは綺麗で冷たい微笑み。

 ……うん。怒っているわね、これは。

 私はなぜか芽生えた対抗心で淑女の微笑みを浮かべている。今にも引きつりそうだけれど。


 距離が近い上に圧が凄いのでひとまず一歩下がろうとしたものの、腰がテーブルの縁にあたる。

 なんて事、私はもうこれより後ろには下がれないらしい。

 横にずれるしかないと視線を動かしたら、アベルの腕が遮ってテーブルに手をついた。そんな事をしたら余計にお互いの身体が近くなる。失礼にならない程度に少しのけぞった。


 すぐ目の前にあるだろうアベルの顔を見てはいけない気がして、助けを求めるようにダンを見た。

 ……数メートル離れたところで呑気に欠伸している。

 自業自得だとでも思われているのかしら。主人が物理的に追い詰められているのだけど?護衛は?


「少し、怒ってるかもね。理由はわかる?」

「はいっ」

 声がだいぶ近くて反射的に返事してしまった。

 私はちょっと顔をそむけているから、耳を差し出すような形になっている。…危険だわ。何がかしら?わからないけれど。


 ともかく落ち着きましょう、私。

 たぶんいつも通り「身の安全に気を付けろ」というお説教が始まるわ。あとは今何をしていたか白状させられるでしょう、ジークハルト殿下に手紙を出して黙っていた事も怒られるのでは?


「じゃあ何してたか言えるよね。」

「それは…」

 どうしましょう。

 正直まだ不確定な事も多いから、できるならもう少し整えてから話したい。

 近い、と思う度に僅かテーブルの方へ身を倒してしまって、その分さらに距離を詰められている気がする。角度がついてきたら私の腹筋が悲鳴を上げるかもしれない、それまでには解放されたいわ。強化すれば解決とはいえ、魔力は温存したいし。


 ……そんな事よりアベルへの返事を考えるべきなのは明白なのだけれど!

 でも緊張と焦りから心臓の鼓動が早くなっていて、一度それを意識してしまうと余計に頭が回らなかった。片手を胸元できゅっと握り、目を伏せる。こんなにどくどくと鳴っていたらアベルにも聞こえてしまうのではないかしら。


 ダンが何か身振り手振りしている。

 えぇと、「そいつの背中押してやろうか?」……何の話をしているの。そんなの貴方が近付いた時点で気付かれるわ。


「……、わかった。」


 何がわかったのかわからないけれど、アベルはそう言って身を引いた。

 ようやく圧から解放されてほっと息を吐き出しつつ、私も寄り掛かっていたテーブルから一歩離れる。作り笑いを止めたアベルが私を見据えていた。


「次は君が僕に一日付き合う、そういう話だったよね?」

「え……?」

「去年確かに約束したはずだ。忘れたの。」

「ちょ、ちょっと待って。」

 唐突過ぎる。

 彼が言っているのは、去年私を下町に連れて行ってくれた時の事だ。付き合わせてしまったと申し訳なく思う私にアベルが提案してくれた。


『じゃ、君もいつか僕に一日付き合ってよ。』

『……そんな事でいいの?』

『いいよ。またね』


 もちろん覚えている。

 覚えているけれど、


「今それを持ち出してくるの?」

 私は途方に暮れて聞き返した。

 アベルはつまり、このまま喋らないなら一日耐久で聞き出すぞと言っているのだ。ほぼ脅しである。

 ちょっと落ち着いてほしい、私別に「貴方には言わない」なんて言ってないわ。あぁでも考えをまとめる時間がほしいとも言えてないわね?説明しないと。


「いいじゃねぇか、行って来いよお嬢。デートの誘いって事だろ?」

「……そうだね。」

 ダンの軽口を叱ろうと開いた口がぱくんと閉じる。

 まじまじとアベルを見つめる私を、彼は熱の無い冷めた目で眺めておいでだ。


「君はまだ誰とも()()()()()を交わしていないのだから、僕と二人で出かけようが構わないよね。」


 す、すごい圧を感じる。

 デートに誘われるってこんなに緊迫感のある話だったかしら?

 心臓はかなりどきどきしているわ、別の意味で。こうも圧をかけてくるなんて、アベルはとにかく今話せと言いたいのね。やはり二号さんに気付いているのでは?


 つい視線を彷徨わせた先に、困惑した顔のウィルと目をそらすサディアスがいた。

 一体いつから見ていたのかウィルは苦笑して首を傾げ、私の視線を辿ったアベルがほんの一瞬固まる。


「あー…えっと、何してるんだ?三人とも。」

「第二王子がお嬢をデートに誘ってたとこだ。」

 アベルと私が口を開くより早く、ダンがニヤリと笑って言った。ウィルが瞳をまん丸にする。


「――ウィル、これには事情が」

「そうか、是非行ってくるといい!」

「えっ」

「は?」

 私とアベルが同時に聞き返した。

 こちらへ歩いて来たウィルの青い瞳はきらきらと輝き、頬は興奮したように赤くなっている。どうも本当に心から嬉しいみたいで、私は不思議に思うまま首を傾げる。

 そんなに……?


「おっと、先走るのはよくないな。シャロンは了承したのか?出かけるのに何か不都合があるかな。」

「不都合はないけれど…」

「そうか、なら大丈夫だな!俺も二人が仲良しだと嬉しい。アベル、この前のよくわからない話はこういう事だったんだな。」

「…何を言って……ッ!?」

 訝し気に眉を顰めたアベルが、何か思い当たる事があったのかハッとして軽く首を振った。


「違う。ウィル、僕はそういうつもりで言っ」

「いいんだ、俺はほら!ホワイト先生から話を伺うという仕事もあるしな、アベルはちょっと働き過ぎだから気分転換してほしいとも思っていた。たまには兄に任せて遊んできなさい。」

「だから違う。あれは例えであって、本当にそうしたいわけでは」

「そう照れるな、うん?」

 何か言いたげに近付いてきたダンにウィルが目を移す。

 ダンの手には先程キャサリン様からもらったチケットがあった。ウィルがますます輝いている。眩しい!


「ちょうど良いじゃないか、護衛についてはアベルがいれば百人力だろう。ぜひ二人でゆっくり観てくるといい、後で俺にも感想を聞かせてくれ。ふふ、よし行こうサディアス!」

「……、失礼します。」

 にこにこのウィルに促され、サディアスも私達に一礼してから立ち去った。


 風がさわさわと芝生を流していく。

 呆然とウィル達を見送っていたアベルが、ゆっくりと私に目を移した。もちろん眉間に皺が寄っている。


「――…ふざけるな。なぜこうなったんだ」

「割と貴方のせいだと思うわ、アベル。」


 一定の距離を保って見つめ合う私達の横で、堪え切れなかったダンがお腹を抱えて笑い出した。





 ◇





 蝋燭に照らされた地下聖堂は薄暗く、古びた扉を開ければ木材の軋む音が響く。


「女神様はまだいらっしゃらないのか」


 中を見回した男が聞くと、仲間たちは重々しく頷き返した。

 彼らが崇め奉る女神を縛り付けるものは何もなく、また呼び出す方法もない。彼女は行きたい場所に行き、記録によれば年単位で帰ってこない事もあったという。


「では仕方ないな」

「はい、いつも通りに…。」

 もう一時間もなしに信者達がやってくるが、彼らは《洗礼》を――女神の姿を目に映せるようになる栄誉を――受けていない。

 自分達が「女神がそこにいる」という体で話をすれば簡単に誤魔化せるだろう。

 元より女神は意思疎通ができる時間が減っている。本物がいたとしても、黙って泣くばかりで会話が成り立たない事だってあるのだ。


 気が遠くなるような時間の中で、教団が「女神」と呼ぶ彼女の精神は殆ど壊れていた。

 初代オークス公爵が作ったという月の女神や太陽の女神の像とは違い、この聖堂にあるたった一人だけの女神像はのっぺらぼうだ。

 白く輝く髪の長い女性、それしかわからないのだから。


 教団ができた当初は「自分は女神などではない」と力なく笑っていたという不思議な存在は、今や「影の女神様」と呼ばれても気にしない。自分に対する呼称だとしか思っていない。

 それどころではないのだ。


 たった一つの願いを抱えてひたすら彷徨ってきた、哀れな女。

 ようやく現れた生贄に抵抗されてからは、いよいよ善悪の判断も怪しくなっている。


「シノレネはどうなっている?」

「ディアナにヘデラの王女を探らせましたが、どうも噂ほど馬鹿ではなかったようで……」

 一人がおどおどしながら答えると、男は舌打ちして顔を歪めた。

 銀色の髪と瞳を持つ儚い少女の姿を思い浮かべ、本当に見た目しか能の無い役立たずだと心の中で罵る。


 ――今度手元に来る頃には成人だ。儀式とでも言って楽しませてもらおうか。あの無表情が変わるかどうか見ものだな。


「仕方あるまい、例の密輸業者に声をかけろ。半額を前払いだ」

「良いのですか?全額は当てが…」

「物を確保次第殺せばいい。」

 今動いている計画の実行には、ヘデラ王国原産の花シノレネを材料とする薬が必要だった。

 不可欠とまで言わないが、あれば成功率が跳ね上がる。何せ《ジョーカー》を用意できたとしても、飲ませなければ意味がない。共謀者がターゲットを変えない事を絶対条件にしてきた以上、飲ませやすい別人を狙う事もできなかった。


「め、女神様がお許しになるかどうか」

「お前は取引をいつどこで行うか女神様に逐一報告するつもりなのか?あの方を些事で煩わせるな」

「…はい。」

「必要な犠牲だ。我々の目的を忘れるな」

 男が大仰に女神像へ両腕を伸ばして言うと、信者達は祈りを口にしながら次々にひれ伏していく。

 女神という未知の存在を知り、信仰した人間に対してこれほど効く言葉はない。



「全ては女神様のために。」



 心にもない言葉を吐いて、男はゆっくりと口角を上げた。





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