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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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323.烏を追いかけて




 《学園編》は進んでいる。


 先週、私はホワイト先生のお手伝いをした。

 会ったのが私ではなくカレンだったなら、それが初回の《デートイベント》になっただろうと思える出来事だ。

 実際には私とダンの二人で、イベントの最後に割れる薬瓶の種類も異なっていた。これは、ダンがいる事で運べる荷物の量や種類も変わり棚の位置が違ったのだと思う。


 あの日についてそれとなく聞いてみたら、カレンは図書室でウィルに会ったらしい。

 彼を探す令嬢から光の魔法で隠れる、まさにウィルのイベントだった。でも変なのが、すぐにアベルが来たということ。ゲームだとアベルは訓練場でレイクス先生と手合わせをしていたはず。ウィルのイベントが終わる頃に図書室に来るなんて無理がある。


 やっぱり、大筋はシナリオ通りのように見えても全てが同じわけではない。

 どんどん変化しているんだわ。


『アベル様、ちょっとだけ怒ってたかも。完全に成り行きだったけど、私がウィルフレッド様と二人でいたから……』


 困ったように眉を下げたカレンの姿が思い出される。

 噂になっちゃうといけないもんね、気を付けなくちゃ、と小さな手で拳を作っていた。かわいい……ではなくて。


 ――注意は、するでしょうけれど……ウィルがカレンといたくらいで、怒るかしら。


 それはアベルにしては冷静さを欠いている気がして、少し違和感があった。

 でも直前に何かあって機嫌が悪かったかもしれないし、カレンにそう聞こえただけで本人は怒っていなかったかもしれない。


 きっとそういう事だと頷いてみたら、どうしてか一月ほど前の事を思い出す。曲がり角の向こうに見えた、アベルとカレンの姿。

 手を握っていた二人。

 距離があったし私はすぐ引き返したから、どちらから手を取ったのかも、どんなやり取りがあったかも知らないけれど。

 そんなことまで、聞けるはずもない……


 何か喉につっかえたような、小さい不安を胸に宿した気になって、こくりと喉を鳴らした。

 私は不安なのだろう。

 カレンが行き着くルートがわからないから。



「ウム、今日はここまでにしようか。次は何人かあてるので、きちんと予習しておくように。」


 国史を担当されているラムリー先生の言葉に、隣に座っているダンが拳を口元にあてた。うげ、とでも言いたかったのを堪えたのね。もう放課後だから後で一緒に予習しましょう。


 ウェーブした胡桃色の短髪に赤茶の瞳をした先生は、垂れ目が優しそうに見えて現役時代は規律に厳しい文官だったという五十代の男性だ。

 今はもう侯爵位も息子に譲り、丸みのあるお腹を時折気にするように擦りながら、のんびり教鞭をとられている。


 噂によると、娘さんがとても美人なのに騎士団に入った上、結婚する気配がまったく無くて困っているんだとか。見合いを仄めかされて威嚇したと叔父様、ネルソン先生が言っていた。…威嚇……。

 ちなみに叔父様の独身街道については、お母様は「好きにしたらいいんじゃないかしら」、ネルソン侯爵である御祖父様や伯父様は「もう平民でもいいから早くしてくれ」派のよう。本人は「釣り書きは中々よく燃えるぞ、シャロン」と言っていたから、まだ先は長そうだわ。


「きゃあ!」


 教室の出口に向かう途中、そんな声が聞こえて振り返る。

 何かに躓いたのか、金髪をサイドテールに結った令嬢が黄土の瞳を丸くしてこちらへ倒れ込んできた。反射的に手を伸ばした彼女に、私を庇うように立ったダンが自分の腕を掴ませる。そのお陰で、たたらを踏みながらも彼女――キャサリン様はストップした。


「はぁ、はぁ…お、驚きましたわ。ありがとうございます、シャロン様。お付きの方に助けられました。」

「大丈夫ですか?キャサリン様。」

「はい……」

 彼女の父、マグレガー侯爵は裁判官として私のお父様とも関わりがある。

 ご本人が知っているかわからないけれど、キャサリン様は学園での私の護衛候補でもあった。魔法学に元々ご興味があって、中級クラスでもレベッカに劣らない活躍を見せている。

 ダンは勝手に触れた無礼をキャサリン様に短く詫びてから私の傍に控えた。私はちらりと彼女の後ろを見て、どうやら椅子の脚に躓いたらしいと気付く。


「危うくシャロン様を突き飛ばしてしまうところでしたわ。何かお詫びを……あぁ、これがありました!」

 しょんぼりと眉を下げていた彼女は、閃いたようにパッと表情を明るくして鞄を漁った。

 差し出されたのは一枚で二人分の観劇チケット。

 気のせいかしら、私キャサリン様からよくチケットや割引券を巻き上げていない?なぜそんなにチケット類を持っているのかしら。


「どうぞ役立ててくださいませ、わたくしわかっておりますから……。」


 わかっているとは、何を?

 ぱちん、と片目を瞑ったキャサリン様が赤い唇で微笑んでいる。どこか意味深なこの笑顔も見覚えがあった。あれは去年の女神祭だったかしら。

 夜会でアベルと踊りながら、彼女は私に向かってぱちりと目配せをしていた。……どういう意味か測りかねたのと悪意は無さそうだったから、ひとまず放置してしまったけれど。


「これは街のオペラハウスのチケットですね…良いのですか?」

「とんだご無礼を働くところでしたもの。新入生のご令嬢にも来て頂きたいという招待席でして、シャロン様をお招きするには個室のランクが低いのですが……その、ご興味がありましたら。」

「ありがとうございます、キャサリン様。」

 私が微笑んでお礼を言うと、彼女は満足気にしっかりと頷いて去っていった。


 《剣聖王妃》の観劇イベントにはまだ早い。

 これは予期せずオペラハウスの下見に行ける事になったかしら?先に騎士団が動いているし、そちらの事件についてはあまり気にしていなかったけど……。



「あの女、わざとじゃねぇだろうな。前は花瓶飛んできただろ」


 校舎を囲む外通路から芝生へ降りながらダンが言う。

 どちらかと言えば冗談のつもりで言っているらしい呆れ声だ。私は神話学の授業終わりに花瓶が飛んできた時を思い返し、あれで「狙った」なら相当な技術ねと思わず笑う。


「笑ってんなよ、お嬢。オペラハウスでは檻に入らねーようにな」

「ふふ、貴方も笑っているじゃない。大体あの時は入りたくて入ったわけでは……あら?」

 近くに他の生徒がいないからとくすくす笑っていたら、私はふと青空に黒いものが飛んでいるのを見つけた。

 学園の空にカラス。

 思わず立ち止まって見つめると、カラスは一度くるりと小さめに旋回してから誘うように飛んでいく。


「ダン、追うわよ」

「了解」

 私がたった一羽の鳥を待ちわびている事はダンにも伝えていた。

 来てくれるかどうかは本当に賭けだという事も、飛んでいる内はその子かどうかわからない事も。見失わないためにはスピードがいる。ダンが私を抱え上げて宣言を唱えた。



 やってきたのは温室の奥、馬術の授業で使う広い運動場の隅だ。

 ここにはオルニー先生が馬のおやつのために育てている畑が幾つかあり、そこに生った実を啄むつもりだろうかと内心焦りながら見回した。


「二号さん、いますか?」


 口の横に手をあてて声をかけてみる。

 コロシアムとの境に植わった木立からカァと返事が聞こえて、現れたカラスは黒い翼を優雅に伸ばし、滑るように木製のテーブルに着地した。オルニー先生の休憩場所だ。

 真っ黒なカラスは目をパチパチさせ、見知らぬ相手だろうダンを見てきゅるりと首を傾げる。かわいい。左脚には模様が掘られた黒い足環、胸元には黒い鞄――…間違いない。二号さんだ。


「でか…」

 ダンが少し引いている。

 二号さんはちょっぴり大きめだし、普通のカラスだってこんなに近付く事はないものね。屋敷で手紙を預けた時は私一人だった。


「こんにちは、二号さん。シャロンです」

 怖いのかちょっと距離を保っているダンを放置して話しかけると、二号さんは嘴を器用に使って鞄の蓋を開け、手紙をポンとテーブルに放り出した。

 宛名はルイス。力強く迷いの無い筆跡だ。


「ありがとう。お返事を預けたいのだけど、今すぐには難しいの。私の部屋まで待ってもらえますか?」

「畑のブルーベリーめっちゃ見てるぞ。」

「うっ……ど、どうぞ……。」

 人の畑のものを勝手に食べさせるのは申し訳ないけれど、オルニー先生には後できちんと説明して弁償しましょう。

 私はハンカチが敷かれた椅子に腰かけ、渡されたペーパーナイフで封を切った。一枚だけ入っている便箋を広げると、私の様子から見てもいいと判断したダンが横から覗き込んでくる。



 ― ― ― ―



 ルイス


 俺にそんな話を持ちかける馬鹿はお前が最初で最後だろうな。

 そちらの都合は整えておけ、指定がなければ勝手にする。

 あっても従うか知らんが。


                    ジル



 ― ― ― ―



 自然と口角が上がった。

 どうやらあのお方――アクレイギア帝国のジークハルト第一皇子殿下は、私の案に乗ってくださるらしい。

 全然返事がなくてやきもきしていたけれど、三ヶ月待った甲斐はあった。これでお父様にも本格的にご相談ができるわ。既にだいぶ渋られているから、予定通りお母様にもご協力頂きましょう。


「マジか。これ、要は《いいぞ》つってんだろ?」

「ふふ、そのようね。勝手をなさらないよう、お気に召す用意を整えなくては。」

 目を見開いているダンに笑いかけ、手紙を鞄にしまった。

 レターセットも蝋も自室に置いてある。二号さんのお腹が満足したら寮に案内して、ひとまず屋根で待機してもらえないかと聞いてみましょう。



 シナリオ通りに進むより、変化がある方が可能性も広がるはずだと私は考えた。目には見えなくとも、きっとカレンの選択肢は増えている。変わっている。


『敢えて変えてくって事?』


 喫茶《都忘れ》の二階で、私はチェスターの言葉に頷いた。

 本当に偶然ではあったけれど、入学前にチャンスを得た私は既に手を打っていたのだ。可能性の種を撒いておいた、それが今日ようやく芽吹いたところ。


『そう、たとえば帝国のジークハルト殿下を――…』



「何をしてる。」



 椅子から立ち上がると同時に予想外の声がして、私は振り返った。

 少し眉を顰めたアベルがこちらに歩いてくる。

 もしかして彼も二号さんに気付いて追ってきたのかしらと考えたけれど、それにしては登場が遅い気もした。


「アベル」


 いつもなら自然に微笑みが浮かぶのに、疑問と動揺が先に立つ。

 金色の瞳で探るように見られて、私は唇を閉じた。




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