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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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312.化け物と忌み子と




 王立学園にあるコロシアムは普段、魔法学と剣術それぞれの上級クラスで使用されている。


 たとえ生徒が誤った魔力操作をしても、激しい攻防で剣が弾き飛ばされても、高い観客席が壁となって滅多に周囲へ被害を及ぼさないためだ。

 特に魔法学上級は高威力の魔法がぶつかり合うため、コロシアム上空に炎や水が上がり、遠目に見た生徒が「おぉ、やってるやってる」などと思うのも日常茶飯事だった。



 そんなコロシアムで、ウィルフレッドとチェスターの剣と剣がぶつかり合う。


 訓練場の備品である刃を潰された剣だ。

 休日の午後、それも今の時間は事前予約して貸し切りのため、無関係な生徒の姿は無い。二人は運動用の軽装に身を包んで汗を流していた。


 背中まである金髪を高く結い上げ、ウィルフレッドは爽やかな青い瞳に真剣な光を宿して剣を振る。白い肌に均整のとれた顔立ち、着やせして見えるが実際にはしっかりと筋肉のついた身体も、まるで絵本に出てくる王子様そのものだ。


 チェスターは色気のある垂れ目に優しい茶色の瞳をしているが、今はただ目の前の相手を鋭く見据えていた。赤茶の長髪は左右それぞれ編み込みを作り、邪魔にならぬよう後ろの低い位置で一つにまとめている。三つ年上の彼はウィルフレッドより十センチほど背が高く、身体はすらりとしたシルエットながらも剣は力強い。


「ウィルフレッド様、そろそろッ、贈るやつ決まりました?」


 攻め方に強弱をつけては即座に身を翻してかわし、けれど笑う事はできずにチェスターが聞いた。

 城にいた頃はこの二人が手合わせをする事など無かったが、やってみるとウィルフレッドの強さがよくわかる。アベルの圧倒的過ぎる強さの影に隠れているが、第一王子は充分に天才の域だ。

 ウィルフレッドは攻撃の手を緩めずに眉を下げた。


「それが……候補は二百五じゅ、いや二百四十八までは絞っ」

「ちょっと!何でそうなってんですか、先月は二百切ってましたよね?」

「気になる新作が出てしまったんだ……!」

「そんな事言ってたらいつまで経っても決まりませんよ!」

 呆れ声のチェスターが繰り出した突きを避けつつ踏み込み、ウィルフレッドは「それはそうなんだが」と弱気な発言をする。その手に握る剣が太陽光を反射して輝いた。

 チェスターは咄嗟に身をよじって彼の攻撃を避け、飛び退りながら剣を持ち直す。発言と攻撃で勢いが合わないとは器用な事だと、苦笑しながら地面を蹴った。



 一方、広いコロシアムのほぼ反対側ではアベルがサディアスに火槍を撃たせている。的はチェスターが事前に《温度変化》で作っておいた氷塊達だ。


「宣言。火、槍となり我がもとへ現れろ。」


 威力に比重をかけるため、宣言の短縮はしない。

 サディアスの右斜め上へ細長く火が現れ、瞬時に槍のような形状を取る。その熱によって空気の流れが生まれ風となり、肩につかない長さに短く整えられた紺色の髪が揺れた。黒縁眼鏡の奥、涼やかな水色の瞳に炎の明かりが映り込む。

 十メートルほど離れた氷塊を手で指し示し、サディアスは呟いた。


「行け。」


 ボッ、と炎の音をさせて火槍が飛ぶ。

 一直線に氷塊へ激突したそれはさながら壁にぶつかったように広がり、消えた。立ち昇る水蒸気が景色を揺らがせる。


 距離を取ってその様子を見ていたアベルが、黙ったまま氷塊へと歩き出した。

 少し癖のある短い黒髪、切れ長の目に冷静な金色の瞳。まるで彫像のように整った顔立ちをしていて、よく鍛えられた身体は手足が長く、引き締まった筋肉がついている。堂々とした姿には実力に裏付けされた確かな自信が見えた。


 サディアスはやや思案顔になり、アベルのもとへ駆けていく。

 氷塊は元は一メートルほどの高さに五十センチ近い奥行きがあったが、火槍を受けたそれは表面が溶かされてツヤツヤと水に濡れ、一回り小さく見える。特に直撃した部分は数センチほどの凹みになっていた。


「…次は最大威力で撃ってみてくれる。」

「は。承知致しました」

 元の位置に戻り、サディアスはまだ使っていない氷塊を見据えて深呼吸する。


 いずれ自分が再び魔力暴走を起こす可能性があると、そう聞いた時は血の気が引く思いだった。

 何らかの薬物を――恐らくは《ジョーカー》に類する効果のものを――盛られての事だと。その情報が無ければとても冷静になれなかっただろう。


「……宣言。火よ、大火となり我がもとへ現れろ」


 規模を考え、先ほどより自分との距離を空けて発動させる。

 数メートル四方はあるだろう大きな炎が現れ、その周りで空気中を漂う埃が一瞬の灯となって燃え尽きた。じりじりと肌を焼く熱を感じながら、サディアスは氷塊を見据えたまま魔力を練り込んでいく。


 ――威力を。


 サディアスの中で、狙い通り的確に速く突ける物は槍だった。

 ならば威力の象徴は、もっとも強い物は何か。彼の中にある強者のイメージとは、その者が使う武器とは、当然。


「お前は剣。一振りの大剣となれ」


 普段一撃分としては絶対に使わない量の魔力を注ぎ込み、ただ巨大にするのではなく熱を閉じ込めるように思い描く。触れたもの皆焼いてしまえるだけの炎を。

 自分が生み出した炎の剣を魔力を通じて感じ取り、氷塊だけを見つめて手をかざす。


「焼き尽くせ!」


 ごうと音を立てて炎の大剣が放たれ、氷塊に直撃した。

 炎が他の氷塊や地面へ飛び散り、巻き起こる強風にアベルは目を細める。大火が現れた時点で、ウィルフレッドとチェスターも手を止めて見入っていた。


 的にされた氷塊は――…三分の二ほどまで縮んだだろうか。やはり直撃した部分が大きく凹んでいる。

 サディアスは流れる汗をハンカチで拭い、氷塊を近くで見るために駆け出す。

 全力で放った魔法がチェスターの氷を溶かしきれなかった事にはやや腹が立つものの、氷を砕かずに表面から溶かしていくには時間がかかる。それは自然の摂理だ。

 実戦で「氷を一発で全て溶かし切らねばならない」なんて状況はまずないのだから、そこまで悔しいとも思わない。


「発動まで時間はかかりますが、これが最大の一手です。」


 こんな物は施設破壊や戦争での集団虐殺にしか使わないだろう、そう考えながらサディアスは言った。

 ただ魔力暴走を起こした場合は宣言をもっと短縮して、あるいは一言も無しで発動できてしまう可能性がある。城の客室を焼いてしまった時のように、自分の意思とは関係なく。


 あの時は精神的なものが原因の暴走だったので、魔力増強剤の副作用として起きた場合はさらに被害が大きくなる。だからアベルはこうやってサディアスの魔法を見て、被害想定をしているのだ。


「わかった。…無理をさせたかな」

「いえ、この程度は問題なく。……お気遣い痛み入ります。」

 差し出された正規の魔力回復薬を受け取り、サディアスは目を伏せて頭を下げる。

 ウィルフレッド達がいる方からは再び剣戟の音がし始めた。手合わせを再開したらしい。そちらへ歩き出そうとしないアベルはまだ何か、自分に用があるのだろう。


 魔力回復薬《ジャック》をすいと飲み干して小瓶の蓋を閉めると、サディアスの予想通り、アベルは口を開いた。


「以前、君影国には黒毛の化け物がいると言ってたよね。」

「――…。」

 思い出すのが間に合わず、数秒の沈黙となる。

 自分の記憶からどうにか探し出すと、何年も前に一度だけアベルにそれを話した事を思い出した。ニクソン公爵邸の地下に書庫があると、その中にある資料を幾つか羅列した中に、君影国の化け物の目撃談があると言ったのだ。


 化け物?と聞き返され、「黒毛の化け物がいるそうです」とだけ簡潔に答えた。よくそんな事を覚えていたものだと感心しながら頷く。


「…はい。《君影の化け物》と呼称されるもので、目撃者の証言が載った日誌を読みました。」

「魔獣に関する《先読み》で黒毛だと言われてたから、少し気になった。詳細は覚えてるかな」

「少しお待ちを……。」

 サディアスは水色の瞳を横へ流し、記憶を辿る。

 かつて書庫で読んだ内容を思い起こして、アベルに伝えた。



 深い霧の中、じゃらりじゃらりと音がする。

 そこには牛よりも大きい化け物がいた。ねじれて跳ねまわった黒い毛並み、強烈な獣臭、何よりもその()()()()()()()()が恐ろしく、たまらず叫び声を上げて逃げ出した。霧の中をあちらこちらも北も南もわからず走り続け、どうにか死ぬ前に自分の村へ辿り着いた。

 霧の向こうにある君影国は、死者と通じるなどという噂もある恐ろしい国だ。あの化け物はきっとそこで飼われ、境界である霧を越えてくる侵入者を食らって生きているのだろう。



 ガキンと一際大きな音が響いた。

 二人がそちらを見ると、どうもウィルフレッドがチェスターの剣を叩き落としたらしい。手ぶらのチェスターが「参りました」と両手を軽く上げて苦笑していた。


「…行こうか。」

「はい。」

 サディアスを連れてウィルフレッド達の方へ向かいながら、アベルは君影国の姫エリの従者、ヴェンの姿を思い浮かべる。


 自身が持つ赤い瞳を《忌み子》の証だと言っていた。

 エリがそんな彼を叱り飛ばした為にその場では聞くことができなかったが、アベルは後にヴェンから意味を教わっている。四ツ目の《化け物》とも違う、《忌み子》の事を。



 君影国がまだ「国」と呼ばれる前、君影村だった頃の、さらにその昔。

 古い伝承に「赤目」の男と、村一番の強さを持つ若者との戦いの物語がある。


『長いので省略しますが、赤目の黒髪は戦いの中で白髪へと染まり、神の炎すら操ったとか。』

『神の炎?』

『何か術……魔法の類ではと。しかし若者に胸を貫かれ、村の人々へ怨嗟の声を吐きながら赤目は死にました。赤い瞳を持つ者は、赤目の生まれ変わりや意思を継ぐ者ではないか、国を滅ぼそうとするのではないか……そんな事から、《忌み子》とされています。』


 赤い瞳を持つ子は不気味がられ、産んだ両親も忌まわしい者として扱われるので、保身のために殺してしまう親もいるらしい。

 親に殺されず生きようとも、恐ろしい目を受け継がないようにと、君影国において《忌み子》が婚姻を許される事はない。一人で死んでいくのが常だ。


 それでも時折、まるで「忘れるな」とでも言うように。

 君影国では赤い瞳を持つ子が生まれるのだ。


『……生まれつき目が赤くて髪が白い事は?』

『自分が知る限りは…エリ様が調べてくださった限りは、ありません。元より老化によるものを除けば、突然白髪になる者もいないのです。……伝承の赤目以外には。』



 ――あの時、《化け物》についても聞いておくべきだったな。


 つい先日エリ達は神殿都市(サトモス)を発ったと、ロイから連絡が届いている。まずは周辺の小さい町を訪ねると言っていたそうだから、いずれはまた神殿都市に寄るかもしれないが。


 生まれつき白い髪と赤い瞳を持つ少女、カレン・フルード。

 幼少期に髪の一部が黒から白へ変わった赤い瞳の男、ルーク・マリガン。


 君影国に生まれていたら《忌み子》と呼ばれたであろう二人。


 《化け物》が実在する獣なら普通の生物ではないが、魔獣と関わりはあるのか。

 アベルに憑いているという黒き魂は、今のところ君影国のエリとヴェンにしか目視できていない。アベル達を《凶星》と呼んだ予言も君影国からのもの。

 シャロンが気にしている女神伝説すら、六騎士の一人、初代学園長アンジェリカ・ドレークの母は君影国の出身だとされている。

 エリの兄というアロイスはなぜ君影国を出たのか、シャロンはなぜ彼を少しだけ知っているのか。


 ――卒業してまだ俺が無事だったら……行ってみても良いかもしれないな。君影国に。


 エリ以外にも視える人間がいるはずなので、阿鼻叫喚にはなるだろうけれど。

 少なくともツイーディア王国にいるより確実に、()()()が来たら容赦なく殺してもらえるだろう。自死が間に合わなくとも、終わらせてくれるだろう。


 今はただ間近な事件に備えようと、アベルは前へ視線を戻した。

 ウィルフレッドが笑顔で手を振っている。




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