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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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305/526

303.わかりました


※少し長いセリフがありますが、要約されるので読み飛ばして大丈夫です。





 王立学園の校舎から西へ進むと、教会がある。


 女子寮と男子寮の境にもなっているそこは、早朝と放課後から夜までの間、生徒も自由に出入りできるよう解放されていた。

 門が開いていれば入って良い証拠。

 芝生に点々と配置された石畳を辿って教会の扉を開くと、すぐに礼拝堂になっている。通路は講壇とその奥にある女神像へまっすぐに伸び、左右には祈りを捧げるための三人掛けの木製椅子が並び、窓からはまだ明るい外の光が差し込んでいた。


 左側の一番前の列に一人、ぽつんと座っている人がいる。

 他には誰もいないのを確認して、私は声をかけた。


「グレン先生。」


 歩みを進める私の後ろからダンが続き、扉が閉まる。

 座っていた男性は立ち上がり、脇に置いていた長い金属製の杖を手に取ってこちらを振り返った。神父服に身を包み、ブロンドベージュの髪は背中まで真っすぐに伸びている。両耳には金のピアスが揺れ、穏やかな菫色の瞳が私達を捉えて微笑んだ。


「こんにちは。今日はどうされましたか?」


 フランシス・グレン先生。

 神話学と魔法学上級クラスを受け持っていて、今年で三十四歳になる。学園を卒業してから神殿都市サトモスで司祭の資格を取り、魔法学術研究塔――魔塔で研究職を務めてから教師になったという、異色の経歴の持ち主だ。


「神話学で、先生の見解を伺いたい事がございまして……魔法学にも絡む話なのですが。」

「それは面白そうですね。適当にかけてください。」

「失礼します。」

 私は一礼して、右側に並んだ椅子の前から二番目、通路側に腰かけた。ダンが黙ったまますぐ後ろの席につく。グレン先生は講壇の奥ではなく前に立って私を見た。


「聞きたい事とは?」

「はい。女神様がスキルをお持ちだったか、です。」

「――なるほど。」

「初代騎士団長グレゴリー・ニクソン様のように、六騎士の中にもスキル持ちはいらっしゃいました。先生は女神様について、「人ならざる力を発揮した」と仰いましたが……それは通常と異なる魔法によるものだったと、そういった点は……いかがでしょう。」

 神話学者の中には、自分の思う説と違う話をされると激怒する方もいるという。

 私はグレン先生の様子を見ながら慎重に話した。

 先生はうんうんと楽しげに頷いて――ギラリと光る目で私を射抜く。まるで獲物を見つけた肉食動物のように!私は咄嗟に腰を浮かせかけ、ダンが勢いよく立ち上がる。


「良い着眼点です!!」


 ガツンと杖で床を叩き、グレン先生は大きく両手を広げた。……ど、どうやら魔法を発動したわけではないみたい。宣言ではないものね、今の。

 なんて、ほっとしたのもつかの間。


「そう――確かに私は言いました、人ならざる力と言われる程だったと。えぇ、それほど強力な魔法を使ったのであればスキル持ちではなかったと言う方が無理があるのではないか?教会本部の狸爺達はどうにも神聖化したがってばかりでスキルではないとかほざく輩が多く中々どうして神話学の書物にもスキル持ちという観点から書いた物がロクにないのです、その可能性を検証しようと痕跡を探そうとしたのはカーラ・マッキンタイヤー女史が有名ですが、彼女は私が生まれるよりも前に死んでしまった!どうして私はその時代に生まれなかったのかと拗ねて大神殿の屋根裏に潜った事もありました。そこにあった教皇の日記はあったから読んだだけで興味はなかったのに、バレた時はだいぶ怒られましたね。そうそうカーラ女史の著書ですが、学園の図書室にありますから探してみると良いでしょう。といっても今現在あの広大な図書室のどのあたりの棚にあるかは知らないのですが、中でもわかりやすいのは『二種の光』でしょうか。太陽の女神と月の女神それぞれの光という事で二種となっていますが、読むにあたって一つ注意が必要なのは彼女が六騎士に対して否定的である点ですね。どうも二人の女神が建国以降姿を消した事に六騎士の悪だくみがあったのではという考えを持っていらしたようで、かつては彼女の著書を禁書にしようという動きもあったほどですから、仮にも五公爵家の直系である貴女が彼女の本を熱心に読んでいたと知れると面倒事が起きるかもしれません。まぁ私はそういう輩はポイポイと魔法で放り投げていたので、ラドフォードくんの魔法で放り投げておけばいいかと思いますが、ただ貴女が今端的に『二種の光』の結論を求めているとするのならその答えは読んだ先にしかないと言っておきましょう、あくまで神話学者一個人の想像と推論で成り立っているだけの本ですので、そこから事実は果たしてどうだったかと断じる事はできませんし、それ以上を求めるのであればやはり己の手足目耳で探っていくしかないと言えます。かなり幸運な事に貴女は五公爵家の人間ですので、恐らくは初代に関する記録が口承なり何なりで眠っている可能性がある。ただやはり最大の鍵は王家でしょう、王城には絶対に記録が眠っておりそしてそれは国民には何らかの理由で非公開になっている。私が王家に生まれていればとどれほど悔しかった事か、しかも私が庶民の生まれだという理由で王子達の教師役に受からなかったのです!受かれば王城の書庫も調べ放題あわよくば王子の協力を取り付けて云々かんぬんと考えていたのが全てパーになりました。はははあの時はさすがに笑いながら酒を浴びるほど飲んでレイクスに放り投げられましたが、回る夜空を見ながら面接官に災いあれと叫ぶのも割と楽しい体験でしたよ。それはそうとして、貴女ならば王子どちらかと婚姻すればあるいは城内を探る事も可能なのかもしれませんね。何か情報を得た際には是非私にも流して頂きたいものです。あぁそれでスキル持ちか否かと言う話ですが、今お伝えしてきた通り私個人としてはその可能性が極めて高いであろうという考えを持っており、しかして証明する手立てはなくそもそもスキルとは鑑定ができるものではないですからね、それもかつて存在した人間のとなると現在発見記録のあるスキルのいずれかに近しいとしても、同じスキルの個人差による能力差かまったく別のスキルかという問題も根深いですし、このスキルであろう、と確定はできないのが実際のところです。……あぁ、残念。」


「………、わかりました!」


 最後に杖を抱いてシュンと俯いたグレン先生に、私はひとまず笑顔で頷いた。ダンが理解不能の顔で固まっているけれど今は放っておきましょう。


 えぇと、つまり。

 まずグレン先生個人は「女神様はスキル持ち」説を支持している。

 同じ考えを持っていたカーラ・マッキンタイヤーの著書『二種の光』が、学園の図書室にあるはずなので読むと良い。

 ただ彼女は六騎士には否定的だったので、公爵家の私はあまり堂々とは読まないべし。そして、読んだとて女神様のスキルが確定できるわけではない……という事ね。


「わかって頂けましたか、よかった。本当は授業もこれくらい喋りたいのですが、それをやったらクビにすると言われて控えているのです。」

 正解だと思う。

「先生の探求心と言いますか、その、熱意が伝わってきました。」

「えぇ、えぇ。すべては興味関心から始まる。私は気になるとつい試したくなる、結果を知りたくなるのです。お陰で魔法も神話も教師になれる程というわけですが、本当にどちらも底がなくて非常に面白い。」

「魔法は確かに、不確定な事が多いですね。」

「神話学もですよ。今話したスキルについてもそうですが……」

 杖をかつりと床について、グレン先生は後ろを振り返った。

 講壇の奥に設置された女神像――抜き身の剣を持つポニーテールの女性、月の女神様。その斜め後ろで両手を組んで祈る長髪の女性、太陽の女神様。


「感謝を武勇を伝えようと人々が口承したのが始まりであれば、女神伝説は不自然な点が多いのです。」

「…と、言いますと?」

「考えてみてください、たとえば第二王子殿下が歴史に名を遺す武勲を立てたとしましょう。人々は彼を賛美するために何を言いますか?どう伝えますか。」

「――それは……成した事と、どんな人だったか…」

「そう。」

 菫色の瞳が私を見る。

 どこまでもどこまでも奥を覗き込むような目だった。


「女神像は残っているのに、なぜ六騎士の像は無いのでしょう?アンジェリカ様は隻眼だった、では無事な方の目はどんな形で瞳は何色ですか?貴女の祖先、レイモンド様の髪色は?背丈は、顔に特徴はなかったのでしょうか。美しいと書くだけでは何も伝わらない。そして…」


 何よりも、と呟いて。

 グレン先生は再び石像へ目を移す。微笑みを浮かべて。



「女神様の名は?」



 伝説の人だから、「女神様」だから。

 疑問に思う事があっても、「そういうもの」だと流してきた。


「これだけ国中に女神像があるのに、彼女達の名を知る者はいない。」

「……はい。女神様は、女神様です。」

「なぜでしょうね?誰かがそうなるように仕向けたのか、本当にただ歴史の中で消えてしまったのか。あるいは、二人の女神には名前が無かったと言う者もいます。」

 それはどうだろう。

 仮に孤児だったとしても、六騎士の皆様がお二人を名無しで放っておいたとも、「太陽」と「月」なんて呼んでいたとも思えない。


「おかしい事だらけで、けれど人は不思議ですね。その辺りを探求する者はあまりいないのです。資料が見当たらなければ、歴史の影に消えたと諦める。先程も言いましたが、私は王家や五公爵家が本当は何か知っていると思っています。隠されているだけで、消えていないのではと。」


 私は、アーチャー公爵領での事を思い出していた。

 グレン先生は今「六騎士の像はない」と言ったけれど、私は一つ、知っている。カンデラ山には確かに、月の女神様と二人の騎士の像があった。


『どうして二人だけなのかしら。女神様といるなら六人のはず、よね。』

『理由はわからないが…恐らくはエルヴィス・レヴァインと、レイモンド・アーチャーだろう。』

『特務大臣という職は、当時まだなかったのでは…』

『君は公爵を継いでない。』


 五公爵家の当主だけが知る何か。

 グレン先生の予想は当たっている。それが公表する程ではない些細な秘密なのか、重大な事実かはわからないけれど。


「……女神様の光が、人々に希望を与え戦う力を取り戻させた。」


 石像の白い肌を見つめながら、私は暗誦する。立ち上がって、グレン先生と目を合わせた。


「傷を癒し魔力をも回復する魔法(スキル)は、あると思いますか?」

「人の想像が魔法を生み出す限り、可能性はある。私はそう思います。」


 あるかもしれない、ないかもしれない――結局はこの言葉に戻ってくる。

 私は常に「可能性」という広い海の中で藻掻いているような気がした。確定は常に、過去にしかない。


「…先生はさきほど、第二王子殿下を例に出されましたね。」

「はい。」

「決して悪い意味ではないのですが――…魔法学を教える先生がなぜ、魔法が使えないお方を?」

「私が神話学者だからです。」

 さも当然のように、先生は柔和な微笑みを浮かべて言う。

 その一言だけではわからないと、私は瞬いて続きを待った。先生はすっと息を吸って――あっ、この目の輝きはまずいわ!


「評判は以前から聞いていました、《月の女神に愛された天才》!入学式の日どれほどワクワクした事でしょう、レイクスに昔の件を掘り返して護衛へと割り込んだ甲斐がありました、ギリギリ怒られない範囲の加減も大変でしたがあぁ実力をこの目で見て!素晴らしい。僅か十三歳未満のあの体躯であれほどの立ち回りを演じられるとはまさに伝説に近しい実力です。魔力があれば!彼に魔力があればどのような完全体になっていたのか非常に興味があります。後天的に魔力を与える手法は未だ開発されていないのですが仮に何らかの方法であの素晴らしい肉体に魔力が伴ったとすればそれこそ――」


「先生、グレン先生!」

「はい。」

「わかりました。」

「そうですか?彼が魔力を持たない事については、一時間は無念を語れるのですが。」

「…もう十分です。」

 眉を顰めるのを堪えて、私は張り付けた笑顔で返した。

 素晴らしい剣技と立ち回り、そこに強力な魔法を得たら「完全」と言いたい気持ちはわかる。でも、けれど、この不快感は何なのだろう。

 グレン先生は、こんなに喋ったのも久し振りだと機嫌よさそうにしている。


「私達はこれで失礼致します、グレン先生。お時間を頂きありがとうございました。」

「こちらこそありがとうございました。少々マニアックに語ってしまいましたが……また、授業で。」


 にこりと微笑む先生に淑女の礼を返し、私はダンと共に教会を出た。

 アベルに、グレン先生とは二人にならない方が良いと伝えるべきだろうか。実行にさえ移さなければ「ただの変わった人」なのだろうけれど、あの熱意は何か、肌寒いものを感じた。


「……これは、シャロン様。」


 か細い声に、つい下がっていた視線を上げる。

 ストレートの銀色の長髪、雪のように白い肌と制服の上からでもわかる華奢な身体つき。同じ一年生のディアナ様だ。すぐに思案顔を引っ込めて微笑みを浮かべる。


「こんにちは、ディアナ様。ご機嫌よう」

「ご機嫌ようございます。……では……。」

 静かに礼をして、ディアナ様は教会へ入っていった。

 私達はそのまま門を出て、ダンとは女子寮の前で別れるのでまずはそちらへ歩き出す。周りに人がいないと見ると案の定、ダンは不機嫌に眉を顰めた。


「…んだよ、あの先生。」

「想像以上に変わっていたわね……授業では、とてもそうは見えなかったけれど。」

「聞き捨てならねー事も言ってた気ぃするけど、長過ぎて忘れた。」

 私も神話学は多くの不思議があると興味深く思っていた、でもあの熱量で延々語られては堪ったものじゃない。

 情報と感情で混乱してきた頭を押さえて、私は決めた。


「ダン、チェスターに声をかけてくれるかしら。……()()()があるから、話をしましょうと。」







「シノレネは?」


 礼拝堂の中央まで歩み出て、ディアナがぽそりと呟く。グレンは講壇に寄り掛かり軽く笑い返した。


「あーあれ無理になりました。」

「…………?」

「どうやったか知りませんが、解除の仕組みを変えたみたいですね。失敗した上にホワイト君がすぐさま飛んできて、学園長とレイクスの三人でそれはもうしこたま怒られました。はは」

「…言い訳、ですか。」

「私は早い方が良いと最初から言っていましたよ。待てと返した者の責任でしょう。それにスザンナ・ブロデリックを捨て駒にして……毒に慣らされた彼女が一番、地下室から生還できる可能性が高かったのに。主にそちらが馬鹿をしたのですからやる気も失せます。共謀するなら協力と信頼が大事でしょう?」

 ディアナは黙っている。

 儚い美しさを持つ少女は怒りも、呆れも、軽蔑もなく。ただグレンを見つめていた。


「それと会ってみてわかりましたが……彼、そう容易く揺らぐ精神してませんね。特に第一王子との不仲説は完全に嘘でしたし、チェスター・オークスが氷に至るほどの《温度変化》を得たのも最悪。計画は変更した方がいいと思いますよ。……と、お伝えください。」

「………。」

「私の言葉では無理ですか?貴女自身、第二王子を知ってるでしょう。周りを兄と公爵家連中が囲んで仲良しです。あれではたとえ一人くらい吹っ飛んでも、彼を揺らがせるには到底足りな」

「逆らう、ということ?」

 感情が見えない銀色の瞳。

 グレンは整った顔を美しく微笑みの形にした。蔑みを込めて。


「人を巻き込むなら実行可能かつ結果が期待できる計画を持って来いと言っています。ただもう、余程でないと協力はしませんよ。我が身が可愛いですから、騎士団に駆け込みもしませんが……口封じがしたいならお好きに。勝てると思うのなら。」

「………、そうですか。」


 興味があるのかないのか、ゆっくりと瞬いたディアナは踵を返す。

 それきりさっさと出て行った細い背中は扉の向こうに消え、グレンはやれやれと息を吐いた。



「馬鹿げてますよ、本当。貴女如きが女神の――…」





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