298.降りて良いなんて、誰も。 ◆
偽物だとわかっていて、楽しんでいたのではないのか。
ウィルフレッドはジャッキーを探るように見つめたけれど、どうも本心で言っているらしい。
――頭が痛いな。
無言でこめかみに手をあてた。
ちらりと従者を見やると、サディアスはあまりの馬鹿馬鹿しさに声も出ない様子だ。王子二人、公爵家の子息子女、騎士団の力まで借りて出てきた犯人がコレとは。
「……貴方は、私の偽物として彼らに接していたつもりだったの?」
「そう!なんつーかアレよ、カワイイあの子と俺が恋人!?~夢のような体験を貴方に~的な。俺ちゃんは美味いメシと金がもらえて、客は可愛い女の子(俺ちゃん)との幸せタイムを得るわけ。」
「あ、あの…、学園では内緒ねってしてたのはどうして?」
小さく挙手をしてカレンが聞く。
ジャッキーはなんて事ないような軽い調子で答えた。
「普通言わないじゃん。言える?友達とかにさ、俺ちゃんは今…偽物のご令嬢とデートをして楽しんでるんだ……!って。ヤバイ奴だと思われるからやめとけって話。」
「それ、ちゃんとはっきり言ったの?君がシャロンちゃんの偽物だって。」
「流石にそんな夢を壊すような事できないって!だから報酬も現ナマじゃなくて物でもらうわけ、ですよ。」
「……相手の確認がとれていないなら、詐欺じゃないと言うのは無理があるな。」
へへんと胸を張るジャッキーにウィルフレッドが真剣な顔で告げる。
ジャッキーは目を瞠って「嘘だろ?」とでも言いたげに皆を見回した。誰も否定しない。
「いや…いやいやいやッ!!だって本物かって聞くから俺ちゃん、ン゛ッ、《偽物に見える…?》って聞いたよ!」
「あの、もう私の声は…」
「ゴホン、《本物に見えるとも!》って言ってたぜ!?《偽物に見える》とも《本物だね》とも言わなかった!」
アルジャーノン・プラウズの声だ。
そう見える、という事は実際には違うとわかっていたはずだと、そういう事らしい。
「それからエフン、《夢みたいですシャロン様…》って言うから、ケフッ、《まぁ…では、きっと夢ね》ってちゃんと言っといたし!!」
「ジャッキーさん?聞いてますか。私の…」
「んでェホアッ、《俺の、こ、恋人って事で、いいんだよな》って聞くからさ、ゥ゛ン、《えぇ、今この時は、確かに――》」
「宣言、光よ彼のもとを照らして。」
「まぶしッ!!」
さほど強くないとはいえ、顔の近くに光源を出されてジャッキーは床を転げ回った。
シャロンは小さく息を吐いて首を横に振る。
『犯人は絶対に、庶民の方だと思うわ。貴族がそんな馬鹿をやると思えないもの。』
『貴女に成りすます罪の重さも理解していないのよ。』
――貴女が仰った通りだったわ、フェリシア様……。
「では、君は中庭の騒ぎも知らないのか?」
「な、なかにわ?」
「…月曜の昼休みに、プラウズ、グロシン、ロングハーストの三人が中庭で揉めていました。全員、自分がアーチャー公爵令嬢の恋人だと言っていたのです。」
「えっ何それ……ヤバイ勘違い野郎共じゃん……。」
「……だから問題なんだよ、ジャッキー・クレヴァリー。状況はわかったかい?」
ウィルフレッドが珍しく背もたれに身を預け、長い脚を組んでジャッキーを見下ろした。普段は穏やかな青い瞳が、今はひどく冷たい光を放っている。
「何も知らない彼女が、三人を手玉に取って弄んだなどと噂される事態になった。」
「ッ……!な、なんで……いや、俺ちゃんは別に、そんなつもりじゃ…」
「貴方がどういうつもりであろうと、筆頭公爵家の令嬢を騙り、被害者三人を騙し宝飾品を貢がせ、悪評を流す結果になったのは事実です。」
サディアスから淡々と突き付けるように言われ、ジャッキーの顔から血の気が引いた。
ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るシャロンを見上げる。先程までは困惑はあれど落ち着いて見えた彼女が、今はただ目が合っているだけで自分を非難しているように見えた。
かたかたと震える手を床につき、身を縮めて土下座する。
「すみッ、すみゅません、でした……!あぁぁ噛んだ…駄目だもう……。」
土下座の格好から崩れて床にべったりと身体をつけ、ジャッキーは一筋の涙を流し勢いよく大の字になった。
「煮るなり焼くなりお好きにどうぞー!!」
「見苦しいから座ってくれないかな。」
「はい。ごめんなさい」
アベルの声に従って速やかに起き上がる。
忘れてはいけない、ジャッキーはまだ女装したままなのだ。「お見苦しいものを」と言いつつ、まくれていたスカートを直して正座する。
カレンが「でも」と呟いた。
「じゃあ何でア……殿下に見つかった時、シャロン様のフリをしたの?」
「いやだって…俺ちゃんの事、本物と勘違いして声かけてきたのかなって思ったから……なんかとにかくバレたらヤバイって思っちゃって。騙すっていうか、いったん誤魔化して逃げる事しか考えてなかった。頑張ったけど、めちゃくちゃ心臓バクバクしてたもん…あの時……。」
街での事を思い出してか、ジャッキーは怯えたように両腕をさする。
「しかも」と薄紫色の瞳がちらり、アベルを見やった。
「いちゃつくフリして、俺ちゃんのピアスホール確認してたろ、ですよね…!?」
「いちゃつ…!?」
「本物にはないもんなぁ!ぜってーバレたと思ってゾッッとしたわ!!しかも何あの王クイズ、正解がわかんねぇよ!」
「王クイズ…?」
ウィルフレッド達から困惑の目を向けられ、アベルは不機嫌に眉を顰めた。ダンだけはにやにやを堪えたような引きつった笑みを浮かべている。
「…僕がしたのは、本物として扱った場合にそれを否定するかどうか。距離を詰めて接した場合にどう受け取るか、対応する技術がある人間か否か、引っ掛けに乗って適当な事を言うか、政治的な発言にどう返すか。その辺りの確認だよ。」
「そうだよな。うん、大丈夫だぞアベル、わかっていたから。」
「あぁー、そういう……。」
ウィルフレッドは「信じていました」という顔で何度も頷き、王クイズなる単語に疑問符を浮かべていたチェスターはなるほどと苦笑した。
それはさておき、シャロンはテーブルに並んだ宝飾品を手で示す。
「これを売ったお金は何に使ったのですか?」
「死んだ親父の借金。もう身体売るの嫌だったし。」
その一言でウィルフレッドが目を瞠り、ダンが真顔でシャロンの両耳を塞ぐ。
不憫そうな顔をしたカレンをチェスターが「先に帰る?」とにこやかに連れ出そうとし、レオがきょとんとし、「え?えっ?」と困惑したカレンがハッとして真っ赤になり、サディアスが険しい顔で眼鏡をかけ直した。平然としているのはアベルくらいだ。
「あれ?何その反応――だぁあ待って待って違う違うよ!?筋肉ないから、でかい荷物の上げ下ろしとかさ!肉体労働が嫌いなわけ!!」
「…紛らわしい言い方をしないでください。」
「すみませんって、睨まないで!…まぁ多少は際どいバイトも――あ、ごめん、何でもないです。」
手のひらを前に出し、ジャッキーは真顔で首を横に振る。
ここに至るまでシャロンは耳を塞がれていたが、皆の表情などで何やら誤解だったらしいとは察する事ができた。ダンがようやく手を離して元の立ち位置に戻る。
「マシューから貰ったペンダント売っ払ってようやく返しきった。期限が来月だったから割とギリ、でした。本当は先月にバイトの準備金が入る予定だったんだけど、雇い主と連絡取れなくてさ。」
「準備金でその額ですか?…随分高額なバイトですね。」
「酒場のウェイトレスやってた時に客に女装バレて色々聞かれてー、なんか俺ちゃんの声真似とか化粧の上手さが気に入ったんだと。何人か化けれそうな生徒見繕って、なれるように準備しといてほしいって。」
部屋の空気が変わった。
ジャッキーはそうとは気付かずに話を続けている。
「つっても貴族の生徒もいるぜ?って聞いたら、準備金はたんまりやるから大丈夫だってさ。危ない真似は無理っつったら、ちょっと誰かを呼び出すとか、声をかけるとかその程度だって――」
「誰に頼まれた?」
ウィルフレッドが眉を顰めて聞いた。
ジャッキーはわかっていないが、大金を元手に王立学園の生徒のフリをさせるなど明らかにまともなバイトではない。
「名前はわかんね。ニヤニヤしたおっちゃん」
「声は?」
アベルが聞く。
ジャッキーはぺろりと唇を舐めて首を傾げると、思い返すように数秒目を閉じてから咳払いした。
「…《交渉成立だ、ジャッキー。お前は稀代の名優になれるぞ》。」
「――騎士団に引き渡す。」
「へっ?いやいやいやちょっと待ってよ!俺ちゃん別にだからごめんて、そんな…」
アベルの一言に目を剥いたジャッキーは慌てて土下座の姿勢に入ったが、ようやく部屋の空気がおかしいと気付いて皆の顔を見回した。
シャロンは青ざめて口元を手で覆い、ダンは唇を引き結んでジャッキーを凝視し、声の主を知らないカレンとレオは皆の緊張を感じ取って身体を固くしている。
ウィルフレッドとサディアスの視線の先、チェスターは蒼白な顔で拳を握り締めていた。
ジャッキーが発したのは間違いなく、ダスティン・オークスの声だ。
◇ ◇ ◇
あたし?
『オークス様、すみません……お聞きしたい事が…』
ぼく…
『あーいたいた!っとー失礼、チェスター様。トレイナー先生から確認頼まれて――』
わたくし!
『チェスター様~!今日こそわたくしとお茶してくださる?』
俺。
『こんちはっ、あ……第二王子殿下とご一緒でしたか!すみません…!』
な~んでこんな事するんだろ?わっかんね。
『うるせーな。』
あんたは気になんないの?
『おめーよりは知ってんだよ。いいから、そのままアイツ見張っとけ。第二王子とは目ぇ合わせんな』
だから、それもよくわかんねーって。
『バレたら殺されんぞ』
うぉお……やめときまーす。
てか、チェスターって人大丈夫なん?俺ちゃんが声かけると毎回、なんか……一瞬さ、しんどそうに
――……、す、すみませ……なんでもな…ッうぶ!…ぐ、おぇえっ!……げほ、げほっ……
『……次。余計な事聞いてきたら、顔やるからな。商売道具だろ』
ケホ……うぇえっ、ごほ……
『たんまり金もらってんだろうが。馬鹿は黙って言う事聞いとけ』
ごめ、ッなさい、すみませ…
『どうせもうちょいで終わる。』
終わる?
『……お前、』
はい
『利用価値がなきゃ、捨ててもらえたろうにな。』
………?
俺ちゃんには、よくわかんない。
なんか、第一王子が死んだらしい。殺されたって、学園内で。そんな事ある?普通。
俺ちゃんじゃ、よくわからない。
なんか、チェスターって奴も死んだらしい。殺されたって、王都の屋敷で。え、王都?
俺ちゃんはさ、よくわかんないよ……
第一王子を殺したのは、チェスターらしい。なんで?
だから第二王子が、
俺ちゃんが、チェスターが話しかけようとしてたのを何回も何回も止めた、第二王子が。
兄貴の仇になったチェスターを、自分で殺したんだって。
………それって………
俺ちゃんは、なにか、それに、あのときの、俺ちゃんがしたことに、たのまれたこと、に
どんな意味があったんだ?
なんでか、俺ちゃんのバイトは知らないうちに終わって、誰も連絡に来なくなった。
俺ちゃんのせかいはへいわ。
ツイーディア王国には頼もしい頼もしい第二王子がいて、魔法使えないって話だったのにすんげー強い魔力持ちになってて、兄貴が死んでからずっと成績はトップで。
色んな人になるのは楽しかったけど、第一王子が死んでからは、俺ちゃんは一回も誰にもなってない。
売ったり燃やしたり捨てたりして全部なかったことにした。
俺ちゃんが誰かになった証拠はもうない。
ない。
なにも…してない。
『なぁなぁ、お前ジャッキーって名前?』
誰だ?あんた…
『知り合いがさーお前の事話してて!気になってたんだよなぁ、生きてんのかなって。よかったぜ~生きててくれて。』
なに、何の話?そりゃ、生きてるでしょ。生きて……
『ウィルフレッドの暗殺に関わってるよな?』
な、……ぁ、ちが、違う
違う。俺ちゃんはなんにも、知らなかったし、ただ声をかけただけで、ちがう
『わかってるわかってる!そーんなビビんなって。オレはさ、ただ仕事頼みたいだーけ。』
やめろ、やめて、頼むから、誰なんだお前
俺ちゃんはただお金が欲しかっただけで、ふつうに生きれればよかったのに
『ハハハハ!金も飯も寝床もやるから安心しろって!お前が仲間ならすっげー幅広がるじゃん!なぁ――まさか、断ったりしないだろ?』
こんな、あんな事になるなんて知らなかった。知らなかったんだよ!!
嫌だ、いやだ…
『舞台に戻れよ、名優さん。』




