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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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295.場違いな私




 土曜日の午後。

 特別授業を終えたシャロン達は、いつもより人の少ない食堂で昼食をとった。互いにこれまでの進捗と、時間をたっぷり使える今日は何をするか報告し合う。


 チェスターは、学園の女子生徒の中でシャロンの偽物になれる者は――特殊な魔法無しであれば――いないだろうと結論付けた。街の劇団に評判の良い若手女優が数人いるので、今日は彼女達の背丈や顔立ち、声を確認してくるという。


 ウィルフレッドは平日の間に騎士団とやり取りを済ませており、騎士がいてなおも情報開示を渋る店に突撃予定だ。サディアスは人を使って調べられる業者は確認済みで、それらしい買取品があるという店に現物確認に向かう。


 週末は偽物が街に出る可能性がある日なので、万一がないようシャロンはレオやダンと共に学園で待機だ。

 良い機会なので勉強を見るわと微笑まれ、レオは「俺も街で偽物を捕まえる!」と叫びながらダンに引きずられていった。

 彼らが調べていたカードの届け方は、男子寮に出入りする全職員が知らぬ存ぜぬだった。となれば男子生徒の協力者がいるのだろうが、確認するには人数が多過ぎる。



 そして――…アベルは、カレンと共に市場へやってきていた。



「今日もすごい人…」

「離れないように気を付けてくれる。」

「は、はいっ!」

 二人共制服の上からローブを羽織り、フードを深くかぶっている。アベルは予定していた地点に向けて足を早めた。


 本来は、被害者三人の誰かに新たなカードが来ていればよかった。会う時に捕まえれば事足りるからだ。しかし誰の所にも誘いは無かった。中庭での騒ぎを知って犯人が行動を止めた可能性もある。アベルの調査で今日何か結果が出るかはとても怪しい。


 ――なのに、なぜ来た。


 懸命についてくるカレンの足音と離れないよう注意しながら、アベルは心の中でため息を吐いた。三人との逢瀬がないのだから、たまたま今日「新たな声かけ」でもなければ現れないだろう。

 ただ、どの道確かなのは。


 ――カレンはいなくていい。


 正直な感想だった。

 偽シャロンが現れた時、声をかけて誘導するくらいならカレンにもできるかもしれない。しかし相手の目的と正体が不明なのだから、それはアベルがやるべきだろう。

 もし相手が逃走のために暴力行為に及んだら、シャロンならともかくカレンでは到底心もとない。


 ただ、力になりたいと言い出されたあの場で「君は何もしなくていい」とか、「具体的に何ができると思ってるのかな」とか、「何で僕なんだ。他にしなよ」とでも言った暁には、シャロンとウィルフレッドが黙っていなかっただろう。

 シャロンは周囲が困惑するほどカレンを気に入っているし、ウィルフレッドも友達というよりは妹のように親しみを持って接している。


 なのに、カレンはアベルと来た。

 特段優しくした覚えも懐かれた覚えもない彼にしてみれば、さっぱり意味がわからない。


 一応、もし二人で出歩いていると知られたらどうなるか脅してもみた。

 第二王子と庶民が私的に男女二人きりで街へ行くなど、互いのためにならない――それを遠回しに、けれど確実に伝わる言い方で「騒ぎになっても知らんが覚悟はあるのか」と聞いてみたが、返事はまさかの「バレないよう気を付けるね!」だった。


 やる気に満ちた良い目をしていたが、違う。アベルが求めていたのは「じゃあ止めた方がいいよね」だ。

 何とかしろという気持ちを込めてウィルフレッドやシャロンを見たが、残念ながら二人共にこにこしていた。未来の兄夫婦が平和そうで何よりだと心の中で毒づいたものである。


「ここでしばらく見張る。辛ければ座ってなよ」

「うん、ありがとうございます。まだ大丈夫」

 少し緊張をはらんだ声で答えて、カレンはきょろりと辺りを見回した。


 二人がいるのは大通り沿いの建物と建物の間だ。

 先日訪れた雑貨店よりは噴水広場に近く、大人がギリギリすれ違えるくらいの幅しかない。普段通路としては使われていないようで、数歩先にはもう木箱が幾つか積まれて通れないようになっていた。

 アベル様なら跳び越えていけるのだろうな、などと考えながら、カレンは日のあたる明るい大通りへ視線を向ける。


 この辺りは外に品物を並べるのではなく、店内へ入ってもらう形式の店が多いようだ。

 荷物持ちを連れた女性が帽子屋の前で立ち止まり、ショーウインドウの中に飾られた品々をじっと見てから入店していく。大通りは人々と馬車が行き交いガヤガヤと騒がしかった。

 建物の隙間にいる二人の事を見る人はほとんどおらず、見てもほんの一瞬だけでそのまま通り過ぎていく。こんな所に潜む悪ガキに関わりたくはないのだろう。


 ――すごい人数……シャロンの偽物がいても、見つけられるのかな…。


 本人を前にしてもわからない程そっくりというのだから、基本はシャロンを探すつもりでカレンは目をはしらせる。それらしい身長の制服姿が見えても、手前を歩く大人に重なってよく見えない。大人が通り過ぎてから少し首を伸ばして見ると、制服の女子ではあるけれど全然別人だった。

 ちょっとがっかりしつつ、このままでいいのだろうかとアベルを見やる。


「…あ、あの」

「何。」

「私……反対側から見ようか?」

「駄目だ。」

 即答されてしまった。

 しかもアベルは大通りから目を離さず、こちらを見てもくれない。カレンは肩を落として「どうしてですか」と聞いた。両サイドから大通りを見張るのは、決して変な提案ではないはずだ。


「君みたいな小柄な娘がそんな所にいれば、悪い大人は目をつける。さっきから何度か馬車で視界が遮られてるでしょ。人探しをするのに、離れた君の安全まで注視する必要があるのは困る。」

「そ…そっか……。」

 護身術を学び始めたとはいえ、実力はまだまだ全然だ。

 カレンは大人しく頷いたけれど、頷いたところでアベルは見ていないと気付いて少し恥ずかしくなった。


 護身術の授業は貴族令嬢も多くいるが、彼女達は「実際は護衛を雇えばいい」という考えなのであまり熱心ではない。親に言われて一応とった、くらいだ。

 先生も「やる気ない方は放っておきますからね~(^-^)」という人なので、懸命に学ぶ生徒達をひそひそ笑いながらお喋りだけする集団が形成されている。

 そんな人達よりは、カレンは真面目に実力をつけているつもりだ。


 《護身術》はその名の通り、身を守る事を最優先としている。

 相手を倒すのではなく怯ませて逃げる術や、咄嗟に身体が動くよう慣らすための授業だ。いずれは武器を持った相手に襲われた時や、敵わずに捕まった場合に確認する事、考えるべき事、やるべき事なども教えてもらえるらしい。


 シャロンやレベッカ達がとっているのは《体術》。

 相手の攻撃をいなしたり、体勢を崩させて距離をとったり、そして時には攻撃する事で助けが来るまでの時間稼ぎをする。場合によっては敵を倒す、拘束するなどの手段も視野に入れた授業だ。


 そしてアベルやダン達が受けている《格闘術》は、言わずもがな。

 近接戦闘で相手を倒す、行動不能にするなど、敵に勝つ事を目的としている。授業後は医務室直行になる者もおり、ごくごく一部の生徒からは「最も暴力的で野蛮」と揶揄されているようだ。


 体術と格闘術は騎士を志す生徒はほぼ必修という事もあり、多対一の場合、警護対象がいる場合、魔力切れを起こした場合など、ゆくゆくはそういった実戦的な内容も学ぶ事ができるらしい。

 アベルは剣術同様、格闘術でも既に圧倒的な成績と噂で聞くので、護身術かじりかけのカレンなど、吹けば飛ぶ紙切れのように思っている事だろう。


 ――そういえば……こんな近くでアベル様を見るのは、初めてかもしれない。


 壁に背を預けたアベルは軽く腕を組んでおり、ローブの下に見える制服の皺の入り方から腕の逞しさがよくわかる。腰には革と金具で作られた帯剣ベルトがあり、シャロンが持っている物より重そうな剣が納まっていた。

 脚はすらりと長く、ブーツはピカピカで、視線を上へやればカレンより十センチほど背が高い。フードの中には軽く寛げた襟元――あまりその辺りは見ない方がいい、となぜかカレンは思った――艶やかな黒髪、ウィルフレッドが放つきらきらとも違う輝きを持った金色の瞳。長い睫毛、すっと通った鼻筋に、薄い唇。


 ――すごく整っていて、それで今は動かないから余計に…まるで学園に飾ってある彫刻とかみたいに、きれ…


「何。」

「ひっ!」

 思わず悲鳴を上げ、カレンは慌てて自分の口を手で押さえた。

 肩はびくんと跳ねてしまったし、心臓は早鐘のように鳴っているのに、その原因であるアベルは落ち着いた様子で大通りを眺め続けている。組んでいた腕から片手が離れ、長い指が思案するように彼の顎に添えられた。


「…君は本当に毎回驚くね。」

「あ、アベル様が突然なんだよ…っ!」

「見てきたのはそっちでしょ。」

「えっ、どうして私が見てたってわかったの?」

「……あれだけ見られればわかる。で、何。」

「よ、用があるわけじゃなく……つい見てしまったというか。」

 自分が彼をじっくり眺めていた事に今更気付いて、カレンは頬を赤らめた。

 これがレオだったら寝癖とか襟が曲がってるとか埃がついてるとか、とにかく突っ込み所があるのに、アベルときたらそんなものは何一つ見当たらない。


 幸いにも彼はその返答で十分だったのか、それ以上聞かずに腕を戻して黙った。

 何事もなかったかのように先程までと変わらない。カレンも白髪が見えないようフードの端を押さえながら、大通りへ目を向けた。


 こうやって見張っているのはアベル達だけではない。

 何せアーチャー公爵令嬢成りすまし詐欺事件だ。ウィルフレッドに同行する騎士同様、アベルの調査にも騎士団の力を借りていた。もちろん、街の普段の警備に差しさわりない程度に。

 王子殿下の依頼という事で、非番の騎士まで名乗りを上げ喜んで私服で張り込むと言い出す状況だった…という事まではカレンは知らないが、他にも複数の地点でシャロンの偽物が現れないか見張っている。


 ――それってつまり……アベル様が直接来なくても良かったはず、だよね。


 カレンは、黙って見張りを続ける第二王子殿下の組んだ腕を見やる。顔をじっと見たら、さっきみたいにバレてしまう気がして。

 人手は本当に足りなかったのかもしれないけれど、ウィルフレッド達は、目の前にいるアベルは、きっと自分と同じなのだと想像した。


 大事な友達のために、彼女のために、何かしたいと。


 そう思うと、ふっと心がほぐれるようで微笑んでしまう。

 アベルとは反対の壁に背中をとんとつけ、カレンは穏やかな声で聞いた。


「こうやって見張るの…アベル様は、どうして騎士さんに任せなかったの?」


 友達を想う気持ちを共有したい、それだけだ。

 どんな言い方で返ってくるだろうと、もしかしたら、ちょっぴり照れて沈黙が流れるかもしれないと、そう思いながら――


「僕も来た方が色々と早い。」

「………。」

 微笑んでいた唇が、きゅっと引きつった。何か想像と違う。


「……あの…シャロンのために何かしたいな、とか」

「それは君じゃなかったかな。」

「わ、私もだけど、アベル様は違うの?」

「彼女のためというより……公爵家の人間に成りすます重罪を、犯人の数や目的、事情と実害を加味してどう処理したものか、放っておいても僕達まで話が上がってくる。」

 なら最初から関わった方が話が早い、とアベルは言った。

 カレンは予想外の言葉にぽかんと口を半開きにし、次の言葉で目を見開く。


「彼女は国にとっても重要人物だ。くだらない疑惑は真実をもって潰さないとね。」


「……国……。」

 規模が違うなぁ、とぼんやり考えた。

 カレンに話しかけられても決して大通りを探るのをやめないアベルは、なるほど友人のためを思う少年ではなく、国を思う王子なのだろう。


 ――私……色んな意味で、場違いだったかな……。


 今こうして王子であるアベルの前にいるのだって、元々のカレンには想像すらできない事で。

 皆友達だけれど、すごく距離が遠い人達だと、そう思った。


「カレン」

「っ!」

 気が引き締まるような声色で呼ばれ、ぴっと背筋を伸ばす。

 アベルの瞳は誰かを追うようにゆっくりと動いていた。


「僕達は運が良いらしい――…ご登場だ。」




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