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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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294.時間の無駄 ◆




 今日はまた、食堂の個室バルコニーで円卓を囲んでいる。

 ウィルフレッド様達と一緒に食べるのは一週間振りで、アベル様だけはまだ来てない。


『………。』


 どうしたんだろう。

 考え事をしているのか、ウィルフレッド様は眉を寄せて黙ったまま食べ進めている。チェスターさんは知らん顔でシャロンと楽しげに話してるし、サディアス様も黙々と食べていた。でも、たまにちらりとウィルフレッド様の方を確認してる。


 話の合間にシャロンと目が合って、私が困り顔なのに気付いてくれたみたいだけど、彼女はちょっぴり眉を下げてゆるく首を振った。ウィルフレッド様に何があったのかは知らないみたい。


『ウィルフレッド様、なんかあったのか?』


 美味しそうにもぐもぐ食べてたレオが唐突に聞いた。私がさっきから我慢してた質問!…お肉のソースが口の横についてるよ!

 ウィルフレッド様はハッとして、ちょっとだけ苦い笑い方をした。


『少し気になる事があってね。アベルに聞くしかないから、あいつを待ってるんだが……どうも、よくない方に考えてしまっていけない。』

『…チェスター、じきに来るかしら?』

『そろそろじゃないかな。()()()来るって言ってたし』

 皆で食べようと話しても、アベル様は来ない事がある。

 でもチェスターさんがそう言った日には絶対に来るから、今日は大丈夫なんだろう。シャロンは小さく微笑みを浮かべて頷いた。


『どのような件かわからないけれど…あまり難しく考えずに、まずは聞いてみましょう。』

『そうだな、シャロンの言う通りだ。と言ってもここで話す事ではないから、放課後にでも…』

 ウィルフレッド様がテーブルに目を落として、声が小さくなる。

 断られるんじゃないかって心配なのかな。アベル様は大体つんけんしてて、ウィルフレッド様の言葉を素直に聞く事はあんまりないから…。


 ノックの音がして、チェスターさんが「はーい」とのんびりした声で答える。ほとんど間を置かずに入ってきたのはアベル様だった。

 レオがいったん立ち上がって挨拶したり、チェスターさんは待ってましたとばかり手を振って、サディアス様はぴんと背筋を伸ばして軽く頭を下げる。シャロンが微笑む横で私はぺこりと頭を下げ、アベル様は私達を一瞥だけした。


 椅子に座った彼の前に、身なりの綺麗な職員さんが毒見を終えただろう食事をテーブルへ並べて、きっちりと一礼してから出ていく。

 ウィルフレッド様は少し険しい顔で「遅かったな」と声をかけたけど、アベル様は見もせずに「まぁね」と言うだけだ。

 ……この二人は今日も、ちょっとぴりぴりしてる。


 お昼ご飯の時間はまだ半分ちょっと残っていて、アベル様は音も立てず上品に、でも私やシャロンより明らかに早く食べていった。

 いつもはアベル様に話を聞きたがるレオも、ウィルフレッド様が用があるってわかってるせいかあんまり話しかけない。

 お皿の上がだいぶ片付いてから、ウィルフレッド様はようやく口を開いた。


『アベル、放課後に話したい事がある。』

『今じゃ駄目なの?』

 さっくりと切り捨てるような速さで返して、アベル様は食事を続けている。彼の瞳はお皿の上で切り分けてるお肉を見てて、ウィルフレッド様はその態度に眉を顰めた。


『ここで話すような事じゃない。』

『どういう意味で?まさか国の機密ではないでしょ。大した話じゃないなら言えばいい。時間の無駄だよ』

『っ俺は、お前の名誉に関わると思って…』

『僕の名誉?はっ……』

 アベル様はちらりとだけウィルフレッド様と目を合わせると、鼻で笑う。

 私はもうハラハラして背中に嫌な汗がにじんできた。サディアス様は真顔で、チェスターさんは何を考えてるのか薄い笑みを浮かべて、それぞれ成り行きを見守っている。


『何の件か大体想像はついてる。僕はここで聞かれても構わないよ、ウィル。誰かが何か報告してきたんでしょ。』

 ウィルフレッド様が躊躇うように私達を見回してから、短く息を吐いた。真剣な表情でアベル様を見つめる。


『試合の申し込みなしに、お前から斬りかかられたとの訴えがある。』

『で?』

『……それだけなら、信じがたい話だ。しかし彼らは、ある男子生徒を助けるためにお前を止めようとしたと。その生徒が……』

 一向に自分を見ないアベル様から目をそらして、ウィルフレッド様は言い淀んだ。紅茶のカップに手を伸ばして静かに喉を潤し、かつん、と置く。いつもは音がしないのに。


『場所は裏庭の中ほどで…斬りかかったところを見た者はいない。しかし、騒がしいと思って見に行った生徒達はいる。彼らの前で自分が何をしたか、お前はわかって――』

『鈍くさいのがいたから蹴ったけど?』

 何にも悪びれずに、アベル様が言った。

 目を見開いたウィルフレッド様を真っすぐに、でも冷たい目で見て、笑う。


『昨日は午前中に雨が降ってたよね。たまたまそこに泥水があるなんて、僕は気付きもしなかったけど――』

『そんなはずがないだろう!!』


 ウィルフレッド様の大声に思わずビクッとしちゃって、怖がった目で見てしまって、気付いたウィルフレッド様は短く「失礼した」とだけ言った。すぐに真顔でアベル様を睨みつける。


『何があったか言ってくれ。仮にお前がやったとして、』

『仮にじゃなくて複数人が目撃してるでしょ。僕も今認めたし。』

『……だとして、その先に泥水があると見えないわけがない。お前はわかっていたはずだ』

『だったら、何かな。』

 テーブルの上に置かれたウィルフレッド様の手が、固く握りしめられている。

 きょ、兄弟喧嘩だ…。サディアス様も緊張した様子で見守っている。


 アベル様が、誰かを蹴って泥水にバシャンって落としたっていうこと?

 それを止めようとした人が、斬りかかられた?アベル様がそんな事するとは、思えないけど…。もし理由があるなら、どうしてそれを言わないんだろう。


『まーまー、ウィルフレッド様。大声は禁物ですよ』

 呑気な声を出して、チェスターさんが立ち上がった。

 軽やかにバルコニーの手すりへ寄り掛かって、中庭の方に笑顔で手を振る。きゃー、と女の子達の声が遠く下の方から聞こえてきた。


『……外を見てきます。』

 サディアス様はウィルフレッド様をちらりと見てそう言った。食堂の方にも聞こえていたら、扉の向こうには耳を澄ませてる人達がいるかもしれない。


『…頼む。サディアス』

『はい。』

 難しい顔をしたウィルフレッド様に言われて、サディアス様が立ち上がる。

『俺もちょっと行ってこよっかなー。』

 チェスターさんは下に降りるつもりらしく、手すりに足を掛けた。

 アベル様は昼食の最後の一口を含み、静かにフォークを置く。このピリピリした雰囲気には場違いなほど優雅で、状況がわからないって顔でモゴモゴ食べてるレオとは大違い。



 【 どうしよう? 】



 私は――…シャロンを見た。

 サディアス様が食堂の方へ出ていって、チェスターさんは風の魔法で下へ行ってしまう。


 シャロンは困った顔をしてるだろうと思ったけど、どうしてか彼女はじっと観察するように王子様達を見ていた。視線に気付いたのか私と目が合うと、薄く微笑んでくれる。私は単純なもので、シャロンが笑ってくれるなら大丈夫なのかな?なんて思った。


『…俺は……お前にとって、そんなに……』

 疲れた声で呟かれた言葉の続きは、わからない。

 アベル様は、まるで何も聞こえなかったかのように落ち着いた様子で紅茶を飲んだ。ティーカップを戻す時にもなんにも音がしなくて、ウィルフレッド様がさっき声を荒げた事も、裏庭で起きたっていう騒動の事も、この人は何にも動揺してないんだろうなと思う。


 ウィルフレッド様が小さくため息をついた。

 微かな空気の音が、なんだか震えているように感じられて少し苦しい。


『――もう』

『ねぇ、ウィル。』

 きっと「もういい」と言おうとしたのだろうウィルフレッド様を、シャロンの声が遮った。緊張した様子もなく、やっぱり困った顔もせず、彼女はウィルフレッド様が自分を見てから小首を傾げる。


『騒ぎを聞いて生徒が見に行った時もまだ、アベルを止めようとした方達もいたの?』

『それは…いなかったらしい。斬りかかられて、恐ろしくて逃げてしまったと。』

『……先ほど言っていたけれど、その方達の事はあまり信じていないのよね。』

『…そうだな。彼らだけなら、信じられない。』

 何か、思うところがあったんだろうか。

 少し目をそらして話したウィルフレッド様を、シャロンはそんな風に確かめた。


『アベルに蹴られてしまった方は、何か言っていた?』

『黙って泣くばかりで……まるで逃げるように走り去ってしまったそうだ。』

『そう…事情がどうあれ、お可哀想だわ。制服の替えがあるといいのだけれど。』

『平気だろうと思う。着替えを持たせられないような家の令息ではないから。』

『よかった。』

 ふんわり微笑むシャロンと言葉を交わして、ウィルフレッド様も少し落ち着いたのかちょっとだけ口角が上がる。

 瞬きと共に一つ頷いて、薄紫色の瞳がアベル様へ向いた。

 さっきまで平然としていた彼は、どうしてか不機嫌に眉を顰めている。


『アベル?』

『…何。』

『私、貴方が意味もなく誰かを泥水に浸すとは思えないの。だって、時間の無駄でしょう。』

 アベル様は明らかにシャロンを睨みつけた。シャロン!よくわかんないけど怒らせてるよ!

 ……と思ったところで、「時間の無駄」っていう言葉が、アベル様がウィルフレッド様に言った事だと気付く。


 シャロンはちっとも怖くないのか、微笑みが崩れない。

 まるでさっきのアベル様みたいに優雅な手つきで、紅茶を一口飲んだ。そっと置かれたティーカップが音を立てる事はない。

 自分を睨みつける金色の瞳を、彼女は静かに見返した。


『だから理由があると思うわ。その方は何か、貴方を怒らせるような事を――…していないのね。』

『勝手に決めないでくれるかな。』

『……。』

 白くて細い指先を胸元にあてて、シャロンは考えるように数秒、目をそらす。私は話についていけなくて、ただ見守っていた。ちょっぴり困り顔のウィルフレッド様も同じだろうか?

 アベル様へ視線を戻したシャロンは、決して何か確信を得たようには見えなかった。


『私にとって、貴方達二人とそのお一方、どちらが大事だと思う?』


 変な質問につい、キョトンとする。

 でもアベル様が「は?」って顔をしなかったから、彼には意味が通じたみたい。


『これ以上の()()()()()なら……私はちょっぴりしつこく、理由を気にするかもしれないわね。』


 穏やかに語りかけるような声なのに、どこか有無を言わせない雰囲気だ。

 アベル様は目を細め、テーブルを一度だけ指で叩く。そしてゆっくりとため息を吐いた。


『……君が気にする必要はない。僕はもう行く』

『えぇ。またね、アベル』

 ぎゅっと眉を顰めていたのはどこへやら、アベル様は揉め事なんて何もなかったみたいに立ち上がる。シャロンが花咲くような笑顔で声をかけると、彼はちらとだけ彼女を見て、「あぁ」と返した。

 迷いのない歩みで出て行って、扉が閉まる。


『つまり、どんな理由だったの……?』


 ちゃんと理由があったなら、その人は着替えがいるくらい汚れた方が良かったってこと?そんな事あるのかな……うう、思いつかない。

 首を傾げた私の横で、レオも「全然わかんねぇ」と呟いている。よかった、私だけじゃない。


『わからなくて良い事もあるわ。ね、ウィル。』

 シャロンが見た先で、ウィルフレッド様は顎に片手を添えて考え込んでいる。複雑そうな顔で視線を上げて、シャロンを見た。


『……そうな(庇った)のだろうか。』

『詳しい事情はわからないけれど……もし違うなら、あそこで退かずに否定したんじゃないかしら。』

『はぁ……そうだな。』

 ウィルフレッド様は疲れたように息を吐いて、さらりと前髪をよける仕草をする。


 ……二人共もっとはっきり喋ってほしい。

 「そう」とか「あそこ」とか曖昧な言葉ばっかりで、私とレオには全然わからないよ!シャロンの言う「わからなくて良い事」なのかな。


『皆にはただ、事情があったとだけ言っておく。……もう少し、あいつと楽に話せたらいいんだが……。』


 何かは解決した雰囲気なのに、ウィルフレッド様の悩みは尽きないみたい。

 憂鬱に視線を落とした彼を見るシャロンも、ちょっとだけ……寂しそうに見えた。




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