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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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295/525

293.拳で語れ、少女達

 



 女子寮の自室へ帰ってみると、お母様から手紙が届いていた。


 ブラックリー伯爵領に魔獣が出たということ、たとえ孤島(リラ)にいても出ないとは限らないから注意しなさいということ、ウィル達にも城の文官から報告が上がっているだろうということ……


 手紙を二枚目へめくりながら、私は騎士団についての情報を頭の引き出しから探る。

 一年前はレナルド先生の正体すら気付いていなかったけれど、その後家庭教師の授業で習う事となり、今ではざっくりと上層部の面々は知っている。

 当代ブラックリー伯爵唯一の嫡男、アイザック様が今の十番隊長だという事も。

 レベッカ・ギャレットのお父様が八番隊長であり、バージル・ピューのお母様はその副隊長だという事も。


 ちなみにレナルド先生――ベインズ副団長は、騎士爵をお持ちだ。それ以上を与えようという話もあったけれど、本人が固辞したのだとか…。


 さて、ともあれ《王国騎士団十番隊長》は、かつてお母様が務めた職である。

 手紙にもアイザック様の事が軽く触れられていて、どうやらお母様が退職するまでの二年ちょっとだけ、部下であったらしい。

 攻撃魔法の威力も素晴らしいもので、幼少期から領地で鍛えられた剣術はもちろん、実直な性格で、たまに勝手にいなくなる面白い子よ……なるほど。今回はそんなアイザック様の生地で、魔獣が出たのね。


 色んな噂が飛び交うだろうけれど、ブラックリー伯爵はギルバート国王陛下が篤く信を置く実力者だと綴られている。私の前で伯爵にとって良くない噂を口にする者がいれば、それとなく止めるべきだろう――


 コンコン、と部屋の扉がノックされる。

 どなたかしらと考えるより先に、「シャロン様、ご機嫌よう。フェリシアです」と涼やかな声がした。



「――犯人は絶対に、庶民の方だと思うわ。」



 紅茶とお茶菓子を揃えたティーテーブルを囲んで、一言目。

 綺麗に整った細い眉を不機嫌に顰めて、フェリシア様は刺々しく言い放った。

 薄い水色の長い髪と瞳、手入れの行き届いた白い肌。ティーカップに指をかける仕草一つとっても美しい。


「…聞いているの、シャロン様。」

「ふふ、聞いているわ。どうしてそう思うの?」

「貴族がそんな馬鹿をやると思えないもの。半端にやったらただ公爵家を敵に回すだけなのよ?貴女が殿下達の信頼を得ている事だって皆知っている……王家と公爵家を一気に敵に回すには、やり口が適当過ぎるわ。」

 そこまで言い切って、フェリシア様はくいと紅茶を喉へ流した。

 ほんの少しも音を立てずにカップを置いて、私を見る。


「貴女にそこまで似た人を雇えたなら、筆跡を似せずカードを安物で済ませる意味がわからない。犯人はきっと令嬢と手紙のやり取りをした事がないし、貴女に成りすます罪の重さも理解していないのよ。」

「そうね…場合によってはお父様に報告の上、裁判にせざるをえないかも…。」

「許さなくていいと思うわ。成りすました役者ごと縛り上げて閣下に送り付けましょう。」

「今はお忙しいでしょうから、あまり心配をかけたくないのよ。処分は後で考えるとして……ねぇフェリシア様。それほど私に似ているような方がいたかしら?」

 自分では覚えがなくて、少し首を傾げて聞いてみる。

 まだ入学してひと月半の私より、一年以上在籍しているフェリシア様の方がわかるはずだ。


「少なくとも、今この学園に通っている貴族令嬢にはいないわよ。ちょっと化粧しただけで貴女に似るような方なんて……いっそ魔法を使ったと言われた方が自然だけれど、デートなさったのなら数時間以上でしょう?普通の子は魔力がもたないわね。」

 それができるなら騎士団レベルだわと言って、フェリシア様は憂鬱そうに目を伏せた。私の偽物騒ぎのせいで結構な心配をかけているらしい。


「オペラハウスの劇団や舞台女優は……さすがに同年代ほどとなると見習いも含むから、私も全員は知らないわ。分け隔てなく女性に人気があって、話し上手な方にでも情報を集めて頂くのが良いでしょう。」

「えぇ。目的が彼らに贈られた宝飾品という可能性も考えて、どこかで換金されていないかどうかも調べるつもり。」

「質屋ね。宝石は怪しいところへ流れる事もあるのだから、色んな意味で法に詳しい方にお願いするといいわ。正規の店は守秘義務を破れるよう、騎士でも連れていけるような方の協力がほしいところよ。」

「……すごいわ、フェリシア様。」

 感心してつい顔を綻ばせると、フェリシア様はきゅっと眉を寄せて目をそらした。


 何がすごいって、今日あの三人との話し合いの後で、私達は事件の調査をするのに誰が何をしよう、という打ち合わせをした。今言われたのはそこでアベル達と決めた振り分けと一緒なのだ。


 ゲームでは、アベル殿下とは仕事で話す事がある、と言っていたフェリシア様。既にお仕事があるのか、これから年明けまでに始まるのかはわからないけれど…こういう頭の回転の良さもアベルは買っていたんだろうなと思う。


「これくらい、特に褒められる事では……少し、考えてみただけですもの。」


 耳をほんのり赤くして、私の親友はそんな風に言うのだった。





 ◇





「何があったの……?」


 きれいな目をぱっちりと開いて、シャロンが首を傾げる。つやつやした薄紫の髪がさらりと揺れた。後ろにいるダンさんは黙って微笑みっぽいものを浮かべているけど、よく見ると眉がちょっぴり怪訝そう。

 私は改めて二人の視線の先をたどった。


「あぁ、あんたか。一昨日は悪かったな!よく知らないのに隠ぺいだろとか言ってさ。」

「レベッカ!二度とその呼び方をしないように。…シャロン様。少々短絡的で困りましたが、彼女については解決と思ってよろしいかと。」


 ニカッと歯を見せて笑うレベッカは、ところどころぴょんと跳ねた真っ赤っかな髪が背中まであって、黒いチョーカーとヘアピンをつけてる。

 彼女が一方的に肩を組んでるのは、シャロンと仲の良いデイジーさんだ。

 濃いめのブラウンの髪を編み込んでポニーテールにしてて、ピシリとした立ち姿はシャロンとは違う姿勢の良さがある。制服はスカートじゃなくてズボン派で、腰にはシャロンと同じく剣を携えていた。

 確か、おうちが騎士の家系だとか…。


 中庭で騒ぎがあった時、貴族が嫌いなレベッカは「隠ぺいだ」なんて言って、それをデイジーさんが咎めて睨み合いになった。

 でも今はこのありさまで、何があったか知らないシャロンが面食らっているのも無理はない。説明を求めるように彼女の目が私に向く。こくりと頷いて口を開いた。


「えっと……昨日の放課後にね、二人がばったり会ってまた喧嘩をして。」

「あたしがさ、埒が明かねぇから勝負だ!つったんだよ。」

「勝負…」

 デイジーさんにかけていた腕を外して、レベッカは軽く拳を握って空中にひょいひょいと突き出す仕草をする。言わんとしている事を察してか、シャロンはぽつりと繰り返した。デイジーさんがしっかりと頷く。


「剣術は私が中級で彼女が初級、魔法学は彼女が中級で私は初級……公平に《体術》で行う事に決めました。」


 要は殴り合いだ。

 ちなみにたまたま二人の口喧嘩に気付いた私とレオを始め、何人か野次馬っぽい人達も勝手についてきて訓練場での勝負を見た。

 私はずっとハラハラしてたけど、レオは「いけー!そこだ!危ねっ、おぉお避けたー!」とか騒いで、レベッカに「うるせーっ!」なんて怒られていたっけ。


「んでダチになったってわけ!」

「だから、言葉遣い!貴女、シャロン様がどれだけ高貴な方だと思っているの。」

「あたし貴族は好きじゃないんだ。」

 デイジーさんの注意を完全に無視して、レベッカは眉根を寄せて腕組みをする。シャロンは小さく頷いて続きを促した。


「五年は前だけど、貴族の男が街の子供を蹴っ飛ばすとこを見た。ぶつかったからってさ。あたしは怒鳴って割り込もうとしたけど母親に叩かれて、貴族様に逆らうなって無理やり連れ帰られた。」


 その時の怒りを思い出してか、レベッカの指先が腕に食い込んでいる。

 私も両親から貴族の方を怒らせるのはよくない事だと教わった。シャロン達は優しいけど、悪い人だっていっぱいいる。平民にだって悪い人はわんさかいるけど、貴族はさらに力を持ってるから。


「だから嫌いだ。けどデイジーに一緒くたにするなって言われて、あたしが考えてた事はクソ親父と…」

 どす、とデイジーさんがレベッカの腕を押した。よろめくほどじゃないけどそれなりの強さだ。

「――親父のクソ野郎と同じだって気付いた。」

 レベッカは言い換えたけど、ほとんど同じじゃないかな、それは。

 デイジーさんが諦めたように小さく頭を振った。


「《王家至上主義》っていうのか?親父は一応騎士なんだけど、王様の血筋に生まれてりゃとにかく偉くて正しくて尊いんだって考えなんだよ。あたしはそれを嫌ってたのに、決めつけてんのは同じだった。」

「……私も、最初はシャロン様を誤解していたので。先入観に捕らわれていると話したのです。」

「デイジー様…」

 何か覚えがあるのか、シャロンがちょっぴり眉を下げて呟く。

 レベッカは気を取り直すように腕組みを解くと、腰に手をあてて胸を張った。


「落ち着いてみればさ!カレンは友達の男遊び隠そーと嘘つくような奴じゃないし、あんたが性悪なら三人とも嘘つき呼ばわりすりゃいいのに、しなかった。――決めつけたりして、悪かったよ。」

「……貴女が思い込んでしまったのと同じ内容を、あの時どなたかおっしゃっていましたが……皆様にも理解頂けるよう、必ず真実を突き止めます。」

「ん?うん……」

 どなたかっていうかあたしだけど?と顔にくっきり書いてあるレベッカが、首を捻りながら頷く。

 デイジーさんがこれでいいのよとばかり、レベッカをさりげなく手で制した。


「シャロン様、私達で協力できる事ならば何でも。」

「ありがとう、デイジー様。とても心強いです」

「あたしの事は呼び捨てて頼むわ。様とかさんとかつけられるのゾワゾワするからさ。」

「ふふっ。わかりました、レベッカ。できればその…私とも今度、ぜひ手合わせを――」


 ちょっとわくわくした様子のシャロンが話すのを見ながら、私はウィルフレッド様達との打ち合わせを思い出す。

 被害者の三人に事情を聞いた後で、私達はこれから誰がどう調べていくかを振り分け済みだった。



 まず、そこまで似ているというシャロンの偽物を演じた人は誰なのか?

 これは色んな人の話を聞いて情報を集められるチェスターさんが担当する。貴族平民問わず学園の生徒だけでなく、街にももう仲良くなった人が沢山いるみたい。


 それから、貢がれた宝飾品狙いなら既に換金されている可能性がある。

 お店側もただの生徒にはお客さんの事をペラペラ話せないから、これはウィルフレッド様が騎士団に協力してもらいながら確認する事になった。


 けど、後ろ暗い人が利用するようなお店にウィルフレッド様が――特に、騎士を連れて――行くわけにはいかない。それはサディアス様がこっそり調べるらしい。

 彼はいつも通り冷静な様子で了解してたけど、そんな所に一人で行って大丈夫なのかな…。


 シャロンは昨日、寮の談話室でも、お昼ご飯も、放課後のティータイムも、私やウィルフレッド様達とは別で色んな女の子達と話していた。何かわかるまでその調子になるからごめんねと寂しそうに言われては、私も「一日くらい一緒に…」とは言えない。

 楽しんでねと笑ってみたけど、ダンさんが「ご令嬢ってのは喋って戦うらしいぜ」と言っていた。戦いなの…?チェスターさんとは別方面での情報収集らしい。


 気になるのが、待ち合わせを書いたカードはどうやって届いたのかっていうこと。

 基本的に届け物は寮の職員さんが配達するので、それはダンさんがレオも巻き込んで毎夜少しずつ聞いて回ってくれている。職員さんもいつでも全員話せるわけじゃないもんね。


 最後に、あの三人が偽物に初めて声をかけられた場所。

 それは街の市場まわりで、偽物はきっと三人が誰だかわかっていて、通るのを待って捕まえただろうということだった。その現場にはアベル様が行く。

 具体的にどの店の前とか曲がり角とか、その近くに待ち伏せしながら道行く人を見極められる場所があるかとか、確認する事は沢山あるみたい。



 皆の話を聞きながら、私も何か力になりたい!って思った。

 勢いよく手を上げた時は、ウィルフレッド様にはきょとんとして見られちゃったけど。気持ちは尊重すると、でも一人で何かさせるのは心配だと言われて、誰かを手伝ってくれないかと言ってもらえた。



 【 私が手伝うと言ったのは… 】




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