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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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287.秘薬の正体




 カレンとお出かけした翌週の朝。


 《花のヘアピン》を選んだからには、授業前にアベルとの会話が発生する――はずなのだけれど、休日既に会ったせいか彼は現れなかった。

 私は喫茶店で褒めちぎってカレンを真っ赤にしてしまいダンに注意されたので、学園にもつけてきた彼女を可愛がるのは控えめにしておく。


 生活算術の授業に向かうカレンとの別れ際、レオが走ってきて合流したものの……見事にヘアピンに気付かなくて、カレンの目が静かに据わっていくところを目撃してしまった。

 なぜ「あれ、お前今日何か違うか?」まで言っておいて「気のせいだな!」と爽やかに言い切れるのかしら。笑いを堪えたダンが妙な咳をしていた。

 これは私が言うべきかしらと悩んだところで、ちょっぴり頬を膨らませたカレンはレオをぐいぐい引っ張っていってしまったわ。



 なんて事があった――つまりは、今日が《変な植物の栞》の効果が発揮される、かもしれない日!


 教師と生徒という違いがあるからか、ウィル達には朝会うけれど、ホワイト先生だけはイベント発生時間がお昼だ。

 授業の時チェスターが「シャロンちゃん今日はランチ来る?」と聞いてくれたのも用事があると断りを入れ、私はダンと共に温室の方へ向かっていた。


「これまで全くお会いできておりませんが、本当に今日会えるのでしょうか?」


 ダンは丁寧な口調で私を煽っている。

 鞄から《変な植物の栞》を取り出してみせると、微笑むダンの口元が引きつった。


「先生はご興味があると思うの。」

「……道理でそんなモン…」

 目に入るのも嫌そうにぼそりと呟き、ダンはそっと目をそらす。

 一階の廊下を歩く私達は購買で昼食を購入済みで、それは袋に入れてダンが持ってくれている。


 さて、ゲームでは確か栞が風に飛ばされて、カレンいわく「温室の方から来た」ホワイト先生が拾ってくれた。

 どうなるかしらと思いつつ、校舎の周りをぐるりと囲む外の通路へと出る。


 途端、狙いすましたように強風が吹いた。


「っ……!」

 私は反射的に目を閉じ、ダンが庇うように風上へ立ってくれる。風はすぐに止んだけれど、手に持っていたはずの栞は無くなっていた。

 まさかと温室の方を見やれば、風でくしゃくしゃに乱された白混じりの黒髪。

 腰を折って地面から何か拾ったらしいホワイト先生は、遅い動きで姿勢を戻した。赤いガラスのゴーグルの向こうから、手にした物――栞をじっと見ているわ!


「マジかよ…」

 周囲に他の生徒が見当たらないのをいい事に、ダンが小声で呟いた。驚いているのは私もだわ。会えたら良いな、くらいだったのに…。

 ついぱちぱちと瞬いていたら先生がこちらを見たので、静かに淑女の礼を済ませた。つかつかと歩いてくる先生の方へ私達も近付く。


「シャロン・アーチャー。これはおまえのか?」

「はい。すみません、風で飛んでいってしまいました。」

「どこで手に入れた。もう一つあったか。」

「街の雑貨店で買いましたが、こちらが最後の一枚でしたね。」

「……そうか。」

 眉を顰めて不機嫌そうに見えるけれど、声色がシュンとしていらっしゃるわ…。

 ダン、声を出さなかったのは偉いから目を剥くのをやめなさい。先生はこの植物の見た目が好きというわけではないのよ。栞を分解して取り出そうと思ってるのよこの方は。


「もしよろしければ差し上げましょうか。」

「……買い取りではなくか?」

「えぇ、少し薬学のお話を聞かせて頂けるのなら。」

「それくらい構わん。今から研究室に来てもいい」

 ダンが持っている購買の包みを見て中身を察したのだろう、ホワイト先生はそう言ってくださった。ありがたくお受けして校舎に入り、三階へと上がる。

 先生が白衣のポケットから出した鍵で開いた扉の中、研究室はゲームの背景で見たままだった。


 応接用らしきソファのひじ掛けには書類が引っ掛かり、壁の本棚に収まりきらない分厚い本が床に何列か積まれている。

 大きな椅子の前に置かれた広いテーブルの上は、たくさんの薬瓶と書きかけのレポート用紙、蓋を開けたままのインク壺にすり潰し作業中らしい薬草。


 先生が窓を開けると、穏やかな風が吹き込んだ。

 天井の梁から垂れる麻縄には乾燥した植物が吊るされていて、ゆらゆらと……よく見たら、一つだけ羽ペンがぶら下がっているわね。

 前世の私が「これ何?」と独り言でツッコミを入れた事を思い出して、つい笑みが漏れた。


「座れ。食ってていい」

「失礼します。」

 私がソファに座ると、ダンも黙って一礼してから腰かけた。

 この三人掛けソファはホワイト先生の仮眠用でもあるのでちょっと長めだ。職員寮があるのにこちらで寝入ったりすると、《未来編》では助手となったカレンがぷんぷんしながら起こしてくれる。…なんて羨ましい目覚め。


 先生は大きな椅子にどかりと座って、積んだ本の上に置かれた袋から包みを取り出した。昼食は先に買っていたみたい。

 私のは野菜とチーズを挟んだサンドイッチだけれど、なんと具材にまで一口サイズに切れ目が入っていて食べやすい。ダンは香辛料をかけて焼いたお肉と野菜を挟んだ分厚いパン。

 ホワイト先生は……包みを開けたところで訝しげに眉を顰めている。たぶん考え事をしながら買ったせいで、思っていたのと違う商品だったのね。渋々といった顔で食べ始めた。


「…薬学の話だったか。何が聞きたい」

「二点あります。まず一つは、飲めばたちどころに傷が癒え、魔力すら回復する薬……それが作れるかどうか。」

 ゲームの私が《未来編》で所有していた薬だ。

 カレンに渡す時はアーチャー公爵家の秘薬と言っていたけれど、もし後に開発される薬ではないのなら先生はご存知かもしれない。


 私が調べた限りではそんな薬を作るのは無理。

 王立図書館で薬学の本場ロベリア王国の本も読み漁ったものの、駄目だった。元々、そんな希少な薬の製法があっても他国には漏らさないでしょうし。

 ホワイト先生は学園を卒業した後、ロベリアに留学していた。現地で直接何か見聞きした可能性が…


「飲み薬であれば、薬効が出るまでの時間はそれ即ち体内への吸収速度だ。」


 先生は長い脚を組み、背もたれに寄り掛かって言う。

 考えながら話しているのか、その視線はどこへともない空中へ投げられていた。


「魔力を回復ないしは一時的に増加させる即効性の薬なら存在する。違法だがな」

「問題は治癒の効果…ですね。」

「ああ。わかってはいるだろうが、傷をすぐに治すなどという馬鹿げた所業は魔法に限る。おまえの言う傷の範囲が、裂傷打撲熱傷…その種類を問わないなら猶の事だ。薬にそんな事はできない」

 音のないため息を吐いて、私は目を伏せる。

 やはりホワイト先生も「そんな薬はない」とおっしゃるのね。あれは未来編でしか存在しないと思っておくべきかしら。


「つまり、魔法によって生み出す物なら可能性はある。」


 先生の言葉に目を見開く。

 ゴーグル越しの赤い瞳は私に向けられていた。


「一年ではまだスキルは知らないか?それとも家の教育で習っているか。」

「知っています。《鏡》や《ゲート》…《使い魔》、説明がつかない事は大体それだと。」

 盲点だった。

 つい慌ててぺらぺらと喋ってしまう。そうだわ、なぜ気付かなかったのだろう。


 「そんな薬は無い」としても、「そんなスキルはある」かもしれない!


 薬としてゲームに出ていたから完全に思い込んでしまっていた、魔法(スキル)が関わっていると考える方が断然可能性が高い。ジェニーの病気が彼女のスキルによるものだったように。

 けれど一体誰の?ゲームの私がアーチャー家の秘薬だと言ったのは、カレンに対して入手元をぼかしただけだった?

 緊張してつい、こくりと喉を鳴らした。


「夢物語のような効果だが、仮に存在する可能性を探すならスキルだろう。」

「……あるのでしょうか、そのようなスキルが……。」

「聞いた事はないな。気になるなら次はグレンに話を聞くといい。」

「グレン先生に?…そうですよね、スキルなら魔法学のお話に…」

「それだけではない。あの男は一時期魔塔に勤めていたはずだ。」

 おっしゃる通りだわ。

 グレン先生は学園を卒業後、神殿都市で司祭になってから魔塔で研究職、からの学園教師!魔塔での研究内容によってはスキルとは別分野かもしれないけれど、聞いてみる価値はある。


「仮にそのようなスキル持ちがいた場合、国に保護されるか魔塔へ極秘に幽閉される可能性が高い。」

「……他国に渡せないから、ですね。」

「スキル使用不可の制約を解除不能でかけるか――まぁそれが可能かは知らんが――あるいは、国王の信用が余程無い限りは、逃れられないだろうな。帝国にでも渡せば終わりだ」

 無意識にサンドイッチをかじって咀嚼しながら、私は頷いた。

 あの薬が戦争に使われたら、そう思うだけでぞっとする。


 しかし…もしそんなスキルを持つ方が実在したら、むしろグレン先生は守秘義務で話してくれないのではないかしら。

 聞く機会があれば、相手の反応をよく見ないといけないわね。


「ありがとうございます、ホワイト先生。そんな薬があればと思いながら、無いという話しか聞かなかったので……とても参考になりました。」

「大した事は言っていない。おれも似たようなスキルについて少し考えた事があったからな」

「そうなのですか?」

 先生はまた一口パンをかじり、ひどく顔を顰めながら首肯した。

 そんなに嫌いな味なのかしらと思ってよく見ると、半分ほど食べられたパンの中身は真っ赤。どうやら刻んだ野菜を辛い味付けのソースでまとめたものが入っているらしい。

 私はダンに向けてそっと購買の袋を指して合図する。水を飲む先生の頬には汗が流れていた。


「っはぁ……神話の内容に、引っ掛か――…暑い。」

 苛立った低い声で呟き、先生はゴーグルを外して白衣の袖で荒っぽく額を拭う。赤い瞳がこちらへ向くと、隣でダンが僅かに身体を強張らせた。

 前世にゲーム画面で見たのと、実際に生身で会うのとではやっぱり衝撃が違う。


 カレンもそうだけれど、宝玉のように綺麗な色合いだ。

 少しも笑わない整ったお顔と鋭い眼光は、背の高さも相まって見る者に圧をかけてしまう。今は椅子に座っているから高さもないし、食べたパンが辛かった、なんて理由でちょっと不機嫌なのも私は知っている。

 立ち上がって先生の方へ数歩近付き、個包装のシュークリームを差し出した。ダンと私の一つずつ買っていたものだ。


「よろしければどうぞ。」

「…いいのか」

「はい。」

 くすりと自然な微笑みが浮かぶ。

 私がその瞳に動じない事は予想していたのでしょう、先生は素直にシュークリームを取って包みを開けた。すぐ噛り付いたところを見るに、本当に辛かったのね…。

 私がソファに戻ると、先生は咀嚼していたものを飲み込んで続きを話し始めた。


「神話、つまり女神伝説だが……あちこちに物語らしい比喩や誇張が見られる。」

 ダンがこれまでより力強く頷いている。

 神話学好きじゃないものね、貴方…。


「先生はその中に気になる箇所があったのですね?」

「《どれほど暗い夜も》の(くだり)だ。」

「――どれほど暗い夜も、月の女神様の剣が放つ光は進むべき道を照らし、切り開き。どれほど暗い世も、太陽の女神様の治癒の光は人々の心まで照らし、癒した。」

 暗唱すると、ホワイト先生は頷きながらクリームのついた唇を舐めた。

 赤い瞳を私に向けて問いかける。


「何が不自然かわかるか?」




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