280.パット&ポールの何でも雑貨店
開け放たれた正門をぱらぱらと生徒達が通っていく。休日の昼間とあって私服の者も多い。
石造りの門の内側と外側にはそれぞれ二人、門番を務める騎士が直立して彼らを見送っていた。学園に入ろうとする不届き者はそう多くないが、平日は業者に扮して、休日は学生や職員の家族と偽って来る事がある。
時折、街で何かしたらしい生徒を追いかけて住民が直接クレームをつけに来る事もあった。そんな時は一人が連絡役に走って、許可を取った上で応接室へ通すのだ。
「な、なんだか私ドキドキしてきたよ……!」
「ふふ、私もよ。リラの街を歩けるなんてすごく楽しみ」
「………。」
騎士達に軽く会釈をし、今新たに三人の生徒が門をくぐっていく。
それぞれ制服と揃いのローブを羽織り、人目を避けるようにフードを深くかぶっていた。一人だけ背の高い男子生徒が後ろにつき、前を歩く小柄な少女は緊張した様子で胸を押さえている。
もう一人、口元に軽く手をあてて笑ったのはパンツスタイルの制服を纏い、ちらりと見える細い腰に剣を携えた生徒だ。しかしその仕草と声、剣の装飾や膨らんだ胸元から女子である事は間違いない。
正門の脇に用意された待機所には数台の馬車が停まっていたが、三人は自分達の足で歩いていった。
メインストリートは馬車がすれ違えるほど幅が広く、多くの人で賑わっている。
道端で談笑する住民、メモを片手に店を探すお仕着せ姿の女性、食べ歩きしているらしい学生達。
並び立つ店は完全に店内でのみ販売を行っているところもあれば、日よけの布を店先に延ばして商品を並べたところもある。色とりどりの果実や花、日用品、アクセサリーに焼き立てのパン。一つずつ見て行ったら何日もかかってしまいそうだ。
「すごい人だね…!売ってる物も下町とは全然違うよ」
氷の上に並んだ魚をしげしげと眺めながら、カレンが言う。
彼女が住んでいた下町に魚屋が無い事はないけれど、量と鮮度、種類も違っていた。学園都市リラに並ぶのは海の魚が多く、王都ロタールは北西のバドロス湖の魚を陸路で運ぶか、あるいは《ゲート》を通じて海の魚を仕入れるかの二択である。
ゲート使用は陸路より運賃がかかるため、王都住まいで海の魚を食べるのは貴族ぐらいだった。
「お嬢もお前も、見たいもんがあったら勝手に止まらねーでちゃんと言えよ。」
「えぇ、離れたらすぐに見失ってしまいそうね。気を付けましょう」
「うん!まずは雑貨店を目指したいなって思うけど、二人はそれでもいい?」
「もちろんよ。」
シャロンが頬を緩ませて頷き、ダンは好きにしろとばかり適当に頷く。
雑貨店の割引券の裏には、掲示板に貼られていたチラシ同様に地図が掲載されている。カレンはそれをよく見ながら進んだ。レオが言っていた喫茶店がある噴水広場に着くより手前で曲がり、大通りから一本隣の道に入る。
「……あれ…かな?」
カレンが呟いた。
視線の先にあるのは赤煉瓦屋根の三階建てだ。店の外には商品を置かず、入口横のガラス窓から「今月のおすすめ商品」なる物を並べた棚が見えるようになっている。
トゲトゲの葉に赤くて丸い実をいくつもつけた植物――ユーリヤ商会のマークであるセンリョウの図柄の看板を見て、シャロンは「そうみたいね」と返した。
ゲームの背景画像でも見た景色だ。ショーウインドウの下には小さな鉢植えが幾つか置かれ、そのうちの一つはまだら模様の奇怪な花を咲かせている。
「「ありがとうございましたー!」」
ちょうど店内から学園の生徒が二人出てきて、ドアベルがカランカランと音を立てた。
聞こえてきた店員らしき声にカレンは目を丸くする。
「子供……?」
「入ってみましょうか。」
シャロンに促されるまま木製の扉を開けた。ベルが再び鳴り、三人は広い店内に足を踏み入れる。
「「いらっしゃいませー!」」
ひょっこりと姿を現したのは幼い兄弟だ。
五歳と七歳ほどだろうか、ふわりとした赤紫の髪と、同じ色の瞳をしている。看板と同じ図柄の刺繍が入った制服を着ており、店員である事がわかった。胸元につけた名札のバッジを見るに、兄がパットで弟がポールらしい。
「パット&ポールの何でも雑貨店へようこそっ!」
「ようこそー!」
「あ、こっ、こんにちは…」
勢いに驚いたカレンがぎくしゃくしながら挨拶を返すと、兄弟はぽかんと口を開けて彼女を見つめた。
困惑して見返したカレンだが、ハッとして視線を泳がせる。自分の瞳や髪の色を見られていると気付いたからだ。反射的に軽く手を横に振る。
「あ…驚かしてごめんね。えっと……」
「かぁっこいいー!!お姉ちゃん、何その色!?」
「え」
「せんせーより白いとこおおいよ!おねえちゃんせんせーよりつよいの?」
「つ、強い?」
わけがわからず聞き返すと、兄であるパットが何かに気付いたように慌てて弟の口を塞ぎ、そのままお辞儀をさせた。
「お客さまだった!どうぞ、ごじゆーに店内をごらんください!」
「んんんん!」
「う、うん…」
戸惑うカレンを置いて、兄弟はサーッと会計場所らしいカウンターに戻ってしまう。
ゲームで見たのとまったく同じやり取りだとしみじみしながら、シャロンは疑問符だらけで振り返ったカレンに微笑みかけた。
「きっとホワイト先生の事ね。ここに来る事があるのでしょう」
「そう、だね……?」
「髪の色で強いとか、さすがお子様の考える事はちげぇな。」
「ふふ。品物を見せてもらいましょうか」
雑貨店だけあって品揃えはかなりの物だった。
学生の必需品である文房具から田舎の伝統楽器、美しい小瓶に入った化粧品、妙な形の鏡に額縁、壺……突っ込みどころ満載である。価格もバラバラで、カレンのお小遣いでも余裕で買えるノートから、貴族でもなかなか手が出ない額の置物まで様々だ。
なんとなく装飾品のコーナーを歩きながら、シャロンはあちこちの棚を見て回るカレンをちらりと見やった。
今回の「シャロンとお出かけ」イベントで何を購入するか――ゲームでは、それによっても攻略対象の好感度に影響が出るのだ。
例えば《可愛らしい香水》なら別の日にチェスターが香りを褒めてくれるが、《大人っぽい香水》を買うと非常に遠回しな表現で「合ってない」と言われてしまう。
同様に《ちょっと高いペン》と《粗悪なノート》はウィルフレッド、《花のヘアピン》と《ドクロの指輪》はアベル、《魔法学理論》と《コネの作り方入門》はサディアス、《変な植物の栞》と《ハート柄のブックカバー》はホワイトの好感度に関わるアイテムだ。
――カレン、何を買うのかしら……!すっっごく気になるけれど、落ち着いて…私も何か買いましょう。
視線を前に戻すと、シャロンの指三本分はありそうな幅のドクロの指輪が目に入った。
ゲームではスチル画像があったわけではなく、アイテム紹介用のウィンドウが画面の中央に表示されるのみだ。前世のシャロンが想像していた大きさの三倍ある。これがカレンの指に嵌っていたら十人が十人振り返るだろう。
「何だよお嬢、えらいゴツいの見てんな。」
「えぇ…ちょっとびっくりして。」
「買ってくか?案外あの王子のシュミかもしれねぇぞ」
「百パーセント、アベルの趣味じゃないわね……。」
からかうような調子で言ったダンに、シャロンは指輪を見たまま真剣な声色で返した。
カレンがつけているのを目の当たりにしたアベルの反応は、「……君、今後もウィル達と関わる気があるなら、それは外したら。」である。
「…お嬢」
「なぁに?」
「俺は別に、第二王子の方とは言ってねぇけど?」
「え?えぇ……そうね。」
ゲームの事を考えていたシャロンは半ば上の空で返し、「でも」と続けた。
「貴方、ウィルの話ならさっきみたいな言い方しないでしょう。」
「……んだよ、つっまんねぇ~…」
ぶつくさ言いながら離れていくダンの背を見送り、シャロンは一歩隣へずれる。髪飾りのコーナーだ。カレンがつけたらとても良く似合うだろう、小さい花をあしらったヘアピンがある。こちらは想像と同じ大きさだ。
これを購入した場合、アベルがヘアピンを見た事に気付いたカレンが自分から「変かな」と聞く。アベルは「別に。似合ってるんじゃない」とだけ言って、そのまま去ってしまった。
――真顔のまま好感度上昇のエフェクトが出るのよね。なんというか、アベルは他の皆と違って……そう。好感度が上がった事に自分で気付いていないような雰囲気で。本当、鈍いのよね……。
「シャロンは何を見てるの?」
横から聞こえた声にそちらを見ると、まだ何も選んでいない様子のカレンが歩いてきた。
シャロンの隣まで来て、並べられたアクセサリーを眺める。
「髪飾りかぁ……」
「えぇ。種類がたくさんあるものだから、ついじっと見てしまって。」
「素敵だよね。私あんまりこういう女の子っぽいの、持ってないや……」
そう言うカレンの横顔は、フードに隠れてシャロンからはあまり見えなかった。
声には羨望と、どこか諦めが滲んでいるように思えて、シャロンは優しく微笑んでその肩に手を乗せる。赤い瞳がシャロンを見た。
「じゃあ、これから持ちましょう。」
「え、でも…」
「おしゃれも大事なことよ。好きなお化粧やアクセサリーをするとね、見た目もだけれど、心持ちも変わったりするの。」
「そうかな。」
「お友達が傍にいると心強い感覚に近いかしら……是非試してみて。好きな物をつけて、好きな自分になるの。」
「好きな自分……、うん。」
並べられた髪飾りを見つめて、カレンはこくりと頷く。
慣れない事をする緊張からか頬は少し赤い。
「私、買ってみるよ。ありがとう、シャロン。」
「ふふ、どういたしまして。ゆっくり選んで」
にこやかに笑ってその場を離れながら、シャロンは内心冷や汗をかいていた。
――私……私!誘導をしてしまったのではないかしら?あぁ、カレンが選ぶ可能性のある物はわかっているのだから、関係ない棚を見ているべきだったわ。……でも、あんなに寂しそうな声で言っていたんだもの、買うのは良い事だと……
適当に歩いた先にあったのは、栞やブックカバー、本立てが置かれた棚だ。
ゲーム画面で見覚えのある《変な植物の栞》もある。シャロンはそれを数秒眺め、はっとした。
――対応するアイテムを買うと、カレンはそれぞれ別の人に会う……もしかして、これを持っていたらホワイト先生に授業外で会える可能性が?
栞を手に取り、シャロンは振り返る。
先ほどの棚からカウンターへ歩き出したカレンの手には――やはり、あの《花のヘアピン》があった。ならば、シャロンが《変な植物の栞》を取ったところで問題ないだろう。
カレンは無事にヘアピンを購入し、ダンに「センス腐ってんのか」という目で見られながらシャロンも栞の代金を支払った。
「「ありがとうございましたー!」」
パットとポールの元気な声に送られ、まだ少し緊張した面持ちのカレンが店を出る。カランカランと音を立てるドアを押さえてダンが続き、最後にシャロンが
「おや、これはこれはお嬢様ァ!」
既に背を向けていた店の中。
カウンターの奥の方から弾んだ声がして、足を止める。手を離したダンが振り返り、立ち止まったシャロンを見て訝しげな顔をした。ドアが閉まらないよう再度押さえようとした彼を手振りで止め、シャロンは「少し待ってて」と呟く。
「…わかった。」
ダンはちらりと店の奥を見やり、ドアはそのまま閉じた。カラン、と音を立てて。
「お久し振りですねぇ~…あれ。今の方はもしや、あの時の御者君ですかァ?」
雑貨店にはパットとポール以外にもう一人、店長がいるとシャロンは前世の知識でわかっていた。
立ち絵も名前もない、たまにセリフだけ出てくる男性だ。
声の主の事も知っている。
初めて会った時は旅の行商人だった彼が、今はユーリヤ商会に所属している事も。会うのはこれで三度目になる。
違和感を覚えながらシャロンは振り返った。
ローブのフードをかぶったまま――後ろから見れば、まるで少年のような制服姿で。




