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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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267.殿下が一番かっこいい

 



 フェリシアが静かに手を胸の高さに上げた。


「ヘデラ王国のロズリーヌ殿下ですが、女子寮でシャロン様をジッと眺めておいででした。何か用事があるのかお声掛けしたところ、何もないと帰っていかれましたが。」

「寮でも奇行を……?」

 サディアスが警戒心を露に聞き返す。

 フェリシアは真剣な表情で頷き、少し言い淀んでから気まずそうに「妙に呼吸が荒かったです」と付け加えた。ノーラが私もとばかり高く手を上げる。


「王女様なら、魔法学でも女の子を見てましたよ。あのー…、髪が白い子。殿下とサディアス様のお知り合いですよね?」

「カレン・フルードだな。シャロン嬢とウィルの友人だ。」

 アベルがそう答え、フェリシアはぴくりと片眉を上げた。


 平民の女子生徒が王子殿下のグループとお近付きらしいと、既に貴族令嬢の中で噂が流れている。ただ同じく平民の男子生徒も一緒という事で、今のところは「平民目線の話を聞く相手として選ばれた生徒ではないか」、という憶測が立てられていた。

 ほんの少し前のめりになる事で話す意思を見せ、アベルの視線がフェリシアに戻ったところで口を開く。


「補足を。女子寮でシャロン様を見ていらしたとお伝えしましたが、正確にはカレン・フルードと話しているシャロン様、ですわ。王女殿下の関心がどちらにあるかは何とも言えません。」

「…俺はそのカレンって娘わかりませんが、王女殿下が気に掛けそうな何かがあるんですか。第一王子殿下やシャロン様とはどう知り合われたので?」

 シミオンが聞いた事で、アベルが簡潔に経緯を説明した。

 下町でカレンがウィル達を助けようと魔法を使った事、たまたまシャロンや従者、鍛錬相手のレオ・モーリスもその場に居合わせた事。

 フェリシアは黙って聞きながら僅かに目を細めた。


 ――なるほど。ウィルフレッド殿下が下町で…となると、その件は公表できないわね。王女様としては、なぜ平民の娘が殿下達に近付けているのか…といったところかしら?


「ロズリーヌ殿下は婚約者探しに苦労していると聞きます。シャロン様達を邪魔に思うかもしれませんわ。」

「俺も警戒した方がいいと思います。」

「う~ん……仲良くなりたいだけだったりしません?」

「ノーラの言う通りかもしれない」

「シミオン、黙りなさい。」

 フェリシアがそちらを見もせずにぴしゃりと言ったが、シミオンはノーラを見ていて聞こえていない様子だ。

 最後のやり取りを無視して、アベルは話を続けた。


「昨年と比べれば、今のロズリーヌ殿下は随分落ち着いたものだ。癇癪を起こす様子がない。値踏みするような目もしなくなった……どういうつもりか、まだ少し測りかねる。」

 学園長室で「皆様の視界に入らないように」などと言っていたが、授業がある以上それは不可能だ。

 ただあちらから接触してくる事はないし、時折視線を感じるには感じるが、基本的には従者と共に黙々と授業を受けている。

 アベルはついとサディアスに視線を移した。


「お前はどう思う。俺やウィルよりも見られているだろう。」

「……アベル様がそうおっしゃるなら、勘違いではないのですね。心当たりは何もないのですが…」

「まぁ……サディアス様を?」

「剣術の初回で気絶したという話はお前達の耳にも入ってるだろう。あれはサディアスの試合直後だ。」

 フェリシアが瞳を丸くしてサディアスを見る。サディアスは黒縁眼鏡を指で押し上げ、それまで黙って聞いていたシミオンが口を開く。


「フェリシアがネルソン先生から聞いたところでは、王女殿下は気絶の理由を「ハラハラした」と仰ったそうですよ。」

「えー!サディアス様、そんなにしごかれたんですか?」

 剣術を取っておらず見学もしなかったノーラは驚いてサディアスを見たが、すぐにアベルから「いや」と否定が入った。

「まったく問題なかった。もう一人同時に受けていたが、そちらも危険な場面はなかったはずだ。」

「えぇ、気絶するような事は何も……ただ、視線は試合前から感じていました。あるいは私というより、父に何か思うところがあるのかもしれません。」

「そんなに難しい話かなぁ…?」

 ノーラは首を傾げ、改めてサディアスをじっと眺めた。色白の肌に知的な雰囲気、涼しげな目元に上品な佇まい。


「サディアス様かっこいいですし、見惚れてたとかドキド」

「ノーラ。」

 フェリシアが静かに遮った。

 シミオンから突き刺すようにじっ……と見据えられ、サディアスの額に汗が滲む。光のない黒い瞳は圧が強い。サディアスは決して目を合わせないよう心掛けた。

 ノーラがハッとして慌てて手を振る。


「ああすいません!もちろんえーっと、殿下が一番かっこいいですけど!」

「違う。俺を巻き込むな」

 今は「王子を差し置いてどうの」という話ではない。

 シミオンの瞳が苦々しくアベルへ向けられた。彼にとって揺るぎない主君であるし、格好良さという尺度で勝てる気はしない。

 アベルに「違う」と言われ、しかし状況がわからないノーラは助けを求めるようにフェリシアを見た。彼女は美しく微笑んで首を傾け、艶やかな長い髪がさらりと垂れる。


「そういえばね、ノーラ。去年の剣闘大会でシミオンは学年一位だったのよ。」

「へ?…あぁ、クローディア様から聞きました!さすがシミオン君!って父とも話したんですよ。……何で今それを?」

「話を戻すぞ。」

 すっ…と目を閉じて何かを噛みしめるシミオンの横で、アベルがきっぱりと告げた。フェリシアとサディアスが神妙な顔で頷く。疑問符を浮かべているノーラは放置された。


「殿下本人はあまり頭が回る方ではない。今のところ悪意を感じないとはいえ、動向は各自注意しろ。」

「承知致しました。ご本人がどうあれ、肩書きには利用価値がありますものね……()()がどういうおつもりか、少々探っておきますわ。」

「頼む。サディアス、あちらからお前に接触してくる事もあるかもしれない。何かあれば報告しろ。ウィル達がいる時でもいい」

「はい。」

 アベルと目を合わせ、サディアスは短く返した。

 自分が一人の時に話しかけてくるようなら、周囲に知られたくない内密の話があるのだろう。ロズリーヌ自ら考えを明かしてくれれば、それほど楽な事はない。


「――…殿下。()()の事は見ておきますか?」

 ロズリーヌの話が終わったと見て、フェリシアがそう投げかけた。かつて指示を受けていた、シャロン・アーチャー公爵令嬢の事だ。

 アベルはゆるりと瞬き、薄い水色の瞳と視線を合わせた。


「不要だ。」

「畏まりました。」

 フェリシアは座ったまま礼をし、他の三人は誰の事かわからないまでもわざわざ聞くような真似はしなかった。アベルから個別に依頼されるなどよくある事だ。

 サディアスがふと思い出したようにノーラを見やる。


「そういえば、あの三人は無事にこちらへ来たようですね。掲示板を見ました」

「見ちゃいましたか……商会のマークがすごい小ささになってる、あのチラシを……。」

 ノーラは眉尻を下げてこめかみに指をあてた。

 父であるコールリッジ男爵が運営するユーリヤ商会が、学園都市(リラ)に出している店の話だ。パット&ポールの何でも雑貨店、と大きく――まるでそれが正式な店の名前かのように――書かれたチラシが、学園の掲示板に貼られている。


「元気でやってるみたいだから、まぁいいっちゃいいんですけど……あ、殿下もサディアス様も、よかったらそのうち顔出してください。チビ達が会えるのを楽しみにしてますから。」

「わかった。」

「……私もですか?」

 完全に予想外だったのか、サディアスがきょとんとして聞き返す。

 ノーラは当然のように頷いた。


「そりゃそうですよ、すごい懐かれてるじゃないですか。」

「……懐かれてる……!?」

 驚愕に目を見開き、サディアスは訝しげに眉を顰めて記憶を辿る。そして理解しがたいとでも言いたげに首を横に振った。

 そんな様子を横目に見てアベルがほんの僅かに笑みを漏らし、フェリシアは表情を変えずに瞬く。


 ――…お二人とも、随分雰囲気が柔らかくなられたわね。たとえわたくし達の前であっても、以前はもう少し感情が控えめだったけれど。


 懐かれてると言われたところでサディアスは眉を顰めるだけ、アベルは反応しない。

 それがフェリシアが思う二人の姿だが、この一年で変化があったようだ。


 閉じられたカーテンの向こうで、外の光は夕日の色を増している。長い脚を優雅に組み、アベルはフェリシアとシミオンに視線を寄越した。


「魔獣の事はお前達も聞いているな。」

「「はい。」」

「俺とウィルが来た事で、今後リラに出る可能性もあるだろう。王都に出たモノが魔獣の全てとも限らない……それらしい獣に遭遇した場合は、決して油断するな。」

「対処できそうな場合、教師や騎士を待たず俺達で始末しても構いませんか?」

「構わないが死体は騎士団で回収する。魔石は有毒だから発見しても直接は触らず…」

 細かく続く説明をなんとなく聞きながら、ノーラは王都での出来事を思い返した。


 ガラス窓から見た、火を吐くオオカミ達。

 騎士達の奮闘によって、魔獣はコテージの中までは入って来なかった。令嬢の中にはガタガタ震える者もいて、ノーラはそっと背をさすってやったりしたけれど、クローディアはいつも通り落ち着いていた。

 上の階から悲鳴が聞こえた時はマズイと青ざめたものの、結局それは血に驚いただけで何も危険ではなかった。階段を駆け下りてきた令嬢が「気絶した子を置いてきた」と言うものだから、ノーラはゼイゼイ言いながらその子をソファまで運んだ。


 王都襲撃の際はコールリッジ男爵邸にいて、部屋にいても騎士団からの警戒放送は聞こえたものの、それだけだ。魔獣は結局、王都の中には入ってこなかったのだから。

 商会で荷遅れや紛失騒ぎが起きたので、その処理を手伝いはしたけれど。


 ――あんまり実感がないのよねー、魔獣って…。


 実際に出くわしたらノーラなどひとたまりもないのだろうが、街に出る可能性があると言われてもあまり想像がつかなかった。

 四人の話題は学園の事に移っている。


「フェリシア、生徒会は問題ありませんか?」

「金銭面で悪い噂のある令息が入り込んでおりますけれど、問題ありませんわ。会計担当は信頼できる方ですし、わたくしも補佐として目を光らせておきます。」

「ただ、暴力沙汰があった時に力で押さえられる面子ではないですね。生徒会怖さに大人しくする者はさほどいないかと。」

 シミオンが淡々と言う。

 フェリシアはかなりの魔法の使い手だが、複数人相手や奇襲には弱いのであまり実力行使す(ヘイトを稼ぐ)べきではない。婚約者を探している身としてもだ。


 そうなるとわかっていたから、フェリシアはシミオン――剣術上級、魔法学中級上位の実力者であり、「間違っている」と思えば目上相手でも噛み付く男――を生徒会に誘った。

 しかしアベルとノーラが来る以上は忙しくなるからと断られ、フェリシアとしてもその答えは想定していたため、「まぁ、貴方はそうよね」と大人しく諦めたという経緯がある。


「あの、生徒会と言えばこの部屋、勝手に使ってよかったんですかね?」


 ノーラがそわそわと部屋を見回して聞いた。

 場所を指示したのはアベルなので、何か問題があってもノーラ達が怒られる事はないとわかっているものの、こっそり集まった以上やはり少し不安がある。

 アベルはなんて事ないように答えた。


「問題ない。あくまで内密にだが、上の許可は取ってある。使って良いが見られるなよ。」

「えぇ……殿下ってほんと何者なんですか。」

「第二王子だ。」

「そ、それは知ってますけどぉ!」




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