263.とうとう彼女の番が来た
レオ・モーリス――中級。
「だぁあくっそー!いきなり上級は無理か…」
トレイナーによる所見。
スタミナはありそうだが技術はまだ粗く、すぐに焦るため冷静さが求められる。言動の割に、簡単なフェイントや受け流しであれば一定の対処を見せた。経験則による反射と思われる。
サディアス・ニクソン――中級。
「……ありがとうございました。」
レイクスによる所見。
現段階で上級はあり得ないと断定していた様子。攻撃にさほど重さがなくやや持久力にも欠けるが、相手の隙を作ろうとする頭、安定した体捌きは中々良し。
ウィルフレッド・バーナビー・レヴァイン――上級。
「ありがとうございました。…これから、よろしくお願いします。先生」
レイクスによる所見。
これといって欠点のない見事な剣、不意を突かれてもよく反応した。咄嗟の回避から反撃に繋げる判断も良い。一対一であれば早々負けはしないだろう。
チェスター・オークス――中級。
「んー…まぁ、そうですよねぇ。」
トレイナーによる所見。
攻撃の強弱、フェイントなど搦め手と正攻法の混ぜ方が上手い。センスはあるが視線や足の向きなどまだ詰めが甘く読みやすい。手法を持つがゆえに迷いがあるのか、やや判断が遅いか。
アベル・クラーク・レヴァイン――上級。
「……わかった。」
レイクスによる所見。
力、速さ、技術、判断力等すべてにおいて圧倒的。呼吸の乱れもなく全力は未知数。攻撃の狙いにはしてこなかったが、急所への一撃をよく探っていた。勝ち方ではなく仕留め方に頭が動いていたのだろう、実戦経験の豊富さがうかがえる。
「次、デイジー・ターラント!」
「はい!」
トレイナーの呼びかけに、一人の女子生徒が眉をぎゅっと寄せて立ち上がる。
先ほどシャロンに声をかけてきた令嬢だ。濃いブラウンの髪を左右で編み込みを作ってポニーテールにしており、緊張した面持ちながら構えには慣れが見える。
「――いきます!」
デイジーが地面を蹴る頃、レイクスは小柄な男子生徒バージル・ピューの相手をしていた。
彼が動く度、後ろで一つに縛った浅葱色の癖毛がふわりと揺れている。初級に行こうとしていたバージルだが、それなりの強さとそれなりの速度でレイクスに打ち込んでいた。幾度かは攻撃を避けてみせ、反撃もできているが隙がある。
「ふむ、なるほど!」
「中級ですかね~って、思って、ます!」
「そうだな、お前は――」
レイクスは笑みを浮かべたまま剣の柄を握り直し、踏み込んだ。途端にゾクリと悪寒を感じ、それまで穏やかだったバージルの目が見開かれる。後ろへ引いた剣の切っ先が彼を狙っていた。
強力な突きがくる。避けられない速度で。
――っそれは、軽傷じゃ済まな――
ガギィン!
反射的に刃を剣で受け流し、バージルは相手の後方へ回り込むように地面を蹴る。反応できていなければ刃先が右肩にめりこみ、刃が潰れていようとひどい有様になっていたはずだ。
受け流しのせいでバージルはすぐには剣を振れない。背面に回れた好機ではあるがまず蹴りを狙い、体勢を崩させつつ距離を取ろうと決める。しかし相手も背を向けたままではいないはずで、
――何で先生はまだ動かない?
振り上げようとした足が、地面を離れるより前に止まる。見学席からすれば「まだ」とも思わない、突きを受け流してから二秒もないほどの間だった。
バージルは自分がした事に気付き、状況を悟って脱力する。レイクスは爽やかな笑顔で振り返った。
「――上級だ!ようこそ俺のクラスへ。手抜きはもう無しだぞ」
「………ははは…、ありがとうございました~。」
ぽりぽりと頬をかき、バージルも笑い返す。
中級に留めておきたいなら、今の攻撃に反応するべきではなかったのだ。レイクスは殺気を滲ませる事で本気と感じさせ、うまく釣り上げた。
「ここまで。貴女は中級です」
「…っありがとうございました!」
呼吸は乱れていたが即座に騎士の礼の姿勢を取り、デイジーは剣を下ろす。
トレイナーにまったく有効打を与えられなかったとはいえ、他の女子生徒より長く見てもらえた自覚はあった。
一年生で中級であれば騎士の道にまず問題はない。後は鍛錬あるのみだ。
ほっと安堵の息をつく姿など人前に晒せない。デイジーは区切りをつけるように浅く息を吐き、待機列に戻るべく踵を返した。
「次、シャロン・アーチャー!」
「はい。」
ざわめきが起こる。
試験に参加した生徒も見学席の生徒も、とうとう彼女の番が来たと思った。
一年前までは剣など触った事もなかったであろう、筆頭公爵家の娘。今学園に通う令嬢の中でもっとも高貴な血を引く者。
しっかりとした足取りで歩くシャロン・アーチャー公爵令嬢を、デイジーはじとりと睨みながらすれ違う。視線が絡んでも、シャロンは小さく会釈してきただけだった。余裕ぶった態度も、微かに漂った花のように柔らかな香りも、厭わしい。デイジーはゆっくりと奥歯を噛みしめた。
「シャロン、がんばれ…!」
周りに聞こえないよう小さな声で、見学席の一番隅に座ったカレン・フルードが呟く。
先ほどまで見学席にはロズリーヌの姿もあったのだが、なぜか気絶してしまった。
日よけ屋根もある見学席でなぜ、脱水症状かさては空腹ではなどと囁かれる間に従者ラウルが駆け寄り、問題ないので授業を続けるよう先生方に伝えて抱えて行ってしまった。
彼女の気絶はサディアスの試験が終了するのと同時だったが、関連性は不明である。
トレイナーの正面、指定位置に立ったシャロンが剣を構えた。
その瞬間に彼女が纏う雰囲気ががらりと変わる。穏やかだった眼差しは相手を見据えるものとなり、口元に微笑みはない。立ち姿にぎこちなさはなく、剣の重さに手が震える事もない。
怖がる様子も驕り侮る様子もなくただ、トレイナーにどう切りかかるかだけを考えている。
「………っ!」
無意識に、デイジーはごくりと唾を飲んでいた。
騎士を志す者として、剣の腕を磨いてきた者として、あの姿を見てまで「ご令嬢の気まぐれ」と思えるほど馬鹿ではない。勝手な決めつけでとんだ無礼を働いた事を理解した、その焦りが彼女の鼓動を早くしていた。
「では、始め。」
トレイナーが言い終えると同時、シャロンは軽く剣を引きながら駆け出した。
型通りの素直で綺麗な初撃。トレイナーは剣を片手で持っているが、眉一つ動かさずに受け止めた。足運び、姿勢、剣の構えと振り。レナルド・ベインズの教えを受けたとあって一定の力量は備えている。
ただ、あまり早く認めては邪推する者も出るだろう。
二撃目の横一閃も受け、真正面からの三撃目を弾きながら押し返し、後方へバランスを崩したシャロンへと切りかかる。
ギィン!
押し返した時点で、彼女がこの攻撃を防げるだろう事をトレイナーは知っていた。
シャロンは上半身のバランスを崩されつつも、足は既に後ろへ踏み出していたのだ。自ら後ろへ下がろうとした分、押し返す力も半減されている。そうしてきちんと受け止めてみせた。
――力の強い相手への対処、良いでしょう。それで?
ギャリ、と剣が音を立てる。
トレイナーが一撃の後に距離をとるのではなく、そのまま力を込めていた為、シャロンは受け流しに切り替えたのだ。実戦ならここで飛び退っても力の向きを変えても良かったが、今はあくまで試験。好きにやらせてみると、彼女は刃先ではなく柄側に向けてトレイナーの剣を受け流した。
ガッ。
流れた剣は鍔で止まり、シャロンはそれを右斜め下へ押しやるように剣を振りつつ、自身は左へ足を向ける。右手首に負担がかかる前に手を離し、右手だけ逆手に握りを変えた。速い動きだった。
頭を軽く引いて刃先を避けながら、トレイナーが僅かに目を見開く。自分の剣と体の間に、シャロンの剣があった。
――なるほど、面白い事をする。レオ・モーリスの妙な慣れはこの娘のせいね。
「はぁ!!」
右腕に全力を込め、シャロンは剣を押し込むようにして振り上げる。
トレイナーがこれから下がった剣で彼女の胴体を狙っても間に合わないだろう。既に横へ抜けるように跳んでいる。シャロンの剣が届く方が先だ。
――なら、狙うのは剣でいい。
ガギン!
トレイナーは即座に剣の握りを両手に変え、一歩引きながら直上へ振り上げる。
シャロンはそのままでは弾き飛ばされると察し、咄嗟に右手だけ柄から離した。剣が弾かれた左方向へと飛び退り、急いで握り直す。トレイナーが静かに剣を下ろした。
「ここまで。中級です」
「……!ありがとうございました。よろしくお願い致します、トレイナー先生。」
シャロンも剣を下げ、嬉しそうにふわりと微笑む。
柔らかな雰囲気に穏やかな表情、先ほどまでの気迫など微塵も感じなくなっていた。試験を見ていた殆どの者が呆気に取られる中、王子とその従者達は驚いた様子もない。見学席も受験者の待機列でもひそひそと声が上がった。
「思った以上にすごいな…騎士にでもなるのかって。」
「ビルお前、彼女の護衛候補だったとか言ってなかった?無理でしょ、アレ。」
「はは…そうだね。昔はか弱い女の子って感じで、候補に選ばれて嬉しかったし、駄目だった時はちょっと落ち込んだけど……う~ん、あれ見ちゃうとね…。」
「いいじゃないですか、自分より強くとも。手間が減るし、あの美しさですよ?隣に立ってるだけで周りの目が変わります。」
「殿下達は悪い印象ないみたいだな。自分達も腕が立つからだろうなぁ…。」
「あまり話を聞かないから第一王子は弱いかと思ったら、全然強かったですね。見学者の声がうるさかった。」
「でもアベル殿下の試験見ただろ?先生も割と本気じゃなかったか。あれ見たらウィルフレッド殿下なんてさぁ…」
「お疲れ様でした。」
シャロンが待機列に戻ってくると、ダンが丁重に礼をして迎える。顔を上げる時ににやりと笑っていたのは、シャロンにしか見えなかった。
他の受講者は話しかけたそうに口を開いては閉じたり、近付いていいものかと惑ったり互いに顔を見合わせている。相手は筆頭公爵家の令嬢であり、おまけに番犬が時折牽制の視線を向けてくるのだ。
それでもとうとう一人の男子生徒が声をかけようとしたが、一瞬遅かった。
「シャロン様。」
振り返ったシャロンに深く頭を下げ、彼女はゆっくりと姿勢を正す。
編み込みポニーテールにした濃いブラウンの髪、真剣な目つき。トレイナーが呼んだ名をシャロンは覚えていたが、ただ微笑んで軽く礼を返した。
「先ほどは大変失礼しました。ターラント男爵が次女、デイジーと申します。」
「デイジー様。貴女も中級に行かれるのでしたね。」
「はい。勝手な…勝手に、本気で剣を学んではいないだろうと思い込んでいました。本当に申し訳ありません。」
「……ご心配頂いたことは覚えておりますが、謝って頂くようなことはありません。」
そう言ったシャロンを、デイジーは苦い顔で見つめている。
試験前に突っかかってきたのは確かだが、こうやってすぐ謝罪ができるあたり、根は素直で真面目なのだろう。随分後悔しているらしいと見て、シャロンは苦笑して片手を差し出した。
「これまで、女の子の練習相手はいた事がないのです。どうか、これからよろしくお願い致しますね。」
「っ…私でよければ、よろしくお願いします!」
しっかりと握手を交わして、シャロンはデイジーの黄色い瞳を見つめる。
前世でも見た事のない顔だった。
――ゲームには出なかった少女、デイジー様。中級のはずだったウィルは上級を認められ、カレンと一緒に見学するはずの私は中級に入った。入学式に続き、騒いで強制退場するはずのロズリーヌ殿下は……なぜ倒れてしまったのかわからないけれど。アベルのルートでの中ボス…あの二人はシナリオ通りね。
残った数名も初級と中級に振り分けられ、レイクスが試験の終了を告げる。
クラスごとに整列してみると上級は五人しかおらず、中級がもっとも多かった。全員を見回すようにして、レイクスは大きく頷く。
「良し!上を目指す者は常に挑戦を受け付ける!剣術の授業ではあるが、他の武器を使いたければ相談するがいい。我々三名、如何な武器でも師となろう!」
聞いているだけでこちらが奮い立たされるような声だった。
サディアスは水色の瞳をじっと彼へ向けている。今のところ敵意も悪意も感じない男だ。
ユージーン・レイクス。
王国騎士団――元、一番隊隊長。
彼の兄は、アベルに殺されている。
ご感想や評価、いいね、ブクマありがとうございます!
話を書き続ける上で本当に励みになっております。
これにてゴールデンウィーク一日二話更新終了です。
次回からは元々の予定通り、更新あったり無かったりの不定期となります。




