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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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260.知る者、知らぬ者




 窓の外は暗く、薄雲の向こうで星々が瞬いている。

 学園長室の窓際に立ってそれを眺めながら、シビル・ドレーク公爵は短く息を吐いた。ビリジアンの髪は団子に結われ、濃い黄色をした紅花の簪に燭台の光が反射している。


「入学初日に自分から、それも夜に来た生徒は初めてだよ。」

「聞きたい事がある。」


 さっさと本題に入ろうとする来訪者に、シビルは仕方なしと振り返った。

 執務机を挟んだ先にいるのは、第二王子アベル。式の前に会った時と違いマントはつけておらず、鋭い金色の瞳をこちらに向けている。もうじき十三を数えるだけの子供だが、さすがは王族といったところか。下手な嘘は通じない相手のようだ。


「二百年ほど昔、ドレーク公爵家に手紙が届いてないかな。君影国からだ」


 エリと名乗る姫君が王都を訪れた事は聞いている。

 まず間違いなく彼女から教えられたのだろう、この様子では内容も知っているかもしれない。シビルは物憂げな瞳を机の上に向けた。愛用のパイプで一服やりたいところだが、後に回す。


「どこまで聞いたんだい?」

「書かれた内容はすべて。」

「なら、私が教える事はないだろう。」

「どうして陛下に伝えなかった?あれを知ってるなら、産まれた時点で手紙の事を思い出したはずだ。」

 肝心な事が伏せられた問い。

 シビルが手紙の内容を知らない場合、()()産まれた時の事かはわからない。

 しかし知っていれば、アベルが本当に内容を知っているという証になる。


 君影国から送られた手紙――予言書。



 双子の星が生まれる時、女神は長き旅路を終える。

 片割れは死を振り撒く凶星となるだろう。

 ならば片割れは、死に追われる凶星となるだろう。

 近付くな、近付くな。凶星の双子には決して近付くな。

 その命を失いたくないのなら。



「――確かに、()()()()。私は手紙の写しを持って城へ行った」


 自身も内容を把握していると示し、シビルは当時を思い返す。

 それまで二百年もの間、レヴァイン家に双子が生まれる事はなかった。新たな命は授かりもの、人数を決める事などできはしない。国王に余計な心労をかけるべきではないと、代々の公爵は口を噤んでいたのだ。


 言うべきか、言わざるべきか。選択は当代公爵、シビル・ドレークに託された。


「王妃殿下はお前達を抱いて笑っていたよ。……彼女はね、婚約者だった頃からずっと健康状態を不安視されていた。王太子妃になって幾年経っても子ができず、先代国王が崩御し……陛下は二十四歳で国王となったが、懐妊の知らせまでさらに三年あった。」


 側室を迎えるべきだと言う者、王妃の座から下ろすべきだと言う者、影で貶す者。

 とうとう王が不能ではと笑う者まで出たと知り、王妃は国王に側室を召し上げるよう自ら嘆願したとの噂もあった。


「大昔の手紙が気になったのは確かだよ。けどね……ちぃちゃい赤子二人を前に、幸せそうな母親を前にさ。祝いの言葉以外は吐けなかった。玉座の間でもそうだ。あれは結婚式以来の腑抜け面だった。」

「…陛下が?」

「お前が父をどう見ているか知らないが、あれは気を張っているだけの不器用な男だよ。娘を見殺しにした先代ほど非情にはなれない、人くさい王様さ。そりゃ嬉しかったろう」

 アベルは僅かに眉を顰め、視線を横へ流した。

 記憶に多いのは王子として眺めた国王の姿ばかりで、息子として父親を見た事は少ない。


『俺は、お前達を授かって良かった』


 父の声を思い返しながら、それが心からの言葉だと理解しながら、それでもアベルは考えてしまう。手紙の内容を知ったら、完璧と称される国王陛下はどう判断するのか。


『アベル。俺は何も、全ての事において国を優先しているわけじゃない。俺自身が王になったようにな。』



「むしろ聞こうじゃないか、第二王子殿下。」



 シビルの声に、瞳を向ける。


「絶対が約束されたわけでもないたかが《先読み》に、それもどちらが死を撒くかもわからないまま、何ができるって言うんだい。」

「どちらかわからない……僕達を()()今でも?」

「可能性の話で動き過ぎるのはよろしくないね。くだらない悪さをする生徒なんていくらでもいるけど、全員退学にしてちゃキリがない。それと同じ事さ。自分が死を撒く方だと言うなら、お前。問答無用で人を殺す予定でもあるのかい?」


 目を合わせたまま、アベルは黙っていた。

 やはりシビルは君影国の姫と違い、アベルに憑いたものが見えていないのだ。


「――…いつか、黙っていた事を後悔する事態になったら…どう責任をとる?」

「さてね。同じく言わなかった第二王子殿下にでもなすろうか?」

「僕は首を飛ばされてもいい。」

「…呆れた、本気で言ってるね。王子の台詞じゃないよ、まったく……親の前でも言えるのかい?難癖みたいな《先読み》信じる前に、ちっとは自分を信じてやりな。」

 第二王子は、とうに人を手にかけた事がある。

 噂は色々と聞こえてきたし、本人と書面でやり取りした事もあった。幼少期から心身ともに異常な強さだった事も知っている。

 ただ、それしきで「死を振り撒く凶星」という呼称を恐れるなら、現状は正しい理性の持ち主と言えるだろう。


 ()()()など、悪夢に魘された子供の戯言に過ぎない。


 わざわざ手紙を送ったくらいだ、君影国の《先読み》持ちは確かにその可能性を知ったのだろう。しかし実現する率は低いとシビルは考えている。

 《先読み》はあくまで可能性。百発百中ではないし、もっと未来に生まれる双子の話かもしれない。目の前の少年が今から気にする必要などないのだ。



「もしもの話は忘れて早く寝な、坊や。人生なんてね、意外と何とかなるもんだよ。」





 ◇





「はぁ……なんだか、予想以上にくたびれてしまいましたわ。」


 呟いてから、ここにはラウルがいないのだと気付く。

 与えられた部屋にはわたくし一人だけで、返事などあるはずもない。ちょっと気落ちしながらテーブルの前に置かれた椅子へ腰かけた。…あら、このクッションなかなか良い沈み心地ですわね。

 テーブルにのしっと肘をついて今日の事を思い返す。


 ゲームの《学園編》が始まり――わたくしロズリーヌは、確かにシナリオを変えた。


 本来は大遅刻して入学式に乱入するけれど、わたくしは時間を守って学園長のドレーク公爵に事前挨拶。殿下達にもひとまず謝罪の姿勢を見せ、シャロン様になぜか従者がついていたけれど……ともかく、皆様と一緒に移動できました!

 これでカレンちゃんが迷い込んでくると思いきや、入学式に不参加のはずのアベル殿下がきちんとご参加されて。もちろんチェスター様もずっと一緒で、まさかのイベント不発!


 あぁ、カレンちゃんは大丈夫だったのかしら。

 一応最後には、シャロン様の登場イベントを終えて共に寮へ来たみたいでしたけれど。うまく攻略対象に会えなかったとしても、皆様とご友人のシャロン様とさえ出会えていれば、何とかなるかしら。


 どうしてか、双子の王子様はゲームと違って仲がよろしいようですし……帝国のジークハルト殿下も、ウィルフレッド殿下を嫌うはずなのに、お兄様が言うには愛称で呼ばせるくらいだったと。

 チェスター様なんて妹のジェニー様が快復された上、どうやらご両親は無事で中ボス予定の叔父様は捕まっている。魔獣の事を除けば、ゲームより全っ然平和ですわね……わたくしも含めて。


 だから気になるのは、ウィルフレッド殿下のルート。



 《学園編》の終盤。

 サディアス様は魔力暴走を起こし、ウィルフレッド殿下に攻撃を向けてしまう。



 皆がまだ状況を掴めない中、動けたのはアベル殿下だけでしたわ。


 彼は兄を突き飛ばし、その瞬間にサディアス様の魔法が発動する…最も得意とする、炎の槍が。殿下は避けられず――


『せ、宣言!水よ消して、あの火を消して!!』


 シャロン様が悲鳴のように叫ぶ。

 その場にチェスター様はいないから、水を最適とするのは彼女だけ。サディアス様は、直前にアベル殿下が投げた物が当たって気絶している。

 突き飛ばされたウィルフレッド殿下も、大量の血を初めて見たカレンちゃんも、呆然として。


『治して、お願い』


 シャロン様だけが、泣きながら治癒の魔法をかけていました。


『どうして』


 致命傷には意味のない、治癒の魔法を。


 そしてアベル殿下は亡くなり、チェスター様は王都の屋敷で遺体として発見されたのです。強盗と相討ちだと書かれていましたが、他のルートをプレイすれば何があったかは言わずもがな。

 王子殺しとしてサディアス様は投獄され――裁判を待つ事なく、アベル殿下を慕っていた騎士の手で殺害されてしまいます。



 彼は、薬を盛られた被害者だったのに。



「……あの事件を起こさせるわけには、いきませんわ。」


 問題は情報が少なすぎること。

 何の薬をいつ、どうやって盛られていたのか。誰がそんな事を仕組んだのか。……といっても、全部を解明する必要はありません。わたくしにできるとも思えない。


 わかっているのは来年二月、サディアス様が何者かに薬を盛られるという事実。

 要は、それを口にさせなければ良いのです。


 前世を思い出してから、わたくしもそれなりに薬関係を調べはしました。

 本当ならロベリア王国こそは薬学の本場。調査にもってこいだったのですが…よりによってわたくしが記憶を得たのは、ヴァルター第三王子殿下を怒らせた後。暴走を引き起こす薬なんて禁止薬物に決まっているし、あの状況で調べ始めたらよからぬ疑いをかけられること請け合い。


 わたくしはそそくさと出国するしかありませんでした。

 ヘデラ王国に戻って地道なダイエットと留学に向けたお勉強、さぼっていた淑女教育の詰め込み。お父様の兵を借りてこっそりとジェニー様の容態チェックに向かわせた事もありました。


 わたくしが持つ大きなカードは前世――御園(みその)亮子(りょうこ)の記憶。バッドエンドも隠しエンドもすべて知っているという事。

 そして王子殿下の事件には関わりないとしても、主人公たるカレンちゃんをいじめる予定だったロズリーヌ本人であるという事。既に色々と変わっておりますが、これからもシナリオを変えていけますわ。


「――……サディアス様……」


 ぽつりとお名前を呼んでみると、学園長室でお会いできた時の姿が脳裏に浮かびます。

 さらさらした紺色の髪、眼鏡の奥にある澄んだ水色の瞳、冷ややかな目、やや顰めた細い眉、我慢するように引き結んだ薄い唇、日焼けのない白い肌、しっかりと伸びた背筋にきちっと結ばれたネクタイ…あぁ、立ち絵通り!!


「ふひひ……えへへへ…」

『殿下、顔がやばいです。』

「ハッ!?」

 辛辣な声に慌ててよだれを拭きながら周囲を見回す。だ、誰もいませんわね。ラウルの空耳でしたわ。いけない、いけない…。わたくしは王女ですからね、えぇ。たとえ推しが今日も美形だったからといって、にやにやするわけには参りません。

 心の中だけで存分にニヤけましょう。はぁ~サディたん最高。おっと、呼び名を気を付けないと、いつかポロッと呼んだらまずいですわ。ゴミを見る目で見られてしまいます。


 大丈夫です、サディアス様。

 貴方にはわたくし、ロズリーヌ・ゾエ・バルニエがついておりますわ。影ながら。



 ――死なせなど、しません。




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