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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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256.別人王女ロズリーヌ




「派手に暴れたそうじゃないか、お前達。」


 物憂げな目で王子一行を見回し、今年四十七歳を迎える()()()――シビル・ドレークは、細く煙を吐き出した。

 ビリジアンの髪は後ろで高く団子にまとめ上げ、濃い黄色をした紅花の簪で留めている。パンツスタイルの白地の正装で、黒いシャツには臙脂色のネクタイを締め、片手に持ったパイプから煙草の甘い香りが流れていた。


 ドレーク王立学園の学園長室。

 他の新入生の到着を待つ間に、ウィルフレッド達は彼女に直接挨拶をするべく訪れていた。

 応接用の三人掛けソファには双子の王子と筆頭公爵家の令嬢が座り、後ろにそれぞれの従者が立っている。ウィルフレッドが苦笑して答えた。


「派手という程では。ほとんどは騎士と先生方が対応してくださいましたから。」

「別に叱ってるわけじゃないさ、多少面子を潰した方が良い時もある。王都と違ってこっちは平和で、中にはボケた奴もいるからね。」

「……護衛についた教師は、貴女が選んだのかな。」

 軽く腕組みをしてアベルが聞く。

 声は落ち着いていても、笑みのない表情と冷えた視線が不満を告げていた。シビルは眉根を寄せて小さく首を横に振る。


「私はレイクスに任せようとしたが、資格がないと辞退された。気に入らなかったのはグレンかい?」

「そうだね。」

「大方、お前達がどう出るのか興味があったんだろうさ。…まぁ、後でちょいと叱っておくよ。」

 そんな会話を聞きながら、シャロンはちらりと二人の顔を見比べた。


 ――グレン先生が気に入らなかった…どういう事かしら。浮いた馬車を丁寧に戻してくれたのは先生だろうし、ウィル達が広場から戻ってくる時にも、きちんと迎えに出ていたのに。


 自分には気付けなくても、アベルの感覚からすると何かあったのかもしれない。

 そう結論付けようとしたシャロンの目に、少し苦みを残したままのウィルフレッドの笑顔が映った。どうやら彼もアベルと同意見らしい。


 二人はグレンがシャロンの傍を離れた事に不満があったのだが、襲われた事について「私とダンだけで片付けられたわ」、と誇らしく思っていた彼女にはわからなかった。

 前世でプレイしたゲームの立ち絵とまったく変わらない、学園長シビル・ドレークの姿をじっと眺める。



 ゲームでは《学園編》となる一年生の終わりに、王子のどちらかが必ず死ぬ。


 生徒、それも王子が学園の敷地内で殺されたとあって、シビルは責任を取って辞職した。息子に爵位を譲り、隠居生活を送りながらも学園都市リラを支えていく。


 やがて、国王となったウィルフレッドは主人公を連れて再びリラを訪れた。

 そこでかつて教えを受けた相手であるグレンと戦闘になるのだが、彼がウィルフレッドを狙っていると知ったシビルは止めようとした。

 しかしウィルフレッド達が来る前に彼女は敗北し、グレンに殺されている。



「そろそろ留学生の王女殿下が来る。お前達は会った事があるんだろう?」


 シビルに見回され、ウィルフレッド、アベル、サディアス、チェスターの四人は頷いた。笑顔を浮かべた者は誰一人いない。


 ヘデラ王国第一王女、ロズリーヌ・ゾエ・バルニエ。


 彼女は昨年、ロベリア王国へ向かう道中にツイーディア王国を訪れた。

 何種類もの香水をかぶった強烈な匂い、個性的な装いにでっぷりとした身体、出された菓子全てを汚らしく平らげた醜態、隣国の王子相手と思えない無礼の数々。二度と会いたくないトラウマレベルのモンスターであったと言える。

 彼女の兄である第二王子ナルシスによれば、ロベリアで留学拒否を食らって以降は食事制限(ダイエット)を始めたらしいが、性根は変わっていない事だろう。


 まだ会った事のないシャロンにとっても、あまり歓迎したい相手とは言えない。

 ゲームでは主人公に嫌がらせをするキャラクターだったからだ。他国の王女という肩書を持っていても、留学が強制的に中断される程に。


「…生活態度によっては、退学処分を検討して良いと思う。」

「そうだな……他国の王女殿下といえど、問題を起こしてばかりなら…いや、もしもの話ですが。」

「何やら思う所があるようだね。」

 アベルとウィルフレッドの暗い声に、シビルがふむと息を吐く。パイプをくゆらせ、入口とは反対へ顔を向けて煙を吐き出した。


「まぁ、生徒同士の事は本人あるいは生徒会の領分。学園側は些事に関わらんのがここのルールだ。学業でも恋愛でも私闘でもいい、修羅場という青春を謳歌するがいいよ。」


 王子が殺される可能性(修羅場)を知っているシャロンには、なかなか笑えない台詞である。

 部屋の扉がトントンとノックされ、男性の声が王女殿下の到着を告げた。


「そら、来たぞ。」


 シビルが立ち上がり、ウィルフレッド達も王女を迎えるべくそれに倣う。

 シャロンはゲームで見たロズリーヌ立ち絵を思い浮かべながら身体の前で両手を揃え、ダンはウィルフレッドまで文句を言うとは相当だな、と警戒して扉を見つめた。


 シビルの許可を得て男性が扉を開き、ヘデラ王国から来た二人を通す。



「失礼致しますわ!」



 決意に満ちた声を響かせ、学園の制服に身を包んだふくよかな少女が姿を現した。

 九十キロを越えていた体重は七十キロ前半まで落とし、緩く巻かれたプラチナブロンドの髪は後ろで一つにまとめて大きな白いリボンで結っている。細い眉に薄青色の瞳、頬はむっちりとしているが肌は白く、ピンクのルージュをはしらせた唇にはツヤがあった。


 去年とはまったく違う姿に、チェスターやウィルフレッドどころかアベルまでもが目を見開いている。立ち絵を思い浮かべていたシャロンも同様だった。


 緊張した面持ちで立ち止まり、しゃっきりと背筋を伸ばした彼女はシビルを見て、見回すようにウィルフレッド達のほうへ視線を滑らせた。

 挨拶しようとしたのだろう、カパッと口を開き、


「あ゛ッ、無理……」


 そのまま後ろに倒れたが、横に控えていた緑髪の青年が難なく背中を支えた。まるで予想していたかのような動きだ。

 青年はダンやチェスターと同い歳くらいだろうか、緩く癖のついた髪は肩につかない長さで切られている。鼻は高く優しそうな目に桃色の瞳をしていて、口元に浮かべた余裕のある笑みには色気が感じられた。


「失礼、少々お待ちください。」


 聞き心地のよい低音で言い残すと、彼はロズリーヌらしき少女の背中を押して廊下へ戻ってしまった。ぱたんと扉が閉まる。


 ぎこちなく振り返り、ウィルフレッドが困惑の表情で囁いた。

「今のは本当にロズリーヌ殿下か?」

「一緒にいたのはあの時の従者ですね。だいぶ態度が変わっていますが…」

「換気どうしよって思いましたけど、匂いしませんね。え、影武者だったりする?」

「…影にしては変えすぎでしょ。」

 去年との違いに動揺する四人と違い、今回が初対面のシビルは黙って王女の再登場を待っている。

 シャロンは硬直していた。


 ――あれが、ロズリーヌ殿下?皆も驚いてるという事は、やっぱり去年まではゲーム通りの人だったと思うけれど……というか、あの男の人は?サディアスは今「従者」と言ったわね…出てこなかっただけで、ゲームでも連れていたのかしら?


「あーッ!気合ですわたくし!これから四年もあるんですのよ!数秒も耐えられなくてどうするのです!!」

「殿下。叫ぶとたぶん向こうまで聞こえますよ。」

「ほわぁ!」

 扉の向こうから漏れ聞こえてくる声に、ウィルフレッド達はますます怪訝な顔になる。チェスターが冗談で言った影武者説がふわふわと部屋の中を漂っていた。


 やがて控えめなノックが聞こえ、再び扉が開く。

 制服のスカートの裾をちょんと摘まみ、彼女は今度こそ丁寧に淑女の礼をして顔を上げた。


「…失礼、少し緊張しておりましたの。ヘデラ王国第一王女、ロズリーヌ・ゾエ・バルニエですわ。こちらは従者のラウル・デカルト。これよりお世話になります、学園長先生。」


 頬にえくぼを作って微笑むロズリーヌに、シビルが目礼を返す。

 心の中で絶叫している事などおくびにも出さず、ロズリーヌはウィルフレッド達へ真剣な顔を向けた。


「ウィルフレッド殿下、アベル殿下。従者のお二人もご無沙汰しております。昨年訪れた際の数々の無礼、申し訳ありませんでした。」

「か、顔を上げてください、ロズリーヌ殿下。」

 従者と共に腰を深く折って頭を下げたロズリーヌに、ウィルフレッドが慌てて声をかける。彼女はゆっくりと顔を上げ、アベルは真意を探るようにじっと王女と従者を観察していた。

 表情に困惑が残りながらも、ウィルフレッドは柔らかくロズリーヌに笑いかける。


「昨年の事は…その、少々驚きましたが。これからは学友としてよろしくお願いします。」

「っはい、できるだけ皆様の視界に入らぬよう、ひっそりと学園生活を送りますわ!」

「な、なぜです……?」

 ポカンとして聞き返すウィルフレッドの声が聞こえていないのか、ロズリーヌはある人物を見て固まった。

 立ち絵で見知った面子が揃う中で一人、知らない青年。

 灰色の短髪に悪人面とさえ呼べそうな三白眼、ラウルとそう変わらない高い身長。


 ――え?……誰?何でその位置に立ってるんですの?ゲームにはいなかっ…たですわよね?本当に誰?


「…殿下。こちらは我が国の特務大臣、アーチャー公爵の娘です。」


 アベルが声をかけると、ロズリーヌはハッとしてシャロンに目を移す。

 ロズリーヌにとっては全員そうなのだが、立ち絵で見るより何倍も輝いていた。目が合うとシャロンは美しく微笑み、完璧な淑女の礼を披露してくれる。


「初めてお目にかかります、王女殿下。シャロン・アーチャーと申します。」


 ――アベル殿下がシャロン様を紹介してきた上にめちゃくちゃ可愛くてわたくしはつい目をそらし、その先に推しがいてわたくしを怪訝そうな、あぁっそんな可愛いお顔も好きです!ちょっと戸惑っている貴方のお顔も大好物ですご馳走様でした、今日はもうこのあたりで満腹――…いえ、落ち着きなさいわたくし。まだシャロン様が喋っていてよ。


「こちらは私の従者をしております、ダン・ラドフォード。此度共に入学しました。よろしくお願い致しますわ。」

「……えぇ、ぜひ。」

 呼吸困難を隠してややひきつった笑みで返し、ロズリーヌは脳内に名前を書き留める。

 ダン・ラドフォード。

 前世でプレイしたゲームにはいなかった存在だ。シャロンの傍に男性が控えるというのも心配だし、ちょっとだけ気にかけておくべきだろう。


「顔合わせは終わりって事でいいかい?ぼちぼち他の生徒も来る頃だ、移動しな」




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