254.そういうスタンス
グレン先生。
ゲームでウィルのルートに入ると、《未来編》で敵になるキャラクターだ。
チェスタールートで言うダスティン様、つまり中ボスの立ち位置である。他のルートの《未来編》ではそんな事がないのに、ウィルの時だけ。
「では、お一人ずつ《魔力鑑定》を行って頂きます。あくまで確認となりますが――」
鑑定石が置かれた台座を手で示し、グレン先生は穏やかに説明してくれている。
お父様からの情報では、彼は貴族の生まれではなく、学園の卒業後に神殿都市で司祭の資格を取った。さらに魔塔で研究職も経た上での王立学園教師という、異色の経歴の持ち主だ。
この方がウィルに「貴方が死ねばよかったんです」、なんて言うのよね。……とても、そうは見えないけれど。
彼の敵対理由はアベルの死にある。
だから今年を乗り切って、ウィルもアベルも死なない未来を作れたのなら……グレン先生が敵になる事は、ないのかもしれない。
白く冷たい鑑定石に手を乗せる。七歳の時にもやった作業ね。
私とチェスターは青、サディアスは赤。ウィルは黄色、ダンは緑に光ったけれど、アベルの時は淡く光るだけで色を示さない。誰もが「魔力なし」と判断する結果だった。
「表に馬車を停めておりますので、学園に向かいましょう。私を含め数名で護衛させて頂きます。」
グレン先生は魔法のエキスパート。
ウィルとの戦闘では手にした杖で地面を打ち鳴らし、短い宣言で強力な魔法を繰り出していた。今思えばあれは、サディアスが指を鳴らすようなものだろう。魔法の発動補助だ。
先生は剣こそ使わないけれど、あの杖で殴打も突きも防御もこなす。学園側が護衛につけるのも納得ね…。
教会の外へ出ると、開いた門から続く柵の向こうで歓声が上がった。
「いらっしゃったぞ!」
「リラへようこそ、殿下!!」
「グレン様ぁー!」
「殿下、休日は是非うちの店へいらしてください!」
「あの女の子って、アーチャー家の?」
「どいてよ、見えないわ!」
「ウィルフレッド殿下!アベル殿下!」
「美人だらけだなぁ」
「殿下かわいいー!」
「素敵ね、将来が楽しみ…」
街中の人とまではいかずとも、かなりの人数が出迎えに来てくれたみたい。
彼らがこちらへ来たり門外に停めた馬車への道を塞いだりしないよう、騎士や教会の方が人だかりを押さえている。
ウィルやチェスターはにこやかに手を振り返してあげていた。私も微笑みを維持したまま、道の左側と右側それぞれの集団に一度ずつ軽い会釈をする。
馬車は二頭引きで箱型、六人いても問題なく座れる大きさの上等なものだ。御者の方が足台を置いて扉を開け、数歩離れて深々と頭を下げていた。
第一王子であるウィルが「ありがとう」と声をかけて乗り込み、次いで第二王子のアベル。差し出された手を借りて私も足台を上がり、サディアスとチェスターもそれぞれ主の向かいにおさまった。
その間に馬車の周囲をぐるっと回っていたダンが戻ってきて、乗り込んで私と目を合わせてから軽く頷く。護衛についてくださっているのは先生方で間違いないようだ。
御者が足台を片して扉を閉めると、馬車は走り出した。
「……なんだか、おかしくなかったか?」
王子様スマイルを引っ込めて、ウィルが首をひねる。
手を振るお仕事ができてしまうので、窓のカーテンを開けようとする人はいない。私は何の話かしらと言葉の続きを待った。
「かわいいって何だ。」
「あぁ…どなたか言っていたわね。」
「シャロン、君に対してならわかるんだ。まったく異論はない。でも「殿下かわいい」だぞ?どういう事なんだ一体。ひょっとしてアベルの事――」
「そんなわけないでしょ。」
絶対に嫌だったのか、アベルが食い気味に否定する。
ウィルは苦虫を嚙み潰したような顔でぎゅっと目をつぶった。
「俺は…かわいくはない……!幼子じゃないんだぞ」
そんな力一杯に否定しなくても…。
皆の反応を見ようとしたら隣に座るアベルと目が合ったので、「だって、可愛いわよね?」という気持ちを込めて小首を傾げてみる。「黙ってろ」とばかり首を横に振られてしまった。
チェスターが苦笑してひらりと手を広げる。
「まぁまぁ、ウィルフレッド様。大人のお姉様達からすれば、男子学生なんて皆カワイイですよ。」
「そういうものだろうか?」
「悪口じゃねーんだし放っときゃいいだろ。あのオバサン達を嫁にすんなら別だけどよ。」
「あ、ダン君ってウィルフレッド様にもそういうスタンスなの?」
「俺が良いと言ったんだ。」
初対面が下町だったしな、とウィルが答える。
眉間に皺を寄せたサディアスからの視線が痛いわね。もちろんアーチャー公爵家としてはダメに決まっている。ランドルフには絶対に秘密だし、人目がない時限定だ。
「サディアスとチェスターにも以前話しただろう、俺達が下町で出会った女の子のこと。」
「カレン・フルードですか。」
「あぁ。それにレオも。学園でまた会うけれど……俺はあくまで、友人になりたいんだ。王子だからと壁を作ってほしくない。ダンがこの調子なら、彼女たちも少しは話しやすいと思う。」
「それはそうかもしれませんが……。」
黒縁眼鏡を指で押し上げて、サディアスは険しい顔のままだ。
たとえウィルが許しても、他の生徒はカレンに対して「どうしてあの子が」と思うでしょうね。…ゲームでそうだったように。
シナリオでは、廊下で転びかけたカレンをウィルが助けた事で令嬢達の嫉妬を買ってしまった。
その場で彼女を学友と明言したウィルの考えもわかる。第一王子が友人と認めたら安易に手出しできないし、何かあった時にカレンも相談しやすいから。
そしてそれを遠目から見ていて、きっとウィルから詳細も聞いただろうゲームの私が取った行動は……「自分もカレンと友達になる」事だった。
同性だから婚約関連のいざこざを持ち込まず一緒にいられるし、女子寮でも目を配る事ができる。さらにやっかみが増える可能性も勿論あるけれど、危険を減らせるメリットの方が大きかった。
カレンは生まれて初めての魔法で、ウィルを守った人。彼がきっかけで王立学園へやってきた生徒。アーチャー公爵の娘としてもウィルの友達としても、私はそう選択したのだと思う。
「平民の女子生徒を友人にするとなると、トラブルは避けられませんよ。」
「そうだろうか。平民だからこそ、婚約者候補だなんだと勘繰られる事もないんじゃないか?シャロンの友人でもあるのだし…」
私はちょっぴり眉を下げ、片頬に手をあてた。ウィル…恋愛感情があるかもという疑惑に、身分は関係ないのよ。どう言ったものかしら?貴方はその気がまったくなくても、たとえば…
「愛人候補には見られるんじゃね?ッて!!」
「あああ愛人!?」
ストレートに言ったダンにチェスターから肘が入った。私の代わりにありがとう。ウィルは愕然として目をぱちぱちさせている。
不服そうにチェスターと私を睨むダンには、にっこりと微笑みを返しておいた。
いったん、静かに、するのよ。
「ウィル、人は男女一組を見かけただけで噂にする生き物だよ。僕と彼女だって、決まった組み合わせ通りに踊っただけでそうなったでしょ。」
「妙に悟った言い方をするな……ん?踊っただけ…うん…?」
「前からウィルはその辺りが鈍すぎる。気を付けた方がいい」
告白されるまでカレンの気持ちに気付かなかった人が、何か言っているわね……。すん、とした気持ちで静かに座っていると、チェスターがウィルに向かって自分を指してみせる。
「俺くらい色んな女の子と普通に話してたら、むしろ大丈夫かもしれませんけど。ウィルフレッド様はそうもいかないですよね?」
「それは厳しいものがあるな。」
「じゃ、やっぱりカレンちゃんって子とシャロンちゃんが《特別親しいご友人》と思われます。女の子のね。シャロンちゃんは公爵家だしそう当たりもキツくないでしょうけど、カレンちゃんの方は気を付けてあげないと。」
「迷惑をかけてしまうか…それは本意ではないな。」
ウィルが眉根を寄せる。
カレンはまだ私達の正体も知らないし、きちんと挨拶できた時にはそのリスクも伝えなくては。……絶対に守るけれどね!?
「さっきウィルが言いかけた通り、私の友人だという事を傍から見てわかりやすくするのが良いと思うわ。カレンにも説明はしておいて、立ち位置なんかを少し気にかけましょう。」
たとえばウィルと三人で話す時、ウィルとカレンが並ぶ対面に私がいるのと、ウィルと話す私の隣、一歩下がった位置にカレンがいるのではだいぶ印象が違う。
ゲームではどうだったのか、何せ立ち絵表示だからわからないけれど……とりあえず、人目がある場所では気を付けた方がいいわね。
そんな事を考えていたら、不意に上空からドパン!と何かが衝突するような音が響いた。
「何だ!?」
ウィルが驚きの声をあげる。
私はつい上を見たけれど、当然ながらそこには馬車の天井があるだけだ。まるで突然の大雨のように、バタバタバタと液体が降り注ぐ音がする。揺れるカーテンの隙間から見える窓の外側を水が流れ落ちていく。
きっと上空で少なくない量の水の魔法が使われたのね。
「襲撃のようですね。」
サディアスが扉と反対の壁に背をつけ、窓のカーテンを引く。
途端に飛んできた幾本かの矢を、馬に乗って並走していた女性が剣で叩き落とした。乗馬服に身を包んだ彼女は馬もろともびしょ濡れになっているけど、そこにはまったく構わず飛んでくる矢を切り払い続けている様子。とんでもない目の良さと反射神経だ。
「アベル様、出たら先生方の面子潰しますよ。」
「わかってる」
苦笑いのチェスターにそう返して、アベルは背中側の壁をゴンゴンとノックした。馬車に乗り込む前、後ろにも一騎いたのを覚えている。その方への合図かしら。
「街の者は大丈夫だろうか。今ここで狙うとは随分目立つやり方だな。」
「敵は遠方から狙撃、住民はこぞって脇道に避難しています。見える範囲では問題なさそうです」
「こっち側は騎士が誘導してるみてぇだな。」
扉の窓についたカーテンを少しめくってダンが言う。正面から思いきり覗き込むのではなく、横から。私もそれに倣って、ダンとは逆の端をぺらりとめくった。
馬に乗ったグレン先生が並走している。何か唱えながら杖で地面を叩き、ほぼ同時に馬車の上からドドドと断続的に何かがぶつかる音。
外に出て先生方の戦いぶりを拝見したいけれど、我慢ね…。大人しく座っていましょうと、私は姿勢を戻した。
ガタン!
「うわっ」
「いッて!」
急に馬車がぐわんと左へ傾いた。
私はアベルが引き寄せてくれたので大丈夫だったけど、右の壁に張り付いていたサディアスが足を滑らせ、ダンは壁に頭をぶつけている。アベルの方に倒れ込んで受け止められたウィルと、ぱちりと目があった。お互いに驚いた顔をしている。
何かに乗り上げたというより、この不安定さはむしろ――
「馬車が浮いてる」
ひどく不機嫌な声で、アベルが呟いた。




