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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
幕間

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251/523

249.その時は是非

 



「やぁーっと見つけた!!」


 満天の星空の下、呆れと疲労の混じった声が響く。


 城を囲う防壁の上に寝転がっていた男――王国騎士団十番隊長アイザック・ブラックリーは、ぱちりと目を開けた。

 竜胆色の短髪に、服の上からでもわかる引き締まった身体をしていて、左目の下には泣きボクロがある。瞳孔の開いた黄金の瞳や無表情さは、見る者を怯えさせかねない気迫があった。


「ガイストか…どうした?」


 ブラックリーがそう返すと、階段を上がってきた男はやれやれと首を軽く横に振る。後ろでちょこんと結ったダークブラウンの髪が揺れた。

 エイブラム・ガイスト。髪と同じ色の瞳を持つ彼は十番隊の隊員だ。百七十に届かない身長と童顔のせいで、まだ二十歳にも届かない青年のように見える。


「どうしたじゃないでしょ、ウロウロされると捕まえるの大変なんだって。」

「お二人がもう入学の年頃かと思うと、少し感慨深くてな…」

「え、それでこんなとこに?」

 辺りを見回してガイストが言う。

 上いっぱいに広がる見事な星空だって、数メートル下に生えた草を風が揺らす程度の静けさだって、何も防壁のてっぺんでなくていいものを。


「隊長、そんなだから嫁いないんですよ。せっかく辺境伯の息子でツラも良いのにさぁ。……目はちょっと怖いけど。」

「嫁か……そういえば父から何か届いていると、屋敷の者から連絡があったな。」

「ぜってー見合い話でしょ。家帰ったら釣書が山になってんじゃない?前みたいにさ。」

 十番隊の何人かでブラックリーの屋敷にお邪魔した時の話だ。目の前で読ませても盛り上がるのは周りばかりで、本人はずっと無表情だった。


「その気になりゃすぐ結婚できるなんて、貴族サマは贅沢だよなぁ!」

「貴族といっても、俺の父は元々庶民だ。母も身寄りがなく…」

「はいはい。ギルバート陛下に働きを認められて大出世したんですよね。せっかく親父が爵位持ったんですから、隊長も嫁もらって家を安定?さしてやったら。」

「俺は、家を継ぐのは領民から養子をとってもいいと思っている。向こうで父を支えてくれている者達に」

「うへぇ~……持ってる人は持つ事に興味ないってヤツだ…。」

 ぼそぼそと呟きながら、ガイストはブラックリーの横にすとんと腰を下ろした。

 胡座をかいて王都の上空に広がる星々を眺める。通り過ぎていく雲の向こうから、月の白い光が漏れていた。


「アベル様…卒業したら、俺の代わりに隊長をしてくれないだろうか。」

「何言ってん……あー、でも確かに入団しかねないっつーか、ティムさんが放っとかなさそう。」

 騎士団長ティム・クロムウェルは、使える人材(もの)は使う。たとえ王族でもだ。

 むしろ、成人した第二王子を無理なく入団させるために、これまで騎士団の仕事に関わることを容認ないしは黙認してきた、とも言える。経験と実績は何よりの根拠だ。


「俺は元々、あまり人の上に立つタイプではないからな。ただの騎士に戻る方がいいと思う。」

「そうかなぁ?俺は、次の隊長があんただってなった時、「あー」って感じだったけど。」

「あー。」

「っぶは!ははは、隊長、今のって俺のマネ!?あっはははは!真顔でやる事かよ!」

 げらげらと笑うガイストを見つめ、ブラックリーは「今の何がそんなに可笑しいんだ」と首を捻る。

 十番隊は個人の強さに重きを置く隊であり、今はブラックリーが最も強い。ガイストが言う通り、当然の任命ではあった。


「もし他の隊にいたならば、俺が隊長になる事はなかっただろうな。」

「でもさぁほら、任務を「どうこなすか」って。ウチ基本的には個人戦だけど、合同任務とかで隊長が作戦組むと無駄なくてさ、スゲーってなるぜ。」

「そうか?」

「そーそー。隊長はフラフラしてたいかもだけど、俺的には人の上に立つタイプだと思う。部下を振り回す系のな!」

 目も怖いし、と付け加えて笑うガイストを見上げ、ブラックリーはようやく身を起こした。

 上を通っていた雲が過ぎ去り、月明かりが降り注いでいる。


「お前、少しは魔法が上達したのか?」

「……えっへっへぇ~……今日は、素敵な月夜ですね。」

「ガイスト」

「隊長はいいよなぁ!スキルあるから、周りの被害気にしなくていいもんな~。」

「団長達にも前から言われているだろう。そのままではいざという時に――」

「わかってる、わかってますって!!」

 皆まで言うなとばかりに手のひらを突き出し、ガイストはグッと目を閉じてから脱力した。

 がりがりと頭を掻き、ブラックリーではなく街の方を見つめながら口を開く。


「……やべーのに当たりましたからね。ちっとは自信過剰も自覚しますよ。」

「そうか…」

「って、そうだった!それで隊長のこと探してたんだ!」

 確かに「やっと見つけた」とかなんとか言っていたなと、ブラックリーは苦笑いのガイストを見やった。


「魔法練習しようとしたら、なんかわかんねぇけど演習場の客席がバーンてなって、「十番隊の経費な」ってティムさんに言われちまって…」

「…副隊長(ロナガン)に怒られてこい。」





 ◇





 薄緑色の髪をハーフアップにした長身の騎士。

 常に閉じているように見える細い目、薄く微笑む唇。第二王子の護衛騎士ロイ・ダルトンは、城の外へと通じる抜け道の入り口で静かに佇んでいた。


 君影国の姫エリと、その護衛であるヴェン。

 ロイは二人を神殿都市サトモスへと送り届けた帰りだった。彼女らが探している相手、エリの兄アロイスが返信を出してきたのが、サトモスの騎士団詰所だったためだ。


 第二王子アベルはエリに協力すると決め、せめてサトモスまでは確かに送り届けろとの命令だった。ヴェンはアベルに剣を向けた男で、ロイ個人としてはあまり気が進まなかったが、エリに聞きたい事もあって快く引き受けた。

 しかし、


『おぬし…わらわとアベルの話を聞く事を、許されなかったのじゃろう。あの日、外側におったものな。』


 十六歳という年齢の割にかなり幼く見える姫君は、存外、きちんと観察していたらしい。

 ロイの質問には答えず、真っ直ぐ見上げてくる蜂蜜色の瞳には恐れがなかった。


『それともアベルから別で聞いたのか?話してみよ。』

『……貴女がどこまで知っているか知らない以上、話せません。』

『その通りじゃ。同じ言葉をわらわも返そう。』

 聞き出す事はできないと悟る。

 他国の王族でありアベルが協力すると決めた相手だ。脅す事も拷問にかける事もできない。


『案じておるのじゃな。あやつを』


 わかったような口ぶりで、エリは何か思い出すように視線を横へ滑らせた。音のないため息を吐き、僅かに眉を顰めてロイを見上げる。


『おぬしは焦っている。察しが良いというのも困りものじゃな。』

『…何が言いたいのです。』

『本人の望むようにしてやれ。』

 どこまで知っているのか、エリはそう言った。

 まるで、アベルから望みを聞いた事があるかのように。


『わらわが言えるのはそれだけじゃ。…案内、ご苦労であった。』



 アベルはいつか、消えてしまう。


 それは国を去るとか、公の場に姿を見せないという話ではなく――死ぬ、という意味でだ。

 理由すら教えてくれない主は、君影の姫にはそれを語ったのだろうか。



 さくり、草を踏む音に視線を上げると、誰もいなかった場所からゆらりと黒髪の女騎士が現れた。

 顔の下半分を黒布で隠し、茶色の瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。長い髪は後ろの低い位置で一つに縛り、前髪には金色のヘアピンを二本、挿していた。


「こんな所で何をしている。」


 リビー・エッカート。

 ロイと同じくアベルの護衛騎士であり、二番隊長ダライアス・エッカートの養女だ。いつもなら彼女を見てすぐに微笑みを深めるロイはしかし、今は少しだけぎこちない。


「…おや、これはどうも。リビー。」

「何をしていると聞いた。」

「ンッフフ、考え事ですよ。少し厄介な。」

「そうか。」

 姿を消してここへ来たという事は、アベルの指示で城外へ出る所だろう。しかし急いではいないのか、リビーは立ち去らずにロイを見ていた。

 会話を終わりにはできないらしいと察して、ロイは適当な話題を探す。


「私はやはり、宰相閣下に嫌われているようですねぇ。リラへの同行は許されませんでした。」

「…来ないのか?」

「サトモスへ行けないか掛け合います。リラと王都を繋ぐ拠点ですし、教会本部に対して監視を強めたい時でしょうから、そう難しくはないかと。」

「そうか。」

 学園都市リラ。

 この王都ロタールから遠く離れたその地で、アベル達は全寮制のドレーク王立学園へ入る。

 布の下で僅かに口角を上げたらしいリビーを見つめ、ロイは少しだけ眉尻を下げた。


「…リビー。怒らないで答えてほしいのですが」

「内容による。」

「フフ…あくまで仮定の話です。もしも、万が一ですよ。」

「早く言え。」


「アベル様を殺すようご本人に命じられたら、貴女はどうしますか。」


 まったく想定外の質問だったのだろう、リビーは目を見開いて硬直した。ロイを凝視し、彼の表情から本気の問いだと察する。

 小さく、首を横に振った。


「――………万が一、にも、ありえない。」

「…そうですね。」

「……我が君は、そんな事を、……私には、頼まない。」


 そんな事を頼まない、ではなく。

 ()()()頼まないと彼女は言った。


「確かに、そうかもしれません。」

「私には」

 視線を地面へと落とし、リビーは掠れた声で呟く。



「……私には、できない……」



 だから、アベルは頼まない。


 リビーの方へ歩きながら、ロイは主との会話を思い出していた。



『俺を殺せと命じたら、間髪を入れずに殺せるか。』

『事前に…私が納得するだけの理由を、お聞かせ願えるのであれば。』



 納得できるなら、ロイはアベルの願いを叶えるだろう。

 その意志に従って。


「…あり得ない事を聞いてしまい、すみませんでした。」

 リビーの前に立って、ロイは笑う。

 俯いたままの彼女がこちらを見ていないと知りながら。


「どうか忘れてください、リビー。ふと考えてしまっただけなのです。」

「……趣味の悪い想像だ。」

「フフ…そうですね、本当に。」

「お前は」

 リビーは視線を上げる。

 眉を顰めた彼女の瞳に、笑みを張り付けたロイが映っていた。


「お前は……命じられたら、やるのか。」


「……私の行動理由は、自分が納得できるかどうかです。」

「納得したら殺すのか」

「納得、できると思いますか?」

「……いや…」

 リビーは歯切れ悪く呟いて目をそらす。

 共にアベルに仕えてきたのだ、ロイの事は知っている。この男がアベルの死に納得するなど、余程の事がない限りありえないだろう。



 それこそ、殺さないと主の誇りを守れない――そんな、馬鹿げた事態でもなければ。



「もし――…あり得ない事が起きて、お前が我が君を殺したら」


 決して起きないと知りながら、絶対にありえないと信じながら、リビーは指先に触れた剣の鞘を握りしめた。

 自分より背の高い同志を、強く睨みつける。


「それがどのような理由だったとしても、私はお前を殺す。」


「…はい。その時は是非」

 眼差しを和らげて、ロイは微笑んだ。


 ――貴女はそれでいい。リビー




「私を殺すまで、生きていてください。」






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