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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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24.許せない

 


 第一王子殿下の口をハンカチで塞ぐという不敬をしつつ、私は急いで「静かに。大きな声は出さないでね」と囁いた。


 突然テーブルの下から出てくるなんてやっぱり驚いたみたいで、ウィルは顏を赤くして混乱していたけれど、コクコクと頷いてくれたので手を離す。

 サディアスが本も返さずに「行きますよ」と歩き出したので、慌ててウィルの手を引いて後を追った。


「……?ウィルフレッド様、ヴィクターはどうしたんですか。」

 歩みを止めずに私達を振り返ってサディアスが聞く。

 騒がしいセシリアがいないのはわかりますが、と言葉が続いた事で、私はウィルの護衛騎士の二人の顔を思い浮かべた。


「城に置いてきた。」

「は!?…失礼。」

 目を剥いて驚いたサディアスだけど、すぐに真顔に戻って小さく詫びた。後は黙って私達を先導する。

 これはどこへ向かっているのだろう。

 なかなか気付きづらい、死角になるような本棚の隙間や狭い階段を通って着いたのは。


「うわぁ…!」


 屋外庭園。

 道が道だからか私達以外に人はいなくて、管理小屋だろうか、小さな家と花壇や畑があり、大きな木の陰にガーデンテーブルと椅子が四つ置いてあった。

 建物自体はまだ上があるけれど、ここは六、七階くらいの高さかしら。図書館の敷地の先には煉瓦作りの街並みが広がっている。


「素敵ね!」

 爽やかに通り抜ける風が心地よく、降り注ぐ陽光は温かい。

 思わず笑顔になって振り返ると、ウィルも初めて来たみたいで目を輝かせていた。サディアスが慣れた様子でテーブルの椅子を勧める。


「お二人ともこちらへどうぞ。」

「サディアス、ここは君が管理を?」

「まさか。使う事を許されているだけです。」

 許されている?

 サディアスが通ったルートは確かにひどくわかりにくいものだったけれど、扉は最後に屋外へ出る一枚きりで、施錠もされていなかった。


「誰でも使える場所ではないの?」

「道順を知らなければたどり着けません。……これもスキルによるものだそうです」

「そんな…そんなすごい事までできてしまうのね、魔法って。」

「正確には複数人のスキルを組み合わせ、結界のようなものを作ると聞いています。ここには同じ方法で秘匿された書物も多い。」

 閲覧制限コーナーは伯爵以上の地位にある者の血縁者や、本人と同行している《貴族》であれば入る事ができるそうだ。

 サディアスはそれもまだ規制がゆるい方だと言う。


 もっと厳しい閲覧制限のある書物も存在し、それは司書長や国王陛下の許可無しに見られるものではない。

 そんな説明を聞いて頷きながら、私はスキルを組み合わせるという概念にも興味を引かれていた。

 やはりサディアスから学ぶ事は多い。学園で習う範囲のどこまで先取りしているのかしら。

 ウィルがこほんと咳払いする。


「それで、何でその……二人してテーブルの下に潜っていたのかな。あまりその…聞こえがよくないというか。」

「サディアスに誘われたのよ。」

「さそっ…」

「誤解を招く言い方はやめてください!」

 サディアスが慌てた様子で大きな声を出す。

 誤解もなにも、内緒話をするためにテーブル下に来るよう誘ったのは、彼で間違いないはずなのだけれど。


「ウィルもよく気付いたわね、私達があそこにいること。」

「え?それはまぁ、伯爵達は明らかに動揺していたからね。何もないだろうとは思いつつ場を改めてしまった、というだけなんだけど……そうではなくて。どうしてあそこに?」

「彼女がアベル様に何かあったのかと聞いてきたのです。」

 わざとらしく、まるで自分はやむを得ずそうしたのだと言わんばかりにため息をついて、サディアスは眼鏡を軽く押し上げた。

 はっとした様子で私に視線を移したウィルに、我が家に騎士団が来た事を説明する。


「一言二言ではお帰り頂けない様子でしたので、念のため姿を隠し、関わる事はないと説得していたところに伯爵達が来てしまった。それだけです。」

「そうだったんだね。……サディアス、実は俺も同じ用件で君に会いに来たんだ。」

 ウィルが真剣な目で言うと、サディアスが訝しげに眉を顰めた。


「アベルが疑われている事件で、君が知っている事を話してほしい。」

「貴方がお気になさるような事ではありません。」

 きっぱりと言いきったサディアスを、ウィルは躊躇いも気落ちもなく見据える。


「俺の弟だ。」


 睨むのではなく、けれど強い意志の宿った瞳にサディアスは小さく息を呑んだ。


「命令だ、サディアス。知っている事を話してもらう。」

「……ご令嬢は。」

「…シャロン、少し怖い話になるかもしれないけれど、君はどうしたい?」

 私もアベルの事を聞きに来たとわかっているから、ウィルはそう聞いてくれた。本来は問答無用で弾かれてもおかしくないのだろう。


 でも私は幸運にも王家からの信が厚いアーチャー公爵家の長子で、ウィルやアベルのお友達だ。…サディアスはまだ、知り合いくらいだろうけれど。

 信頼してくれている事を嬉しく思いながら、私は頷いた。


「一緒に聞くわ。もちろん口外しないけれど、サディアス。信じられないようなら監視してください。」

 敢えて最後は敬語で言う。

 万一本当に監視という事になったら、魔法について色々教えてもらえないかしら、などと邪な事も考えつつ反応を待っていると、彼は諦めた様子で持っていた本をテーブルに置いた。

 私が見つけた時に彼が読んでいたものだ。


「騎士団が国王陛下に提出した報告書の写しです。」

 ウィルは瞠目し、急くように本を開く。

 きちんと文字をたどっている様子の彼がページをめくる速さにも驚きつつ、私はサディアスをちらりと見上げた。

 なぜこんなものを貴方が持っているのか――たぶん、答えてはもらえないだろうけれど。


「アベル様に容疑がかかっているのは、主に二つの要因あっての事です。まず、事件が起きたのはあの方が一人で外出した時に限られるということ。もう一つは犯人が使った剣です。」

「剣?」

 私が聞き返す。アベルが常に持っているあれだろうか。

 そういえばと思ってウィルに視線を移すと、今日は屋敷ではないからか、彼もまた剣を腰に提げている。


 鍔には国旗に使われている花と、王族の象徴でもある星の意匠があしらわれている。

 確か、双子の王子殿下の七歳の誕生日――誰もが、二人とも魔力持ちだろうと信じて疑わなかった祝いの席――に合わせて作られたものだと、お父様から聞いた事がある。


「三件の殺人全てに目撃者がおり、全員が王子殿下の持つ剣と同じ装飾を目にしています。」

「そんな…」

 殺人という言葉に、あぁやっぱりそうかとどこか納得しながら、私は呟いた。

 第二王子が民を遊びで殺しているという悪質な噂は前からあったのだ。それを利用しての事だろう。


 そして実際、アベルは子供の時分で既に人を殺した事がある――というのは、前世の知識で知っている。

 自分を狙った暗殺者を、兄を狙った者を。特に公表もされていないそれらは、仮に正式な裁判になればアベルに軍配が上がる。王族の命を狙う事自体が極刑ものだからだ。

 今回問題になっているなら恐らく、殺されたのは罪のない民なのだろう。


「目撃者が偽りを言っている様子はない…とあるね。」

 ウィルが確かめるように言った。

「それを受け取る時に聞きましたが、中には何を見たか証言するまでかなり渋った者もいるそうです。…星といえば王家ですから、当然の恐怖ではありますね。」

 王族の殺人を見たかもしれない、なんて。

 たとえ武器だけで本人の顔を見ていなくても、口にするには畏れ多い。そして目撃者の身辺調査は騎士団が終えていて、金で雇われるだとかアベルを良く思ってないとか、そういう懸念はなかったそうだ。

 つまり、本当に同じ意匠の剣を見ている。


「しかし、どういう事だろう?」

 読み終えたらしき報告書を改めてパラパラとめくりながら、ウィルが困惑の声を漏らした。

「肝心のアベルの証言がどこにもないじゃないか。」

「それは…あの方は何も話さないでしょう。」

 サディアスが静かに告げる。私とウィルはどういう事かと顔を見合わせた。

 王子とはいえ、否定してすぐ「はいそうですか」と無罪が決まるわけではないけれど、やっていないならそう言って損はないはずではないかしら。

 私達の視線を受けて、水色の瞳がついと脇にそらされる。


「常に帯剣しているのは周知の事実。一時的に盗まれた、置き忘れたなどという言い訳は無意味ですし、あの方を知る者ならまずありえないとわかってしまいます。」

「剣はそうでしょうけれど、でも、やってないという事くらい、言わないのかしら。」

「……言えば、ウィルフレッド様に嫌疑を向ける輩が出ます。」

「俺に?」

 ウィルが目を見張った。驚くのも無理はないと思う。

 アベルはしょっちゅう護衛騎士も連れずに城を抜け出しているみたいだけれど、ウィルは違うもの。


「貴方自身が城下で事件を起こすのはほぼ不可能ですが、剣を預けられた護衛騎士がどうしたか、そして彼に剣を預けた貴方の責任が…という話になるでしょうね。」

「ヴィクターが何かするなどありえない!」

 君もわかっているだろう、そう続けたウィルにサディアスは軽く頷いたけれど、その目は冷たかった。


「真実がどうであれ、信憑性の無い噂でもその人物の価値を貶めます。……はっきり言いますが、容疑をかけられながらアベル様が黙っているのは、貴方とヴィクターの今後を案じてのこと。あの方が声高に無罪を主張すれば、それこそ私の父のような者達が貴方がたを有罪に()()でしょう。」


 きっぱりと告げられた言葉に、ウィルは何かを堪えるように顔を歪めて。


「けど…今回はきっと、俺を王にしたい人間がやった事だ。俺に嫌疑が向けば、途端に終わるという事はないのかな。」

「ありえますが、現状疑わしいのはアベル様の方です。それに」

 一度言葉を切って、サディアスはウィルの手から報告書を取り戻した。

 私がちらちら見ようとしていたせいかもしれない…さすがに私にまで見せる気はないのね。


「この計画はどう見ても、アベル様が貴方に容疑を向けない前提で組まれています。自分はやっていない。兄やその護衛騎士が何か企んだのではないか…などと言えば、だいぶ変わりますからね。」

 ウィルがテーブルに置いた拳を固く握りしめた。


「目論見通り、あの方は黙っておいでだ。」

「…許せないわ」

 自然と、私の口から言葉が漏れる。膝の上に置いた手が怒りで震える。

 アベルがウィルを思う気持ちを、利用するなんて。


「ただ、騎士団も当然そのあたりはわかった上で動いています。先ほど私達が聞いた情報も合わせれば、今回は無事に片が付くと思っていいでしょう。」

「情報?」

 内からこみ上げるものを抑えている様子だったウィルが、サディアスに聞き返す。そういえばウィルはおじ様達の話を聞いていないのよね。


「ウィルが来た時にテーブルにいた方々がね、職人から何かの設計図を…たぶん、盗んだのかしら。手に入れたと話していたの。その時は何の事かわからなかったけれど、もしかしてその剣の設計図だったのではと思うのよ。」

 もしそうなら今回の事件を起こせる。意匠が全く同じものを作って、敢えて目撃者が出るようにして人を殺させたのだ。

 普通は王子が持つ剣の意匠をじっくりと眺める機会なんてないけれど、作った本人が持っていた図なら再現できる。


「サディアス、君も同じ考え?」

「えぇ。会話の内容は明らかにアベル様の現状を揶揄していましたし、マクラーレン伯爵邸を調べ上げれば現物が出てくるでしょう。」

 サディアスがさらりと答えた。私と違って、声だけでどちらが伯爵かはわかっていたらしい。

 レナルド先生達に伝えれば、きっとすぐに見つけ出してくれるでしょう――と思った私の前で、ウィルが立ち上がった。


「…伯爵を問い詰めに行く」

「「えっ?」」

 私とサディアスの声が重なる。


「そ、それはまずいのではないかしら?」

「ウィルフレッド様、下手につつけば証拠を隠される可能性があります。」

 口々に止めようとしながら私達は慌てて立ち上がった。

 風に吹かれてウィルの金色の髪が揺らめき、青い瞳は爛々と輝いていた。喜びではなく、怒りで。


「わかってる…わかっている、……が、」


 こんなに怒ったウィルを見た事がない。

 自分を止められないというように、ウィルはどこか抑えつけたような、堪えているような、しかし堂々とした歩みで庭園の中央へ向かい始める。

 いえ、むしろその先の…


 私と同じ事を考えたのか、サディアスが青ざめた。

 ウィルが歩く先には、私達がここへ来る時に開けた扉はない。間違って外へ転がり落ちてしまわないようにと、柵が設置してあるだけだ。


「ウィル、待っ」



「――()()()()。」



 その呟きははっきりと私の耳に届いた。

 あぁ、その言葉は。

 やっぱり兄弟ね、なんて、頭の片隅で考えて。


「宣言!風よ、我が怒りに応えろ。…俺を、連れていけ!!」


 普段の彼からは到底想像つかないような怒号の直後、地面を蹴ったウィルの身体を突風が運ぶ。


「ウィルフレッド様!!」

 風の余波で紺色の髪を乱されながら、サディアスは手元を見もせずに本を革紐で縛り、素早く自分のベルトに留め付けた。

 私は脚に力を込めて彼の首に飛びつく。


「なッ、」

「私も行くわ!急ぐでしょう、早く!!」

「~~~~ッ、この…!」

 血管も切れそうな勢いのサディアスはかなり言いたい事がありそうだったけれど、既にウィルは柵を越えて出発している。私を引きはがす時間も惜しいはずだ。

 サディアスは観念したように私の身体を抱き上げた。


「宣言!風、我らを運べ!!」


 突風が巻き起こり、身体が浮き上がる。

 初めての浮遊感にぞっとして、サディアスにしがみついたまま目を瞑った。





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