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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
幕間

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247/525

245.私が狙うなら

 



 王城――法務大臣の執務室。


 真っ直ぐに伸びた紺色の髪を左だけ耳にかけ、瞳はまるで凍てつくような冷たい水色をしている。ジョシュア・ニクソン公爵は五公爵の中でもっとも若く、今年で三十七歳になる男だ。

 きちりと整理整頓された執務机で書類を捌きながら、正面に立たせた息子、サディアスの報告を聞いていた。


 第二王子アベルの命令とはいえ、城内の一室を焼いた件について。補償すべき額とそれに上乗せする慰謝料、部屋を整えるにあたっての工期や調度品の納期、ニクソン家からの支出総額をサディアスの采配内でどう処理するか。

 概ね正しい回答をした息子に、ジョシュアはそのまま進めて良いと許可を出す。


「ただ、もっと上手くできただろう。あまりに粗が多い。実行犯がお前だという事くらいすぐに調べがつく」

「はい。」

「あの画家に会って動揺でもしたのか。」

「…未熟ながら。」

 書類に印鑑を押す音が一つ、響く。

 先程までより少し大きく聞こえたそれに、サディアスは目を伏せた。


「あれが屋敷へ来たのは何年前の話だと思っている。気付くはずがないだろう。二度と隙を見せるな」

「……。」

 黙って深く頭を下げる。

 父は自分を直視してはいないが、視界の端で観察はしているだろう。もう気付かれているなどと言った暁には、あの画家は死ぬ。


「しかし、ウィルフレッド殿下がお前を手離さないと言うとは……らしいと言えばらしいか。そのまま信用を得ておけ」

「はっ。」

 ジョシュアが軽く手振りで指示すると、沈黙を守って控えていた従者がサディアスに書類を手渡した。

 王立学園の教師陣についての情報が、色付きの人相書きと共に記されている。サディアスも事前に調べてはいたが、こちらの方がより詳細だった。あまり公ではないだろう事まで載っている。

 内容を改め、サディアスは黒縁眼鏡の奥で目を細めた。


 ――この男…騎士団から離れた経緯は、身内が情報漏洩を犯したからとは知っていたが……


 ジョシュアは印鑑についたインクを布で拭いている。

 透き通った水色の瞳が、同じ色を持つ息子にようやく向けられた。


「その男はアベル殿下を恨んでいる可能性がある。」

「…国王陛下やドレーク公爵は、彼を危険視していないのでしょうか。」

「家の領地は取り上げたままにしても、伯爵まで戻したくらいだ。この七年近くで、信用を得るだけの働きはしているのだろう。お前は気を許すな。警戒する人間は必要だ」

「……はい。」

 たとえ本人の罪でなくとも、誰かの罪は一家全体に及ぶ。

 騎士隊長を務めるほどの実力者でも、否、それほどの地位にいたからこそ、騎士のままではいられなかったのだろう。ジョシュアの視線は再び机の上へと落ちた。


「向こうは殿下やラファティ侯爵令嬢が関わった事は知っていても、お前が巻き込まれた事までは知らないはずだ。少なくとも表向きはな。」

「注意しておきます。」

 資料に最後まで目を通して、サディアスは答える。

 教師の中には宰相の息子もいるが、次男である彼は政治にまったく興味が無いと聞く。王子達に対しては思うところもあるだろうが、危険は無いはずだ。

 サディアスが資料を従者に返すと彼は宣言を唱え、それを灰にした。


「一つ、お前に課題がある。」

「は。」

「この半年以内に、宣言も動作も無しで火槍を発動できるようになっておけ。」

 サディアスの瞳が丸くなる。

 それはオークス公爵夫妻の暗殺未遂事件において、騎士達が受けたというスキルへの対処に他ならなかった。


「一本でいい。任意の場所に発動できるまで練度を上げておくんだ。」

「…承知致しました。しかしなぜ半年と」

「学園の女神祭は外部の者が出入りできる。報告を聞いた限り、まぐれ無しにあのスキルを突破できるのはお前だけだろう。ウィルフレッド殿下では力不足だ。」

「………。」

 サディアスは目を細め、言うか迷って唇の裏を浅く噛んだ。

 暗殺未遂事件の実行犯はダスティン・オークスと、特殊なスキルを持った少年。宣言の内容から恐らく風属性単体で発動するスキルと考えられ、対象の身動きも呼吸も止めてしまうそれに対抗するには、ジョシュアの言う通り宣言と動作無しに火の魔法を使う必要がある。

 それも、相手のスキルを打ち消すだけの威力をもって。


 アベルは魔法が使えず、万能型のウィルフレッドには向かず、チェスターはそもそも火の属性を発動できない。王子達が巻き込まれた場合、サディアスが破るしか道はないだろう。


 ――シャロン様は無我夢中で突破したらしいが…それが父上の言う「まぐれ」。安定して打ち消すだけの力をつけるとしたら、確かに私だ。正論、だが……



「彼は、学園に来たがっていましたか。」



 サディアスの問いに、ジョシュアは眉一つ動かさなかった。


「それを知りたいなら実際に話した者に聞くといい。騎士団の報告には無かったはずだが。」

「暗殺未遂の首謀者として、父上の名が囁かれているのはご存知かと思います。」

「パーシヴァル・オークスとは昔から合わない。あれが襲われる度に私の名が出るのはいつもの事だ。」

「私には話して頂けませんか。」

「サディアス。私が狙うならチェスター・オークスも消している。現場になど行かせない」

 書類に淀みなく署名を綴りながら吐かれた言葉に、サディアスが息を呑む。

 ジョシュアの傍らに立つ従者はまったくの無反応だった。


「ろくに学のない娘の方は残し――コクリコ王が引き取りたがるかもしれないが、拒否は容易い。婿を取らせて子を産んだら、魔塔でスキルの解析をさせる。息子の方は軽く見えるが感情型だ。いつまでも両親の死を探るだろう。まとめて消した方がいい」

「……だから、ご自分ではないと。」

「信じる信じないはお前の好きにしろ。ただ聞いておこう、私が《黒》ならどうすると言うんだ。」

 背もたれに身を預ける事なく、ぴしりと背筋を伸ばしたままジョシュアが問う。

 サディアスの額に汗が滲んだ。


「己の父が有罪だと叫んで回るか?証拠も無しに。ニクソン家を潰すならお前はいらないとわかっているだろう。私もお前も、家のために――引いては国のために存在しているのだから。」


 建国以来、五公爵家はそれぞれの立場で国を守ってきた。

 国王たるレヴァイン家を支える知恵であり、力であり、同志であり、教育者であり、時に影となって。たった一つ血が絶えるだけでもその代償は大きい。


「……承知しております、父上。かの少年について調査中かと存じますが…」

「お前に話す事はない。まずは先程言った課題と殿下の安全、それと……生徒の中に《夜教》の信者がいないか気にかけておけ。」

「は。」

 熱のない会話を交わし、サディアスは片手を胸にあてて礼をする。


 去年行った狩猟の場で、スザンナ・ブロデリック伯爵令嬢の持つ《ゲート》から魔獣が飛び出した。危うくウィルフレッドは怪我を負うところだったが、アベルが内密に護衛騎士リビー・エッカートを配していたために助かった。

 口封じにそのスザンナを襲ったのは夜教の信者だった。

 王都を魔獣が襲撃した際に捕えた者達も、同様に夜教の信者だと言われている。


「夜教であれば……《神話学》をとらない者でしょうか。」

「先入観は捨てろ。私なら敢えて受ける。できる限り目を配れ」

「はい。」

 半年も空かずに逮捕者が相次いだからには、いくら関係を否定しようと騎士団の監視は厳しくなる。夜教の本部に近い人間はしばらく派手に動けないはずだ。


 宗教は目に見えず、どこに信者が潜んでいるかわからない。

 サディアスは考え込むように眉間に皺を寄せた。鈍いウィルフレッドは論外として、勘の鋭いアベルでも信者探しは手こずるだろう。女神に関する意見を聞く場があれば、誰が何を言ったか覚えておかなくてはならない。些細な一言に本音が滲む事もある。


 ――相手に口を滑らせるのは…チェスター。貴方のような人の方が向いているのでしょうが…。


 幸いにも、サディアスは仲間に恵まれている。

 共に入学するノーラ・コールリッジ男爵令嬢はユーリヤ商会の一人娘。学園都市で生徒に人気の雑貨店もその商会が運営しており、今年はサディアスとも知り合いの幼い兄弟が店員をすると聞いている。


 一つ上の学年にフェリシア・ラファティ侯爵令嬢と、シミオン・ホーキンズ伯爵令息。

 どちらもサディアスやノーラと同じくアベルに救われた過去があり、シミオンの姉クローディアは《先読み》のスキル持ち。学園都市に占いの店を構えた彼女のもとには、女生徒の噂話も集まるだろう。


 そして、宰相の懐刀――ジェフリー・ノーサム子爵の手の者も学園都市にやってくる。

 何せ王子殿下二人、公爵家の長女長男が三人も通うのだ。教師の中には王都から派遣された現職の騎士もいる。油断はできないが、情報源はいくらでもあった。



 ふと、ジョシュアが何か思い返すように視線を脇へ流す。

 作業の手を止め、ペン先を軽く上へ向けた。珍しい事もあるものだと、サディアスが瞬く。


「懸念は、アーチャー家の娘だ。」

「……シャロン様ですか。」

「お前も知っての通り、去年殿下達と会ってから動向がおかしい。学園でも妙な行動をとるようなら…何らかの手を打つ必要もあるかもしれないな。動きを予想しづらい人間というのは常に邪魔だ。」

 サディアスは、もっと早く父からこの言葉を聞くと思っていた。

 だから女神祭の時シャロンに忠告したのだ。学園に行く前であれば、サディアスに任せず父が直接手を回す可能性もあった。


 ――当時の父上は別の案件に集中していて、彼女の事は後回しにした……その案件とは、オークス公爵夫妻の暗殺計画だった。……そう考えると、何もかも合ってしまう気がして、恐ろしい。


「エリオット・アーチャーの娘らしく、次期王妃と見て問題ない娘だと思っていたが……考えてみれば、()()ディアドラ・ネルソンの子でもある。バサム山に現れた件といい、油断ならない。」

 煩わしそうにため息を吐き、ジョシュアは再び書類にペンを走らせる。

 羽虫は殺してしまえば飛び回る心配もないが、そうでない者は生かしたまま監視を続けなければならない。


「警戒を怠るな。何かあれば報告を上げろ」

「はい、父上。…すべて、仰せのままに。」




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