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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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241.知っていたとも




 泉の周囲は草木で囲まれている。

 シャロン達は草むらをかき分けて出てきたものの、人が利用している小道もちゃんと存在しており、ヴィクターが持つ地図にもしっかりと載っている。

 まともな道を辿れば足腰の負担ももう少し軽かったのだろうが、今回はシャロンの記憶にある道順と合致する泉かどうかが重要だった。


「そういえば、ギャビーさん。今回はどういった経緯で父とお話しになったのですか?」


 地面に布を敷いた上からお行儀よく座り、シャロンが聞く。

 ギャビーはリスのように頬をふくらませてパンを咀嚼していたが、ごくりと飲みこんで唇を舐めた。


「んん。ボク、王様達の絵を描く事になってさ。城へ行ったんだよね。」

「まぁ…!それは大役ですね。」

 シャロンは目を見開いたが、ギャビーほどの腕があればおかしくはない。横に座っているダンは「こいつで大丈夫なのかよ」とばかり訝しげに眉を顰めた。

 長い睫毛を揺らしてうっとり微笑むギャビーは、まるで花冠を乗せた妖精のようだ。


「あれは楽しかったなぁ!もうちょっと表情がなんとかなったら良いのに、もったいない。ボクとしては、あそこに騎士の人が沢山いたのがよくないと思うんだ。あの人達はたぶん、もっと笑えたはずだよ。」

「ウェイバリー殿!言葉にお気を付けを。お呼びするならせめて《あの方々》です。」

 ヴィクターが焦ったように言うが、ギャビーはきょとんと首を傾げた。

 《付き人のアンソニー》の方を見ないよう注意しながら、シャロンは国王夫妻と二人の王子の姿を頭に思い浮かべる。ギャビーの言った「王様達」は、国王夫妻だけの話だろうか。


 ――お城でボヤ騒ぎがあったあの日……アベルは正装をしていたわね。


「ねぇ護衛騎士くん、君はボクをギャビーと呼ばないのに、ボクは君の言う通りに呼ばないといけないのかい?」

「…わかりました、ギャビー殿。言葉には、重々、お気を付けください。」

「いいよ!」

 ギャビーが満面の笑みで了解すると、ヴィクターは疲れたように小さく頭を左右に振った。他より先に食べ終えるべく、最後の一口をぱくんと――


「特に王妃様と第二王子くんが全然笑わなくてさぁ。」

「ゲホッゲホッゲホ!」

「だ、大丈夫ですか、ヴィクターさん!」

「あれ、噎せたのかい?急がずに水も飲んだらいいと思うよ。」

 よっぽどお腹が空いてたんだねぇ、という呑気な声を、ヴィクターは額に青筋を浮かべながら聞いていた。誰のせいだと思っているのだ。

 喉の痛みを堪えて水筒の蓋を開け、ぐいと飲み込んで息を整える。


「ウェイバ…いや、ギャビー殿。ッケホ……気を付けてくださいと言ったそばから、貴方は…」

「何で怒った顔をしているのかな。さっぱりわからないや」

 ギャビーとヴィクターのやり取りを眺めながら、シャロンはほんの一瞬、ちらりと《付き人のアンソニー》へ視線をやった。

 やや猫背ぎみな彼は、まるで会話が聞こえていないかのように平然と食事を続けている。興味がありませんと言わんばかり、ボンヤリした目をパンに落としていた。


 ――やっぱりアベル達も、だったのね。ここに本人がいるのだから、ヴィクターさんも焦るに決まってる。この調子だとたぶん、ギャビーさんはアンソニーの正体を知らないのかしら…。


「まぁとにかく、ボクがまだ見てない女神像を見てもいいって言うからさ。そもそも場所がわからなかった、ここを選んだんだ。探してくれるといいなぁって。」

「ギャビーさんが肖像画を描くにあたっての、報酬の一つという事ですね…。」

 シャロンは納得して呟く。

 それにしてはヴィクターやアベルまでついてくる理由がわからないので、もしかしたら王家側もたまたま、ここの女神像を調べる必要があったのかもしれない。本当に報酬だけが理由なら、アベルがシャロンに黙る意味もないだろう。


「でもシャロンが場所を知ってるなら、最初から君に聞いた方が早かったかもしれないね。」

「どうでしょう。お父様の許可は必要ですし、今はお忙しい時ですので……私を経由しては、許可までもっと時間がかかったかもしれません。」

「そういうものかい?」

「王家の方が絡んだご要望…あるいは命令と、娘の友人の希望では、重みがまったく違いますから。」

 あと半月せずにシャロンが学園へ行ってしまう事を考えても、あまり現実的ではない。

 ふ~んと相槌を打つギャビーの膝に小鳥がやってきた。こぼれ落ちたパンくずが狙いらしく、トト、と小刻みに動きながらつついている。


「面倒なものだよねぇ。ボクはただ、女神像が描ければそれでいいのに。」

「ギャビーさんの絵、とても繊細で見ていて心が洗われるようです。いずれ画集の第二弾が出る予定はあるのですか?」

「フラヴィオはそのつもりみたいだよ。ボクはどっちでもいいんだけどね。」

「是非出してください。病で外へ行けない人だって、ギャビーさんの絵を見れば女神様をより身近に思って、祈りを捧げられる事でしょう。」

 シャロンが前世で見た「写真」と見紛うほどの緻密な再現。

 チェスターの妹、ジェニーが病で伏せっていた時も、画集を見て喜んでいたものだ。いつか一緒に実際に見に行こうと、未来の約束をする事もできた。


「そうなのかい?ボクは女神に祈った事がないから、そのあたりはよくわからないけど。」

「えっ、ないのですか?」

 シャロンは驚いて聞き返したが、ギャビーはけろりとして頷く。

「ないとも。だってずっと昔に死んじゃった人に祈って、何か変わるのかな。」

「そ、それは…」

「女神像描いてる奴がすげー事言い出したな…。」

「描くのと祈るのじゃ別の話さ。」

 ダンに肩をすくめてみせ、ギャビーは水筒の水を喉へと流した。食べかすをさらっていた小鳥が木々へと飛び去る。

 森の神秘のような青緑の瞳を輝かせ、彼は艶めいた唇で微笑んだ。


「この山にあるのはどんな女神像なんだろう。あぁ――楽しみだね!」





 昼休憩を終え、置き忘れのないよう片付けを済ませて一行は出発する。

 ここから先は「蔦のある斜面」という情報を頼りに探す他なかった。小さな子供が登れないような場所を避け、蔦の葉で覆われた斜面がないかを見回して歩く。


「当時、辺りは暗くなり始めていて…風をしのげる場所がないかと探しました。」


 小さな二人は手を繋ぎ、落ち葉をさくさく踏みしめて。

 時折吹きすさぶ風に身を寄せ合いながら、まだ行っていないどこかへと。


「森は深く、どこを見ても草木が生い茂っているばかり……木の根に躓いたりもしましたね。」


 木々も草むらも飛び出した木の根も、どこを見ても存在している。

 二人で入れるくらいの大木の(うろ)でもないものかと、ひたすら歩いていた。


「私……そう、いっそのこと、柔らかい地面があったら、寝転んでしまおうかなんて考えました。」

「んだそりゃ…風をしのぐ話はどこいったんだよ。」

「ふふ、あてもなく歩く事に疲れていたの。でも私のせいだから、彼を…安全なところまで連れていかなきゃ、って。」


 不安を押し隠して、怯える心を奮い立たせて。

 大丈夫と笑いかけて手を引いた。


 そして、ふと――




『……?ねぇバーナビー。今の音、なにかしら。』




「あ…」


 はっとして、シャロンは思わず立ち止まった。

 すぐ横を歩いていたダンが振り返り、ヴィクターやアベル達も立ち止まる。泉を出発してからもう二時間は歩き通しで、額には汗が滲んでいた。


「きつかったら一旦休むか?」

 険しい顔で聞いたダンに、シャロンは少し乱れている呼吸を整えながら首を横に振る。気遣わしげに数歩こちらへ戻ってきたヴィクターと目を合わせた。

「私、思い出したことが――」


 ざぁあ、と強い風が吹き抜ける。


 舞い上がった土が目に入ってしまいそうで、シャロンは思わず目を閉じた。暗闇の中で遠く、遠く。ごぉ、と響くような音が聞こえた。

 ぱちり、目を開く。


「何か、聞こえたね。」


 呟いたのはアベルだった。

 ダンが目を丸くして凡庸な顔立ちの少年を見下ろす。


「あ?お前喋れん――」

「試すのはもういい。解除だ」


 彼がはっきりとそう告げると、キャスケットの下、後ろで縛っていた茶色の髪は揺らぎ、少し癖のある黒の短髪へ変わる。黒かった瞳は金色に染まり、肌質のよくなった顔は目鼻立ちまで変化していた。

 いつも通り背筋の伸びた堂々たる立ち姿で、第二王子アベルはシャロンへと目を向ける。


「今の音に聞き覚えがあるんだね?」

「えぇ。」

 驚いた様子もなくしっかりと頷いたシャロンを見て、ギャビーはぱちぱちと瞬きして首を傾げた。


「何で出てきちゃったんだい、第二王子くん。内緒じゃなかったの?もしかしてシャロンも知ってたのかな。」

「貴方が一定の信を得たという事です、ギャビー殿。」

「そうなんだ?」

「音がした方へ行こうか。こっちだ」

「ッ待て待て待て!おい!!」

 先導して歩き出したアベルについていく一行の最後尾で、ダンが吠えた。待てとは言いつつ、自分もきちんと歩を進めている。


「何でお前がいるん…はぁあ!?……お嬢知ってたのかよ!?」

「そうね、なんとなくは察していたわ。」

 本当は本人から聞いたのだが、公式にはそんな機会がないためシャロンはそう答えた。ダンは嫌そうに顔を引き攣らせる。

 知っていた、なら「俺にも言え」と返すものを、察していた、では何とも言い難い。


「顔が全ッ然別人だったろうが。何だありゃ、魔法か?」

「すごく難しいけれど、光と闇の魔法を一緒に使うとできるそうよ。」

「実は俺以外にもついていまして、その者が内密に殿下の姿を変えていました。」

「俺だけアイツの事知らなかったのかよ?」

 思いきり顔を顰めて聞くと、シャロンは困ったように薄紫の瞳をギャビーの背中へ向けた。


「ギャビーさんも知っていたのなら、そういう事になるわね。」

「知っていたとも~。」

「はァ~~!?納得いかねー!」

「少々事情があっての事なんだ。…というより君、殿下に対してアイツとは怖いもの知らずな……」

 ヴィクターが苦い顔でぼそりと呟く。

 アベルは会話を一切無視してさっさと歩みを進めていた。


 風が強く吹いた事で聞こえた、音の方へと。


 そこから数分も経たずに、一行は蔦の葉が茂った斜面へとたどり着いた。

 少し傾斜はあるが登れないほどではなく、一部に隙間ができている。強風が吹くと風が入り込み、音が鳴るのだろう。

 ヴィクターはやや信じられないような目で洞穴を見上げた。


「本当にあった…まさか初日で見つかるとは…。」

「早速行こうじゃないか!女神像がボクを待っている!!」

「ちょっと待ってくれるかな、ウェイバリー。ヘイウッド、先に蔦を。」

「はっ。」

「ボクの事はギャビーと呼んでくれ、第二王子くん。どうして皆素直に呼ばないのかなぁ。」

 至極不思議そうに腕組みをして、ギャビーはこてんと首を傾げた。

 ヴィクターが蔦を切り払い、洞穴の入口が露わになっていく。


「……お嬢、(ぼん)にはお前から言えよ。俺は知らなかったんだからな。」

「?えぇ、わかったわ。言う前に、帰ったらすぐわかると思うけれど…」


 目的地を見つけた安堵で、洞穴を進む一行の足取りは軽かった。

 途中暗くなればヴィクターが光の魔法を使い、やがて最奥が近いのだろう、進行方向から薄く光が見え始める。


「…これは…」


 誰ともなく呟いた。

 直径二十メートルほどの円形の空間で、三十メートル近いドーム状の天井に空いた穴から、傾いた太陽光が差し込んでいる。


 中央に設置された白い石像の周囲には、沢山の勿忘草(ワスレナグサ)が花を咲かせていた。


 群生地に石像が置かれたのか、誰かがあえて植えたのか。

 知る術はないけれど――



 そこには確かに、青き花園があった。





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