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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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239.かんちがいしない事です




 ――なぜ、俺は睨まれているんだ。


 さっぱり身に覚えのない警戒の視線を受けながら、付き人アンソニーに扮したアベルは考える。

 一人で使っていいと言われた浴室から出て部屋へ向かおうとしたところ、行く先の曲がり角からちらりとクリスが顔を覗かせていたのだ。


「………。」

「………。」

 何か用があるのかと立ち止まってはみたものの、近付いてくる様子もなく三分が経過している。正体に気付かれた可能性も一瞬考えたが、その場合もまた、睨まれるような覚えはない。


 思えば夕食の席で紹介された時も、クリスは初対面のギャビーや顔見知りのヴィクターには笑顔でいたのに対して、アンソニーに対しては堅い表情だった。

 シャロンがほんの一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに微笑みを戻してさりげなくクリスの背に手を添えたほどだ。言外の注意を受けたクリスは、口角を上げただけの笑顔で「よろしくお願いします」と言っていた。


 しかし、アベルはこれから明日のための打ち合わせをしなければならない。

 シャロンやヴィクター達の準備が整うまでまだ時間はあるだろうけれど、アーチャー公爵から受け取った資料も再確認したかった。ほとんど頭に入っているとはいえ、だ。

 膠着状態から抜け出すべきだろうと、アベルは再び歩き始めた。

 クリスはびくりと肩を揺らしたが、意を決したように廊下の真ん中に進み出る。アベルの進路を妨げる形だ。二メートルほどの距離を残して立ち止まると、ようやく口を開いた。


「こんばんは、アンソニーさん。」

「……。」

 光と闇の併用は、顔立ちを偽物に見せかける事はできても、声までは変わらない。それが可能なのはクレメンタイン・バークスや目の前にいるクリスなど、専用のスキルを持つ者だけだ。

 アベルはただ、背筋の曲がった礼をしてみせた。


「ご飯の時、明日は皆さん山へ行くと…ぼくは行ったらダメだと、話がありましたね。」

 ピクニックに行くわけではないのだ。

 令嬢とはいえ身体づくりができているシャロンと、奥の手があるにしろまだほんの五歳のクリスでは連れて行く難易度が異なる。当然の判断だった。

「ぼくの目がないからといって……ダメ、ですからね。」

「……?」

 話が見えない。

 アベルは眉を顰めてクリスを怯えさせないよう、意識的に表情を無で保っている。言葉の続きを待つと、クリスは真剣な顔で人差し指をぴんと立てた。


「いいですか、姉上にはもう()()()がいるのです!」


 ――……、ウィルの事か?確か以前は、婚約の話はまだしていない風だったが…


「姉上があんなに優しいお顔で笑うのは、皆……じゃないけど、でも、かんちがいしない事です!でんかといる時のほうが、ずっとずっと可愛らしい姉上なのです!」


 ――ウィルの事だな。


「わかりますか。ほかの人が入るすきはないから、姉上の事は、お優しい人と思うだけにして!…するのです、よ。」

「……。」

 元からそのつもりがない事を示すように無表情のまま、アベルは再び礼の仕草をする。

 クリスはしっかりとそれを見届け、よろしいとばかり強く頷いた。


 ――ぼく、レオにもダンにも、こんな気持ちにならないのに。姉上がこの人をちょっと気にかけてたみたいだったのは、たぶん、話せないから気をつかってるだけで……初めて会ったのに、姉上は、あんな優しい目で……


「…わかっているなら、大丈夫です。ぼくは、怒ってるわけじゃなくて、ねんのために、先に注意をしたいだけなのです。……かんちがいしちゃったら、貴方のためにもならないから。」

 そこまで言うと、クリスはふと力を抜いてアベルを見つめた。


「明日……がんばってください。女神様が見つかること、ぼくもおうえんしています。」






 円卓には四人が着席している。


 ギャビーこと画家のガブリエル・ウェイバリー、護衛騎士ヴィクター・ヘイウッド、付き人アンソニーに扮した第二王子アベル、そしてアーチャー公爵家の令嬢シャロン。彼女の傍らには明日も同行予定の使用人、ダン・ラドフォードの姿もあった。

 卓上にはカンデラ山の地図が置かれている。馬車が通れるような整備された山道はなく、代わりに採集や見回りで立ち入る者達に聞き込みをした結果が書きこまれていた。


「以前、俺がお二人を保護したのはこのあたりでした。」


 屋敷から南西の方角に山を分け入った先を、ヴィクターが指し示す。

 当時は見つかった二人の容態が最優先で、どこまで迷い込んだかはまったく重要視されなかった。しばらくして風邪から回復したシャロン達が、「洞窟で石像を見た」と話す事もなかったからだ。


「ですので、少なくともここよりは高い場所だと考えられます。」

 ウィルフレッドは女神像を見た洞窟から別の洞窟へ滑り落ち、そこから出て彷徨った末に保護された。気絶したシャロンを抱えていたため、その際に山を登ったはずはない。

 シャロンは頷き、屋敷から南東に指を滑らせる。

 泉があると記されている場所の一つだが、大人の足でも三十分以上は歩く地点だ。高低差も考えればもっとかかるだろう。


「途中で立ち寄った泉は、ここ…だと思います。」

「こちらの泉の方が、お屋敷に近いですが……」

「えぇ。でも確かあの時、私は庭から《左前》へ進んだのです。南東の方角に。」

 悩むように眉尻を下げつつも、シャロンは付け加える。

「泉へ行く前に倒木があるのを見ました。明日、着くまでにそれも見つかれば…少しは確証が出てくるかと。」

「倒木ですか…」

 ヴィクターは他の泉を指していた指を引っ込め、テーブルの上で手を組んだ。

 山の中での倒木はさして珍しいものでもないためか、地図にはそこまで書きこまれていない。これは実際に行ってみないとわからない物の一つだろう。


「泉からは正直なところ、道順というものは覚えておらず……。」

「ウィルフレッド様がおっしゃるには、貴女が斜面にある洞穴の入り口を見つけたと。当時すでに蔦に覆われていたそうですので、見つけるにはよく注視する必要がありますね。」

「はい。当家の記録上、大規模な土砂崩れなどは発生していませんが…大雨は幾度かございました。山の中でもあまり人が寄りつかない場所であれば、もしかすると変化に気付かれず、埋もれている可能性もあるでしょう。」

「天井に穴が空いてたんだろ?上から探すんじゃ駄目なのかよ。」

 ダンが口を挟んだ。

 別邸の使用人や見知らぬ騎士ならいざ知らず、ヴィクターやギャビーは既にダンの素を知っている相手だ。付き人の少年に気兼ねする事もなく、立ったまま腕組みすらしている。

 ヴィクターは難しい顔で小さく唸った。


「そうだな…洞穴の入り口から女神像のある広場までは、なかなかに歩いたとの事だ。もちろん子供の足ではあるが、天井まで高さがあったという事を考えても、やるなら場所がかなり特定できてから、俺か君のどちらかが行くべきだろう。魔力が切れると困る。」

「何もたった一日で見つける必要はないのだから、大まかに特定できたら、人を増やしてもう一度行くという手もあるわ。一人で偵察に行って何かあったら、それはまた困ってしまうもの。」

「まぁそうか…戻れなかったら終わりだしな。」

 片眉を跳ね上げ、ダンがこきりと首を傾けながら言う。

 少し行って戻ってくるぐらいなら魔力切れなどしないが、自分がこの山に来たのは初めてだ。元々野山で育った子供ではないため、山自体が不慣れでもある。森の深さによってはあっという間に方向感覚を失うだろう。


「一応、その場合は俺かシャロン様が魔法を打ち上げれば、最悪でも戻り場所はわかるかと。」

 ヴィクターが補足し、瞳をちらとギャビーに向ける。

 湯浴みの後とあって三つ編みを解いている彼の顔面には、スキル《使い魔》で生み出された白猫がへばりついていた。頭頂部に腹を乗せて目元に両腕を伸ばしている格好なので、呼吸の妨げにはなっていない。本人は寝ているのだろうか。

 見なかった事にして視線を戻した。


「閣下より、事前にカンデラ山に自生する有毒植物の情報は得ています。ウェイバリー殿にも共有はしているので――」

「君も頑なだなぁ!ボクの事はギャビーと呼んでくれ、ギャビーと。」

「――そういったトラブルは無いと思います。」

 ぺろりと猫の手をめくって文句をつけたギャビーを無視し、ヴィクターは言いきった。

 植物図鑑の挿絵も見せて説明した以上、記憶力に自信のある彼があえて食べる事はないだろう。シャロンはくすりと微笑んだ。


「わかりました。ありがとうございます、ヴィクターさん。」

「…お嬢、剣は持ってくんだな?」

「えぇ。」

「わかった。俺も持ってく」

 ダンがぼそりと呟く。

 俺もとは言ったが、彼の場合は剣ではなく、拳を守るガントレットの事だ。シャロンが帯剣せずとも元から準備する気ではあったものの、確認のために言葉にした。

 ヴィクターの眼差しに疑問が滲み、シャロンは小さく頷いて口を開く。


「ご存知の通り、昨日、今日と山の見回りは強化され、立入の見張りも人を増やしています。元より野盗が出る事はあまりないのですが……山を進む事自体、難儀なものですから。」

 剣は邪魔な枝葉を切り払う事にも使えるし、獣が出た時にも魔法以外の手があった方が良い。クマやイノシシは確認されていないが、小型の肉食獣やヘビなどはいるのだ。


「差し出がましいようですが、貴女は身軽でいた方が良いのでは…」

「体力の消費でしたら、私は問題ありません。むしろ……ギャビーさんは大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だとも!」

 からりと笑ったギャビーの顔面を、白猫がずざーっと滑り下りた。

 本物の猫なら爪で肌がとんでもない事になるところだが、水でできた猫なのでその心配はない。


「まだ見ぬ女神像を見られる、やっぱりそれだけでテンションが上がっちゃうよね!たとえ飢え死にしたとしても、最後まで目指してみせるとも!」

「いえ、死なないでください。」

 シャロンは神妙な顔で返した。オークションハウスの地下で、ギャビーが殺されかけてもそのままでいた姿を見ているのでまったく笑えない。本人は冗談で言ったつもりもないだろう。

 数秒こめかみを押さえたヴィクターは、短いため息を吐いてからアベルへ目を移した。


「…君からは、何かあるか。」


 アベルは緩く頭を横に振り、シャロンがこちらを見たと察すると、目を合わせて一度瞬く。ヴィクターはダンに「君も大丈夫だな」と確認し、広げていた地図を回収した。


「では明日、よろしくお願い致します。」

「はい。」

「あぁ。」

「楽しみだねぇ!本当なら画材も現地に持ち込んでさ――」


 今夜のうちにできる最後の準備は、よく眠ること。

 笑顔で話し始めたギャビーの襟首を掴み、ヴィクターは問答無用で引きずっていった。




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