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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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230.見つけてみせるよ




 立て続けに問題が起きている。


 違法薬を扱う商会とそこに繋がっていた男爵を年末に捕え、オークス公爵領に不穏な噂があると発覚し、調査の結果事実と判明する。

 そしてオークス公爵夫妻の暗殺未遂事件、同日に魔獣による王都襲撃事件、加えて君影国のエリ姫の護衛が、勘違いから第二王子に剣を向けた。

 事後処理も調査も同時にせざるを得ず、騎士団は多忙を極めている。


 そんな中、第二王子アベルがさらに問題を起こした。

 第一王子ウィルフレッドの従者、サディアス・ニクソンに命じて城の客室を焼かせたのだ。家具も焼け焦げ、補修工事と調度品の入替をしなければならなくなったため、しばらくは使えない。

 理由はその部屋を使っていた画家による王家への不敬だという。


『……建前はわかりました。実際は何が理由ですか?』

『今話した事が全てだ。部屋の修繕にかかる費用はサディアスに出させる。僕はあそこまでやれと言ったつもりはなかったしね。』


 当日のやり取りを思い返し、特務大臣エリオット・アーチャーは内心深いため息を吐いた。


 銀色の短髪に同じ色の瞳。

 眉間に皺を刻んだ目つきは鋭く、鍛え上げられた体躯も相まって厳格で恐ろしい印象を受ける。慣れた己の執務室ではあるが、応接用のテーブルで向かい合わせになった相手が王子殿下である事は珍しかった。

 それも、二人揃って。


「時期を見た方が良いと存じます。捜索の許可を出すのは構いませんが…あの奔放な画家を抑えるなら、数名以上は同行が必要かと。」

「言いたい事はわかるよ。今、そんな事に騎士を割く余裕はない。」

「俺達も、騎士団の手を借りるつもりはありません。」

「…と、おっしゃいますと?」

 エリオットは訝しげに目を細めた。嫌な予感しかしない。


「僕が行く。」

「駄目でしょう。」

 即座に否定した。

 騎士の手を借りられないから王子を差し出すなどという馬鹿はこの国にいないのだ。いては困る。そう思いつつも笑顔の騎士団長が浮かんでしまったエリオットは、静かに頭を横に振った。

 ウィルフレッドが困ったように眉尻を下げる。


「俺が行くと言ったんですが、聞かなくて…」

「貴方も駄目です。」

「ウィルは授業も公務も休ませるのに理由付けがいる。僕はいなくても不思議はないからね。」

「そういう問題ではない事くらい、わかっておられますね?」

「だとして、僕が聞かない事くらいわかっているだろう。」

 銀色の瞳を真っ向から見返し、アベルは冷ややかに言い放った。

 エリオットはため息混じりに姿勢を崩して膝に肘をつき、両手を組んで額にあてる。


 その気になればいつでも()()()()()と、そう言っているのだ。


「…護衛騎士を連れて行かないとおっしゃる。」

「できるだけ内密にしたい。」

「私にそれを許可しろと。」

「できないなら放置でもいいけど。」

「…アベル。頼んでいるのはこちらなのだから、今くらい敬語を使ったらどうだ。」

 ウィルフレッドが窘める声を聞きながら、エリオットは顔を上げた。アベルは兄の注意に対しては知らん顔で、「それで?」とでも言いたげにこちらを見ている。


「ご存知の通り、貴方がたどちらかお一人であっても、王都を出るならば陛下の許可が必要です。」

「正確には《国王か王妃の許可》だ。王妃殿下の許可は得たし、陛下にも話をしておくと言って頂けている。問題はないよ。」


 ――セリーナ。あの馬鹿…息子に甘いのもいい加減にしてくれ。


「王妃殿下は……オークス公爵の暗殺未遂があったというのに、許可を?」

「もちろんかなり心配されたけどね。最終的にはわかって頂けた。」

「まぁ、お前にあれだけされたらな…」

 ウィルフレッドが何かを思い出すように目を細めた。

 冷静に語っていたアベルがサッと視線をはしらせて兄と目を合わせる。口止めだろう。ウィルフレッドは心得ているとばかり小さく頷いた。


 エリオットは前傾になっていた身体を起こし、難しい顔で考える。

 王妃セリーナが許可を出したのは、騎士団も認めるアベル個人の実力と、行先がエリオットの領地であるという事も大きいだろう。

 通常ならさほど問題なかったのだが、今は駄目だ。


「…バサム山に現れた敵の事は、お聞き及びのはずです。貴方は対抗手段がありません。」

「報告は聞いてる。殺し屋業であれば行きずりの犯行は考えにくい。僕はあくまで内密に行くんだ。」

「そもそも、アベル様。貴方がなぜそうまでするのですか。ウェイバリーの不敬が気に障ったというお話でしたが。」

「やり過ぎたのはサディアスだけど、元は僕の指示だ。ウィルにも小言を言われたし、少しくらい良い目を見せてやってもいいかと思ってね。それに――例の件は、彼女の意思に沿う方がいいんだろう?」

 にやりと唇を歪めて笑ってやれば、エリオットは一瞬考えた後に目を剥いた。



『お前達のどちらかが彼女を娶る事が望ましい。それは変わらん』

『よろしいでしょう?アーチャー公爵。』

『…私は、娘の意思を尊重するまでです。』



「な、にを…」

「確か、ウェイバリーの画集を持っていたよね。オークションハウスで彼を助けたのも彼女だし、ウィルと見た女神像が見つかったとなれば興味はあるでしょ。報告を楽しみにするよう伝えてくれるかな。」

「殿下、それは…まさか、娘のために…?」

「何の勘違い?僕は陛下の望みが叶えばいいと思っているだけだよ。」

 意味ありげに微笑んでいる第二王子を見つめ、エリオットは愕然とする。

 アベルの瞳はちらりと兄を見やって、驚いた様子がない事を確かめた。ウィルフレッドは穏やかな笑みを保っている。


 ――ウィルにも意図は伝わってるみたいだな。単純過ぎて思う所もあるが、これで公爵の思考は乱れるだろう。冷静に事情を探られる事はないはずだ。誤解が続くようなら事が終わってから適当に解けばいい…もしシャロンに何か言われたとして、彼女も信じないだろう。


 ――顔が思いきり笑ってしまいそうだが、抑えなければ。勘違いだなんて照れて、素直じゃないなぁ。道を思い出すかもしれない俺に行かせないのも、心配もしてくれているのだろうが、嫉妬も混じっていたりして……。


「み…見つかる保証は?ウィル君も娘も迷っていたし、場所はわからないはずだ。」

 焦りのせいかエリオットの敬語が消えた。

 アベルは気にした様子もなく返す。

「見つけてみせるよ。誰も見た事がないならわからないけど、ウィルが《見た》と言ったんだ。必ずあるのなら僕はそれを見つける。」

「アベル…」


 ――そう言われると、俺の方が自信が無くなってくるぞ…。どうしよう。洞窟があってそこから落ちたのは間違いないけれど、あの白くボンヤリしていた物は本当に女性の石像だったのだろうか。何かに布が引っかかっていただけだったりしないよな……。


 ウィルフレッドは人知れず冷や汗を流したが、直後にシャロンが穴へ落ちた事もあって、あの場所で見たものについてはそれ以上詳しく思い出せなかった。

 エリオットは青ざめて「見つけてみせる…そこまで言って……」と呟いている。アベルは彼が勘違いを重ねた事を察したが、あえて突っ込まず放置した。


「さて、どうする?アーチャー公爵。」


 時は既に三月。

 来月には王立学園へ入るアベルには制限時間があり、不在の間に溜まる仕事も片付けなければならない。見つからなかったとしても流石にそれを理解して戻るだろう。

 許可しなければ何日から行くのかも隠され、秘密裏に事が動いてしまう。仮にも王妃が許可した話だというのに無下にするわけにはいかない。実質許可する以外にない。


 行き先はエリオットの領地であるため、そちらで護衛をつける事はできる。迎えに来させればより安全だろう。普段から身分を隠して街へ出ているアベルのことだ、領民に下手に王子だとバレる心配もない。

 ただ、あの画家が一緒にいる時点で道中目立ちそうではあるのだが。


 ――正直なところ、アベル君が出掛けたところで暗殺に遭う可能性は確かに低いだろう。ウェイバリー自身が完全に無害という確証があるわけでもないが、政治的にも性格的にも、彼がアベル君を害する可能性は低い。演技でギルやセリーナにあんな態度を取れるヤツはいないからな…。反対に、サディアス君に命じたという話にはなっているが、アベル君がこの機に俺の領地でウェイバリーを害する可能性も恐らくない。……ギルは、実力を買っているからな……ウィル君とアベル君双方が「そうすべき」と思って行動している以上、否とは言わないだろう。俺の領地でなければ、また違ったかもしれないが…


 エリオットは眉間に深く皺を寄せて考えこんでいたが、やがて視線を上げた。

 アベルの金色の瞳と目が合う。


「…わかりました。捜索中は屋敷を宿泊先としてお使いください。」

「助かるよ。」

「ありがとうございます、公爵。」

 朗らかに笑うウィルフレッドには「危険な香り」というものが全くないのに、双子の弟であるアベルの微笑みには危険な香りしかないように見えた。

 エリオットは渋い顔で目を細め、大事な娘の笑顔を思い浮かべる。


 女神祭の夜会で、アベルと踊った時の事を話すシャロン。


『殿下が、自分だけ見ているといいと仰ってくださったのです。なのでお言葉に甘えてしまいました。お陰でとても楽しく踊れましたし、お父様、途中気付かれましたか?どなたか私を転ばそうとしたようなのですが、それも殿下が守ってくださいました。』


 ダンと共にレナルドと試合をした後、立ち去ろうとしたアベルに声をかけようとしたシャロン。


『ぁ…』


 そんな彼女を振り返り、少し困ったような、けれど優しい目をして笑ったアベル。


『大丈夫だから、安心しろ。』


 第二王子が素の口調で話した事、言葉がなくとも何かが通じたらしい事に驚くエリオットの前で、シャロンは顔を赤くして彼を見送っていた。

 そして、色恋沙汰に無頓着なはずのレナルドが放った一言。


『とてもよくお似合いかと。』


 まだ十二歳の可愛い娘。

 ギルバートとセリーナが国王夫妻でなければ、王子どちらかの嫁になど「勝手に決めるな」と叫んでいたかもしれない。叫んだが。

 アベルが王子でなければ、「娘を狙いたくば俺を倒してからにしろ」と言っていたかもしれない。


「……アベル様。」

「何かな。」

「その《時》が来たら、一度手合わせ願えますか。いえ、娘の意思を尊重したいので……結果がどうという事は、ないのですが。」

「……覚えておくよ。」

 喉まで出かかった「永遠に来ないから安心しろ」を飲み込んで、アベルはため息混じりに返す。

 ウィルフレッドは微笑んだままそのやり取りを見守っていた。




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