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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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22/522

21.彼女が見た彼のこと

 


 十数人の騎士に囲まれているというのに、その少年は笑っていた。


「随分と賑やかだね。」


 入室を許可してすぐ入り込んできた彼らを一瞥し、すぐに視線を戻す。

 紅茶の置かれたテーブルを前に、少年は優雅に脚を組み本を読んでいたようだ。

 騎士が来た事は扉越しに声を掛けられる前から足音で気付いていたくせに、些事だと決めて読書を続けていた。


「申し訳ありません、アベル第二王子殿下。」


 柔和な顔つきの騎士が、腰を折る事なく謝る。

 水色の短髪は右の横髪だけ肩につく程度まで伸ばし、耳の前と後ろでそれぞれ下方を結っている。

 常に困ったように眉尻を下げる彼だけが、他の団員と異なる意匠の団服を着ていた。

 先頭に立つ事からも彼らのリーダーである事が窺える。


「しばらくの間、我々騎士団同行のもと、城内のみでお過ごし頂けませんか。」

「理由は?」

「城下は通り魔殺人が起きており危険ですので、御身を案じての事です。」

 クッ、と。

 短く聞こえたのは間違いなく、第二王子の嘲笑だった。

 彼は読みかけの本を閉じてテーブルに置くと、紅茶に唇を浸した。その嘲笑が自分達に向けられたものではない事くらいは、部屋にいる騎士達は皆理解している。


「ちなみに、最近()()()()()()覚えなどはございますか?」

「――……。」

 笑みを浮かべたまま、第二王子は目を閉じた。

 彼が常に帯剣している事は城中の誰もが知っている。盗まれるなどありえない。


「…なるほど。今回は少々、小賢しいようだね。」


 目を開けた彼は、そう言って水色の髪の騎士を見上げた。

 盗まれたとも、覚えがないとも言わずに。


「さっさと終わる事を期待しているよ、クロムウェル。」

「ご快諾頂き、ありがとうございます。」


 二人はにこりと笑い合う。


「護衛騎士二名、並びにチェスター・オークスも同様の()()となります。貴方が城から出ないのであれば、彼らもまた出る必要はないという事でして。」

「わかった。希望者には家へ文くらい書かせてやってくれるかな。それと…リビー。」

「はっ、こちらに。」

 黒髪の女性騎士が開いたままの扉から素早く入室し、第二王子の前に跪いた。


「少し落ち着け。僕は大丈夫だ」

「………。」

 滲み出る殺気を抑える事もできずに拳を固く握りしめ、けれど彼女は静かに頭を下げた。

 国王の命令による護衛対象などではない。自ら志願し仕える、ただ一人の主へ向けて。

 それを周囲に知らしめるかのように、敢えてその呼称を口にする。


「御意に。我が君」




 ◇




「ふぅ…きょ、今日はここまでね……!」

「お疲れ様でした、シャロン様。」

「ありがとう、メリル」

 今日もヘロヘロになって素振りを終えた私は、メリルが差し出してくれたふわふわのタオルに顔を埋めた。

 差し出されたコップを手に取りゆっくりと水分を摂ってから、どやどやと湯浴みに運ばれていく。


「…宣言。水よ、この手の中に現れて。」


 汗を流されながらぽそりと呟いてみるけれど、なんにも起こらない。

 やはり私は鍛錬で魔力を消費しているみたい……でも、あくまで無意識にだ。使っているらしいと自覚はしたものの、意識しては使えない。


 もし使う魔力の調整が可能なら、もっと速く強く振ったり、脚を強化して高く跳んだり…たくさん応用できるのかもしれない。

 どうしても自力習得が難しそうなら、アベルにまた会えるのを待つしかないかしら。


 湯浴みを終え、淡い桃色のドレスを着て図書室へ向かっていると、何やら玄関の方が騒がしい。

 吹き抜けになっている玄関ホールを二階の廊下からのぞき込むと、団服を着こんだ騎士達がぞろぞろとやってきていた。


 なぜ我が家に騎士団が?

 そう疑問に思った時、騎士達に道を開けられて入ってきた人物に瞠目した。

 赤い短髪に右目の黒い眼帯。間違いない。


「レナルド先生!」

 つい声をあげた私を、団服を着た先生が見上げる。私は急いで階段を駆け下り、困ったような顔で笑う先生のところへ駆け寄った。

 優しい緑の瞳が私を見下ろして。


「こんにちは、シャロン様。」

「せ、先生は騎士団の方だったのですか…」

 てっきり街の稽古場の先生とかだと思っていたわ!

 私が混乱していると、ちょうど屋敷の奥からお父様とお母様が出てきた。お父様が僅かに眉を上げる。


「む、言っていなかったか?」

「そうね~、たぶん言ってなかったわよ。」

 お二人に用があってレナルド先生が来たのね。

 なんて考えていたら、先生と騎士達は二人に向けて一斉に跪いた。


「あらあら、大仰ね。」

「此度は急な訪問となり誠に申し訳ありません。お時間を頂けるとの事、ご協力に感謝致します。」

「先に一報頂けたので問題ない。部屋は用意してある。こちらへ」

「はっ。」

 顔を上げて立ち上がるレナルド先生を見つめながら、私はぼんやりと「そういえば先生も赤髪だわ」と思った。



 アベルルートのラスボスである、革命軍の戦士。

 イドナと名乗った彼はアベルよりいくつか年上に見えるし、眼帯もなければ瞳は銀色なので、同じ赤髪でもレナルド先生ではありえない。


 ただ、家族を戦争で失っている。


 その怒りの声は、アベルとの激しい戦闘音でかき消されてしまって、ほとんどヒロインまでは届かない。

 しかし途切れ途切れに聞こえるのだ、彼の家族はアベル達を守ろうと戦い、死んだのだと。


 騎士の遺族ではないかというのが、ファンの見解だった。



 だからもしかすると、レナルド先生に弟がいたら。

 ゲームには出てこなかった先生が、戦争で命を落としていたのなら…


「シャロン、お前も来なさい。」

「はい、お父様。」

 呼ばれた事には驚いたけれど、すぐに返事をして後に続く。

 まさか騎士を連れてまで、私の剣術修行の話ではないでしょう。

 一体何かしら…。


 応接室では、お父様達の向かいにレナルド先生が座っている。私はお母様の隣に座った。

 レナルド先生の後ろに控える二人の騎士は、板に固定した紙にペンを構えている。腰にはインク壺を入れたベルト。この面談の記録係なのだろう。


「ではまず、シャロン様。」

 そう言って私に向き直るレナルド先生に驚いた。

 まず私なの?本当に何の話を、


「アベル第二王子殿下、およびチェスター・オークスがこちらに来た日取りと時間を、覚えていらっしゃいますか。ここ一ヶ月ほどの間で構いません」

「……?えぇ、覚えております。」

 だって、片手で数えられるほどしか来てないもの。

 私はランドルフが横から差し出してくれたカレンダーを見ながら、日取りと大体の時間帯を伝える。


「第二王子殿下の護衛騎士はご存知ですか?ロイ・ダルトン、そしてリビー・エッカートという者達なのですが。」

「…ダルトン様は城の門でお見かけしました。エッカート様は、この日に第二王子殿下を迎えに、屋敷の門前までいらしています。」

 本当に彼らかどうか外見の特徴を伝えると、レナルド先生は「確かに。」と頷いた。

 言い知れぬ不安が胸にうずまいていく。


 私は一体、何を聞かれているの?


「下町に行かれた際の行動をお教え頂けますか?」

 まるで取り調べかなにかのよう。

「別れて行動なさった時はありましたか?」

 どうしてそんな事を聞くの?

「それは街のどの辺りで、どれくらいの時間でしょうか。」

 何が起きているの。


「アベルに…何かあったのですか。」

 つい敬称をつける事も忘れて、私は聞いてしまった。

「ご心配なさるような事は、何も。大丈夫ですよ。」

 レナルド先生はにっこりと微笑んでそう言う。子供を安心させるための、大人が気遣って作る微笑みだった。

 大丈夫とはとても信じられなくて、私は膝の上に置いた手をぎゅっと握る。


「シャロン様、素振りは順調ですか?」

 レナルド先生が聞いた。

 きっと、私の気を紛らわせようとして。


「…はい。本日は四千八百と七十八…もうすぐ先生のおっしゃった所へ届きます。」

 すぐには気も紛れなくて苦笑いになってしまったけれど、状況をきちんと先生に伝えた。

 緑色の瞳はきょとんとしている。


「……既にそこまで?」

「えぇ、お待たせしてしまって申し訳ありません。」

「…これは、また。流石はお二人のご息女です。」

 レナルド先生は苦い顔をしてお父様とお母様をちらりと見た。

 既に、とおっしゃって頂けるという事は、実は結構すごい記録なのかしら?

 無意識だったけれど、魔力の補助があるものね。本当はもう少し時間がかかるものなのかもしれない。

 お父様は渋い顔で顎を擦った。


「私は、あまり危険な真似はしてほしくないのだが…言い出したら聞かないからな。」

「まぁまぁ、可愛い子は自ら冒険しちゃうものよ~。そうやって夫を捕まえてくるんですから。」

 捕まえるとは…お父様誘拐事件の話だろうか。

 お父様はぶんぶん頭を横に振る。


「いや、夫を捕まえて来ては困る!まだ十二歳なんだぞ!」

「恋の始まりに年齢なんて関係ないわ~。ねぇ、シャロンちゃん?」

「えっ!そ、そう……なのでしょうか?」

 私にはまだちょっとわからない話だ。

 確かに前世では乙女ゲームをプレイしていたけれど、あくまでヒロインと攻略対象の恋愛小説を読むような気持ちだったし。


「話題を戻してしまい恐縮なのですが…」

 顎に軽く手をあて、レナルド先生が申し訳なさそうな声で言った。

 私達が彼に視線を戻すと、こほん、とひとつ咳をする。


「…シャロン様から見て、殿下の街の人への態度はいかがでしたか?」

「態度ですか?特に気になった事はないですけれど…。お店の人に聞いて答えてもらったら、そこの商品を買ったり。酒瓶を投げられても、怒ったりはなさらなかったですし…」

 ここまでの話で既に伝えた事を、改めて言う。

 王族である事を鼻にかけるような人だったら、全く違う行動をとっていたはずだ。


「基本的には優しい方ですから、街の方も好意的でした。…酔っていた方は除きますけれど…。」

「……優しい方、ですか。」

 左目を細めて、レナルド先生はぽそりと繰り返した。

 私はもちろんです、と頷いてみせる。


「越えてはいけない線を越えれば、容赦はしないでしょうけれど。」


 緑色の瞳が、はっとしたように私を見た。


「でも、こちらが越えなければ、心の広い方だと思います。そして越える時は…こちらが、道を踏み外した時なのでしょう。」

「……何か、見たのですか?」

 レナルド先生が静かに聞く。

 私は首を横に振った。


「殿下は、私の我儘に付き合ってくださっただけです。何をお調べになっているのか、私にはわかりませんが……真実が明らかになる事を祈ります。」

 本当は、何を調べているのとはっきり聞いてしまいたい。

 でも答えてはもらえないだろう。

 この国の王子に関わる事であり、たとえ公爵家の者であろうと、私は十二歳の子供でしかないのだから。


「貴女のお気持ちはわかりました。我々も、真実を見つけ出す事に尽力致します。…ご協力ありがとうございました、シャロン様。」

 レナルド先生が微笑む。

 私はぺこりとお辞儀をしてお父様とお母様を見上げた。


「では、お父様達はまだ話があるから。お前はもう部屋に戻りなさい。」

「……はい、お父様、お母様。」

 仕方ない。

 私は立ち上がり、レナルド先生と後ろの騎士達に向けて礼をする。


「失礼致します。」

「えぇ。…目標達成、楽しみにしております。」

 先生の言葉に微笑みを返して、部屋を後にした。


 ――それで終わる私ではないわ。


 扉を閉じて、コツコツと廊下を歩いてから……靴を脱いで忍び足で戻る。

 そして扉に耳をつけて、


「シャロン様?」


 ……メリルが、にっこり笑ってこちらを見ている。

 私は素早く自分の唇に人差し指をあてた。


「はい、お部屋に戻りますよ~」

「いやぁぁあああ!」


 子犬のように脇に抱きかかえられて、私は無念の強制退場となったのだった――…。






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