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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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219/525

218.できれば次の人生は ◆

 



 アベルの死体は見つからなかった。



『ま、そうだよね。』


 崩壊した玉座の間から瓦礫が撤去されても、大量の血痕だけが残っていた。

 戦いで傷ついた城の修復作業が進んでも、私達の傷が癒えても、新しい王が誕生しても。


『俺なんかの剣であの人が死ぬわけない。』



 彼は生きていると、チェスターは信じていた。



『戻っては来ないんだろうけどね。姿を消すためにやったんだろうし』

『……探しに行くの?』

 聞くと、チェスターは悲しい顔で微笑んだ。


『私も行く!』

『駄目だよ』

 ぎゅっと抱きついた私の耳に、優しい声が届く。

 背中に回った腕は私を抱きしめ返してくれた。もうすっかり慣れてしまった彼のぬくもりを失わないように、私は身を寄せる。


『アベル様を止めるって目的は果たしたんだから、君はもう俺といるべきじゃない。』

『どうしてそんな事言うの…』

『俺は王子殺しの大罪人だ。本当なら名乗り出て極刑を受けないといけないのに、我が身可愛さにまだ隠れるつもりでいる卑怯者。』

『…我が身可愛さ…?そんなの嘘。だって、アベルを探すのはっ!』

 泣いてしまいそうだ。

 声が震えるのを必死に堪えて、ただ目の前の人を失わないために唇を開く。


『…殺して、もらうため、でしょ……?』


 ちゃんと覚えている。

 壊れていく玉座の間で、貴方が叫んだ事を。



 ――俺は……貴方を止めて、それで、アベル様に殺されるために、ここまで……!



 貴方はずっと、死にたがっていた。

 他ならぬアベルの手で、殺されたがっていた。それが、六年前にした約束だったから。


『でも、アベルはもう、貴方を殺さないよ……。』


 たとえどこかで生きていたとしても。探し出せたとしても。

 だってあの時、彼は答えをくれていた。


 ――ウィルはお前の死を望まない。


『……けど、俺は…』

『貴方を頼むって言われたの。アベルに。』

 言葉にする事で、私自身にも決意が漲っていくようだった。

 抱きしめていた身体をそっと離して、今にも涙が落ちそうな瞳を見上げる。


『俺はね、カレン……望んでないんだよ。』

『わかったって言ったの、私は。』

 最後の最後、瓦礫の向こうで笑ってくれたアベルに。

 託されたし任された。城を脱出した時のように、たとえ嫌がられたってこの手を引っ張って行く。


『あの人を失って俺が残るなんて、そんな結末(こと)許されない。』

『私にアベルとの約束を破らせないで。』

 これは彼が望んでいる事でもあるのだと、私はチェスターの目を見て言い聞かせる。

 私の大好きな、優しい茶色の瞳が揺れていた。


 そっと手を伸ばして頬に触れる。

 大丈夫、ずっと傍にいるから。

 どうか選んでほしい。


『一緒に生きよう、チェスター。』


 流れ落ちた透明な涙が、私の手を伝った。

 縋るような口付けを受け入れて、

 いつまでも、どこまでも。


 貴方といられるのなら。





『……本当に、俺でいいの?』


 一緒に生きると決めて、翌朝。

 まだそんな事を聞いてくるチェスターのおでこを、ちょん、と指で小突いた。


『チェスターじゃないと、嫌。信じられない?』

『…ううん、信じるよ。ありがとう、カレン。』

『ふふ』

 こうして笑い合えるなら、何度だって伝えられる。

 強く抱きしめて、優しいキスをして、私がどれほど貴方を愛しているかって――


 コンコン。


 宿の扉がノックされて、私達は顔を見合わせる。

 誰だろうと思う間もなく開錠の音がして、あっさりと扉が開いた。


『やぁ、おはよう二人とも!』

『あ、アロイスさん!?どっどうしてここが…か、鍵は!?』

『もちろん、宿のご主人が気前よく貸してくれたよ。』

 そんな馬鹿な!とは思うものの。

 私もチェスターも、今更この猫面をつけた「自称謎の男」に、いちいち突っ込む気は起きない。


『そんな事より、これからここに騎士が来るようだよ。』

『騎士…!?』

『おっと、逃げない方がいい。君達は彼らの話を大人しく聞くと良いだろう。今日はそれだけ伝えに来たんだ。』

『どういう事?』

 チェスターが聞き返したけど、アロイスさんは笑っただけだった。

 お面に空いた真っ暗闇の目から私達をじっと見て、頷く。


『忠告もこれで最後――縁があれば、また会おう。』


 アロイスさんの姿が消えて、後には私達の部屋の合鍵だけが落ちている。……返しておいてねって事、だろうなぁ。

 私は鍵を拾ってテーブルに置いた。


『どうする?チェスター。私は信じてもいいと思うけど…。』

『……そうだね。念のために隠れてて、って言いたい所なんだけど。』

『一緒にいる。』

『そう言うと思ったよ。』


 それから、ほんの数分。

 荷物を軽くまとめ終える頃には、次のノックが聞こえていた。


『お久し振りですね、オークス公爵家のチェスター様。』

『…はい。』

『随分長い行方不明でしたが……貴方は、公爵になる事を望みますか?』

『……!あり得ません。俺にそんな資格ない。』

『よろしい。では、名を変えて生きてみますか?』

『…それって……』


 予想外の申し出に、私達は顔を見合わせた。

 チェスター・オークスは行方不明者から死亡者へと変わる。けれど、家名を変えるなら何事も別人として受け入れると。


『陛下が与えた選択肢です。取るも取らないもご自由に。』

『――…ありがとう、ございます……。』

 チェスターの腕に触れて、目を合わせて、私達は騎士さんに頭を下げた。



 まだこれから先、大変な事が沢山あるんだと思う。

 それでも何度だって乗り越えて、二人一緒に生きていく。生きていけるんだ。


 この、ツイーディア王国で。





 ◇





『なに、それ。』


 ようやく出た言葉。


『ただの事実です。』


 ティム・クロムウェル騎士団長は、そう言って椅子の背もたれに身を預けた。

 軽く軋む椅子の音を聞きながら、俺は団長室に突っ立っている。


 いや、いや。

 ちょっと、待ってよ。


『あの、シャロンちゃんが…そんな風に殺され……、っ。』


 吐きそうになって、口を閉じた。

 嫁入りのために旅立った彼女が襲撃され、殺されてしまった事は知っていた。でもまさか、そこまで惨い殺され方だったなんて。

 カレンには言えない――言えるわけがない、こんな事。


『何、の、恨みがあって……』

『ありませんよ。恨みなんて』

『え……』

 クロムウェル騎士団長は、水色の瞳で俺を見る。

 俺と違って、最期までアベル様を助けて死んだ彼と…同じ色で。


『その後クリス・アーチャーは気が狂い……どういうわけか、アベル様への怨嗟を吐き続けながら死にました。アベル様には、そこまで伝えませんでしたけどね。』


 そんな


『娘の仇を討とうとした閣下は、敵のスキルを受け……夫人と自分の部下、全員をその手で嬲り殺しました。正気に戻りそうになかったので、レナルドが討ち……それで、アーチャー公爵家は全滅です。』


 そんな事って、あるかよ。


 優しかったあの子が、ずっと俺達を心配してくれたあの子が。

 どれほど苦しんで、痛い思いをして、辛い中で。

 残された家族まで…


『じゃあ……アベル様が、あの国を襲ったのは…』

『純然たる敵討ちです。』


 もう疲れたと、そう零したアベル様の顔が頭に浮かんだ。

 一体どんな気持ちでいたのか、想像するより早く涙が溢れ出す。嗚咽が漏れて唇を噛んだ。


『世間で言われているような開戦理由ではないですし、あちらの民を見せしめに虐殺したというのもガセ。……まさか、そこまで信じていたわけではありませんよね?』

『そう、ですけど…なら何でアベル様は、俺達にそう言ってくれなかったんだ。』

 虐殺なんてしないって事くらいわかってた。

 噂されてるような理不尽な理由で、同盟国を攻めるような人じゃないって事も。


 だから、「何でだ」って聞いたのに。

 貴方ははぐらかすばかりで、教えてくれなくて。


『何で……』

『それは私が答えられる事ではありませんが……これ。』


 ぱさりと、封筒が放られた。

 懐かしい筆致でクロムウェル騎士団長の名が書かれ、既に破られた封蝋は金色。腕で涙を拭って、俺は入っていた紙を取り出した。


『貴方が断ってくれて良かったですよ。』


 なんだ…?


『それ、使いたくなかったので。』


 ふざけんな、


『喜んで受けるとか言われたら、殺さない自信が無かっ』

『何だよこれ!!』


 机に紙を叩きつけた。

 ぐしゃぐしゃに破り捨ててしまいたいのを堪えたのは、アベル様の字だったから。

 だけど許せるはずがない。こんなものは。


『見ての通り、自供書です。』


 落ち着いた様子で、クロムウェル騎士団長は俺を見上げた。

 冷めた目。サディアス君が生きていたら、同じように俺を見ただろうか。


『それによれば、六年前に起きたウィルフレッド第一王子暗殺事件は、当時の第二王子、アベル皇帝陛下の仕業だった。』

『違う』

『運悪く目撃者となった従者、チェスター・オークスは長きに渡り監禁され…』

『違う、俺が殺したんだ!!俺が……!』

『そうです。だからアベル様はこれを書いたんですよ。』

 白手袋に包まれた長い指が、嘘だらけの自供書を叩く。困ったような顔で彼は微笑んだ。


『貴方が望むなら、オークス公爵家を再興できるようにね。』


 ふざけんな。

 俺が、貴方にそんな事を書かせてまで、望むと思うのかよ。

 貴方にとって俺は、そんなに浅ましい奴だったのか。


『それ、私宛の手紙も入ってたんですけどね?チェスターが怒るから、自供書の存在は言うなと。』

『は……なにそれ…』

『私がうまく手を回した事にしろと……無茶、言いますよね。』


 言葉を失って、俺は片手で両目を覆った。

 やりそう。

 こんな、自分が全部被るような事。

 アベル様がやりそうだし、言いそう。ふざけんな。絶対に許さない。


『それと、これは私が思って言った事にしろって言われてるんですけど。』

『まだあるんですか…』

『《貴方はアベル様の望みを叶えたんですから、それを罪に思う必要はありませんよ。》』

『……馬鹿じゃないの、あの人……』

『大事な時にこそ周りの気持ちがわからないんですよね。まぁ、私は貴方よりずっと早く()()()()知っていて、何度説得しても駄目で…最終的には意思を汲んで、見送りました。』


 見送った。

 その言葉の意味を、考える。

 手を離すと、クロムウェル騎士団長は俺を真っ直ぐに見据えていた。


『貴方達とアベル様の戦いは、この目で見ていました。』

『……スキルですか。』

『便利ですよ、《遠見》と《念写》のコンビ。』


 何が言いたいか理解してしまう。

 死体が見つからなかったなんて――嘘だったんだ。


『アベル様のご遺体は、リビー・エッカートが埋葬しました。』


 告げられた事実が、心臓に重くのしかかる。



 貴方はもういない。



『場所を確認して魔力も切れたので、彼女の帰りを待ちましたが……』

『…帰ってこなかった。』

『えぇ、墓前で自死していました。らしいっちゃらしいですね。』

 リビーさん……アベル様が瓦礫に潰されるのを、防いでくれたんだな。


『墓の場所はいつか教えますから――…精々それまで、死なない事です。』


 俺は……俺達は、何ができるだろう。


『それは、死ねませんね……。』


 アベル様は、俺にどう生きてほしかったんだろう。


『ちなみに国王陛下が貴方に会いたいそうですが、どうします?』


 生かしてくれた貴方に恥じないように、生きられるかな。


『…御心のままに。俺は、この国の民だから。』


 どうするべきなのか、具体的な事はまだわかんないけど……カレンと一緒に、生きてみるよ。

 貴方が守ろうとしたこの国で、


 貴方が殺さなかった命が、自然に尽きるまで。






 ね、夜空で一番光る星。

 気が向いたら地上に戻ってきてよ、できれば俺が死ぬ前に。


 言いたい事が沢山あるんだ。

 ありがとう、ごめんね、この馬鹿主、わからずや。


 戻らないなら迎えに来てよ、できれば俺が死ぬ時に。


 その後の話を沢山するから。

 国のこと、皆のこと、それから馬鹿げた歴史書を、一緒に読んで笑ってよ。

 俺が潰してやったんだって、偉そうに言うからちょっとは褒めて。


 それで…それでさ。

 貴方が生かした俺がどんなに幸せだったか、伝えるから。




 できれば次の人生は、貴方が誰より救われてよ。






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