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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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217.振り回すな




「アベル様、ホラ、あれですよ。君影の…」


 チェスターがヒントを出してようやく、アベルは「例の件」とやらに思い当たったようだった。


 私も何の話か理解する。

 アベルがお見合いする事になったとリビーさんが言っていたけれど、その相手はどうやら君影国のお姫様だったらしいのだ。既に噂は届いている。

 見合いと言えど初対面。国同士の交流の一環でもあり、形式的な顔合わせのようなもので、つつがなく終わった、と……。


 それが本当らしく噂は流れていたものの、アベルのお見合いが噂になるなんてまずなかったから、当然尾ひれがついただろう話もいくつも届いていた。

 大人しく愛らしい姫様は、アベルの恐ろしさに見た瞬間泣き出してしまわれたとか。

 見合いを望んだのはアベルの方だけど、年上の姫様はまったく相手にしなかったとか。

 嫌がっていたはずの姫様は、見合いの後はアベルを呼び捨てにするほど親し気だったとか。

 姫様は自分の従者に色目を使うような女性で、アベルは呆れて一言も喋らなかったとか。

 むしろ、従者に嫉妬してその武器を叩き折ってしまったとか、殺してしまったとか。


 ……まぁ、まぁ。

 突っ込みどころは多いけれど、アベルに関する噂が混迷を極めているのは、今に始まった事ではない。そして王都襲撃の翌日なんて普通お見合いの日に選ばないから、きっと前々から内密に決まっていたのでしょう。

 つまりゲームのシナリオでもそのお見合いは行われたはず。それで結局アベルは婚約しなかったのだから、最初に聞いた時に驚きはしたものの、結果を知っている私としては、それ以上どうこう考える事もなかった。


「確かに、君の事だから気になっていただろうと思うけど」

 私、そんなに噂好きに見えるかしら。

 アベルのお見合いを面白がるつもりなんてないのに…。


「従者の方が持っていた上等な刀はもう無くてね。短い護身刀でよければまだ持ってるはずだよ。公爵を通じて面談を打診すれば、君だったら会えなくは――」

「待ちなさい、アベル。そうじゃない」

「なに。」

 静かに手のひらを向けたウィルに、アベルが僅かに首を傾げた。ウィルは腕を引っ張ってぼそぼそと耳打ちを始める。

 えぇと…私が刀を見たがるだろうと思って、今の話をしてくれたのかしら?


 他の二人を見てみたら、サディアスは気にした風もなく平静で、チェスターはテーブルに肘をついて組んだ手を額にあてていた。ちょっぴり震えているから、笑いを堪えているのかもしれない。

 解放されたアベルはイマイチわからないという顔で瞬き、私を見た。


「彼らを街で見つけたのが僕だから、最初に面談しただけ。応接室の予約を人任せにした結果、書類上は見合いという名目になってたけど。」

「そうだったの?てっきり、前から決まっていたお見合いだとばかり……」

「僕が?するわけないでしょ。」

 そう言われてしまうと、そうなのだけれど。

 私は困り顔で片頬に手をあてる。ウィルが苦笑した。


「ほら、誤解があった。ちゃんとお前の口から説明して良かっただろう?世間的には「見合いだった」という話になってしまっているのだから。」

「そうだけど……仮に見合いだったとして、彼女には関係ないよね。」

「か、関係なくは、ないだろう!?」

 ウィルが裏返った声を出して、またひそひそと何か耳打ちしている。

 陛下が、と一言聞こえてしまったから、私は貴族の序列通り、彼らの婚約者候補には名前が挙がっているのだろう。

 僅かに片眉を上げたアベルはちらりと私を見て、ウィルを見て、「まぁ、そうだね」と呟いた。


 そういう事に関係ないと、貴方に思われている事くらい…わかっているのだけど。


「……じゃ、俺とお見合いでもしてみる?」

「「「は?」」」

 チェスターの唐突な冗談に、三人の声が綺麗に重なった。

 紅茶の水面を眺めていた私は視線を上げる。悪戯っぽい笑顔を見たら、自然と頬が緩んだ。


「君は我が家の大恩人だし、ジェニーも君が大好きだし、どう?割と相性バッチリだよね、俺達。」

「ふふっ、そうね。…それもいいかも。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、シャロン!その、あの…っ!」

「はぁ…冗談にしても弁えたらいかがですか。」

「えっ!冗談なのか!?」

 ウィルが顔を赤らめて焦っている。

 ついころころ笑っていたら、アベルにじろりと睨まれてしまった。…ごめんなさい。私はスッと令嬢の微笑みを取り戻した。



 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、皆と一緒に玄関ホールへ向かう時、私は小声でチェスターを呼んだ。少し聞きたい事があったから。

 チェスターが歩調を緩めて私に並ぶ。


「どしたの、シャロンちゃん。」

「ジェニーは大丈夫だった?」

「……泣きながら怒られちゃった。」

 少しだけ眉を下げて、チェスターは笑った。

 彼がリビーさんと合流するために家を出る時、ジェニーにはご両親の襲撃の可能性を伝えなかったのだ。きっと動揺して、屋敷の使用人にも伝わってしまうだろうから。


「自分も強くなるって言ってたよ。俺が困った時、一人で無茶しないように。相談してもらえるように……君みたいに。強くなるんだってさ。」

「そう…」

「学園までは封じっぱなしの予定だった、魔法の事も。今のうちからちょっとずつ学べないかって言い出してる。」

 自分の魔力でチェスターを傷つけてしまった事を、あんなに恐れていたのに。

 今はもう、その力に向き合おうとしているのね。

「頼もしいわね、チェスター?」

「はは、ほんとに。」


 私みたいに、か……。

 ジェニーがそう思ってくれるなら、私ももっと頑張らないとね。


「ちょっと、いいかな。」


 声の方を見ると、少し不機嫌そうなアベルが私達を見ていた。

 ウィルとサディアスはもう馬車の傍に着くところ。チェスターがにやりと笑って、「じゃあね、シャロンちゃん☆」とウインクしてからアベルにお辞儀し、馬車へ向かう。


「三日後は?」

 私が隣へ並ぶなり、アベルは他の人に聞こえない声量でそう言った。

「大丈夫よ。」

 また来てくれる。そう思うとふわりと心が浮き立つようで、胸元に片手をあてた。今日もそこにある、小さな石の感触。

 その時には私、お礼が言えるわ。帰ってこられたのは貴方のお陰だと。


「わかった。それと……あまり、ウィルを振り回すな。」

「ふふ、ごめんなさい。おろおろしているのが少し可愛くて。」

 笑ってしまった事を謝っているのに、ついまた微笑んでしまう。颯爽とした王子様のようでいて、その実とても可愛いのだ。私の幼馴染みは。

 アベルは呆れたようにため息を吐いた。




 ◇




 王都ロタール東門。


 今しがた到着した大型の荷馬車から、一人の男性がひらりと飛び降りる。

 サングラスをかけた彼は大きく手を振り、それを見て駆け寄って来た少女に笑顔を向けた。


「ハァイ!お久し振りですねェ~、お嬢様!」

「久し振りね、フェル!どう、元気でやってた?」

 少女はウェーブがかった薄茶色の髪を編み込んでハーフアップにし、そばかすのある頬に軽く白粉を乗せている。朱色の瞳に丸眼鏡、令嬢らしからぬ粗雑な仕草。

 ユーリヤ商会のお嬢様、ノーラ・コールリッジ男爵令嬢だ。


「それは勿論!ばっちりでございますとも、えェ!」

「…あんたにそう言われると、逆に不安になってくるわね。」

 八重歯輝く笑顔で揉み手をする男性、フェルへ疑いの眼を向けつつも、ノーラは「まぁいいわ」と軽く流す。後ろを向いて手招きすると、建物の影から子供が二人飛び出してきた。

「食らえ!魔獣フェル!!」

「くらえー!」

「がはっ!!」

 今年で五歳と七歳になる兄弟の体当たりが腹部に突き刺さり、フェルが仰向けに倒れ込む。のしかかって「やっつけたぞ!」と騒ぐ二人を、ノーラが慣れた手つきで引き剥がした。


「こーら、やめなさい!」

 最近子供達に流行っている遊びは魔獣退治ごっこらしい。

 つい先日は「魔獣サディアス」に返り討ちにされていたけれど、すぐ疲れてしまう「魔獣ノーラ」よりは楽しい相手なのだそうだ。

 ちなみに彼らの設定では「アベル隊長」が上司にあたるらしいが、隊長が現れると魔獣退治ごっこそっちのけで絡んでいるので、隊長が魔獣と戦った事はない。


「久し振りだな、フェル!ちゃんとご飯を食べないからそうなるんだぞ!」

「だぞっ!」

 シュシュッと拳を前に繰り出す兄弟は、ふわりとした赤紫色の髪と瞳をしている。

 小さい身体にぴったり合うよう作られた制服には、トゲトゲの葉に赤くて丸い実をいくつもつけた、センリョウの絵が刺繍されている。これはユーリヤ商会のシンボルマークであり、フェルが着ている制服にも縫い付けられていた。


「いやァ、相変わらず元気が溢れ返ってますね。」

 背中が土まみれになっただろうに、さして気にした風もなくフェルが身を起こす。

「接客についてはキチンとしてるのよ、これでも。」

 彼が後ろで高く結った髪から適当に土を掃い落とす間に、ノーラは地面に転げていたサングラスを拾ってやった。兄弟は荷馬車に積まれた商品に興味津々だ。


「ありがとうございます、……何かついてますか?」

 立ち上がろうとしたところで顔を覗き込まれ、フェルは片膝立ちの姿勢で首を傾げる。

 自分より大きな手のひらにサングラスを乗せながら、ノーラは「何でもないわ」と頭を横に振った。商売的に、サングラスを外した方が胡散臭さが減って良い……とは、既に何度もした話である。今更聞かないだろう。

 フェルは黒い瞳の上からすちゃりとサングラスをかけ、立ち上がった。細い眉を下げてにこりと微笑む。


「次にお会いするのはご入学されてからですねェ、ノーラお嬢様。」

「そうね、あとほんの一月ちょっと。」

「殿下とサディアスもでしょ?」

「いっぱいあえるんだよね、ねっ!」

「今よりはね。」

 跳ねるように戻ってきた兄弟の頭を撫で、ノーラはそう返す。

 城に住んでいる王子殿下に会うよりも、学生寮に住んでいる王子殿下の方が会いやすいだろう。兄弟は顔を輝かせて二人の周りを駆けている。


「ちゃんとフェルの言う事を聞くのよ?」

「「はーい!」」

「…ホントにわかってるのかなぁ……。」

「ハハハ、まぁ何とかなりますよォ!元気出していきましょ、お嬢様!」

 どこから出したのか、フェルが小さい鈴をチリチリと鳴らした。

 ノーラは笑って彼を見上げ、ふと、アベルに言われた事を思い出す。


「フェル。向こうであんたと同じ黒髪の男の人、見かけたりした?」

「はァ、黒髪ですか。それなりには見ましたよ?」

「そうよね……アンソニー様だって黒髪だし、クローディア様もそうだし、別に珍しくないもんなぁ。」

「何かあったんですかァ?」

 鈴を袖口にしまい、フェルがこてりと首を傾げる。

 ノーラは難しい顔で唸って人差し指をこめかみにあてた。


「詰所に探し人として掲示されるのよ。名前なんだったかな……そう、確か」

「ノーラ見てー!ヘビ!」

「へびー!」

「んぎゃぁあああッ!!」

 屈託のない笑顔でヘビを振り回す兄弟に追いかけられ、令嬢らしからぬ悲鳴を上げながら走り出す。


 それ剥製ですよォ、というフェルの声が耳に届く頃には、話の内容などすっかり頭から飛んでしまっていた。





なんと今回で百万字になりました。

長い話をお読みくださりありがとうございます、目の休憩はしっかり取ってください。


書き始め当初は百話くらいで第一部が終わると考えていたので、なぜこうなったのか未だに首を捻っています。


ブクマ、ご評価、ご感想本当にありがとうございます。すごく励みになっております。

進展がのんびりした物語ですが、気が向いた時にでも覗いて頂ければ幸いです。


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