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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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207.そんなザマでは

 



「…どうにもならないんだよね。これは」

「ならぬ。」

 エリはきっぱりと返した。

 余計な希望など持たせない。誰のためにもならないから。


「その段階に至る前であれば、弱いモノならまじないで追い払える事もあるが……そなたに憑いておるモノはかなり手強い。しかも、成長しているのだろう。」

「…あり得るのですか、成長など。」

 ヴェンが困惑に眉を顰め、ぼそりと聞いた。

 聞いた事のない話だったが、エリは思い当たる事があるようで小さく頷いた。


「死の直後、まだ自覚のない魂を、君影の秘術で他の身体に移した場合。器とした身体に定着するまで時間がかかり、緩やかに魂としての力を目覚めさせていく。それを成長と呼ぶなら、あるいは。」

「エリ様、それではまるで…!」

「失われた術じゃ。」

 まるで君影国の者がツイーディアの王子を陥れたようだと、焦ったヴェンの言葉をエリが遮る。


「遥か昔のこと。そんな事もあったらしいと、伝承が残るだけのものじゃ。術者が死んでしまう程に気を…おぬしらの言う《魔力》を使うとも言われておる。」

「…不審死が無かったか、調べておく。ありがとう」

「それだけのモノに耐えるおぬしへの敬意と思うがよい。無論、秘術については内密にな。」

「わかった。」

 潔く自らの未来を受け入れるアベルを、ヴェンは眉を顰めて見つめていた。

 昔から殺気を感じていたという。

 いつか壊れると思っていたという。

 一国の王子とはいえ、まだ年若い少年であるのに。


 ――…哀れな。


 せめて彼が望む時、痛みもなく一瞬で死ねるようにと、祈らずにはいられない。

 ヴェンを相手に無傷で立ち回ってみせたこの少年の身体が奪われれば、必ず世は混乱するだろう。



「話を聞けてよかった。…何か僕にできる事があれば、手を貸すけど。」


 アベルの申し出に、エリとヴェンは顔を見合わせた。

 元々、聞き込みに限界を感じて騎士団の手を借りるべきかと話していたのだ。エリは頷き、背筋を伸ばして居住まいを正す。


「わらわ達は、兄様(あにさま)を探しておる。」

「エリ様の兄君……アロイス様です。」

「聞いた事のない名だ。兄という事は、君影の王子か。」

「長兄じゃ。もう八年も前に国を出てしまったが。」

 それはまた随分と今更な話だ。

 アベルは瞬き、顎に軽く手をあてる。姫であるエリ自らが護衛一人しか連れずに探すとは、君影国にも色々と事情があるのだろう。


「年明けに国の占術師が占ったところ、生きてツイーディア王国にいらっしゃる事がわかったのです。自分とエリ様は、道中でアロイス様を見かけていないか聞きまわりながら、この王都までやってきました。」

「外見は?」

「わらわと同じ黒髪じゃ。何より、兄様の目は一度見たら忘れられぬ。」

「目…瞳の色が特殊だと?」

「うむ。フクザツな事情ゆえ詳しく言えぬが…世にも珍しき瞳をしておられるのじゃ。」

「――…白いとか?」

 瞳が特殊と聞いて真っ先に浮かぶのはそれだった。

 アクレイギア帝国の第一皇子、ジークハルトの瞳の色。瞳孔が目立つがゆえに多くの人間が恐れ、忌避していた。

 アベルの問いに、エリは首を横に振る。


「なら、オッドアイ?」

「それとも違う。詳しくは言えぬ」

「話にならないね。そんな情報では探せない」

「む……と、歳は二十八…今年で九になるかの?ヴェン。」

「はい。」

 わかっているのは名前と年齢、髪色、瞳が特殊であること。

 アベルは君影国の二人を見比べた。防音の魔法について知らない様子だった、二人を。


「そのアロイスという男、魔法の才はあったのかな。」

「うむ、水撒きの術も乾かしの術も上手じゃった。すごかったのが、アレじゃ!暗闇の術と光の術を合わせてな、真っ昼間の部屋に夜空を作ってくれた事がある!」

「火は?」

「そんなもの一発じゃ。兄様が袖を振ればほどよい焚火ができる!わらわに芋を焼いてくれたぞ。」

 エリは興奮した様子でぶんぶんと手振りしながら語っている。

 国同士の戦争に巻き込まれずにいる君影国では、魔法は基本的に生活の一助となるものなのだ。ツイーディア王国の民とでは使用方法の認識がだいぶ異なる。


 ――つまり、苦手はないという事か。複数属性、それも光と闇の同時発動もできると。


「…姿を変える魔法が存在する事は、知ってるかな。」

「へっ?」

 笑顔のままぴしりと固まって、エリが聞き返した。ヴェンも軽く目を見開いている。知らなかったらしい。


「かなり難しい部類で一般的ではないけど、そちらで言う《暗闇の術》と《光の術》の合わせ技だ。違う顔立ちに見せたり、色合いを変えて見せる事ができる。」

「な、何じゃと…」

「瞳の色が特殊だというのなら、もしかしたらそれくらいは習得したかもしれないね。」

「そんな事されては兄様がわからぬではないか!」

「可能性の話だよ。」

「警備はどうしているのです?」

 ヴェンは眉根を寄せて聞く。

 もし魔法で変装できるのなら、城にも不審者が入り放題になると考えたのだろう。


「瞳の色だけならまだしも、顔や体格を別人に見せかける程となると、できる者は殆どいない。できたとして、魔力がもたずに短時間で発動が解ける。それから、王都や城の門には魔法がかかってる。」

 姿を変える魔法は、光と闇。

 そのどちらかを必ず通る場所に仕掛けておく事で、姿を変えている人物がそこを通ると強制的に解除されるのだ。


「八年前に国を出た理由と、君達が探してる理由。それによっては本人が戻りたいと思うかどうかわからないよね。一応、各所へ伝言を貼るくらいはできるけど。」


 どうするのかと。

 問いかけるアベルの前で、エリはぷっくりと両頬を膨らませた。リスのように。


「おぬしイジワルばかり言うではないか!わらわは気前よく色々教えてやったというのに!」

「エリ様、落ち着きましょう。殿下は我らが知らぬ事を教えてくださっているだけです。」

「む~~っ!どこへ行ってしまったんじゃ、兄様~っ!」

「事情を明かせないなら、兄にだけ伝わる文でも考えておくといい。それを回すから」

「ありがとうございます、殿下。」

 脚をバタつかせるエリを宥めながら、ヴェンはアベルに頭を下げた。

 黒い霧に覆われた少年は、話は終わりとばかりに立ち上がる。


「騎士団から少し事情を聞かれると思うけど、僕に憑いたモノの事は言わないでほしい。」


 それを聞くとエリはピタリと動きを止めた。

 未だにアベルと目は合わない。これからも合う事はないだろう。


「案ずるな、喋らぬ。外の者達は見えぬから、信じぬだろうしな。話す意味もあるまい」

「ありがとう。…では、失礼する。」


 アベルは踵を返し、部屋の入口近くでずっと待っていたロイに軽く手を挙げて合図する。

 三人を囲っていた風の壁は消え失せ、アベルはロイと共に部屋を出て行った。


 ぱたん、と扉が閉まる。



「……エリ様」


 聞くべきか迷っていた事を、ヴェンはぼそりと口にした。


「《契約》の事は、言わなくてよろしかったのですか。」


 血の契約。

 君影国に伝わるまじないの一つだ。

 一生に一度、確かな信頼と絆のもとに誰か一人とだけ結ぶ事ができるもの。互いに流れる気――魔力を共有し、血液を通じて馴染ませる事で相手への治癒の効果をも劇的に上昇させる。


 そして何より――…


「ヴェン、それは夢物語じゃ。」


 きっぱりと否定して、エリは立ち上がる。

 蜂蜜色の猫目はもう誰もいない、向かいのソファを見据えていた。黒き魂に取り憑かれた、哀れな少年。もう助からない、いつか喰らわれる定めの者。


「誰も試した事のない絵空事。そもそも魔力が無ければ契約が結べぬし、それに…」


 落ち着き払った態度で、動揺の少ない声で、彼は周りに知られまいとした。

 望むつもりがないからだと、エリにはわかっている。



「あの者、最初から自分の命を諦めておるだろう。」



 生きたいと願い、助かりたいと足掻き、未来へ手を伸ばす意思。

 それが無い者に奇跡など起こらない。


「そんなザマでは誰も、あやつを助けられはせぬ。……父上がそうだったようにな。」

「……エリ様……」


 過去の記憶を思い浮かべているだろう暗い蜂蜜色を見て、ヴェンは気遣わしげに名を呼んだ。

 いつもなら目を輝かせてこちらを見上げる少女は、死者の魂をはっきりとその目に映してしまう少女は、今はただ傍観者の眼差しをしている。


 助かる気のない者に手を差し伸べ続けた、長い日々を思って。





 ◇





 城内――第二王子私室前。


「アベル様!」


 切羽詰まった声に振り返ると、ローブとコートを小脇に抱えたリビーが必死の形相で走ってきた。まだ旅装のまま、騎士服に着替えてすらいない。戻ってきたばかりなのだろう。

 彼女はアベルとロイのもとまで一気に駆けつけ、素早く跪いた。


「ただいま戻りました。」

「お帰り。大変だったらしいね」

「は。……不甲斐ない事に、私の力では…」

「落ち着いてから聞こう。着替えて来るといい」

 ぐっと拳を固く握ったリビーを遮り、アベルは立ち上がるよう促す。

 リビーは慌てて自分の衣服に泥がないかを確認した。昨日とは違う服に着替えてはいるものの、急いで馬を走らせたので汚れが跳ね飛んでいる可能性は否めない。


「失礼致しました、お見苦しいところを。」

「見苦しくはないけど、戻ったばかりだろう。身体を休めてこい。」

「はい。しかし、ただあの、我が君――」

「何だ」

 口ごもって視線を彷徨わせるリビーに、アベルの後ろにいるロイは「あぁ」と思い当たった顔をする。聞きたいが、聞いていいのかわからない、といったところだろう。

 リビーの遥か後ろの廊下の角からチェスターが顔を出し、アベルがいると見るや苦笑して小走りにやってきた。疲れた顔はしているが、目立つ怪我もなく元気そうだ。


「ただいま戻りました。」

「あぁ。…僕の見通しは甘かったらしいね。」

「はっ?いやいや、誰にもわかんないですって!あんなの。」

 目を瞠って手を横に振るチェスタ―の隣で、リビーはアベルをじっと見つめていた。今日も完璧な主には、明らかに普段と異なる点がある。


 ――まさか相手を気遣って、外してお会いに?帯剣だけで怯える程度の娘だと?馬鹿な。相応しいはずないだろう、誰だ見合いなど薦めたのは。いや、落ち着け。まずは聞かねばなるまい。他の誰でもなく、アベル様のお言葉によって、事情を。


「…アベル様、見合…いえ、剣はいかがされましたか。」

「あぁ……ちょっと折られてね。」

「…おられた。」

 言われた意味がわからないという真顔で繰り返したリビーに、アベルが軽い頷きを返す。

 チェスターは愕然としながらも改めてアベルを見た。確かに剣を持っていない。


「……アベル様の、剣が…?」


 ようやく頭が追いついてきたのだろう、リビーは噛み締めるように呟くと、ロイの襟首を引っ掴んだ。


「あれ、私ですか?」

「我が君……ご指示通り、一度落ち着いてから改めて参ります。」

「わかった。」

「失礼します…」

 リビーは丁寧に礼をし、きっちりと事情聴取すべくロイを引っ張って行った。


「…襲ってきたのは魔獣って聞きましたけど、そんなに強い相手が?」

 自室のドアノブに手をかけたアベルに、チェスターが聞く。リビーと共に下がればロイから聞けただろう話だ。


「原因として大きいのは寿命だろうね。僕はあの剣をかなり使ってきたから。」

 アベルは部屋に入り、中央付近まで歩いてから振り返る。

 一礼してから自分も入室し、チェスターは扉を閉めた。話があって残った事を、主は理解してくれている。



「アベル様」



 ――俺は今…うまく笑えてるのかなぁ。





ブクマやご評価、ご感想本当にありがとうございます。大変励みになります。

しばらく更新がゆっくりめになる予定です。

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