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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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199.そしてピューは飛んでいく




「団長、敵襲です!今すぐ水鏡の間へ!!」


 部屋に入るなり叫んだ騎士の言葉を聞き、ティム・クロムウェルは即座に上着を手に団長室を飛び出した。

 肩につく長さの水色の髪を頭の右側で二つ括りにし、氷水のような水色の瞳の上で、柳眉は困ったように下がっている。いつも微笑みを浮かべている唇はしかし、今は真一文字に結ばれていた。

 水鏡の間へ向かうティムの後ろから、呼びに来た騎士が追走している。


「王都の三門全てに魔獣の群れが現れました。闇属性の《ゲート》を見たという者も――」

「エッカートは?」

「二番隊員が呼びに行きました、すぐにいらっしゃるかと」

「ならニコルとバターも呼んでくれるかな。あとロナガン」

「承知致しました!」

 騎士が頭を下げて別の方向へ駆け出し、ティムは扉が開け放たれている水鏡の間へ入った。

 先に到着していた隻眼の副団長、レナルド・ベインズが振り返る。短い赤髪に右目には黒の眼帯、左目にある緑の瞳がティムを見た。


 大会議室とそう変わらない広さの水鏡の間で、全身を映せる大きさの長方形の《水鏡》が三枚、等間隔に土台へ固定されている。騎士団本部に常設されているこれらと繋がっているのは、王都の正門、西門、東門の詰所だ。

 いずれも映っているのは情報共有のために残っている騎士で、その後ろを幾人も駆け抜け、遠く人々の叫び声や警鐘の音が聞こえている。


「レナルド、状況は?」

「各門オオカミ百頭余り、クマ数頭から十頭を目視。オオカミとは既に戦闘に入っている。西門と東門では街道にいた通行人が襲われ、その救助にも人員を割かれているようだ。」

「クマまで出たのか…」

 ティムは片眉を僅かに上げた。

 狩猟の日、オオカミは数と炎による引火こそ厄介だったが、対処できない程ではなかったと聞いていた。風の魔法を使うクマの攻撃範囲と威力の方が特段まずい。


「あぁ。だから防壁を展開し門は閉ざすよう指示した。」

 レナルドが言う。王都を囲う白壁は緊急時、各門の騎士詰所にある絡繰りを操作すれば上へ三メートルほど延長できるのだ。

「それでいいよ。避難は小入口から、変なのが紛れないよう全員隔離してるね?よし。それから、荷物より命。言う事聞かない奴は放り投げちゃって。」

《《《はっ!》》》

「玉座の鏡は…」

 ティムが部屋を見回すと、緊急時用として普段は青いビロードがかけられている水鏡が今は露わになっていた。金細工に縁取られた楕円の水鏡。すぐ横で水鏡に何か話していた騎士が振り返り、「今整いました」と報告する。


 各門の水鏡から聞こえる喧騒が響かない距離。

 水面には玉座の間が映っていた。

 少し癖のある金の長髪を左だけ耳にかけ、国王ギルバート・イーノック・レヴァインは冷静な金の瞳をこちらに向けている。玉座の隣には銀髪銀眼の特務大臣、エリオット・アーチャーが険しい表情で立っていた。


「陛下、ご機嫌麗しく。」

《クロムウェル、状況は。》

 そう返したのはエリオットだ。ティムは相も変らぬ困り眉のまま、口角を上げてみせた。

「魔獣数百頭、各門に分かれて王都を目指しております。防壁を展開して門を閉めましたが、例の風魔法を使うクマも遠目に確認されました。つきましては、陛下にご助力頂きたく。」

 エリオットの瞳がギルバートへ流れる。返事は一言だった。

《わかった》

 ギルバートが立ち上がる。ティムは丁寧に一礼し、部屋に入って来る複数の足音へ目を向けた。


「遅くなりました。城門の騎士にも伝達は済んでおります。」


 ホワイトブロンドの後ろ髪を低い位置で縛った、四十代前半の騎士だ。鋭い黒の瞳に、腰の左右に提げた双剣を持つ男。王都および城の防衛を担う二番隊の隊長、ダライアス・エッカートだ。第二王子アベルの護衛騎士、リビー・エッカートの養父でもある。


「呼ばれて飛び出ましたニコルです団長!!」


 続けてヒョコリと顔を出したのは美少女――ではなく、美しい女顔の若い騎士だ。

 ニコルと名乗った彼は艶めく細い金髪を右側だけ伸ばし、リボンで二つに結っている。グレーの瞳を抱いた目は大きく愛嬌があるものの、彼はティムと目が合った瞬間、盛大に鼻血を出した。


「あ゛ぁッ!今日も完璧なご尊顔!!うぐ、副団長まで…ここは楽園でありながら僕の墓場、そして美の終着点…」

「……………。」

 ニコルの背後に立っていた背の高い男がぼそぼそと呟いた。声が小さ過ぎて、周りには吐息のようにしか聞こえない。

 もさもさとした青紫の髪は肩につかない長さで切り、紫色の瞳は半分近く髪に隠れてしまっている。顔の下半分を長い襟巻で隠したその男――十三番隊隊長のバターフィールドに、副隊長のニコルは感激したように頷いた。


「そうですね隊長…僕が目指す美の花園……それは王家の皆様方と五公爵家の方々、そして麗しき全ての美人が揃った最上の場。そこへ至るまで僕はまだ死ねません…!」

「――という事を伝えてもらえばいいから、バターは《使い魔》展開、エッカートはニコルを連れて王都上空へ頼むよ。」

「承知致しました。行くぞ、ニコル。」

「あっ待ってくらさいエッカート隊長、美の暴力に晒されで、俯くと鼻血が止まらだくて…」

 エッカートの手でヒョイと小脇に抱えられ、強制退場していくニコルの鼻から血が点々と床に垂れている。廊下に出たところで、二人は駆けてきた騎士の集団と鉢合わせた。先頭にいたのは女性騎士だ。


「おっ…と、失礼しました、エッカート隊長!」

「問題ない。」

「あぁ、ロナガンさんじゃないですか!良かった、ちょっと団長達(びじん)の見過ぎで死にかけましたが、貴女のお陰で鼻血が止まりました!」

「どういう意味ですかねぇ!ははは!!見た目美少年と言えどぶち殺…ん゛ん゛ッ、忙しいので、失礼!」

 ピキリと引きつった笑みを浮かべつつ、女性騎士はズレた眼鏡をかけ直して水鏡の間へ入った。

 藤色の長髪で二つの団子を作り、細いツインテールにしている。唇に薄紅も塗った彼女は三十三歳。平民の騎士家系に生まれながら文学に目覚め、小説家としても活動する変わり者だ。


「十番隊副隊長、ロナガン。参りました。」


「八番隊、第一、第二小隊来ました!」

「たいちょー達はどっか行っちゃいました!」

「たぶん特攻してます!」

「楽しそうでした!」

 ロナガンの後ろにいた騎士の集団が口々に言う。制圧を担う八番隊の小隊だが、上司は行方不明のようだ。ティムとレナルドがちらりと王都三門の水鏡を見やった。




 ――その頃王立図書館、第四尖塔の屋根の上――



「がーっはっはっはぁ!ちいと火を吹くだけの畜生共が、星々のおわすこの王都を攻め落とせると思うてかあ!!」


 逆立った血紅色(けっこうしょく)の髪、二メートルはあろうかという筋骨隆々の大男。四十歳手前の八番隊長、ギャレットが周囲に響き渡る大声で笑っている。

 その肩には小さな少女、否、女性が立っていた。


「なーっはっはっはぁ!手前の実力も弁えぬその不届きぃ!月の女神様の技がごとく、全て吹き飛ばしてやろうぞぅ!!」


 耳の下までの浅葱色の髪に緑の瞳を持つ彼女の身長は、百四十センチにも満たない。両耳にピアスをつけ騎士服の裾にはフリルを手縫いし、家には夫も子もいる三十二歳。それが八番隊副隊長、ピューという女だった。なお、夫の姓である。


「下りてくださーい、屋根に登るのも乗るのも禁止でーす、今すぐ下りてくださーい」

 尖塔の窓から図書館の職員が声をかけているが、相手が誰か知った途端に半ば諦めた顔になっていた。声かけもあまり力が籠っておらず、盛り上がっている二人の耳には届かない。


「ゆくぞ、ピュー!帝国の兵器にも劣らぬ我らが力ッ!!」

「おうともさ!見せつけてやろうじゃないか、全てを壊す合体技!!」


「「宣言!!」」


 二人は同時に叫んだ。ピューが上へ高く跳び、ギャレットは右の拳を引いて構える。


「我が拳は炎を纏い、思うままに全てを焦がす!!」

「水よ我が身を包め!全てを貫く鋼鉄がごとき強さを得よ!!」


 空中を回転しながら落下するピューの身体を水が包み、《硬性付与》によって透明な水の外殻が形成される。ギャレットの《魔拳》によって彼の太い腕を炎が覆った。

 ピューがギャレットのもとへ着いた時、肘から噴射する炎によって加速した拳がピューを包む外殻を殴りつける。



「「人・間・大・砲!!」」



 爆発でもしたのかという轟音が鳴り響き、尖塔の屋根は焼け焦げ、ピューは恐ろしい速度で正門の外へ飛んで行った。ギャレットが笑い声を響かせながら足裏から炎を噴射し、後を追う。




 ――同時刻、王都上空――



「何をしてるんだ、あいつらは…。」

 スキル《空歩》で作り上げた他人には見えない階段を駆け上がり、エッカートは呆れ声で呟いた。

 下から聞こえてきた轟音と飛んでいった何か、それを追う炎を見ればなんとなく察しはつくというものだ。小脇に抱えられたニコルが目の上に手をかざし、眼下に広がる王都を眺めている。

 彼の上司であるバターフィールドが生み出しただろう水の鳥が、騎士団本部から何十羽と飛び立って三門へ向かって行った。


「いやはや、何度見てもすごい景色で!圧巻ですね!」

「これくらいで高度は足りるか?」

「えぇもちろん、王都全域に届けますよ。コホンッ…宣言。風よ、僕らの音を地上へ響かせて!」

 意識を集中して宣言を唱え、ニコルは《遠吠》を発動させる。

 大きく息を吸い込むと、笑顔で喋り始めた。


《王都の皆さーん!聞こえますか、こちら王国騎士団十三番隊副隊長、ジェリー・ニコルです!どうも~♪》


 ニコルの耳に響く音はスキルによって一時的に記録され、指定した空間、大きさで再生される。

 王都の人々は上空から聞こえる声に顔を上げ、誰もが耳を澄ました。


《緊急連絡、騎士団より緊急連絡です。これよりは二番隊、エッカート隊長に代わります。》

《――ダライアス・エッカートです。現在王都三門に魔獣の群れが接近し、我ら騎士団が交戦中です。事が収まるまで正門、西門、東門には近付かぬようお願いを致します。混乱に乗じた犯罪の危険もあるため、落ち着いた行動を心掛けて下さい。巡回中の騎士は気を引き締め、警戒にあたるように。繰り返します――》




 城の屋上に、エリオットと護衛の騎士を連れたギルバートが現れる。


 エッカートの声が響く王都を見回す父の背中を、第一王子ウィルフレッドが緊張した面持ちで見守っていた。すぐ後ろには従者のサディアス・ニクソンの姿もある。


 ギルバートは金色の瞳で遠い正門を見据え、口を開いた。



「火、そして光よ。白壁を繋ぎ空をも覆い、我が都を守護する盾となれ。」



 ほんの一瞬空気が震え、ひりつく。



「展開しろ」



 ギルバートの命令で、王都を囲う白壁から薄く発光する半透明の壁が形成され始める。それは馬よりも速いスピードで集結するように空へと延び、王都を守るドーム状の結界となって完成された。


 通常ではありえない発動範囲、規模、魔力量。

 ギルバートのスキルを前に、ウィルフレッドとサディアスはただ圧倒されていた。王都にはエッカートの声が響いている。



《国王陛下の守護が張られました、どうかご安心を。魔獣は我ら騎士団が討ち果たしますので、今しばらく三門には近付かないよう、重ねてお願い申し上げます――》




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