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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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193.得難いものだと思うから




 お父様が持たせてくれた書状に書かれた行き先は、大森林を抜けた先にあるミザの街。

 でも私達は森に入らず北西の道を選んだ。草原の街道をまっすぐ行けばミオメルの街に着く。そこでチェスターやリビーさんと合流予定なのだ。


「少しどきどきしてしまうわね。」


 日は高く昇り、私達は街道の脇で木陰を陣取っている。

 草のクッションに布一枚を敷いて腰かけ、私はメリルが持たせてくれたお昼ご飯を食べていた。ダンは草の上にそのまま座り、がぶりとサンドイッチを噛みちぎっている。


「貴方と二人だけで王都の外へ行くなんて…」

 まるでこのまま冒険へ旅立つかのよう。

 目的が目的だから、わくわくするというよりはハラハラしてしょうがない。

 先へ進むごとにだんだん増えていく頭上の雲、どこまでも広がる草原、遠くに見える街や森。南に見える二つ並んだ山向こうの街には、自然の風や川の流れを使って粉を挽く絡繰りがある。


 当たり前の事だけど、前世で得た知識よりもずっとずっとこの世界は広く、果てしなかった。

 単純な知識で言えば今世で家庭教師から学んだ事の方が多い。ゲームはあくまでカレンの行動範囲だったものね。

 ダンは私がそわそわしている事に共感はないらしく、片眉を上げる。


「街に着いたら二人増えんだろ。」

「えぇ。問題なく合流しなくては…」

「店の名前わかってんだからガキでも着けるっての。今からそんなに緊張してどうすんだ」

 おっしゃる通りだ。

 このままでは身が持たないわね。私は一生懸命もぐもぐしていたサンドイッチを飲み込み、水筒から水を飲んでゆっくりと息を吐く。木のそばでは私達を乗せてきた馬がのんびりと草を食んでいた。


「いよいよだと思うと、つい……けど、そうね。落ち着かないと。」

「おー」

 適当に返事をするダンはもう食べ終えてしまいそう。マナー通り優雅に丁寧にしていては遅くなるから、私は早く食べるよう意識する。冬の空気に晒された食事はとうに冷え切っているけれど、それでも美味しかった。

 メリルが用意してくれたコートや手袋のお陰で、外にいても私達が凍える事はない。最終的には雪山を登るので、そこではちょっと寒い思いもするだろうけど。


 ふと視線を感じて顔を上げると、ダンがじっとこちらを見つめていた。

 急かしているのかしらと一瞬考えたものの、不機嫌顔でもないしにやにやしてもいない。


「……そのうち言おーと思ってたんだけどよ。」


 な、何かしら…。

 私はもぐもぐする口元に片手をかざし、ごくりと飲み込む。ダンは真剣な目をしていた。


「ありがとな。あの日…俺を見つけてくれて。」


 驚いた。そんな言葉が彼から出ると思っていなかったから。

 ダンは難しい顔で目をそらすと、灰色の短髪をがしがしと掻く。


「お嬢に会わなかったらどう生きてたかって、たまに考えんだよ。……どうせロクな生き方してねぇ。」

「そんな事…」

「そんなモンだ、俺は。お前が思うよりだいぶクズだぞ。旦那様がどこまで調べてっか知らねぇけど、孤児院でも厄介者だったしな。……正直最初の頃は、ジジイの目がなきゃ…何か盗んで、逃げてたかもしれねーし。」


 私の脳裏には、下町で出会ってから今日までの思い出が蘇る。暴言ばかりだったダンは少しずつ我が家に馴染んで、お金を返すためだった使用人の仕事もちゃんとするようになって。なんだかんだ面倒見がよくて、私を諫めてくれたり、背中を押してくれた。

 ランドルフやお父様達もダンを認めて、だからこそ入学の話も出たし、私の護衛をするならと専用の品を贈られた。それはダン自身が頑張った証だ。


「…あの日会わなかったらダンがどうしていたか、私にはわからないけれど……貴方がいてくれること、教えてくれること、時に叱ってくれること……全部、得難いものだと思うから。」


 三白眼の中にある黒い瞳がこちらを見る。

 胸に広がる思いが伝わるよう、私は心のままに微笑んだ。


「あの日、あの路地裏にいてくれて――…私と出会ってくれてありがとう、ダン。」


 私を見つめていたダンは、仕方ないとでも言いたげな顔で笑う。


「…しょうがねぇから付き合ってやるよ。これからもよろしくな、おじょーさま。」

「ふふっ。えぇ、よろしくね?未来の執事さま。」


 ダンが軽く突き出した拳に、私もこつんと拳をあてた。





 ◇





 ミオメルの街へ着く頃には既に、ひらひらと雪が舞っていた。


 指定された宿に行ってルイスという名前を告げ、部屋番号を教えてもらう。二階に上がってその部屋の扉をノックすると、数秒と経たずに、長い黒髪を低い位置で一つに結った女性――リビーさんが開けてくれた。口元の布を外したところを初めて見たけれど、綺麗な人。…氷のような無表情だわ。

「お待ちしておりました。」

「はい。今日はよろしくお願い致します。」

 私はしっかりと頷いてダンと共に中へ入る。

 リビーさんは初めて会った時に私を警戒していたようだし、今回もアベルの指示ありきとはいえ、私が来る事は不本意なんだろうなと、ちょっと思う。

 テーブルに地図を広げていたチェスターが、こちらを見てにこりと手を振った。


「やっほー、シャロンちゃん、ダン君。結構疲れたでしょ?」

「私は乗せてもらっただけだから…」

「大した事ねぇ。」

「そっか。」

 長時間ずっと馬に乗るのは慣れなくて、正直に言うと疲れていたけれど…そうも言っていられない。チェスターはそれ以上聞かずにクッションの置かれた椅子を勧めてくれた。

 私とダンはテーブルを囲うように座ったけど、リビーさんは腕を組んで仁王立ちのままだ。座らないのかしら…騎士だから遠慮しているとか…?


「リビーさん、それちょっと威圧的に見えちゃうからさ。座って?」

「そうか?わかった。」

 チェスターが苦笑して言ったら、彼女は理解していない様子で首を傾げつつも、さっさと着席した。アベル以外に対しても素直な方なのかもしれない。

 ダンはやっぱりリビーさんを覚えてなかったのか、初めて見るという顔で彼女をちらりと見やっていた。 

 「これからの話だけど」という言葉に、私は地図を指すチェスターの指先に目を向ける。


「俺達が今いるミオメルはここ。父上達が目指してるシローファの街へは、バサム山を通る事になるね。」


 ミオメルはバサム山の麓に作られた街で、この宿からも窓の向こうにその姿が見えた。

 生い茂った木々の上部は既に白く雪が積もっている。地図を覗き込むと、シローファへ向かう山道の途中に三か所、赤いインクで印がつけられていた。


「印つけたのが崖の横を通る場所。要注意ポイントだよ。」

「そこで何かあるかもしれねーってわけか。」

「そういう事☆……ただ、一か所目は崖と言ってもかなり低い。二、三か所目が危ないかな…。」

 考え込むように目を細め、チェスターは地図をじっと見下ろした。


 ゲームのシナリオ通りなら、襲撃を受けて馬車は崖から落ちる……公爵夫妻は死んでしまう。ジェニーは病から立ち直ったけれど、二人を助けない限りは結局、ダスティンがオークス家の実権を握ってしまいかねない。

 今ならチェスターが学園にいる間、我が家でジェニーを預かる事だってできなくはないものの…助けられるなら、ご両親も助けたい。


 ゲームの設定とは変わってきているから、何も起きないなら……ダスティンが悪役にならないなら、それに越した事はないけれど。それはたぶん無理だ。公爵夫妻が領地へ向かう事を決めたのは、彼への疑惑が理由だそうだから。



『ジェニーちゃん!兄上、義姉上、チェスター!この度は誠に……ッ!おめでッとお~~!!!!』



 あんなに明るくて優しい方だったのに、どうしてゲームみたいな酷い事をするのか…ずっとわからなかった。

 けれど、疑惑は違法薬の一つ…《ハート》に関連したものらしいと聞いて、かの薬に依存した人の症状に《人格の破綻》などという項目があった事を思い出して、私は…。


「護衛をする騎士の方々は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか。」

「前方と後方に四名ずつ、両脇二名の計十人が馬車を囲っているはずです。加えて隠密が二班、各四名。そう聞いております。」

 リビーさんが細かく教えてくれた。

 隠密班をつける事になったのは、アベルがもたらした《先読み》結果を懸念してのことらしい。私はほっとして小さく息を吐いた。それだけ騎士がつくなら、何かあっても私達の出る幕はない…かもしれない。


 それでも、未来に何が起きるかはわからない。

 だから備えなくてはいけないし、だからシナリオを変えられる……ジェニーが元気になれたように。


「そいつら…こっちもだけどよ、お互い姿隠してぶつかったりしねーのか?」

 ダンがもっともな質問を投げた。

 隠密班の騎士達にも、私達がついて行く事は知られていない。

 アベルやチェスターの話を聞いていると、リビーさんのスキルさえあれば騎士には気付かれない、というイメージだったけれど…。

 前髪を留める金のヘアピンを外していたリビーさんは、目立たない後ろ髪へとそれを差し直した。


「騎士団には《鏡》のスキル持ちが何人もいる。あらかじめ手鏡くらいの大きさで出しておき、隠密班同士と、馬車を囲う班が連絡を取りながら進む。ぶつかる事はない。」

「隠密は光の魔法…これから暗くなるから、闇の魔法かな?それで姿を隠すのに加えて、風の魔法で音や匂いも遮断するんだよ。」

 リビーさんの説明をチェスターが補足してくれる。

 隠密班の方々がぶつからないのは良いとして、連絡手段のない私達はどうやって彼らの場所を知るのかしら。疑問を聞く前にリビーさんが続けた。


「だが奴らは足跡だけは隠せない。今回は雪道になるから、隠密班は必ず既にある足跡や轍の上を行くはずだ。反対にこちらは、そこを通らなければいい。」

「そうしたら、私達の足跡がついてしまうのではありませんか?」

「…いらぬ心配です。」

 リビーさん、私だけ敬語なのはどうしてなのかしら…ちょっとだけ疎外感だわ……。


「私のスキル《陽炎》は、範囲内において定めた対象の姿、音、匂い、温度を範囲外とは遮断し、かつ…その行動に()()()()()()()()()。」

「…マジで言ってんのか?足跡も残らねぇって事だよな。」

「そういう事だ。灰色頭」

「あ?」

「リビーさん、呼び方っ!」

 チェスターがツッコミを入れる横で、私はふーむと唸って頬に手をあてる。

 足跡が残らないだなんて、もはや空間を固定するとか重力を操作する域なのではないかしら。


「すごいスキルですね。陽炎という事は、火属性で発動しているのですか?」

「わかりません。ロイは《複合スキル》だと言っていましたが。」

「複合ぉ?何だそりゃ。」

「複数の属性を同時に発動している、と考えられるスキルの事ね。」

 王立図書館の本によれば、属性変更による多様性は持ちえないものの、独自の効果を持つものが多い、とのこと。

 ちなみに《陽炎》は発動時に揺らめいて見える事からリビーさんがそう呼んでいるだけで、魔塔――魔法専門の研究所――に詳細を調べてもらったり名付けられたわけではないらしい。


「さすがシャロンちゃん、よく勉強してるね。まぁそういうわけだから、俺達がバレる事はまずないよ。」

「まずない、ね……。そんな能力持っててバレるとかありえんのか?」

「あるぞ。」

 リビーさんが即答し、どこか得意げに口角を上げた。


「我が君はすぐに気付く。」


「……ほんとどーなってんだよ、あの王子。」

 呆れたようなダンの声に、チェスターの苦笑いが重なる。


「最強の王子様だからねぇ。」




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