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18.門前に雷鳴は轟く

 



 屋敷が見えてくると、門番が人を呼びに中へ入っていった。

 やがて見慣れたオレンジ色が飛び出してくる。


「シャロン様ーーーーっ!!」

「メリルーーー!ごめんなさーい!!」

 手を振りながら声を返す。

 やがて門の前で馬車が停まると、私は自分で地面へ降り立った。少しだけたたらを踏む。

 居ても立ってもいられない様子だったメリルが駆けてきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「よかった、よかったですシャロン様、ご無事で…」

「ごめんなさい、心配かけて…」

「まったくです本当に、今日はランドルフさんに怒られても……」

 身体を離して、メリルが私の髪をさらさらと撫でる。

 そして優しく微笑んだ。


「…怒られても、止めませんからね。」

「そ、そうよね。覚悟しているわ…」

 苦笑する私の後ろで、地面を踏む音。

 馬車の座席から降りたアベルは一瞬私を見たけれど、すぐに視線をメリルに向けた。


「今朝は失礼した。此度はご令嬢のお陰で、毒草を香草などと偽って販売する輩を捕える事ができた。この国の王子として、協力に感謝する。」

「――シャロン様をお守りくださり、ありがとうございます。賜ったお言葉は、旦那様と奥様にも間違いなく伝えさせて頂きます。」

 メリルが深く頭を下げ、顔を上げる。

 厳格なやり取りのせいか、二人とも笑っていなかった。…睨んでるわけではないのよね?メリル……?


「…おい。」

 不機嫌に呟かれた声にハッとして振り返る。

 御者台であぐらを掻いたダンはこちらを睨みつけ、催促するように手を出した。


「そうだ、メリル。お金を持ってきてほしいの。アベルに借りてしまったし、御者の彼にも料金を払わないといけなくって」

「だ、第二王子殿下にお金を!?畏まりました…!」

 卒倒しそうなのを自力で堪えてくれたらしいメリルが、ランドルフの名前を呼びながら家に入っていく。


 私はちらりと横目でアベルを見上げた。

 縋りついて泣いたり色々言ったり、だいぶ不敬を働いた気がする。

 前を見ていた金色の瞳がこちらに向いて、パチリと目が合った。目をそらしてしまいたくなったけれど、その前にアベルが口を開く。


「僕は、あの程度の額気にしなくていいって何度も言ったけど。」

「私は気になるわ。」

「…平行線だな」

「えぇ。」

 そう返すと、アベルは小さくため息をついた。

 仕方ないという顔で私に少し向き直って、耳を寄せるようにと手ぶりで示す。何かしらと思いつつ素直に耳を差し出した。

 アベルが口元に添えた手の指が、私の耳元の髪をくすぐる。


「鍛錬より先に魔法を使って、魔力を使用する感覚を覚えておくといい。」

「…感覚?」

「そしたら気付けるはずだよ。…意識してできるようになれば、君はもっと強くなる」


 思わず目を見開いて、アベルを見た。

 吐息が肌に触れてしまいそうなほど近くて――美しい金色の中に、私がいる。


「それと…君の言う未来を悪くないと思うのは、本当。」


 真剣な目だった。


「実現できるかは、別だけどね。」

「できるわ」

 私は反射的に答えていた。


「だって貴方は、守る人だもの。」


 国を、人を、想いを、守ろうとした人だから。

 だから貴方はなれるはず。皆を守る存在の象徴に。


「…ありがとう。」


 傍に寄せていた顔を離して、アベルはただそう言った。

 私は――


 ゴンゴンゴン。

 何事かと振り返れば、ダンが白けた顔で御者台をノックしていた。


「ヒソヒソといちゃついてんじゃねーよ王子サマ。ここの娘は手付きだって噂流してやろーか?」


 ……あまりの事に、つい呆然としてしまった。

 ややあって口を開く。


「…ダン、貴方すごい命知らずだわ。アベルは私よりだいぶ強いわよ…。」

「う、うるせぇな!大体てめぇも何なんだよ、暴力女!!」

 それは貴方が乱暴な真似をしたから…

 いえ、未遂ね。しようとしたからね。


「シャロン様になんという口の利き方をするのです、そこの御者!!」

 ピシャン!と雷のような叱責が飛んだ。

 ダンが目を見開いてそちらを見る。自分が叱られたわけではないのに、私とアベルも反射的に視線を向けた。

 ゴゴゴゴ…という効果音が聞こえてきそうなオーラを纏って、ランドルフがツカツカと歩いてくる。


「シャロン様。」

「はひぃ…」

「お説教は後ほどとさせて頂きます。」

「はい…」

 ぷるぷる震えながら頷く。この時ばかりは情けなくなってしまうのを許してほしい。


「第二王子殿下。この度はお嬢様の代わりに支払いをして下さったとのこと…」

「その事なんだけど。」

 ランドルフの目を真っ向から見返し、アベルは自分の顎に軽く手をあてる。


「彼女は金を借りたと言うけど、僕は今回の事件調査のための必要経費だと思っている。それは当然国が担うものであり、アーチャー公爵家から取り立てるべきものではない。」


 …そうくるとは…!


「お受け取り頂けない、という事ですかな?」

「受け取る必要がないからね。」

「……承知致しました。」

 ランドルフがきっちりと角度の決まった礼をする。

 そして――ダンを見据えた。


「なッ、なんだよ!」

「何だよではありません、まずは降りて姿勢を正しなさい!!」

 ピシャァン!

 雷鳴のような叱責に私は思わず「ひぇえ」と声を上げてメリルの後ろに隠れた。

 そっと覗き見ると、勢いに驚いて転げ落ちたらしいダンが、地面に尻餅をついて呆然とランドルフを見上げている。


「ま…まって、らんどるふ……」

 メリルの影から少しだけ顔を覗かせ、私は勇気を振り絞って声をかけた。


「あの…下町から戻るには、彼の協力は不可欠だったから……とても、助かったわけで、その。」

「協力というか、君に魔法を向けようとしたので、その前に僕が気絶させた…が正しいね。」

 アベルがさらりと事実を付け加えた。ダンが青ざめる。


「ばっか野郎クソ王子ッ…」

「何をしているのだ貴様はァ!!」

 ガラガラドッカーンだわ!

 たった今アベルをそんな風に呼んでしまったのもマイナスポイントだわ!!


 怒涛の叱責を食らって目を白黒させるダンを、私も思わず口を開けて眺めてしまう。私でも…いえ、お父様でもあそこまで怒られた事はないんじゃないかしら。

 肩で息をしているランドルフの前で、ダンが立ち上がろうとして脚に力が入らず、ズルッと滑っている。

 ……流石に可哀想になってきたわね。


「その…ほら、結局彼の馬車が活躍したのは間違いないと思うの。」

「これ一式盗品でしょ?」

 アベルが爆弾を落とした。つい大声で「そうなの!?」と聞き返してしまう。

 ダンを見ると、見開いた目を泳がせて私とアベル、ランドルフとを見比べていた。

 だ、だからあんな人目につきにくい裏通りにいたのね。


「駄目よそんな事したら!明日持ち主の方に謝りに行きましょう、私も一緒に行ってあげるから…」

「は、はぁあ!?何が悲しくてお前みたいなガキを」

「立場を弁えないか盗人風情がァ!!!」

「ひゃぁあああ!」

 私はとうとう悲鳴をあげてメリルの背中に顔をくっつけた。

 ダンへの雷が留まるところを知らないわ…!

 くくく、と聞き覚えのある笑い声が聞こえて、私はそっと顔を覗かせる。


「まぁ、矯正するにはいい機会なんじゃない。」

 アベルは涼やかな笑顔でそう言った。

「今晩はこちらで過ごしなさい、盗品の馬車をそのまま放置したとあってはアーチャー公爵家の名折れ!」

「ふっざけんな!おい離せよクソジジイ!!」

 ダンはズルズルと屋敷の中へ引きずりこまれていく。

 長時間お説教コースが確定したのだろう…私は両手を合わせて祈りのポーズをとった。メリルが笑って私の肩に手を置く。


「さ、シャロン様も中へ。」

「えぇ…ただ、アベル。貴方どうやってお城に」

 帰るの、と聞こうとしたところで、蹄の音が聞こえてきた。

 護衛騎士のリビーさんだ。自分が乗っている馬の他にもう一頭、誰も乗せていない馬を連れている。門前にやってきた彼女はすぐに馬から降り、アベルの前に跪いた。


「ご苦労様。」

「はっ。」

 いつ頼んでいたのかわからないけど、これで帰り道の心配はいらないだろう。

 私はほっとしてアベルに向き直る。


「アベル。お金の事はおいても、貴方が一日近く私に付き合ってくれた事は確かだわ。そのお礼はまた別でさせてほしいのだけれど…」

「じゃ、君もいつか僕に一日付き合ってよ。」

「……そんな事でいいの?」

「いいよ。またね」

 早く家に入りなよと、アベルは軽く手を振る。

 私はありがとうとお辞儀をして、我が家に戻ったのだった。




 ◇




 シャロンが屋敷へ入ってすぐ、メリルは侍女に目で指示して玄関扉を閉めさせた。

 踵を返し、ひらりと馬に飛び乗ったアベルへと声をかける。


「第二王子殿下。」

 自然と、堅い声になっていた。表情が険しい事も自覚している。

 金色の瞳は、特に不快な様子も見せずにメリルを見下ろした。


「貴方ですか?」

 長年仕えているのだ。シャロンの顔を見てすぐに気付いていた。

 泣いた後だという事も――本人はそれを隠している事も。

 自身も馬に跨ったリビーが、眉を顰めてメリルを見ている。数秒黙した後、アベルは答えた。


「僕だね。」

 メリルはぐっと眉間に力を込め、身体の前で合わせた手を握りしめる。相手はまだ子供で、この国の王子だ。

 細く長く息を吐いて、できるだけ力を抜く。


「…わかりました。万が一にも二度目がありましたら…たとえ第二王子殿下であろうとも、私はその頬を叩かせて頂きます。」

「女、控えろ。不敬だぞ」

 リビーが殺気をにじませて睨みつけるが、アベルが軽く制止の合図をすると大人しく引き下がった。


「そうしてくれて構わない。」

「そうならない事を祈っております。」

「……あぁ。」

 アベルは手綱を握り、城へ目を向ける。


「俺もだ」


 薄闇のかかった空の下、二頭の馬が駆けていく。

 遠ざかる足音を聞きながら、メリルは初めて一言だけ、第二王子の本音を聞いたような気がした。




 ◇




「あねうえ、さっきの人はだぁれ?」

 まんまるの瞳を見開いて、可愛い弟が不思議でいっぱいという顔をしている。

 私が部屋に入った時も閉まった窓の内側に張り付いていたから、たぶんずっと見ていたのだろう。


「どの人の事かしら?」

「あねうえといた、黒いの!」

 リビーさんも黒髪だけれど、私と一緒であれば彼の事だろう。銀色の髪をふわりと撫でて、私は微笑んだ。


「アベル第二王子殿下よ。この国の王子様」

「おうじ?おひめさまをさがしに来たの?」

 可愛らしい勘違いについ顔が綻ぶ。彼のお姫様がいるのは下町の方だ。


「姉上のお友達なの。」

「わるものをたいじしてくれる?」

「えぇ、もちろん。アベルはとっても強いわ」

「つよい!すごいねぇ」

 にぱっと笑う薔薇色の頬に手を添えて、ふにふにと感触を楽しんだ。クリスがくすぐったそうに身をよじる。


「皆を守ってくれる王子様なのよ。」

「ぼくも!ぼくもねぇ、おうじさまじゃないけど、あねうえをまもるよ。」

「ふふ、ありがとう。クリス」

 小さくも暖かい身体を抱きしめて、頬をすり寄せる。

 七つ年下の弟を置いて、ゲームのシャロンは死んでしまった。私は生きてこの子を守らなくては。


 目を閉じると、馬車で聞いたアベルの言葉を思い出す。


『それでも、僕がいなくなった方が早道だ。』


 彼があんな考えである事を悲しく思うのに、どこか納得している自分もいた。

 ゲームの中でも、アベルは自ら離れていこうとする人だったから。


 攻略対象の男性は基本、好感度が九割いっていれば正規エンドを迎える事ができる。

 八割では悲恋エンドとして、ラスボスは倒すものの攻略対象とヒロインは別々の道を歩む事になるのだけど……対するアベルは、まず正規エンドは好感度十割(MAX)でないと見られない。


 そして好感度八割ではバッドエンドとしてラスボスに勝てないし、九割でたどり着く悲恋エンドは……別々の道を歩む、どころではない。


 ラスボスに勝った後なのに、アベルはヒロインを殺してしまうのだ。


 回収できるスチルが微妙とされた事もあって、アベルの悲恋エンドは不人気だった。



 そのスチル画像はヒロインがそもそも枠外な上に、「体のバランスがおかしい。作画崩壊」と言われ、アベルは背を向けているし、彼が抱き起こしているラスボスの顔も写っていない。


 個人的には、後ろからのカットにした構図自体は、物悲しい雰囲気があって、それはそれで良いと思うのだけれど……確かにあの画像は、ラスボスの脚が細い上に短すぎたわね。うん。


 アベルルートのラスボスは、燃えるような赤髪をした革命軍の戦士。

 たとえ正規エンドであっても、主人公やアベルが彼と和解する事はできない。


 勝てないと察した瞬間、彼は――自決してしまうからだ。




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