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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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181/525

180.潰せる貴方に




「は……?」


 アベルは愕然として呟いた。

 父王ギルバートが放った言葉が、理解に苦しむ内容だったからだ。


 ギルバートは少し癖のある金の長髪を左側だけ耳にかけて背中へ流し、アベルと同じ金の瞳は冷静に息子達を見下ろしている。その目鼻立ちは彫刻のように整い、王家伝統の青地に白布を合わせ、金の刺繍を施した衣服を身に纏っていた。

 隣には銀の髪と瞳を持つ特務大臣、エリオット・アーチャー公爵が立ったまま控えている。


 反対隣の椅子には王妃、セリーナが薄い微笑みを浮かべて座していた。

 腰まである長い黒髪は艶やかで、ウィルフレッドと同じ爽やかな青色をした瞳は、息子達を見ているようで見ていない。焦点をずらさなければ卒倒してしまうからだ。

 淡い水色と白を合わせたシンプルなドレスが、彼女自身の美貌を際立たせている。


「なぜです。」


 アベルの問いが、湖面に投げ込んだ石のように玉座の間に響いた。

 弟の隣で同じように玉座を見上げていたウィルフレッドは、アベルが聞き返した事を意外に思う。此度の話に口を挟む必要などないはずだった。



 ギルバートは、狩猟の日に告げた「シャロン・アーチャーを王妃に」という発言を撤回すると言ったのだ。



「なぜ、か……。」

 長い睫毛をゆったりと伏せ、ギルバートは答える。

「先日の舞踏会でシャロン嬢を見て、しばらく考えた結果だ。」

「…しかし、」

 何も問題はなかったはずだと、アベルは反論しようとした。それはギルバートが片手を軽く上げた事で制止される。


「ただ、お前達のどちらかが彼女を娶る事が望ましい。それは変わらん」

 アベルは瞬いた。

 ますます言っている意味がわからない。まさかギルバートは、アベルとシャロンがそういう仲だなどという世間の噂を鵜呑みにしたのだろうか。アベルに玉座を継ぐ気がないという事もわかった上で。


 ――万が一そうだとして、撤回する意味は何だ?同じ公爵令嬢で言えばジェニー嬢も復帰はしたが、現状シャロンが最も次期王妃に近い存在だという事実は揺らがない。何を考えて…


 トン、と横から背中を叩かれ、アベルは兄を見た。

 ウィルフレッドは微笑みを浮かべ、目が合うと僅かに頷いてみせた。二人揃って再び正面に顔を向けながら、アベルは更に混乱する。


 ――なぜウィルはショックを受けていない?「王妃にするな」と命じられたわけでもないから、実質問題ないと捉えて良いのかもしれないが……そうか、確かに問題はない…。


「わたくしも、あのような子が義理の娘となれば…ふふ。色々と楽しめるでしょうね。」

 冷ややかな目を細め、うっとりとセリーナが微笑む。

 シャロンをいたぶって楽しもうとしているのではと勘繰らせるような、含みがあるように聞こえる声色だった。もちろん本人は、着せ替えたりお茶をしたりという小鳥飛び交う想像で忙しい。


 舞踏会の夜、愛らしく着飾ったシャロンが燕尾服姿のアベルに寄り添っているのを見た時は、それはもう大変だったのだ。

 ただでさえいつも以上に完璧な美貌のギルバートと腕を組んだ状態で、髪型もセットされた正装の息子二人が目の前に揃うという、セリーナにとっての非常事態。意識を保つためにどれだけ苦心した事か。声など出せるはずもない。


 立派にイェシカ王女をエスコートする紳士的なウィルフレッドの姿にも強く胸を打たれたが、アベルとシャロンの間には明らかな信頼関係が見えた。イェシカ王女や護衛の目さえなければ、そして自分の気力さえ持てば、二人まとめてぎゅっと抱きしめてしまいたいくらいだったのだ。

 少し緊張した様子で、しかし笑顔を保ってギルバートに挨拶するシャロン。そんな彼女とギルバートの反応をちらりと確認していたアベル。穏やかな瞳で見守っていたウィルフレッド。

 母たるセリーナが背景に花畑を生成する心地だった事など、誰も知らないだろう。


 ――あぁ、願わくば可愛い我が子達が、愛に満ちた人生を過ごせますよう――…


「よろしいでしょう?アーチャー公爵。」

 セリーナがやんわりと視線を投げれば、エリオットが一瞬だけ苦い顔になった。

 すぐさま真顔に戻ったが、その眉間には深い皺が刻まれている。娘の結婚相手の事を考えるのはまだ数年先の事にしたかったのだ。

「…私は、娘の意思を尊重するまでです。」

「だそうだ。お前達は既にシャロン嬢と親しいのだろう?公爵の要望に沿ってやれ。」

 淡々と告げるギルバートの言葉を咀嚼するアベルの脳裏に、帝国のジークハルト第一皇子の声が蘇った。


『くははは!二人にしてやったんだ、少しは口説いてこい。』


 公爵の要望に沿えとはつまり、シャロンから好意を寄せられた上で結婚するようにという事だ。

 シャロンは既にウィルフレッドが口説き落とした――のか互いに惹かれ合ったかは、アベルの知るところではないものの――婚約内定者であるため、既に条件はクリアされていると思って良いだろう。


 ギルバートの撤回には驚いたが、結局のところ自分は何を気にする必要もないし、何もする必要はない。

 そう結論付けて、アベルはウィルフレッドと共に黙って胸に片手をあて、頭を下げた。





 ◇





「ハワード・ポズウェル、そしてヴェラ・シートンの証言通り、あの場に持ち込まれた《スペード》の改良品は偽物でした。」


 騎士団本部の会議室にて。

 肩につかない長さの青い癖毛、同じ色の瞳。気だるげに頭を掻きながら報告書を読み上げて、王国騎士団の四番隊副隊長――ブレント・スペンサーは、円卓を見回した。四十二歳となる彼の顎には無精髭が生えており、耳はピアスだらけだ。


 保管庫にあった《スペード》の在庫は回収済み、栽培を行っていた領地には七番隊第四・第五小隊が調査に向かい、現場を押さえ――…誰もが沈黙を守り、資料片手にスペンサーの報告を聞いていた。

 ひとしきり報告が終わった頃を見計らい、彼とさほど年も変わらないだろうホワイトブロンドの男が渋面で口を開く。


「魔獣との関連はなしって事でいいんだな。」

「現状そう思われます。エッカート隊長」

 魔力を持たない生物に魔力を与える。

 そんな文句が綴られた手紙が今回の任務の始まりだった。狩猟の日に現れて以来、まったくその姿を見せない《魔獣》の手がかりになるのではないか。そういった期待もあっての任務だったが、残念ながらそちらについての情報は得られなかった。


「ポズウェルの狙いはあくまで王家の皆様の失墜。王妃殿下のみならず、いずれ国王陛下、そして王子殿下お二人の命をも奪うつもりだったとの事。」

「おのれ……身の程もわからん愚物が!!」

 二メートルは越えているだろう筋骨隆々の男が、憤慨した様子で拳を円卓に叩きつけた。血紅色(けっこうしょく)の髪は威嚇する猫のように逆立っている。

 バギンと豪快な音を立て、分厚い円卓に深い亀裂が入った。

 彼の性格上こうなる事は各人よく知っていたのだろう、円卓に手や肘をついていた者は総じて既に手を引っ込めている。彼の両脇にいた二人などは、破片が飛んでこないよう立ち上がって退避していた。肩で息をする彼に第二撃を繰り出す気はなさそうだと見て、席に戻る。


「ギャレット、君の給与から引いておくよ。」


 まるで困っているかのように眉尻を下げて、ティム・クロムウェル騎士団長は微笑んだ。

 ギャレットは怒りが収まらぬ様子で肩で息をしていたが、ティムの方に向き直り胸に手をあて、頭を下げる。

「失礼。我慢なりませんで……後ほど拷問の様子を見に行っても?」

「駄目だねぇ。殿下、せっかくですから一言。」

 ティムは水色の瞳を第二王子へ向け、手を軽く広げて促した。

 まだ十二歳の彼が当然のようにこの円卓に席を得ている事からして大層おかしいのだが、今更誰もそこに突っ込みはしなかった。――内心、どう思っているかは別として。


 第二王子アベルは、少し癖のある黒髪に国王譲りの金の瞳を持っている。

 少しの荒れもない滑らかな肌に、すっと通った鼻筋。上着を着ていようとも、引き締まった身体がよく鍛えられている事は見ればわかる。世間的にはまだ子供の時分だが、騎士団上層部の面々を前にまったく物怖じしていない。

 意志の強さを窺わせる切れ長の目に見据えられると、ギャレットは自然と背筋を伸ばしていた。薄い唇が開き、落ち着いた声が耳によく通る。


「お前の怒りが忠義によるものである事は、皆が知っている。だが落ち着くといい。いかなる羽虫が我らを狙おうと、お前達がいる限り失墜などあり得ない。そうだろう。」


「ははっ!勿体無きお言葉ッ!!」

 ガゴォン!

 ギャレットが直角九十度に下げた頭が、亀裂の入っていた円卓を見事に突き砕いた。もはや彼の前だけ卓が無い状態だ。己の肉体のみでこの威力とは、さすがは制圧任務を主とする八番隊の隊長である。

 ティムが顔色一つ変えずに「やりすぎです」と呟くと、アベルはふむと息を吐いて「難しいな」と返した。




 会議が終わり、一部損壊した円卓からほとんどの騎士が去った後で。


 スペンサーはアベルをちらりと見やりながら「じゃあ報告しますが」と話し始める。王子の前で話していいのかという最終確認だったが、ティムは何も言わず先を促した。


「ハワード・ポズウェルは……捕縛してからずっと、オークス公爵閣下との面談を希望しています。」

「…何だと?」

「領地経営について話したいと言えばわかってくださるだろう、と。」

 訝し気に眉を顰めたアベルに、スペンサーは「それ以上は本人に言うと頑なで」と続ける。

 ティムは円卓の壊れていない部分に腰を下ろし、脚を組んで頬杖をついた。


「どう思います?殿下。一応、聞いたのはスペンサーと拷問官二人、輸送中一緒だった八番隊のラムリーだけ。まぁ、口止めは問題ない面子です。」

「……公爵は何と?」

「覚えはないが、会うのは構わない。……だそうです。まぁ予定も詰まってたみたいですし、まだ待って頂いていますが。ご同席されますか?」

 困り眉で微笑んだまま、ティムは軽く首を傾ける。


 ――閣下本人じゃないとは思うけど、領地で何があるかなんてわからないからね。万が一を考えると、閣下の意向も潰せる貴方にご同席頂きたいわけです。


「…わかった。同席する」

「そうこなくては。スペンサー、そういうわけだからこちらで預かるよ。」

「はいはい、わかりましたよ。んじゃ俺はもう戻ります。」

「うん、お疲れ様~。」

 さっさと退室するスペンサーにひらひらと手を振り、ティムは何か考え込んでいる様子のアベルに目をやる。視線に気付いたのだろう、金色の瞳はすぐにティムを見返した。


「クロムウェル、どこまで知っている?」

「宰相閣下の懐刀が掴んだ話まで、ですかね。」

「…では、同じだな。」

「そうかな~とは思いました。チェスターには言わない方が良いというのが()の意見ですが?」

「同感だ。」

「ふふ、結構。」

 今回の件で《スペード》の流通を大きく担っていた闇商会、その上層部で嘘か本当かもわからずに囁かれていた噂。酒の席で不意に流れた突拍子もない話。



 違法増強剤《ハート》が、とある公爵領で密造されているらしい。



 ――チェスターの言っていた「大事な話」とやら。この件ではない、とは思うが……。


 騎士団本部を後にし、城へ戻るべく馬を駆りながらアベルは考える。

 年が変わる前から、ゆっくり話す時間を作ってほしいと頼まれていたのだ。アベルが日時を指定するとチェスターはあっさり頷いたが、何の話かは「相談がある」としか言わなかった。


 何となく厄介事が増える予感がして、眉を顰めた。




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