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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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179.護衛選定




 扉をノックして名乗ると、お父様の返事の後にランドルフが開けてくれた。


「失礼致します。」


 軽く礼をして部屋へ足を踏み入れる。

 デスクに向かっていたお父様が立ち上がり、ソファに腰かけているお母様の方へと私を促した。大人しくお母様の横におさまると、お父様はローテーブルを挟んだ向かいに座る。…なんだか少しお疲れのようだわ。きちんと休めていないのかしら。

 眠気を誤魔化すかのように短い銀髪を掻き上げ、お父様は私の前に三枚の書類を置いた。


「シャロン。今日はお前の護衛を決めてほしい。」

「護衛……学園での、ですね?」

「そうだ。メリルから多少聞いているそうだな。」

「はい。」

 私は頷いて、書類を手に取った。


 四月から通うドレーク王立学園は十三歳(になる年)から入れる学校で、魔力持ちだと国から資金援助を受けられる仕組みになっている。

 生徒の割合は貴族が多いのだけれど、護衛の同行は基本的に禁止だ。だって、皆が連れてきたら人が多くて授業どころではないし、護衛の人数で見栄を張る者も出てきてしまうから。とはいえ、いざという時の事を考えて、同級生の生徒を護衛役として雇う貴族が多い。

 基本的には友人として同じ授業を受け、万一の時は守り、本人に何かあれば実家への連絡なども請け負う。代わりに貴族側は護衛の生徒に報酬を支払うという、要はバイトのようなものだ。


「貴女にはダンがいるでしょう?だから、大丈夫かしらとも思ったのだけれど。」

 お母様がやんわりと頬に手をあてて言う。

 そう、ダンはランドルフによる最終試験――内容は知らないけれど、大変だったらしい――を突破して、私と一緒に王立学園に通える事が確定していた。

 だから護衛役を選ばなくても、ダンが務める事ができる。他家の子供に頼むより、屋敷の使用人として信頼を勝ち取ったダンの方がお父様達も安心だろう。


 それでも私の手には、三人の候補者の書類。

 理由は私もわかっていた。だって一人目の名前は…


「彼は最初から候補の一人だった。」

 お父様が話し出す。

 レナルド先生のご実家は下町にあって、出会いはたまたまだったらしい。

 騎士を目指しているという彼に時折剣を教えているうち、お父様から私の護衛役について相談があった。誰か、歳の合う者はいないかと。レナルド先生はすぐに「庶民でよろしければ、騎士志望の者がおります」と答えたのだそうだ。


 副団長レナルド・ベインズ卿の推薦。

 それが一人目、レオ・モーリス。正義感が強く、時折ひったくりなどを発見して追いまわしている事で、下町や街の騎士の一部は彼を認識しているらしい。素直で裏表がなく、騎士志望であるため彼にとっても良い修行になるであろうとのこと。私より一つ上の年齢なのは、学園に行かず入団するつもりだった…なんて事まで書かれている。


 二人目は、お父様と長い付き合いのあるチャリス伯爵家から、次男のビル様。確か一度だけ茶会でご挨拶した事があるけれど、その後はフェリシア様に「しっしっ」とされてしょんぼりなさっていた方だわ。その出来事はお父様達には話していないから、ご存知ないと思う。

 彼の父であるチャリス伯爵は陽気で素敵な方…ただ、ちょっぴり話が長いところが悩ましい。書類によれば、ビル様は護身術を習っておられるみたい。剣も少し。


 そして三人目、マグレガー侯爵家のキャサリン様。

 魔法学にご興味があって既に初歩的な魔法は使えるそうだ。お父様や私が苦手な《火》を最適としている。クローディア様に招待頂いたお茶会で、私にエクトル・オークションズのチケットをくださった方であり……女神祭の舞踏会にも出席されていた。

 マグレガー侯爵は裁判官の一人として勤める優秀な方、国王陛下が信を置く一人なのだ。私が身体を鍛え始めたりしなければ、お父様の第一希望はキャサリン様だったのかもしれない。


「側に置くのなら、信頼できる相手に越した事はない。もちろん、ダンだけが良いというならそれも良いだろう。」

「学園で一緒に過ごすのだから、シャロンちゃん。貴女がどうしたいかによるわ。」

「…私は…」


 キャサリン様やビル様の名前がゲームに出なかったからといって、いなかった事にはならない。だから本当に何の根拠もないけれど、でもゲームの私もきっと……彼を選んでいたんじゃないかしら。

 私はローテーブルに書類を置いて、そのうちの一つだけをお父様の方へ差し出した。


「本人が引き受けると言ってくれるなら……私は、レオに護衛を頼みたいと思います。」


「ふ……そう言うと思っていた。」

「お話を聞いていると、とっても良い子だものねぇ。」

「はい。」

 予定調和という顔で笑みを浮かべるお父様と、にこにこ朗らかなお母様。

 ダンとレオと一緒の、賑やかな学園生活。

 私も顔をほころばせて頷いた。




「――と、いうわけなの。」

「そう……なのか……?」

 私の説明に琥珀色の瞳をまん丸にして、レオはよくわかっていない顔で返した。こげ茶色の短髪をくしゃくしゃと混ぜている。


 ここはアーチャー公爵邸の応接室。

 護衛役に推薦した事をレナルド先生からは一言も聞いていなかったみたいで、私は護衛役が何をするのかという説明から始まり、貴方にお願いしたいという事を話し終えたところだ。


「こちらをどうぞ。」

「あ…ありがとうございます…。」

 メリルが差し出した濡れタオルを受け取って、レオは自分でおでこにあてた。

 彼ときたら、お父様とお母様に会った瞬間なぜかバンダナを外し、「お世話ンなってます!!」と土下座した。そして勢いがよすぎて頭を床に打ったのである。

 切り傷ではない打ち身などに治癒の魔法を使うのは難易度が高く、また今回はすぐ治るだろうという見込みでひんやりタオルだけの処置となったのだ。


「けど、何かあった時にそこにいる奴を守るとか…大変な時に連絡を手伝うとかって、当たり前の事なんじゃないのか?金を貰うとかじゃなくてさ。」

「そうね。貴方の言う通りだけれど、家の事を考えると《騒動に巻き込まれたくない》とか、反対に《この恩を貸しにしよう》という考えの方もいるのよ。中にはね。」

「……貴族って大変なんだな。」

 レオは眉間に皺を寄せて頭を掻いた。

 私が言ったような話は貴族に限られた事でもないけど、彼には理解しにくい感覚なのだろう。


「俺でいいのか?貴族じゃないけど。」

「関係ないわ。私達、もうとっくにお友達でしょう?」

「それはそうだけどさ…」

「一緒に鍛錬をした仲だもの。実力も人柄もよくわかっているわ。だから…」

 私はテーブルに置かれていたレオの手を取って、琥珀色の瞳を見つめて微笑んだ。


「だから貴方に決めます、レオ・モーリス。どうか私の護衛になってください。」


「あ……ッ、と…」

 ぽかんとしていたレオの顔がみるみる赤くなっていく。

 大丈夫かしら、突然過ぎて知恵熱を出しかけているのでは?早くもタオルを交換すべきかもしれないと思ってメリルを見ると、なぜか首を小さく横に振りながら窘めるような目で手を下向きにひらひらさせている。

 私ははっとして手を離した。前にもレオに詰め寄って驚かせてしまった事があったのだ。アベルにも注意されていたのに、うっかりだわ。


「ごめんなさい、レオ。いきなりだったわね」

「だ、大丈夫だ……うん、何がかはわかんねぇけど、たぶん俺は大丈夫…」

 レオは視線を壁に向けて言った。やはり護衛役の依頼は相当衝撃が強かったみたい。

 扉を開けてすたすたと部屋に入ってきたダンが、レオの頭に手刀を振り下ろした。


「いてっ!」

「よう。…なァーに赤くなってんだ、レオ。」

「ダン!?い、いつからそこにいたんだ!?」

「今だよ、今。」

 メリルから小さなため息が聞こえたけれど、叱らずにいてくれるようだ。二人はすっかり友達だし、学園では級友であり護衛役を共に務めてもらう事になる。

 ……あら?待って、私まだレオの了承を得ていないのでは。


「お嬢はやめとけ、色んな意味でめんどくせぇぞ。」

「やめとけって何の話だ…?護衛をか?」

「…あー、何でもねぇ。」

 ダンは灰色の頭をがしがし掻いて、私が座る椅子の斜め後ろに立つ。そしてすまし顔で口角を上げて胸に片手をあててみせた。


「お嬢様の従者として、学園で共に護衛を務めさせて頂きます。」


 レオがぽかんと口を開けている。

 ランドルフが合格を出しただけあって、姿勢もきちんとしているわね。私を「お嬢様」と呼んだ上に敬語まで使うとは、初めて会った頃のダンに見せたらひっくり返って驚きそう。メリルも「多少はやりますね」とでも言いたげに両方の眉をちょっぴり上げている。


「さすがね、ダン。とても頼もしいわ」

「ハッ、当たり前だろ。どんだけあのジジイにしごかれた事か。」

 見事だった姿勢も口調も途端に崩して、ダンは私にちらりと目で確認を取ってから、空いた椅子にどかりと腰かけた。メリルが眉を顰めて目を細めているけれど、ダンは知らん顔だ。私に確認を取るだけすごい進歩だと思う。

 レオは苦虫を嚙み潰したような顔で自分の胸を擦った。


「…なんかお前が敬語使ってるとソワソワする。」

「あァ?知るか。慣れろ」

「マジか~…。」

「ふふっ。」

 私はついくすりと笑いながら、レオと目を合わせて首を傾ける。何せまだ了承を得ていない。きっと引き受けてくれるのではと思っているけれど…。


「それで、レオ?お返事はどうかしら。」

「なんだよ、まだ話ついてなかったのか。」

 意外そうに片眉を上げるダンに小さく頷いた。レオは数秒視線を彷徨わせたものの、やがて覚悟を決めたように目を閉じて息を吐き、一つ頷いて私を見る。

 

「俺でよければ、引き受ける!…引き受けさせて頂きます、シャロン様!」

「ありが――さっ、様はつけなくていいわ!敬語も!」

 ゴチンとテーブルに頭突きしたレオに、私はつい立ち上がりながらぶんぶん手を横に振る。ダンは私の従者として来るけれど、レオは基本的に学友の立場なのだから。

 痛そうに頭を押さえるレオを見て、ダンはげらげらと笑っていた。


 学園では庶民と貴族が入り乱れる。

 身分に差があれど同じ学園に通う者同士、ある程度の無作法が許されているのだ。たとえば、庶民の生まれであるレオやカレンが私を呼び捨てにする事とか。とはいえ本人の許可があっての事だし、貴族の――特に、お互いがさほど親しくない子供達の間は、「様」を取る事はまずない。


 そのため「庶民のくせにあの方を呼び捨てにして」とか、「私は様付けで呼ばざるをえないのに、あの子は…」なんて不満が発生し、ゲームのイベントに繋がったりもするのである。

 学生同士の諍いがまったくない学校という物は存在しないでしょうけれど、庶民だけの学校と比べれば明らかに、王立学園の方が問題も多い。どうしても、貴族間の諍いも持ち込まれてしまうから。


「学園でもよろしくね、二人共。一緒にお勉強も頑張りましょう!」


 おう、と言いかけたはずの二人が揃って苦い顔になった。

 ダンはともかく、レオの学力を一度見ておいた方がいいかもしれない。ゲームでは試験が近付くと私やウィルに泣きついていたものね。

 私は唇に軽く拳をあてて、一つ頷いた。


「レオ、今日は鍛錬を短めにしてお勉強しましょうか。」

「い゛っ!?」

「…さーて、仕事してくっかな~。」

「ダン!待っ、置いてくなよ!」

 レオを引きずるようにしながら、私は応接室を後にする。

 「ほんと待って」「ふりほどけねぇ!」「ここであの力出すのやめてくれ」とか色々聞こえたけれど、大丈夫。レオは強いもの。


「行きましょう、レオ。時間は有限だわ」

「助けてくれー!!」


 こうして、学園で私の護衛をしてくれる二人が決まったのだった。




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