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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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16.暴力はいけない

 


 宿屋さんで居場所を聞いて、私とアベルは行商人が品物を並べている裏通りにやって来た。

 こちらは石畳ではなく地面がむき出しになっていて、トニーさんがくだを巻いていた所からは十分ほど離れている。


「ハァイ、いらっしゃいませ!」


 明るい声で私たちを出迎えたのは、丸いサングラスをかけた男性だった。

 二十代後半くらいだろうか、鼠色のローブを着ていて、フードの中には長い髪が見えている。笑うと八重歯がきらりと光った。


 端のほつれた布の上に商品が並び、後ろには巨大なリュックサックがあって、それが彼の荷物の全てなのだろう。

 商品は民芸品らしき木製の櫛やアクセサリーに、数本ずつ束になった草……長細い青い葉っぱは、白い斑模様がついている。

 見るからに毒々しいのだけれど、まさかこれが件の薬草だろうか。まさかね。


「おほっ、これは見るからにカモ…ゴホン、美しいお嬢様に、凛々しいお坊ちゃま。どうぞどうぞ、ゆっくりご覧になっていってください。」

 カモって言ったわよね、今。

 私は商品を見るフリをして屈みながら、行商人を観察した。

 両手を揉みしだきながらアベルの剣をちらりちらりと盗み見ている。私が草に手を伸ばすと、行商人は「さすがお目が高い!」と鈴をチリチリ鳴らした。どこから取り出したのかしら。


「お嬢様、こちらはなんと《恋》のおまじないができる香草でございます。これを使った料理をお召し上がりになりますれば…あら不思議!貴女の想い人もゾッコン間違いなし!」

 アベルをちらちら見ながら私にウインクするのはやめて!

 そういうあれではないのよ!


「あら~そうなのね~どう思いますか()()()?」

 私のセリフに行商人が「間違えたか」と一瞬呆けた顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻った。


「お坊ちゃまも、きっとお目当てのご令嬢がいますでしょう?いえいえもしくは妹様のためにですね。」

「クッ、…んんっ、そうだね。」

 アベルが笑っているのはきっと、行商人の反応のせいだわ。私の演技がどうとかではないはず。えぇ、そう信じています。


「最近、風邪を引いた事は?」

「はい?…私ですか??」

 アベルの唐突な問いに、行商人がキョトンとする。


「まぁ確かに…一週間ほど前ですかねぇ。雨の中で適当…ゴホン、厳選した素材採集をしておりましたから、風邪はひきました。よくご存じで」

「この恋のおまじないって、貴方は試した事あるのかしら?」

「えぇえぇ、もちろん!それも一週間ほど前ですが、あー、それはもちろん目当ての美女が、私を介抱してくれましてね。そのまま順調にお付き合いさせて頂いておりますよ~ハハハ」

 ニコニコと語る行商人から、アベルへと視線を上げる。

 金色の瞳がこちらを向いた。


「お兄様。()()持ち帰ってみませんか?」

「うん。…いいだろう。」

「オッファ、ぜん、全部お買い上げですかァ!?」

 行商人の顔がものすごく輝いている。アベルも口角を上げて返した。

「えぇ、慧眼をお持ちの貴方ごと。」

「…はい?」

 どういう意味でしょうかと、行商人が首を傾げる。アベルの顔から笑みが消えた。


「荷物をまとめ、僕達についてきてもらおうか。城の人間に売るといい」

「しししし城ですか!?」

 ずしゃあとその場でひっくり返り、行商人がアベルを穴の開くほど見つめる。

 売れるはずはないので、実際は没収でしょうけれど。


「本気でこの雑そ…薬草を城へ!?」

「早く支度をしろ。」

「あッ、はいぃ!」

 アベルの圧にこれは本物と察したのか、行商人がアタフタと片付けを始めた。

 ここで青ざめたり逃げようとしないあたり、あまり悪いことをしている自覚は無さそうね。


「後は馬だね。」

「馬?」

「…城まで歩く気?」

 アベルに言われて、はっとした。

 私とアベルは下町まで来た馬と馬具をお金に変え、そのお金も減った状態だ。誰かに借りるにしてもまたアベルに払わせるのは…


「ちょっと待っていて!」

 そう言った私は返事も聞かずに駆け出すと、ひとまず角を曲がってからきょろきょろと辺りの地面を見回した。蹄と車輪の跡を発見して、進行方向へと走る。


「すみません!」

 見つけたのは屋根のない、四人席が乗っている馬車だ。

 御者台の前には二頭の馬が繋がれていて、横には灰色の短髪の青年が立っている。

 組合でも通り道でもなさそうなのに、なぜこんなところにいるのか――とは思ったけれど、それどころではない。


「あぁ?」

 振り返ったその人は背が高いものの、顔立ちを見るにチェスターと同年代くらいに思えた。

 三白眼にドスの利いた声、眉を吊り上げて私を睨んでいる。


「何だあ?随分綺麗なナリのガキだな。」

「いきなりごめんなさい、手は空いているかしら?」

「はっ、空いておりますけれども?なんだよ。」

「よかった!乗せてほしいの、二か所目で必ずお金を払うから」

「二か所目?ほお~」

 鼻を鳴らして、男はズイと距離を詰めてきた。


「ヒヒッ、料金は後払いねぇ…お嬢ちゃん本当に今手ぶらか?あ?」

 彼はこちらの胸倉を掴もうとしている。

 そう察した私は、伸びてきた手を払って腕を素早く絡めとり、投げた。


「いってェ!!」

「女性の胸倉を掴むなんて駄目だわ。料金はどれくらいかしら?三人乗るのだけど」

「ふざけんなこのガキ!」

 背中から地面に落ちた彼はぐるりと身を反転させ、屈んだまま殴ろうとしてきた。

 とりあえず避けて背中側に腕を捻り上げる。


「いででででで!!」

「暴力はいけないわ、紳士的に話してほしいの。手を離すわよ?…そうだ、ちょっと大きい荷物もあるの。重さで言うと四人分くらいになるのかも……大丈夫かしら?」

 男は地面に膝をつき、肩で呼吸をしている。目線を合わせて聞くと、彼はゆらりと立ち上がった。


「大丈夫かだと…」

「えぇ。三人乗りで荷物もあって、行先は…」

「ぶっ殺すぞお前!!」

 殴りかかってきたのでもう一度投げた。


「げはぁ!!」

「脅すような言葉はいけないわ。落ち着いて聞いてほしいのだけれど、お金はきちんと屋敷の者が払いますから、とりあえず乗せてくれないかしら。」

「マジでコイツ…あったまきた!!」

 すっかり土汚れがついてしまった服で起き上がり、男が私を睨みつける。


「宣言!風よ、こいつの」

 魔法を使う気!?

 それはさすがに色んな意味でまずいわ――


 ゴッ。


 アベルに側頭部を蹴りつけられて、男が昏倒した。

 ずるりと倒れ込んだ男の後方で、行商人がパチパチ拍手しながら「さすがお坊ちゃま~!」などと歓声をあげている。


「ありがとう、アベル。」

「いや、…くく、面白いものを見せてもらったよ。」

 どうしてまた笑っているの…?

 その、令嬢らしくない行動ではあるかもしれないけれど。


「私はまだ魔法が使えないから助かったわ。」

「君が?何かの間違いじゃないの。」

 気絶した男を担ぎ上げ、とはいえ身長が足りないので少々引きずりながら、アベルはそんな事を言う。


「本当よ。水の一滴も出せないもの。」

「……あぁ、なるほど」

 座席に放り込まれた男の人がガンッと音を立てた。大丈夫かしら。


「もしかして魔法を試すの、鍛錬の後にやってるんじゃない?」

「え!えぇ、よくわかったわね。」

「疲れきる前にやってみるといいよ。」

 御者台にひらりと飛び乗ってアベルが言った事に、私は首を傾げてしまう。

 だって、体力が尽きても魔力さえあれば魔法を使えるはずだわ。


 行商人が大きなリュックサックと自分とで一席ずつ陣取っている。

 後部座席は気絶した男が寝そべっているし、私は御者台にいるアベルを見上げた。

 金色の瞳がこちらを一瞥し、差し伸べられた手をそのまま掴む。


「じゃあ、行こうか。」


 手綱を握るアベルの隣で、「そうね」と笑った。




 ◇




 四人を乗せた馬車が城へ進む途中、騎士を一人ずつ乗せた馬が二頭近付いてきた。

 行商人は何事だろうかと彼らを見る。


「これはまた、面白い事に。」

 百九十センチは優に越えているだろう長身の騎士は、そんな風に声をかけた。

 薄緑色の髪は前髪を長く伸ばしてハーフアップにし、目を閉じたまま――あるいは、開いてこれだろうか――馬を歩かせている。


「ンッフフ、デートですか?アベル様。」

「ロイ、口を慎め。」

 茶色の瞳を向けて諫めたのは、黒い布で顔の下半分を覆った女性騎士だ。

 細く艶やかな黒の長髪を低い位置で一つに結い、前髪には金色のヘアピンを二本差している。


 薄紫色の髪の少女は、疲れたのか兄である黒髪の少年にもたれかかり、静かに眠っているようだった。

 少年がふと笑う。


「本人の頼みで屋敷から攫ってきた。」

「ンッフフフフ!ほんとですかぁ。すごいな~。」

「リビー、チェスターに伝えろ。」

 少年が言った二つの名前のうち、前者は女性騎士の事のようだった。


「下町の事は気にするな。無関係だと。…何の事かわからない様子でも放っておいていい。」

「承知致しました、すぐに。」

 女性騎士が軽く頭を下げ、馬を駆けさせてすぐに遠ざかっていく。


「ロイ、取調室を一つ開けておけ」

「一つでよろしいので?」

「片方の処理はこの娘に任せる。…面白かったからな。」

「フフ、ご機嫌で何よりです。では、仰せのままに……失礼。」

 最後の言葉だけピリッと礼節を含ませ、こちらも女性騎士に劣らぬ速さで消えていった。


 ――…兄妹ではなかった、という事かな?


 などと考えながら、行商人は首を傾げる。

 まさか会話に出ていた取調室が自分用とは、思いもしないまま。




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