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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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163.共通する力

 



 山の中腹くらいだろうか、拓けた場所に降り立ったアベルは私を地面に下ろした。淡い光がいくつか浮かび、周りを照らし出す。


 そこは魔法を扱うのに充分な広さが確保され、背の高い木々に囲まれていた。まるでこの空間に蓋をするかのように、アベルは上方を闇の魔法で覆い隠す。

 ……本当に、どれだけの魔力量なのだろう。この世界にステータスという概念があったら、ぜひとも数値を見てみたかった。


 切り株の上でケースを開いて、彼は水晶を一つだけ取り出す。


「それはどなたの?」

「リビーが魔力を流した物だ。」

 ぽいと放られた水晶は、地面を転がって数メートル先に落ち着いた。

 その真上に何の前触れもなく水の球が現れ、バシャンと音を立てて激突する。衝撃で跳び上がった水晶が、今度は風の魔法を食らって地面にめり込んだ。


「……何も起きないね。」

「貴方宣言を唱えないものだから、私は驚きの連続だったわ。」

 何もかも突然なんだもの…。

 地面が風に抉られ、めり込んでいた水晶がポンと飛び出してくる。アベルはそれをキャッチしてケースにしまい、次々に同じ事を試していった。リビーさんが祈りながら魔力を込めた物、チェスターが魔力を込めた物…。


 何も起きない。


「やっぱり、貴方固有の現象なのかしら?」

「どうかな…リビーとチェスターの場合は、そもそも魔力を込める作業自体が失敗してる可能性もある。サディアスの水晶がどうなるかだね。」

 魔法の扱いに関してサディアスは飛び抜けている。

 慣れない作業であっても、彼が魔力を流すのに失敗するとは考えにくいだろう。アベルからの依頼なら余計に。


 しかし水晶はやはり、ただの的となっただけだった。


「…サディアスでも駄目か。」

 アベルはケースを見下ろし、名前のない、丸だけ書かれたメモと一緒にあった水晶を取り出した。

 これまでと同じように放り、その真上に水の球が現れる。水晶めがけて勢いよく降りかかったそれはしかし、どこからか生み出された風で掻き消されてしまった。


「風……!?」

 私は思わず呟いてアベルを見る。

 今の水晶はきっと、彼が祈りと共に魔力を込めた物だったのだろう。アベルは僅かに目を細める。私が視線を戻すと、水晶が炎に包まれた。でも、水の魔法が発動する気配はない。


「…一度だけみたいだね。」


 アベルが呟くと、空中に現れた水が降りかかって炎を消し去った。濡れた水晶はふわりと浮き上がり、彼の手のひらへ戻っていく。

「本当に、勝手に防ぐ効果があるのね…。」

「僕もこの目で見たのは初めてだ。次は、祈った事に意味があったのかどうか……」

 私が見守る中、アベルはただの白紙が添えられた水晶を取り出した。魔力を流しただけの物だろう。

 地面へ放り投げられたそれは、降りかかった水の魔法を、風の魔法を、そのまま受け止めた。どうやらアベルの魔力を込めていたとしても、祈らないと意味がないらしい。


 魔力を込めながら祈るとはつまり、心の中で宣言を唱えるに等しい行為。

 水晶に留まった魔力に、事前指示を与えておくようなものだろうか。


 考え込む私の横で、アベルは私がさっき魔力を流した水晶を手に取った。

 あれは祈っていない方だし、恐らく何も起きない。

「貴方固有という事は、スキルなのかしら。」

「たぶんね。前例があったかどうか…」

 私と話しながらも実験は進んでいく。

 自分が魔力を込めた水晶が空中を吹き飛ぶというのも、妙な心地がするものね。

 アベルは最後に、私が祈りと共に魔力を込めた水晶を手に取って、こちらを見た。


「これで何か起きるのかどうかで、話が変わってくる。」

「起きる……可能性があるのかしら?」

「君は唯一、僕と同じように魔力で身体を強化できる人だ。」

「…そういえば、そうだったわね。」

 自分の力としてすっかり慣れていたけれど、私とアベルにはそんな共通点があったのだった。地面を転がった水晶を見守る。これまでと同じように、真上に水の球が現れる。


 水晶めがけて襲いかかったそれを、突然現れた水の壁が打ち払った。


「へ……?」


 本当に、私の魔力でも発動した……?


「あ、アベル。」

 動揺して、つい彼の袖を引いてしまう。

 視線を水晶へ向けたまま、アベルは少しだけ目を見開いて呟いた。

「発動したな……。」

「でも、水だったわ。貴方の時は風が…あれは、貴方が全てに適性のある人だから?」

「その可能性はある。」

 私は《水》の属性を最適とする魔力持ちだ。

 引き換え、アベルは適性に偏りがない。火、水、風、光、闇、その全てを等しく扱える。


「……悪いけど、もう一度魔力を込められるかな。次は風をぶつけてみたい。」

「わかったわ。」

 風に対して水は相性が悪いとされるからだろう。

 土を掃って綺麗になった水晶を渡されて、私は落とさないよう手のひらの上でそれを摘まんだ。


 ――どうか、これを持つ人が守られますように。


 私がそうする間に、アベルも一つ魔力を込めたようだった。

 先にそれが地面へ投げられ、剣を模った光が水晶を突き刺そうとする。水晶に込められた魔力は闇を生み出し、光の剣を消し去った。


 でも次に実験した私の水晶はやはり、襲い来る風に対して水の魔法を発動する。風の威力を落とす事はできたけれど、守りきれずに水晶は弾かれた。


「私達は、同じスキルを持っているということ?」


 頬に軽く指先をあてて首を傾げる。

 魔力を流して身体を強化できること、守りを意識すれば、宝石に自動防御の機能をつけられること。それが私とアベルで共通している。


「可能性は高そうだね……あるいは、別のスキルで似たような効果を得ているか。」

「ごめんなさい、スキルの事はとても勉強不足なの。図書館で有名どころは頭に入れたけれど…」

「本来は学園で存在を知るものだ、謝る事はないでしょ。」

「…そうね。ありがとう」

 ジェニーやクリスのスキルだって、まだ名前がついていない。


 基本的には本人がきちんと魔法を学んである程度制御できるようになってから、魔法学術研究塔――魔塔の調査を受けると正式に確定する。


 ただ、スキルを持っている人が全員その調査を受けるかは別問題みたい。

 調査費用もかかるし、時間もとられるし、研究機関と関わりたくないとか、面倒だとか、有名なスキルだから調べなくてもわかってるとか、理由は様々だ。

 捕まった犯罪者が未知のスキルを持っていたりしたら、もちろん強制的に魔塔へ送られるのだけれど。


「次だ。」


 水晶を一つ手に持って、アベルは前へ進み出た。

 反対の手が剣の柄に置かれていたから、私は大人しくその場で待つ。物理攻撃に対してどうか、という事だろう。水晶が軽く空中へ放られる。


 ガキン、と音を立てて、刃があたった水晶は弾き飛ばされた。

 見失う前にアベルが風の魔法で押し戻して、手の中に納めて顔を顰める。


「剣には反応しないわね。…どうしたの?」

「今、風で押し戻したのに何も起きなかった。」


 水晶を上へ投げて、アベルはそこへ火の魔法を叩きつける。

 しかし触れるより前に水が現れて火を消し去った。自動防御の効果だ。


「……シャロン。」

「はい。」

 私は開いたままのケースから適当に水晶を取り出して、守られるようにと祈りながら魔力を込める。合図されるままに軽く放り投げると、風がふわりと水晶を支えた。

 アベルはじっと水晶を見つめている。

 風が消え、落ち始めたそれを今度は水が支える。――水が?


 物を浮かせるのは風の魔法の役目だと思っていたけれど……そういえばチェスターも、柵を乗り越える時に水を足場にしていた事があった。


 やがて水をすり抜けるようにして、水晶は地面に転がる。

 その周囲を火が包んでも、光を纏っても、闇に飲まれても何も起こらない。

 ……私、魔力を込めるのを失敗したのかしら。

 そう思った時、直上から振り下ろされた火の刃を水の魔法が盾となって防いだ。


「これは予想以上に…高度だな。」

「どういうこと?」

「攻撃を意図した魔法にしか反応しない。恐らく、だけどね。」

「……そんな事が…」

 私達が自分でやっている事のはずなのに、全然理解できていない。

 スキルはこれが厄介だ。検証を重ねないと、どういうものか本人にも不明なのだから。


「ひとまず、誰でもできるわけではないとわかっただけでいい。」

 水晶を全て収納して、アベルがケースをぱちりと閉じる。

 誰でもできるのであれば、騎士団での活用や王族の警護強化、いずれ犯罪者も利用するだろう事への対策……色々考えるべき話が出るものね。


「便利な力だけど……僕は乱用できないな。」


 アベルは魔力持ちである事をずっと隠している。

 リビーさんとロイさんのために再びペンダントへ魔力を込める事は簡単でも、次に発動すればお二人は気付いてしまうかもしれない。

 誰にでもできる事なら、あるいは私がまったく同じ効果を保証できれば、私がやったという事にできたのでしょうけれど。


「内緒だものね……。」

 ケースを鞄にしまうアベルにそう返しながら、私はふと、思い出した。

 護衛騎士二人へ渡したペンダントに、魔力を込めていたアベル。私にネックレスを贈ってくれた時――


『君が、ウィルとの約束を果たせるように。』


 アメジストに触れて、彼はそう言った。


「……ねぇ、アベル。」

「何。そろそろ戻るよ。」

「貴方もしかして、私のネックレスにも魔力を込めてくれた?」

「――…。」

 鞄を手に取ったアベルが一瞬だけ止まる。

 そのまま何事もなかったかのようにベルトを肩に掛け、彼は苦い顔で腕組みをした。


「…そんな事も、まぁ、したかもしれない。」

「やっぱりそうだったのね!ありがとう。」

「君は目を離すと危ないから……いや、だからといってアレを使えと言う気は全く無い。しまったままで良いし、何なら捨」

「いつも使ってるわよ?」

「……、なんて言った?」

 聞こえない距離ではないはずだけど、アベルは愕然と聞き返した。

 驚いた様子の瞳を見つめながら、私はくすりと笑って自分の胸元に手をあてる。


「寝る前だったから今はつけていないけど、貴方にもらったネックレスはいつも使っているわ。」

「……は…?」

 アベルは不可解そうに困り顔をして、目をそらした。

 むしろ、貰った時とても嬉しいと伝えたはずのに、大切にすると言ったのに、なぜつけていないと思ったのかしら。私からするとその方が不可解だ。


 再び抱き上げてもらおうと軽く腕を広げて踏み出すと、アベルが一歩後ずさった。反射的に足を止めつつ、私はぱちりと瞬きする。


「…戻るのではなかったの?」

「……戻る。」

「そうよね?」

 なぜ私達はじりじりと距離を保っているのかしら。

 アベルが全然こちらを見てくれない。落ち葉をさく、さくと踏んで二歩近付いてみると、彼も一歩、二歩と後退した。


「…アベル、今私が走り出したらどうなるか」

「本当にやめろ。少し待て」

 アベルは額に手をあて、考え込むようにしばし俯いた。

 私も首を傾げながら大人しく待つ。ほんの十秒くらいで頭を上げて、アベルはいつも通りの涼やかな表情で頷いた。


「……理解した。大丈夫だ」

 何が?

 さっぱりわからないけれど、彼がこちらへ来て私を抱えようとするので、大人しく腕を回した。周囲を照らしていた光が消えて、闇も晴れた星空へと舞い上がる。


「君、ウィルからは首飾りを貰った事がないんでしょ。」


 唐突すぎて、一瞬思考が止まった。

「…そうね。首飾りというか、装飾品は貰ってないわ。」

「――…、本気で言ってるのか?」

 金色の瞳が私の方を向く。

 それは流し目になるので少し気を付けてほしいと思いながら、私は「えぇ」と答えた。ウィルはお花や普段使いできる雑貨を選ぶもの。

 アベルはなぜか気まずそうに視線を前へ戻す。


「なら……悪かった。」


 本当に何が?

 思わずきょとんと見つめてしまうけれど、アベルはこちらを見ないままだ。


「ウィルは…少し鈍いんだ。」

「ん……そう、ね…?」

 戸惑いながらぼんやりした返事を返す。急にウィルの話になった理由がまずわからない。

 困っていると、アベルはちらりと私を見てから、ふっと鼻で笑う。


「鈍いのはお前も同じだったな。」


 呟いただけでもこの距離だと聞こえるし、貴方に言われるのは心外なのだけれど。

 …と思いはしたものの、さすがに眠気も出てきた私は反論を諦めた。きゅっと抱きつくようにアベルの首元に頭を預け、目を閉じる。

 少しだけ甘さのある、落ち着いた香りがした。


「おい」


 抗議の声が遠く聞こえる。

 まどろみの中に溶けていく私を、アベルはため息混じりに抱え直した。




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